香取隊の狙撃手   作:デスイーター

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ククロセアトロ②

 

 

「これは…………」

「どうやら、彼等の死因はエネドラの攻撃に依るものではないようです。いえ、()()()()()()()()()()()()()()と言った方がよろしいでしょうか」

 

 逸るエネドラを抑えてハイレインの命令で死体の検分をしていたヒュースは、分析の結果をそう語る。

 

 彼の視線の先には壁の残骸と同化した兵士の成れの果てが転がっており、その姿は壁に埋め込まれた人の顔や腕といったもので、その様はまるで死化粧(デスマスク)のようだ。

 

 ハッキリ言って、少々どころではなく生理的嫌悪を催す光景である。

 

 そんな人間の残骸を前にしても、ヒュースの表情は揺らがない。

 

 軍人として死体など腐る程見て来たという事もあるが、どうにも今の彼は義憤に燃えているように感じた。

 

 或いは、そう感じる程にこの光景は憤るに値するものなのかもしれない。

 

 なお、先程の一団は既にヴィザの手によって殲滅済みである。

 

 対策の暇すら与えぬ、とばかりに振るわれた星の杖の斬撃によって、残る白い兵士達は肉体の両断という形で人間らしい死を与えられた。

 

 今ヒュースが調べていたのは、最初に壁と同化した者達である。

 

 このまま何も知らずに進むのは危険だと、ハイレインが調査を命じた結果であった。

 

「敢えて死因を挙げるとすればショック死、というのが一番近いでしょう。人体に無理な負荷をかけた結果、拒絶反応で死亡した。その表現が一番近いかと思われます」

「どういう事だ?」

「この者等、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。恐らく、脳やトリオン器官といった重要な部位以外の殆どは別の物で代用されていたのではないかと」

 

 そうか、とハイレインは頷く。

 

 隣で聞いていたミラは明らかに眉を顰めており、あのランバネインすら不快感を表情に現した。

 

 エネドラには与り知らぬ事だが、それだけこの事実には嫌悪すべき何かが隠されているのだろう。

 

「だからどうしたってんだよ? こいつ等の持ってたのは義肢技術だろ? その応用みてーなモンなんじゃねぇのか?」

()()が違う。これは、人体の機能の補助なんていう生易しい用途のものじゃない────────────────()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だ。被術者の事なんて、碌に考慮されていない」

 

 恐らく、とヒュースは前置きし続ける。

 

「この者達は、人間としてはとうに死亡同然の状態になっていた筈だ。それを義肢技術の延長線上にある()()を用いてヒトとしての体裁を整えた上で、操り人形の如く扱った。コレは、そういうものだ」

「そのようですな。生きた人間が持つべき感情を、この者等からは一切感じませんでした。それに…………」

「────────ええ、この者達はトリオン体を使っていません。()()()()()()()()

「なんだと?」

 

 その報告を横で聞いていたエネドラも、流石に目を見開いた。

 

 全員が、生身。

 

 それは流石に、看過出来る情報ではなかった。

 

 通常、近界の戦争に参加する兵士はトリオン体となって活動する。

 

 トリオン体になれば膂力が上がるのは勿論、一度攻撃を受けても即死はしないという利点がある。

 

 勿論やられれば生身に戻ってしまい無防備になる欠点はあるが、それでも即死をしないというだけで仲間に回収されて生還するという目が残る。

 

 資源の奪い合いである戦争に於いて、困窮した国ほど兵士一人一人の命は重い。

 

 使い捨てるよりも再利用出来た方が、色々融通は利くのだ。

 

 とはいえ、トリオン体になるにはトリガーが不可欠。

 

 故に正確に言えばトリオン体になれるのはトリガー使いのみであり、それ以外の兵士は生身にトリオン製の武器を携えて戦場に放り込まれる事も珍しくは無い。

 

 しかしそれはあくまでも同じ生身の兵士相手やトリオン兵を想定した運用であり、精鋭中の精鋭であるアフトクラトルのトリガー使い相手に出して意味のある戦力ではない。

 

 それに何より、ただトリオン製の武器を持たされただけの者があんな()()をする筈がない。

 

 この者達は発条仕掛けのように腕を伸ばし、更には自らの身体を一体化させる形で巨大な壁を作り上げた。

 

 あれをトリガーなしでやっていたとは、どうにも信じられなかった。

 

「あいつ等、トリガー使ってたじゃねぇかよ? 生身なら、腕が伸びたりすんのはおかしいだろうが?」

「…………あれは、()()()()()()()()()()()()()()だ。彼等は、普通の腕の代わりにあの伸びる異形の腕を付け替えられていたんだ」

「…………マジかよ」

 

 此処に来て、流石にエネドラも事態の悪趣味さに言葉を失う。

 

 先程この白い仮面の兵士は自らの腕を文字通り伸ばし、同化する形でエネドラの攻撃を防ぐ壁を作り上げた。

 

 最初にあれを見たエネドラは自身の泥の王(ボルボロス)と同じ身体の性質を変換するトリガーでも使っていたのだろうと思っていたが、その答えはまさかの生身。

 

 流石にエネドラといえど、これには仰天せざるを得なかった。

 

 自然と、冷たい汗が流れる。

 

 それはエネドラが久しく感じた、生理的な拒否感による反応であった。

 

「そんな事が可能なのか? こいつ等は曲がりなりにも黒トリガーの攻撃を防ぐ壁を作り出した。それが、トリガーに依るものではないと?」

「結論から言えば、そうなります。恐らくはこの()に何か秘密があると思われますが、生憎この場ではそれ以上は────────」

「────────了解した。確かに、此処で分かる事には限度があるな。作戦を続行する。目的の建物へ進むぞ」

 

 了解、という返事を聞きながらハイレインはヒュースの手にしたモノを見据える。

 

 ────────彼の手には仮面の兵士の残骸に仕込まれていた極小の糸の束が、不気味な光沢を放っていた。

 

 

 

 

「馬鹿の一つ覚えが…………っ!」

 

 ハイレインの命令で進軍を再開したエネドラは、再び現れた白い仮面の兵士達を相手に泥の津波を放っていた。

 

 兵士達は再び地面に腕を突き刺し、人体を素材とした壁を形成。

 

 エネドラの攻撃を防ぐべく、巨大な壁を作り出した。

 

『────────!』

「甘ぇんだよっ!」

 

 しかし、同じ手を食うエネドラではない。

 

 トリガー(ホーン)の浸食は大分進んでいるものの、戦闘思考そのものに翳りはまだ無い。

 

 ヴィザにより、この壁は面の攻撃には弱いが線の攻撃────────────────即ち、一点突破型の攻撃には弱い事が分かっている。

 

 ならば、話は簡単だ。

 

 エネドラのトリガー、泥の王(ボルボロス)は自身の身体を液体・固体・気体へ変化させる事が出来る。

 

 この中で敵への攻撃は固体化によるブレードの形成で行うが、その硬度や凝縮率は使用者の手で自在に行える。

 

 よってエネドラは出力を一点に集中し、泥の津波を巨大な破砕槍へと変形。

 

 一ヵ所に巨大な出力を凝縮させた城壁破りの大槍は、形成された壁を容易く穿ち貫いた。

 

 その攻撃は壁の向こうにいた兵士数名を巻き込み、骸へ変える。

 

 だが、仲間がやられたというのに残る兵士には動揺どころか感情の揺らぎすら起こらず、その腕を一斉にエネドラに向けた。

 

 瞬間、彼等の腕が変形し砲塔に変わる。

 

 人体では有り得ない挙動をした兵士達の腕の砲から、一斉に弾丸が斉射される。

 

「…………ッ!」

 

 その弾丸は、並大抵の威力ではなかった。

 

 硬質化した泥の王のブレードをいとも簡単に砕いたその弾幕を前に エネドラは眼を見開いた。

 

 泥の王の真骨頂は初見殺しの塊のようなその特殊性だが、黒トリガーである以上当然出力は相当に高い。

 

 故に形成されたブレードも並の硬度では無いのだが、兵士達の弾丸はそれを掘削機のような勢いで吹き飛ばしている。

 

 明らかに、トリガー使いでもないいち兵士が持って良い火力ではないのは瞭然だった。

 

「吹き飛べ」

 

 だが、この場にいるのはエネドラだけではない。

 

 ランバネインが雷の羽(ケリードーン)による爆撃を敢行し、兵士達に空から弾幕が降り注ぐ。

 

 凄まじい弾速で放たれた光の雨が兵士達を蹂躙し、跡形もなく吹き飛ばす。

 

 地上に派手な弾痕を刻みながら、ランバネインの手により大部分の兵士は一掃された。

 

「こいつ等は普通ではないぞ。油断するなよ」

「言われるまでもねぇよ…………っ! 余計な真似しやがって」

「すまんな。だが、こっちはどうやら俺の方が向いているようだ。お前にはもっと、別の仕事を任せた方が良いかもしれんな」

 

 ランバネインはそう言うと、ハイレインに眼を向ける。

 

 それで、意図は伝わった。

 

 ハイレインはしばし逡巡の後、エネドラへと向き直った。

 

「エネドラ、お前は────────」

 

 

 

 

骸肢兵(ネクロス)による防衛、第五陣が突破されました。クセロ主任、次はどうされますか?」

「検体の調整は? 真鍮瞳(コンプタドーラ)の検体はどうです?」

「検体番号128954は、物的負荷からの修復が完了しておりません。試作段階の代物ですので、修繕に時間がかかっております」

「分かりました。では、戦闘に堪え得る段階の検体を出して下さい。必要順位(トリアージ)を忘れないように」

「了解致しました」

 

 薄暗い、無機質な機器の並んだ部屋。

 

 そこでモニターを前にする部下から報告を受けるその男は、変わった風体だった。

 

 いや、その男だけではない。

 

 モニターを前にした人間も、部屋の中で忙しなく動き回る者達も。

 

 全員が一様に白衣を着用し、顔には兵士達のものと似通った白い仮面を被っていたのだから。

 

 明らかに階級が上であろうクセロと呼ばれた男であっても、精々胸に十字型のバッジを付けている程度で、他は個性らしきものが全く感じられない。

 

 執拗なまでに個性というものを排除し、画一化を突き詰めたかのような風体。

 

 加えて、軍事大国であるアフトクラトルの侵攻を受けている真っ最中だというのに彼等には一様に危機感というものが欠けていた。

 

 誰も彼も、一人たりとも声を荒げない。

 

 戦況は防戦一方どころかまともな足止めすら成り立っておらず、遠からずこの場所も攻め込まれるであろうにも関わらず、である。

 

 それは楽観ともまた違う、怖気の走る何かであった。

 

「それから、真鍮瞳(コンプタドーラ)の検体を含めた戦闘に堪え得ない検体達は放流しましょう。無為に研究結果が失われるより、そちらの方が有意義である筈です」

「了解しました。それでは、非常用ポッドを使用致しますがよろしいでしょうか」

「構いません。研究者は替えが利きますが、貴重な検体はそうではありません。成果を見るのは、私達でなくとも良いのですからね。どのような形であれ研究の成果が世に残る事こそ、研究者(われわれ)の本懐と言えるのですから」

 

 男は淡々と、誇るでもなく当たり前のように自分達の脱出手段を投げ捨てた。

 

 指示を受ける部下も、一切の動揺どころか疑問すら浮かべていない。

 

 それは人命だとか、人の尊厳だとか。

 

 そういったものに一切の頓着をしておらず、挙句に保身すらも慮外。

 

 明らかに人間として必要な何かが欠けた、まるでヒトの姿をした機械のような性質と言えた。

 

 男たちからは、人間味といったものが一切感じられない。

 

 外の兵士とは異なり意思を持った人間である事は確かだというのに、下手をすれば彼等以上に男達はヒトらしさが欠けていた。

 

 自分の命に対する執着すら、彼等には感じられない。

 

 徹頭徹尾、研究成果にのみその興味を向け他を人命含めどうでも良いものとして扱う。

 

 そんな異質さが、透けて見えた。

 

傀儡糸(クローステール)の稼働状況は?」

「順調です。現在、出力を段階的に上げていますが目立った不具合は確認されません」

「では、操作回路(シデロ)を走らせなさい。場合によっては臨界の突破も許可します。此処で出せる成果は、全て出してしまいましょう」

 

 了解、という返答と共に部下の男が機器の操作を再開する。

 

 その光景を見ながら、男は呟いた。

 

「軍事大国アフトクラトル相手であれば、成果を見るには良い機会です。これが最後となるのは残念ではありますが、それも致し方ないでしょう。不具合は、研究には付き物です」

『────────なら、これで満足だよなぁ!? クソ野郎共っ!』

 

 ────────その、次の瞬間。

 

 天井の換気口から液体が流れ出て、泡立ちながら形を変える。

 

 それが人の姿となり、エネドラは殺意と共に怒声を浴びせかけた。

 

 常人ならば竦む程の、剥き出しの殺意。

 

 しかしクセロと呼ばれた男は一切の動揺なく、その光景を見てふむ、とエネドラの姿を凝視した。

 

「それがその黒トリガーの能力ですか。液体に変ずれば、換気口のような狭い場所でも通り抜けられる。技術での再現性が低いのは、黒トリガーの難点ですね」

「遺言はそれで良いんだよなぁっ!? なら、さっさと死ねやっ!」

 

 こと此処に至っても焦り一つ見せない男を前に、エネドラの沸点は簡単に限界を迎えた。

 

 ハイレインの命令により換気口を通って敵の首脳部に奇襲を仕掛ける任務を受けていたエネドラであるが、この男とはこれ以上の話はしたくないと本能が叫んでいる。

 

 先程から聞いていた会話も内容は理解出来ないが自分の中の何かが強烈な拒絶反応を起こしており、こいつ等はこれ以上生かしちゃおけないという強迫観念すら抱いていた。

 

 エネドラは余計な事などさせないとばかりに泥の津波を発生させ、クセロへと襲い掛かる。

 

「四番」

 

 だが、男の発声と同時に床から巨大な壁がせり上がり、泥の津波を押し留めた。

 

 糸のようなものが絡みついたそれは、エネドラの攻撃を受けても傷一つない。

 

 クセロに焦りが無いのはこれがあるからか、とエネドラは考える。

 

「ご…………っ!?」

 

 しかし、結果は変わらなかった。

 

 クセロは突如として吐血し、赤黒い血が床に飛び散る。

 

 彼の身体には、()()()()無数の刃が突き立っていた。

 

「これは────────成る程、変化出来るのは液体と固体だけではなく、気体もという事ですか」

「気付くのが遅ぇんだよ! ったく、しかもトリオン体ですらねぇよかよ。どいつもこいつも、この国の人間は頭おかしい連中しかいねーのか」

「私は研究者であって戦闘者ではありませんから。戦闘技能の無い者にトリガーを支給するのは合理的ではありません」

「そうかよ。さっさと死ね」

 

 エネドラはこれ以上付き合い切れないとばかりに気体ブレードを展開し、男の心臓を内部からの攻撃で貫いた。

 

 クセロと呼ばれていた男は悲鳴一つあげずに倒れ伏し、同時に奥で作業していた男達も内部から生成されたブレードによって息絶える。

 

 最後まで命乞いも死の恐怖も口にしなかった不気味な人間達の死体を前に、エネドラは心底の嫌悪を表情に浮かべた。

 

「…………気持ち悪ぃ。なんなんだよこいつ等」

 

 怒りよりもまず、生理的な嫌悪感が先に立った。

 

 おかしい。

 

 人にとって死とは、絶対の恐怖の筈である。

 

 にも関わらず彼等はそれを一切見せず、最後まで一切の焦りすら見せなかった。

 

 武人故の気高さとか、破れかぶれの諦観だとか。

 

 そういうものでは一切無い。

 

 ただ、自他共に生命に対する頓着が微塵もない。

 

 人間として当たり前に持っている筈のものが、決定的に欠けている。

 

 そんな異質さを、エネドラは彼等の死に様から感じ取っていた。

 

『上位管理者の生体反応の消失を確認しました。これより傀儡糸(クローステール)の臨界駆動を開始します』

 

「────────は?」

 

 だが。

 

 そんなエネドラの耳に無機質な機械音声が響き渡った、次の瞬間。

 

 その国の姿は、正しく変貌を迎えた。

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