────────時は前後し、これはエネドラが認知していない場面になる。
ミラを傍に控えさせながら部下に指示を出していたハイレインは、視界の先にある白く大きな建造物を見据え眼を細めた。
その建物は見上げる程に大きく、未だ距離があるにも関わらずその威容を晒している。
あれが敵の首脳部の本拠地なのだろうが、その外観はただひたすらに白く巨大な箱を無造作に積み上げた塔、といった風情だった。
飾り立てる事に一切の意味を見出さない、無機質な白の城。
その有り様はまるで、この国の根本そのものを現しているかのようだ。
「…………エネドラは、そろそろ首脳部に乗り込んでいるか」
「距離と時間を考えれば、そうなるかと。指揮系統は例外なく殲滅、でよろしかったのですよね?」
「ああ、生き残りは一人たりとも出してはならん。少なくとも、首脳部と研究者は全員処分する。例外は無い」
「了解しました。では、エネドラの好きにさせてよろしいですね」
ああ、とハイレインは頷く。
彼はエネドラに首脳部の奇襲を命じ、自身は部下を率いてククロセアトロの各所に兵を送り込んでいた。
精鋭であるヴィザやランバネインといった面々は問題なく敵を殲滅しているが、相手がこの機に脱出を狙わないという保証が無かったからだ。
というよりも、この状況下であれば真っ当な神経を持っていれば時間稼ぎに徹した上で首脳部は逃走を図る、というのが常道だ。
近界国家は、
その核である母トリガーを運用するには国の王族、もしくはそれに類する者の存在が必要不可欠であり、侵略戦争を仕掛ける時は敵の母トリガーを押さえる事と王族を処理する事を第一に行動するのが普通だ。
故に母トリガー運用に関わる重要人物を秘密裏に脱出させる為に遅延戦闘を行っているというのは充分に有り得る話であり、その阻止の為にハイレインは自らの手勢を国の各所へ送り込んでいた。
彼等は精鋭とまでは呼べないものの旗下として運用するには充分な能力を持っている生え抜きの軍人達であり、逃亡者の索敵程度なら問題なくこなせる。
量産品ではあるがトリガーも持たせており、国同士の戦争に何度も従事している為大抵の事は任せられる。
勿論個人の戦力としてみればランバネイン達精鋭には遠く及ばないが、決して十把一絡げの雑兵というワケではない。
加えてこの国へ侵攻する時に連れて来た属国の兵士も同様に送り込んでいるので、戦力不足という事はない筈である。
こちらにはミラの
最初の遭遇から数えて五度、ハイレイン達は敵の白い仮面の兵士達を葬っている。
彼等は使い捨ての防壁の強度や攻撃の威力こそ驚異的だが、個体としてはさして強いワケではないどころか単体ではまるで戦力にならない事が判明した。
確かに攻撃の威力そのものは高いが教本に載るような杓子定規じみた戦法しか行わない為、数多くの戦場を駆けた将にとってはあしらう事はそう難しい話ではなかったのだ。
教本通りの戦法というのは安定はしているが、実際の戦場ではそこから発展させて臨機応変な対応こそが求められる。
ククロセアトロの兵は基本こそ押さえているが発展性というものが皆無であり、明らかな戦争経験の不足が露呈していた。
故にハイレインはランバネインとヴィザに波状攻撃を命じ、
結果、敵は初手での防壁の構築を強いられた挙句、その壁ごとヴィザのブレードによって断ち切られる、という有り様を晒していたのだ。
こちらも王道と呼べる力押しの戦法だが、同じ正道であれば地力の強い方が勝つのが通理だ。
最初こそ敵の悍ましい実態に後れを取りかけたが、こうなればアフトクラトルの進軍を阻める者はいない。
首脳部への奇襲も、エネドラなら問題なく出来る筈だ。
エネドラはトリガー
少なくとも額面上は指示に従えており、致命的な命令違反をしたワケでもない。
故に今はまだ、彼を切り捨てるべき時分ではない。
それに、身体を液状化出来るという
派手に暴れられない事に対しては不満を漏らしていたが、確実に殺せる敵がいる場所に行けると分かると喜び勇んで向かっていったのだからまだ扱い易い段階と言える。
常であれば余計な被害を撒き散らさないか神経を尖らせる必要があったが、幸い此処には処分するべきものしか存在しない。
エネドラが多少やり過ぎたとしても、問題は無いだろうと判断したワケだ。
「今回の敵もこれで片付きましたな。少々、手応えがなさ過ぎるようにも感じますが」
「やっている事が幾ら悍ましかろうが、戦争の素人である事は変わらん、という事だろうな。時間稼ぎのつもりなのだろうが、あからさま過ぎる。張り合いが無いにも程があるな」
一方、瞬く間に敵軍を殲滅して来たヴィザとランバネインは不満顔だ。
彼等からしてみれば、力押しだけで蹂躙出来る意思亡き敵は物足りないのだろう。
勿論だからといって命令を無視するような者達ではないが、それでも気乗りしていないのは確かなようだった。
なお、ヒュースは別動隊の一つを率いて別所に向かっている。
彼も精鋭の一人だが、ランバネインに加えてヴィザまでいる以上この場は少々戦力過剰だ。
虎の子のミラは基本的に戦闘をさせないにしても、ハイレインも黒トリガーの使い手であり大抵の敵はどうとでもなる。
あの白い兵士の集団に関しては生身である、という点から彼の黒トリガーの能力が通じないのは難点だが、攻撃そのものはトリオンを用いている以上
ならば様々な応用が出来小回りの利くヒュースに部隊を預けた方が、効率的に動けようというものだ。
作戦は、順調。
出鼻を挫かれかけはしたが、今の所戦術的に問題らしい問題は起きていない。
既定路線。
いつもの侵略戦争のように、この戦いももうじき終わると。
ハイレインは、そう考えた。
「────────なに?」
────────だが。
その考えが如何に愚かしかったのか、次の瞬間識る事になる。
合図となったのは、地面の揺れだった。
人工的な構築物である以上近界の国では起きようのない現象、即ち地震。
その振動は、それに近い代物だった。
だが無論、異常はそれだけでは終わらなかった。
ククロセアトロに並んでいた、無数の白い建造物。
家屋だと思われていたそれの天井が次々に破砕され、眩い光と共に空に
「え…………?」
「なんだ、あれは…………っ!?」
「────────」
────────それは、光を纏った子供だった。
今までに遭遇した白い兵士とはまた違う、白一色の手術衣のようなものを纏った年若い少年。
その背には輝く翼のようなものが生えており、良く見ればそれは背中から伸びた粘性の糸のようなもので繋ぎ合わせられた瓦礫の塊だった。
眼は虚ろで意思らしきものは確認出来ず、小さく開いた口からは涎が流れている。
どう考えても正気の人間には思えないソレは、一つではなかった。
確認出来るだけで、
同じように白い家屋から射出された飛翔体は、その全てが同じように瓦礫の翼を背負う子供達だった。
そして。
それらの意思なき瞳が、一斉にハイレイン達の方を向いた。
「────────!」
瞬間、子供達の眼が、紅く染まる。
それと同時に天に浮かぶ白い子供達は一斉に翼を広げ、頭上にリングを形成。
眩い光を放ちながら、リングの中にエネルギーが収束していく。
『あ、ア、ァ────────』
彼等の口から、声が漏れる。
『アァ、a,aaa────────』
否、それは。
声ではなく、呻き。
途轍もない苦しみに悶える、磔にされたニンゲンの末期の叫びであった。
『『『『『『『『『『『『『『『Aaa、aa、aaaa、aaaaaa、aaaaaaa、aaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa、aaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!!!!!!』』』』』』』』』』』』』』』
咆哮。
突然の攻撃に対し、アフトクラトルの精鋭達は迅速に行動した。
ミラは即座に「窓」を開き、ハイレインを連れて退避。
ランバネインはヴィザを掴み、
その次の瞬間、彼等がいた場所を無数の熱線が薙ぎ払った。
轟音と共に着弾したそれは、周囲の建造物を巻き込み、一帯を蒸発させる。
如何に軍事国家アフトクラトルの精鋭といえど、まともに受けていればただでは済まなかっただろう。
それだけの威力が、今の攻撃にはあった。
『A,aa,aaaaaaaaaaaaa…………ッ!!!』
無論、それだけでは終わらない。
攻撃が避けられた事で、瓦礫の天使達は次の行動に移る。
一斉にその右腕を掲げると、周囲から塵のようなものが集まり巨大な瓦礫の槍を形成。
腕を振り下ろすと同時に槍は一体化していた右腕ごと伸び、一斉にハイレイン達に向けて振り下ろされた。
「やんちゃは、いけませんな」
だが、純然たる物理攻撃であればこの翁にとってはさしたる脅威ではない。
ヴィザは
更には空に飛翔する白い子供達の半数程の身体を、そのブレードで断ち切った。
「子供を斬るのは、胸が痛む。ですが、その有り様では引導を渡した方が幾分かは慈悲というものでしょう」
下肢が両断された子供達は、ガクリと脱力する。
トリオン体の解除が起こらなかった事からも鑑みるに、どうやらあれらも信じがたい事に生身であるらしい。
その証拠に、切断面からは赤い血が流れている。
幼い子供が下肢を断たれて絶命する光景はヴィザとしても何も思わずにはいられないが、これで敵の半数はどうにか出来た。
「────────なに?」
────────されど、その考えは次の瞬間否定された。
刃によって断たれ、落ちていく下肢の落下が
しかも、ただ停止するだけではない。
それはまるで元の身体に引き寄せられるように上昇していき、やがて発条仕掛けの玩具のように上半身と接着。
あろう事かそのまま半身同士が結合し、元の形を取り戻した。
断じて、生きている人間が実現して良い挙動では無い。
それは、まるで。
ヒトから変じた化け物の姿、そのものだったのだから。
「再生…………っ!?」
「馬鹿な、生身でそんな事が出来る筈が…………っ!?」
その光景に、ミラとランバネインは同様に驚愕を露にする。
近界の戦争の数々を経験して来た彼等にしてみても、目の前の光景は理解の外だった。
生身であるにも関わらず大出力の攻撃を行った挙句、身体が両断されても再生する。
そんなモノは、今までのどんな戦場でも見た事がなかった。
否。
有ってはならない。
これは、明確にそういうモノであった。
『ア、アァ、Aa,aaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!!』
だが、それだけでは終わらなかった。
半身を再生した少年の背から伸びた翼が、近くに浮かんでいた数体の子供を抱擁する。
それらを引き寄せると翼から糸のようなものが噴出し、自身を含む子供達を包み込んだ。
糸は瞬く間に子供の全身を覆い、呑み込む。
蜘蛛の糸で編み上げられた繭のような姿に変化したそれは、包み込む糸を赤黒く染めながら徐々にその姿を肥大化させていく。
「なんだ、あれは────────!」
────────そして、変貌が終わる。
繭が裂け、姿を現したのは悍ましい異形の天使だった。
瓦礫で出来た翼は6枚に増え、その色は白濁色から血のような紅に変わっている。
頭部と思われる場所には眼のない仮面のようなオブジェクトが存在し、胸部には数人の子供の顔が
下半身には足の代わりに白い触腕が伸びており、烏賊類を思わせるそれは空の上で不気味に蠢いている。
生理的嫌悪を呼び起こす要素をこれでもかと詰め込んだ、悪趣味極まりない異形の天使。
それが、ククロセアトロの空に顕現していた。
『■■■■』
異形の天使の口が、意味不明な言葉を紡ぐ。
同時に、それは起こった。
天使の背に生えた、6枚の翼。
その中央にリングが形成され、先程までとは比較にならない出力のエネルギーが収束されていく。
「…………! 避けろ…………!」
それが何かを察したハイレインは、即座に退避命令を出す。
命令を受けるまでもなく回避態勢に入っていた面々が、一斉に動き出した。
『────────■■■■』
刹那。
絶大な轟音と共に、光の濁流が放たれた。
異形の天使から放たれた極大の熱線は、ククロセアトロの大地を焼き地平の果てまでその街並みを蒸発させる。
その様はまるで巨大な大蛇が這ったかような光景であり、千里先まで続く破壊痕を前に咄嗟の回避が間に合ったハイレイン達は言葉を失っていた。
「一体、何が起こっている…………っ!?」
混迷は、続く。
ハイレインは現状を理解する為の手を打つべく、ミラにエネドラとの通信を繋ぐよう命じた。