香取隊の狙撃手   作:デスイーター

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ククロセアトロ④

 

 

「なんだぁ!?」

 

 エネドラは突如起こった異常を前に、思わず身構えた。

 

 敵の首魁らしき人物を屠った直後の、不気味な機械音声のアナウンス。

 

 どう考えても碌な事にならないであろうその内容に対し、警戒するなという方がおかしな話だ。

 

 外から聞こえる轟音も、それに拍車をかけていた。

 

 何か、致命的な何かが起きている。

 

 そんな予感が、脳内に特大の警報と共に鳴り響いていた。

 

「…………っ!?」

 

 そして。

 

 その予感は、現実となる。

 

 エネドラのいる部屋の中央の床がひしゃげ、盛り上がる。

 

 パキパキパキ、という怪音と共に、床面が突き破られる────────────────否。

 

 ()()、していった。

 

「あぁっ!?」

 

 ()()を見て、エネドラは思わず声をあげた。

 

 床が変形し、せり上がったそれは巨大な()だった。

 

 腕、というより触腕といった方が良いだろう。

 

 節足動物の脚部じみたその巨大な腕は、何処か既視感がある。

 

 強いて言えば、トリオン兵の脚部パーツだろうか。

 

 虫の脚を模したかのようなそれは、確かに外観だけを見ればトリオン兵の脚に似ている。

 

 蜘蛛の脚のようだ、とエネドラは感じた。

 

 問題は。

 

 その脚が、何の前触れもなくエネドラに向けて振り下ろされた事だった。

 

「チィ…………ッ!」

 

 単純な物理攻撃など、泥の王(ボルボロス)には通用しない。

 

 そう豪語するエネドラだが、例外はある。

 

 一見無敵にも思える泥の王だが、その内部には核たる部分がありこれを破壊されれば致命傷となる。

 

 それさえ破壊されなければ無敵に近いのは事実であるしその核自体もかなり小さい為対人戦では早々やられる事はないが、相手は規格外の大質量だ。

 

 エネドラの身体よりも遥かに大きなあんな脚の攻撃を喰らえば、核諸共やられかねない。

 

 無論そう簡単に破壊される筈はないのだが、エネドラは自身の中で鳴り響く警鐘に従い回避行動を取った。

 

 バックステップでその場から飛び退き、その勢いのまま自身の肉体を液状化。

 

 慣性に乗る形で液体が流動し、白い蜘蛛脚の一撃の範囲外へ離脱する。

 

「…………っ!?」

 

 しかし、その瞬間。

 

 エネドラの背筋に、強烈な悪寒が迸った。

 

 何かが。

 

 何かが、エネドラの核に()()()いる。

 

 液状化した自身の肉体を通り抜ける形で差し込まれた得体の知れないモノが、自身の心臓部に接触している。

 

 自らの存在、それそのものを脅かされるような嫌悪感。

 

 それが、エネドラの背筋を総毛立たせた。

 

「────────!」

 

 今までに感じた事のないそれに対し、エネドラは反射的に液状化した自身の肉体の内部に刃を形成した。

 

 ブツン、と何かを断ち切った感触がする。

 

 それと同時に悪寒は収まり、エネドラは自身の肉体を人型へと構築し直した。

 

「…………ッ! はぁ、はぁ…………っ!」

 

 らしくもなく、額から脂汗が流れる。

 

 今のは、なんだ?

 

 何が、起こったのか。

 

 そんな疑問よりも、何よりも。

 

 今は一刻も早く、この場から離れたかった。

 

 戦闘狂じみた常のエネドラにはまず有り得ない、後ろ向きな思考。

 

 今この瞬間、エネドラは確かに恐怖していた。

 

 戦いに身を置く以上、自身の命の喪失と隣り合わせなのは当然だ。

 

 そんなもの、軍人であれば誰であれ理解している。

 

 だが、()()は違う。

 

 あれは、死などという真っ当な終わりとは程遠いナニカだ。

 

 あのまま放置すれば、取り返しのつかない事になっていたであろう事だけは分かる。

 

 それだけ、たった今感じた悪寒のレベルは尋常ではなかったのだ。

 

「こいつは…………」

 

 エネドラはふと、自身が断ち切った何かを見詰める。

 

 内部にブレードを形成してまで切断し、その結果床に落ち広がったそれは。

 

 粘性を帯びた、()()()()のように見えた。

 

 細く、かなり眼を凝らさなければ視認すら難しい。

 

 だがそれは紛れもなく、糸の形状をしていた。

 

「────────!」

 

 しかし、考え事をしている暇はない。

 

 獲物であるエネドラを取り逃がした蜘蛛脚が、再び彼を狙わんとその身を振り上げたからだ。

 

「チッ…………!」

 

 エネドラはそれを見て、今度は液状化を使わずに退避行動を取った。

 

 床を蹴り、自らの足で疾駆する。

 

 この場での迂闊な液状化は不味いと、本能が訴えていた。

 

 先程のあれは、液状化した自身の肉体を通り抜ける形で核に触れていた。

 

 液状化したエネドラに大抵の攻撃は通じないが、裏を返せばそれは如何なる物体であろうと内部まで素通しさせてしまう事を意味している。

 

 直接核に触れられた原因は、液状化し境界のなくなったエネドラの肉体が壁としての役割を果たしていなかった事にあるのだろう。

 

 故に液状化はせず、人型を維持したままエネドラは走り出した。

 

 自らの足で走るなど泥の王を手にしてから早々なかったが、今はそんな事を言っている場合ではない。

 

 エネドラは全速力で疾駆し、部屋の隅にあった通路の中へと跳び込んだ。

 

 その一瞬の後、彼のいた場所に蜘蛛脚が着弾する。

 

 巨大質量を以て轟音と共に床を抉り抜いたそれは、まともに人間が受ければ跡形も残らないに違いない。

 

 液状化出来るエネドラであっても、核が無事である保証など無いだろう。

 

 何より、あんな現象を引き起こせる相手に触れられる事自体、御免被りたい所だ。

 

『エネドラ…………ッ! 一体、何が起こっているのッ!?』

「ミラ…………っ!?」

 

 そんな折、エネドラの耳元に小さな黒い穴が出現し、そこから聞き慣れた女性の怒声が響き渡った。

 

 らしくもなく焦った様子のその声は、同僚たるミラのもので間違いない。

 

 その様子から察するに、向こうでも何かが起こった事は間違いなさそうだった。

 

『こっちじゃ、得体の知れない敵の群れがいきなり出て来てとんでもない事になってるのっ! 貴方、一体何をしたのっ!?』

「知るかよっ!? 敵の親玉みてぇな奴をぶっ殺したら、変な音声が聴こえて来てこうなったんだよっ! 言っとくが、それ以外は何もしてねぇからなっ!?」

 

 エネドラはミラの追及に対し、そう言って声を荒げた。

 

 どうやら向こうでも碌でもない事が起こっている様子だが、こちらとしては自分に責任があるかのような言い草は心外である。

 

 今回に限って言えばエネドラは自らの意思で異常事態を引き起こしたワケではなく、命令に従っただけだ。

 

 あちらも動転しているようだが、直情傾向なエネドラにとって売り言葉には買い言葉を以て応対するしかない。

 

 混乱しているのは、こちらも同じなのだから。

 

『ミラ、エネドラを回収しろ。今は言い争っている場合ではない。まずは、情報を集める事が先決だ』

「────────ハイレインか」

 

 その最中、穴の向こうから聞こえた男の声にエネドラは身を固くする。

 

 今のは間違いなく、己の上司たるハイレインの声だ。

 

 常は冷静さを崩さない彼であるが、若干だが今の声色には動揺が見え隠れしていた。

 

 あの野郎がこうなる程か、とエネドラは知らず戦慄する。

 

 どうやらこの星の異常事態は、エネドラが想像するよりも遥かに悪質なようである事は間違いがないようだった。

 

『了解しました』

 

 ミラのその声と共に耳元の穴が塞がり、代わりに目の前に人一人通れるくらいの大きな穴が開く。

 

 その向こうにはミラの姿があり、険しい表情でこちらを見ていた。

 

「エネドラ、早くこっちに来なさい…………っ!」

「言われなくても分かってるっての、ったく」

 

 エネドラはミラに急かされる形で、穴の────────────────窓の影(スピラスキア)の「窓」を通り、向こう側へと移動する。

 

 その刹那、ふと背後を振り向いた。

 

 蜘蛛糸の一撃により抉れ、大穴が空いた床面。

 

 その向こう側には、巨大な空洞が広がっていた。

 

 円形状に存在する空洞、その内部。

 

 そこには無数の糸のようなものが所狭しと張り巡らされ、そして。

 

 無数の糸の、連なる先。

 

 空洞の終着点には、長大な繭を思わせる光り輝く球体が鎮座していた。

 

 巨大な蜘蛛のような形をした台座の上に鎮座するその球体の根本からは無数の糸が伸びており、それを辿ると目の前の蜘蛛脚へ繋がっているのが見て取れた。

 

 良く見れば、蜘蛛脚は極細の糸によって瓦礫が無理やりに結合された代物だった。

 

 あの糸こそが、この蜘蛛脚の()()であると判断して差し支えないだろう。

 

 先程のあれは、あの脚を構成する糸を密かに伸ばして来たに違いなかった。

 

「あれは、まさか…………っ!」

 

 エネドラの視線を、追ったのだろう。

 

 続いてミラが覗き込んだ先にあるその球体は、良く見れば一部が隆起している。

 

 その部分は、人の形をしていた。

 

 球体に取り込まれるように存在しているそのパーツの意味を、ミラは。

 

 エネドラは、知っている。

 

 彼等の母国、()()()の国アフトクラトル。

 

 その名の由来は、とあるトリガーを維持する為の人柱になる存在────────────────即ち、「神」という名の生け贄である。

 

 それが接続されている以上、あの球体の正体が何であるかは言うまでも無い。

 

(マザー)トリガー…………っ!?」

 

 近界の星の核、母トリガー。

 

 この異変の元凶たる糸の、大本は。

 

 ククロセアトロの中核、そのものであった。

 

「────────ミラ、今はそちらは良い。早く窓を閉じろ」

「…………! 了解しました」

 

 侵略戦争を仕掛けている最中である事を考えれば、母トリガーの所在が分かった事は大きい。

 

 しかし今はそんな場合ではないと、ハイレインは判断したのだろう。

 

 ミラはハイレインの指示に従い、エネドラの回収を完了し役目を終えた「窓」を閉じた。

 

 その刹那、エネドラは目にする。

 

 空洞の先に鎮座する、巨大な球体。

 

 (マザー)トリガーの表面に浮かぶ、「神」の周囲。

 

 そこには、崩れかけた人の残骸のような何かが、浮かんでいるように見えた。

 

 

 

 

「おいおい、なんだあこりゃあ」

 

 窓の影(スピラスキア)により地上へ移動したエネドラの眼に飛び込んで来たのは、空に浮かぶ異形の子供の群れだった。

 

 彼等は一様に瓦礫の翼を生やしており、眼は虚ろでどう見ても正気ではない。

 

 しかもそれらの中央には、胸部に複数の子供の顔を浮かび上がらせた異形の天使としか評する他ない何かが君臨していた。

 

 地面にはまるで巨大な蛇が這ったかのような破壊痕が地平線の向こうまで続いており、とんでもない異常が起こっていたのは明らかであった。

 

「エネドラ、今は緊急事態だ。まずは、手短にそちらで何が起きたのか話してくれ」

「…………ハイレイン」

 

 だからだろうか。

 

 こちらを詰問するハイレインにも、若干どころではない焦りが見える。

 

 らしくねぇな、と思いつつも今が尋常の事態ではない事は瞭然だった為、エネドラは素直に答える事にした。

 

「さっきミラに言った通りだよ。てめぇの命令通り敵の親玉をぶっ殺したら、変な音声が流れてああなったんだ」

「その音声の内容は?」

「確か、管理者が死んだから何かを始める、みてぇな感じだったと思うぜ。臨界駆動がどうとか言ってやがったな」

「────────」

 

 エネドラの報告を聞き、ハイレインは思案する。

 

 敵の首魁らしき人物が死亡したと同時に発生した、異常事態。

 

 臨界駆動という、不穏な文字列。

 

 その意味する所を悟り、ハイレインの表情があからさまに強張った。

 

「…………まさか、自身の死を引き金として発動するシステムを仕込んでいた…………? だが、それに何の意味がある? 指導者の死を想定するものを仕込むくらいなら、自らに危機が差し迫った時に自動発動するようにしておけば良い筈だ。それに、これは明らかに暴走と言えるものだ。一体、どんなメリットが────────」

 

 敵の首魁の死亡と同時に発生した、異常事態。

 

 それは即ち、その首魁である人物は自身の死と同時に発動する何らかのシステムを予め仕込んでいたと解釈する事が出来る。

 

 しかし、その意味する所が分からない。

 

 自身の生命の危機に対し発動するものであれば分かるが、死んだ後に発動するものに何の意味があるというのか。

 

 領主として真っ当な思考を持つハイレインにとって、その行動に一切の意義を見出せなかったのである。

 

「…………そういえば、私からは見えなかったが(マザー)トリガーを発見したと言っていたな。そちらはどんな状態だったのだ?」

「あのデカイ蜘蛛の脚のようなヤツに繋がってた糸が、全部そっから出てたぜ? 「神」も見たから、あれが母トリガーである事に間違いはねぇだろ」

「────────! まさか、いや、()()()()()なのか…………っ!?」

 

 だが、エネドラの話を聞いたハイレインは一つの可能性に思い至りぎょっとした表情となった。

 

 辻褄は合う。

 

 しかし、()()()()()()

 

 だが、それ以外に説明しようがない事態であるのも確かであった。

 

「ハイレイン様、何か分かったのですか?」

「…………俄かには信じがたいが、そうとしか思えん。恐らく敵は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「…………っ!? ハァ…………ッ!?」

「…………そんなっ!?」

 

 その結論を聞いたエネドラとミラは、一様に驚嘆の表情を浮かべた。

 

 信じられない。

 

 そうとしか思えない程、その内容は常軌を逸していたからだ。

 

「では、あの大出力攻撃の正体は────────!」

(マザー)トリガーから直接出力させたものだろう。あれ程の規模の現象を可能にする絡繰りは、それ以外に思いつかん」

「正気ですか奴等…………っ!? 星の寿命を直接削り取って投げ捨てるような暴挙ですよっ!?」

「そもそも正気の連中であれば、あんな真似はしないだろうな。そういう事だ」

 

 ミラの驚愕も、無理からぬ話だ。

 

 確かに、星一つの運用を可能にする(マザー)トリガーから直接力を汲み上げたのであれば、あの馬鹿げた大出力攻撃も可能となるのであろう。

 

 敵の兵士の攻撃の威力()()が高かったのも、それで辻褄は合う。

 

 しかしそれは、自らの国の寿命を秒単位で加速度的に削り落とすかのような、集団自殺じみた暴挙だ。

 

 母トリガーは、確かに莫大なエネルギーを統御している。

 

 それを直接利用すれば、通常では有り得ない事象でも起こす事は出来るだろう。

 

 しかし近界国家の何処もそれをやらないのは、それが星の寿命を直接削り落とす愚行であると知っているからだ。

 

 近界の国は、(マザー)トリガーの大出力を以て初めてまともな星として機能する。

 

 その国家を維持する為に捧げられる生け贄が「神」であり、逆に言えばそこまでして出力を維持しなければならない生命線こそが母トリガーである。

 

 彼等はあろう事か星の命とも言えるそれを戦闘という刹那的な用途に惜しみなく用い、あのような大出力攻撃まで行っている。

 

 それは明らかに、星の寿命を自ら大幅に削り取る暴挙である。

 

 確かにそこまですればこの現象にも説明がついてしまうが、同じ真似を誰もやらないのはメリットをデメリットが極端なまでに上回っているからだ。

 

 現在はランバネインとヴィザが前線で異形の天使達と戦っており、敵は巨大な熱線を惜しみなく乱射している。

 

 あれが母トリガーから汲み上げたエネルギーで成されていると考えれば、星の寿命が今どれ程削り取られているか分かったものではない。

 

「────────待て。ミラ、(マザー)トリガーの現在の反応はどうなっている…………っ!?」

「…………! 出力が、加速度的に減少していますっ! このままでは…………っ!」

「矢張りか…………っ! ミラ、全部隊に撤退命令を出せっ! このままでは、()()()()()()()()()()()ぞっ!」

「「…………っ!!」」

 

 そして、気付く。

 

 あれ程までに埒外の攻撃を繰り返していれば、それに応じて星の寿命を削り取っている筈だ。

 

 母トリガーの出力が低下し、「神」が死ねば。

 

 起こる現象は、星の()()に他ならない。

 

 あの異形の天使共は、誰の命令も受けずに自律的に行動し暴走状態にあるものと推測される。

 

 そんなモノが、使用するエネルギーの加減などするワケがない。

 

 「神」が死に、それでも尚無理やりに母トリガーからエネルギーを汲み上げようとすれば、どうなるか。

 

 無論、星自体に致命的なダメージが入るに決まっている。

 

「…………っ!」

 

 そして。

 

 恐れていたソレが、起こった。

 

 ピシリと、星に亀裂が入る。

 

 一ヵ所ではなく、複数。

 

 どころか、星全体にその亀裂は広がり、更にその亀裂は宙の異形の天使が攻撃を繰り返す度に加速度的に広がっていく。

 

 亀裂は地割れとなり、あらゆるものを呑み込む奈落の穴と化す。

 

 星の崩壊が、始まった。

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