香取隊の狙撃手   作:デスイーター

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影浦隊Ⅰ

 

 

『全部隊、転送完了』

 

 アナウンスと共に、香取は街に降り立った。

 

 広がるは、一面の()()()

 

 白く、純白な。

 

 眩いとすら言える、雪化粧が見える。

 

『MAP、市街地B。天候、()

 

 深々と降り積もる、純白の結晶。

 

 先の猛吹雪のような、視覚の暴力ではない。

 

 穏やかに、されど滾々と降りしきる一面の雪景色。

 

 白い雪に包まれた、白銀の街並み。

 

 それが、目の前に広がる戦場だった。

 

「雪か。猛吹雪よりはマシだけど、面倒なのを選んでくれるじゃない」

『おい葉子、どうすんだ? これは想定外だろ』

「大筋は変わらないわ。少なくともアタシにはグラスホッパーもあるし、そこまで機動力は落ちない。予定通りに行くわよ。いいわね?」

『お、おう。了解』

 

 予想外の景色に面食らった若村から通信が届くが、香取はその不安を一蹴。

 

 大きな問題にはならないと、勢い良く発破をかけた。

 

「多分、すぐにでもアレが飛んで来るわ。全員、警戒しなさい」

『『『了解』』』

 

 そのまま隊の全員に発破をかけ、香取はバッグワームを纏って駆け出した。

 

 雪の街を、一人の少女が駆けていく。

 

 深々と降り積もる雪の街で、第五の試合が開始された。

 

 

 

 

「東隊が設定した天候は、雪ね。東さんの趣味じゃないと思うから、選んだのは小荒井くんかしら」

「恐らくはそうでしょう。東さんは、天候設定を弄る事そのものに積極的ではありませんから」

 

 実況席では東隊の天候設定を目の当たりにした面々が、口々にその意図を言い合っていた。

 

 月見は元チームメイト故に、奈良坂は狙撃手として東との交流があるが故に、この天候設定を彼が発案したものではないと断じていた。

 

 東は挙動や逃走能力の精度や手札の数こそ異常だが、基本的な立ち回りは狙撃手の基礎の模倣そのものだ。

 

 だからこそ天候設定で環境を弄る事自体あまり積極的ではなく、自分に選択権があればまずそこは弄らない。

 

 故に、奈良坂はこれが彼の発案ではなく、小荒井あたりの提案だと見当をつけたのだ。

 

 珍しいものや面白いものを好む小荒井ならば、雪という天候設定も頷ける。

 

 これが猛吹雪等の極端な天候であれば流石に奥寺あたりからストップがかかっただろうが、これならばまだ融通が利く範疇だ。

 

 そう考えると、矢張り小荒井以外有り得ないだろうというのが結論であった。

 

「この雪という天候は、狙撃手の視点で見るとどうでしょうか?」

「基本的には、そこまで狙撃に支障はないと思います。猛吹雪や砂嵐のように視界がほぼゼロになるという事はありませんし、精々雪に足を取られるので逃走がより困難になる、といった程度でしょうね」

 

 奈良坂の言う通り、この雪という天候は狙撃手にとってはそこまで痛手というワケではない。

 

 逃走時に雪に足を取られ易くなるリスクはあるが、そもそも狙撃手とは初撃で仕事を完了すべきポジションだ。

 

 一発撃った後は可能ならば逃走し姿を晦ますが、そもそも最初の一撃で仕事が出来ていないような狙撃手の()は長くはない。

 

 狙撃手にとって最大のアドバンテージとは相手の意識外の遠距離から不意打ちで弾丸を叩き込める事にあり、位置がバレた瞬間その優位性は消し飛ぶ。

 

 位置の判明した狙撃手の脅威度は文字通りに激減する為、最初の一発の価値が他のポジションとはそもそも雲泥なのだ。

 

 だからこそ特に視界に制限がかけられないこのMAPは、狙撃手にとって特段に不利なMAPとは言えないのである。

 

「むしろ、バッグワームや隊服を白の迷彩色にすれば隠密がやり易くなるというメリットがあります。実際、東隊はそうしているようですしね」

「成る程、確かにあれは雪に紛れて発見が遅れそうですね。とはいえ、雪に足が取られる分小荒井くんや奥寺くんの合流が遅れそうですが」

「恐らく、それを見越してグラスホッパーを積んでいるでしょうね。空中を足場にすれば、雪が積もっていようと関係ありませんから」

 

 それと、と奈良坂は続ける。

 

「合流を多少遅らせてでも、発見され難さの方を優先したんだと思います。この状況なら、すぐにでも()()が来ますからね」

 

 

 

 

(雪で走り難いわね。けど、迂闊な真似は出来ないか)

 

 香取は一人、雪の街を走っていた。

 

 グラスホッパーは、使っていない。

 

 確かにグラスホッパーを使えば足場に関係なく高速の移動が可能だが、その分目立ってしまうし空中に出た所を狙われでもすれば最悪だ。

 

 この戦場には、東がいるのだ。

 

 跳び上がった敵を狙い撃ちにする程度の事は、造作もなくやってのけるだろう。

 

 故に、安易な空中戦はご法度。

 

 東だけではない。

 

 ユズルもまた、狙撃の腕一点を見れば侮れない駒だ。

 

 東と同じく、高難易度の狙撃だろうと難なく当てて来るだろう事が予想出来る。

 

 二人の狙撃手。

 

 東と、ユズル。

 

 この二名が健在な限り、香取は安易に上を取る事が出来ないのだ。

 

「────────来たわね」

 

 だからこそ、いつ()()が来ても良いように身構えていた。

 

 空から降り注ぐ、無数の弾頭。

 

 放物線を描くように無差別に放たれたそれが地面に落下すると同時に、起爆。

 

 大爆発が、周囲の家屋を吹き飛ばした。

 

 一ヵ所、二ヵ所、三ヵ所。

 

 爆発の数はどんどん増えていき、空からは絶え間なく榴弾が降り注ぎ続けている。

 

 全方位無差別の、乱雑且つ適当な爆撃。

 

 俗に言う、適当炸裂弾(メテオラ)

 

 影浦隊の代名詞とも呼ぶべきそれが、文字通りに炸裂していた。

 

 

 

 

「早速出たわね、適当炸裂弾(メテオラ)。これ、命名は犬飼くんだったかしら」

「そういう話を聞いた事がありますね。ともあれ、矢張り早速使って来ましたね」

「────────適当メテオラ。ゾエが無差別に爆撃をバラ撒いて、戦場を混乱させる。その隙を突いてカゲが乱戦に持ち込むのが、影浦隊の王道パターンですからね」

 

 初っ端から炸裂した適当メテオラによって爆煙に包まれる市街地を見て、三者は三様の声をあげた。

 

 適当メテオラ。

 

 それは影浦隊が屋外MAPで必ずと言って良い程初手で使用する、いわゆる無差別爆撃だ。

 

 高いトリオンを持つ銃手である北添が擲弾銃(グレネードランチャー)を用いて炸裂弾(メテオラ)を発射し、戦場全域に無差別に破壊をバラ撒く。

 

 そしてその隙を突いて、爆撃の中でも行動可能な影浦が炙り出された敵目掛けて攻撃を仕掛け、得意の乱戦に持ち込む。

 

 これが影浦隊の黄金パターンとも呼べる戦術であり、彼の部隊の凶悪さを引き上げている元凶とも言える。

 

「王道パターンで尚且つ屋外MAPではほぼ毎回やって来るから初手自体は読み易いが、そこからの対処が困難だからな。A級にいた頃は、この戦術には散々辛酸を嘗めさせられたものだ」

「狙撃手殺しの特性を持つカゲがいる上に、無差別の爆撃で隠れる事すら封じて来ますからね。無理もないと思います」

「やって来る事は分かっているが、対処が難しい。そういう意味で、この戦法は確かに王道と呼ぶ他ないだろうな」

 

 この戦術の利点はワンパターンな作戦でありながら細かい所は色々と融通が利く────────────────というよりも、そもそも最初から()()()()()なのでどうとでも展開を変更出来る、という点だ。

 

 決まっているのは初手で北添がメテオラをバラ撒く事()()であり、そこから先は戦場や影浦の位置次第で臨機応変に動くのが影浦隊の基本戦術(スタイル)である。

 

 無差別爆撃自体は毎回同じでも、影浦がどう動いて来るかは実際に接敵するまで分からない。

 

 影浦隊全員の地力が非常に高いが為に成立する乱暴極まりない力技に近い戦術であるが、だからこそ明確な対処法というものがないのだ。

 

 細かく決めた戦術は完遂すれば強いが、イレギュラーな事態に弱く何か一つの切っ掛けで呆気なく崩れかねない。

 

 しかし影浦隊は行動の全てが臨機応変である為、常道の対策が通じないのだ。

 

 この何をして来るか分からないという()()が、影浦隊の実力を支えていると言っても過言ではない。

 

 ただでさえ無差別爆撃で混乱している所に、大抵の場合1対1ではまず勝てない影浦がいきなり突っ込んで来るのだから相手からしたらたまったものではないのだ。

 

 影浦隊に勝つ為には、まずはこの初手の爆撃(せんれい)を潜り抜ける必要がある。

 

 それが出来て初めて、彼等と戦う舞台に上がる事が出来るのだから。

 

「む。香取が動いたか」

「そのようですね。狙っているのは、ゾエのようです」

 

 

 

 

(北添先輩の位置は割れた。なら、さっさとこの爆撃を止めさせないとね)

 

 香取は雪と共に爆撃が降りしきる街の中、高速で移動していた。

 

 先程まで使用を禁じていたグラスホッパーも、超低空の移動に関してのみ解禁。

 

 全速力で爆撃の発射地点────────────────即ち、北添の下へと向かっていた。

 

 四方八方へと派手に爆撃を飛ばしている為、既に北添のいる位置は割れている。

 

 位置が判明した以上、狙わない手は無い。

 

 北添は高いトリオンも相俟って強力な重銃手(ヘビーガンナー)である為近付いても易々と倒せる相手ではないが、香取ならやってやれない事は無い。

 

 無論油断は出来ないが、近付く事さえ出来れば十二分に分はある。

 

 それだけ香取の突破力は高く、それは彼女自身も自認している。

 

 故に、此処で北添を狙わないという択は無い。

 

 放置すれば厄介で尚且つ位置が分かっている敵など、狙わない理由の方が少ないからだ。

 

 今も尚放たれ続ける爆撃の発射地点へ向け、香取は疾駆する。

 

「…………!」

 

 ────────その、最中。

 

 香取は本能が察知した危機感知に従い、その場から跳び退いた。

 

 次の瞬間、彼女のいた場所に鞭のようにしなる刃が振り抜かれる。

 

 その異様に長い刃は香取の鼻先を掠めるが、間一髪でこれを回避。

 

 そして。

 

 その刃の主を、香取は見据えた。

 

「よぉ、やっぱおめーが来たな。香取」

「────────影浦先輩」

 

 路地の横から現れたのは、影浦雅人。

 

 影浦隊の隊長にして、個人の単純な戦闘能力であればこの試合の参加者の中でもトップランクの攻撃手である。

 

 爆撃に際して奇襲を仕掛けて来るのは影浦隊の常である為、そこに疑問は無い。

 

 問題は。

 

 今の言い方からして、彼は自分をこそ待ち構えていたであろうという事だ。

 

「…………まさか、待ち伏せ…………っ!?」

「ああ、ゾエの奴に派手に爆撃させりゃあそこに飛んで来っと思ってな。待ち構えてたら、案の定だぜ」

 

 ニヤリと、影浦は不敵な笑みを浮かべる。

 

 驚いたのは、そこだ。

 

 影浦隊はこれまで、作戦と呼べるものを披露しては来なかった。

 

 適当メテオラとそれに際した奇襲は根本的には個々人の地力の高さを押し付ける力技であり、作戦と呼ぶには大雑把に過ぎる。

 

 影浦隊は生駒隊以上に臨機応変が過ぎる為、彼等と違いそもそも作戦を立案・実行するブレイン役がいないのだ。

 

 隊の舵取り自体は光が行っているが、彼女も基本的には情報処理とその通達、細かなサポートに終始しており、大雑把な指示以外を下した事は殆どない。

 

 だからこそ、「北添を囮に敵を釣り出し影浦が待ち伏せる」という、正真正銘の戦術を使って来るとは思わなかったのだ。

 

 何があったかは知らないが、影浦隊そのものに大幅な意識改革が起こった事はまず間違いない。

 

 その理由を知る由もない香取は、唯々戦慄した。

 

 獰猛で牙の鋭さを最大唯一の武器とする獣に、智慧が付いてしまった。

 

 その意味を理解出来ない程、香取は愚鈍ではないのだから。

 

「この試合じゃ、一番面白そうなのはてめーだからな。精々遊んで貰うぜ、香取」

 

 

 

 

「此処で影浦くんが香取隊長と接敵。どうやら、待ち伏せていたみたいね」

「…………驚きましたね。カゲが、こんな手を使うなんて」

 

 村上もまた、その影浦の変貌ぶりに心底驚いた様子だった。

 

 今まで作戦らしい作戦を立てた事のなかった影浦隊が、戦術を本格的に用いて来た。

 

 その意味を理解し、村上は。

 

 眼を輝かせて、その光景を見ていた。

 

(カゲ、何があったかは知らないが強くなろうとしているんだな。俺も、もっと頑張らなくちゃならないな)

 

 若干の戦闘狂いの気がある村上は友の成長を、まずは誰よりも喜んでいた。

 

 再び上位に返り咲かない限り影浦と戦う機会は巡って来ないが、それでも上を目指し続けると誓った以上はいつかは当たる相手だ。

 

 村上はその成長を脅威に思うよりもまず、嬉しく感じていた。

 

 このあたりが、村上の裏表のなさを表していると言っても過言ではない。

 

「確かに、これは予想外ですね。香取隊長も、驚いているように見えます」

 

 うんうんと一人静かに納得して解説を放棄している村上に代わり、奈良坂が相槌を打つ。

 

 その光景に月見が若干目を細め、その視線に気付いた村上がコホン、と咳ばらいをする。

 

 どうやら友の成長を嬉しく思うあまり、今自分の置かれている立場や役職を忘れていたようだ。

 

 彼らしいと言えばそれまでだが、曲がりなりにも仕事として引き受けた以上完遂して貰わねば示しがつかない。

 

 こういう時、月見に容赦をする理由は微塵もない。

 

 村上に自分の有能な駄目男好き(せいへき)の片鱗を感じ取っていたようだが、ギリギリでラインに届いていないらしくそれ以上の追及はない。

 

 「太刀川くんと同じジャンルじゃ面白くないわよね」と小さく呟いていたが、そこはそれ。

 

 全力で聞かなかった事にした村上の判断は、英断と言える。

 

「とにかく、これでこの試合の中でもトップランクのエース二人がぶつかる事になりました。早々に、試合が荒れて来そうですね」

 

 村上はそう言って、画面の中で対峙する二人を見据える。

 

 影浦と香取はそれぞれスコーピオンを構えながら、同時に疾駆。

 

 二人のスコーピオン使い同士の削り合いが、始まった。

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