『今、影浦と香取がこのポイントで戦闘中だ。見たところ、すぐに決着が付きそうにはないな』
「了解しました。北添先輩の位置は分かりますか?」
『想定通りのルートを移動中だ。移動速度も、想定を超えてはいないな』
了解、と奥寺は東からの報告を聞き頷いた。
本来の実力からすれば東が指揮を執るのが妥当なのだが、彼の方針は基本的に
故に自ら指揮を執る事はなく、作戦方針や試合中の行動は常に奥寺達に一任している。
求められれば答えはするが、自分から献策する事は一切ないのだ。
あくまでも奥寺達の成長に重点を置いている為、たとえ彼等が間違った行動をしたとしても試合中にそれを指摘する事はない。
徹底して教師、教官としての立場を貫いており、試合の勝敗すらも試験の結果の一つとしか捉えていないだろう。
無論、それを承知で彼に頼んだのは自分達なので、一向に構わない。
あの東春秋を部隊に引き入れる事が出来ただけでも、値千金の成果なのだ。
上を目指すには指導が幾らあっても困るものではないし、何より多少努力しただけでは魔境のB級上位で頂点を狙う事など出来はしない。
今はボーダーの中でも最高峰の指導者と言える東に直接教導して貰えるという幸運を、しっかりと噛み締めるべきだ。
その上で、思考する。
今齎された情報から、考えるべきは何かを。
(影浦先輩と、香取が戦闘中か。東さんは、
東は影浦と香取が戦闘中である事を話した上で、「すぐには決着が付かないだろう」と断言した。
それはつまり、両者の戦いが互角、或いは膠着状態である事を意味している。
影浦の実力は、嫌と言う程知っている。
小荒井と合流した状態であればある程度食らいつく事は出来るかもしれないが、単独で接敵した場合には良くて数分保つかも怪しいところだ。
元々、自分や小荒井の個々での実力はB級上位の他の隊員と比べればそう高くはない。
猛者がひしめき合うB級上位であるが、その中でも個人としての実力だけを見れば弱い部類に入るだろう事は確かだ。
B級上位の中でも上積み中の上積みとも言える影浦相手では、まともに戦おうとすれば小荒井との連携は必須だろう。
個々の実力で劣る自分達がB級上位でやって来れた要因は、東の存在が第一だが小荒井との連携能力の高さにあると言っても過言ではない。
奥寺にとって、小荒井ほど連携しての戦闘で合わせられる隊員はいない。
正反対な性格の両者であるが、自然と昔から波長が合い、何かと一緒に行動する事が多かった。
その所為か相手の行動や思考を手に取るように把握する事が出来る為、連携の際には手足が増えたかのような感覚で戦う事が可能なのだ。
故に彼との連携による戦闘力の向上は単純な足し算ではなく乗倍に近く、B級上位のエース級にも食らいつけるだけの
影浦相手にも、二人がかりであれば何とか勝負する事は出来るだろう。
しかし香取は、その影浦と単独で真っ向からやり合い、拮抗状態にあるのだという。
前期は成績が低迷していたとはいえ、矢張り香取もB級上位のエース格という事だろう。
とはいえ、前期までであれば実力にムラがあり過ぎて安定というものからは程遠かった。
以前であればとうに業を煮やして突貫し、そこを横槍で突かれていた筈だ。
それがないという事は、堅実に戦い影浦と拮抗する事が出来ている事に他ならない。
加えて、東は「すぐに決着が付きそうにない」と
それはつまり、香取の側に攻めっ気がない、或いは無理に動く気がない事を意味している。
(香取は、影浦先輩との決着を急ぐつもりがない。これは確かだろう。むしろ、時間稼ぎをしようとしている、のか…………?)
そうなると、自ずと香取の狙いも見えて来る。
膠着状態を狙って演出しているのだとすれば、その目的は時間稼ぎ以外に有り得ない。
重要なのは、此処だ。
何故、
それが、今東から出された課題なのだと、奥寺は理解した。
「東さん、香取は膠着を狙っているように見えますか?」
『そうだな。攻めっ気が薄過ぎるし、そう考えて良いだろう』
『って事は時間稼ぎか? つう事は────────』
「ああ、何か狙ってるな。確実に」
解答用紙の確認は済んだ。
東の言からも香取が時間稼ぎをしているのは確実であり、それを小荒井とも共有出来た。
後は、何故時間稼ぎが必要なのかを考えなければならない。
「東さん、他の隊員に目立った動きは視えますか?」
『俺の位置からだと、北添以外は視認出来ないな。移動すれば分かるかもしれんが、どうする?』
「…………いえ、北添先輩の動きを見逃がしたくありませんし、下手に動けばそこを見つかる可能性もあります。このままでお願いします。勿論、危険だと思ったらすぐに移動して構いません」
『了解だ。その方針に従おう』
東の返答を聞き、奥寺は思案する。
これまで東には比較的広範囲を見渡せる場所に陣取って貰っていたが、そこから見えないのであれば相当に慎重に動いている事が伺える。
下手に移動すれば敵と鉢合わせするリスクもあるし、何より隠密に徹した東を早々に発見出来る者がいるとは思えない。
故に下手に動かして隙を作るよりも、今は戦場の俯瞰をして貰っていた方が良いと判断した。
影浦隊と、香取隊。
この二部隊を相手にするのであれば、東の助力は必須だ。
彼に限って早々に落とされる事は無いと断言出来るが、それでも一定期間東が使えなくなる可能性は無視出来ない。
それに、香取や影浦に隙が出来た時にそれを狙える東を動かしたくはないという想いもあった。
東は、影浦のサイドエフェクトを無視して攻撃を当てる事が出来る。
このアドバンテージを捨てるのは勿体ないと、奥寺は判断したのだ。
(問題は、香取が何を狙っているかだ。影浦先輩を抑える事で、何かしら香取隊にメリットを生む────────────────或いは、
だが、此処で懸念されるのが香取の狙いだ。
今現在、香取は影浦相手の戦闘で膠着状態となっている。
それが彼女の意思に依るものであるならば、確実にそこには何らかの狙いがある。
早急にそれを解明しなければ危険だと、奥寺は直感していた。
(影浦先輩に、他の隊員の所に行って欲しくはなかった? 確かに、三浦先輩や若村先輩だと影浦先輩相手に1対1じゃ厳しいのは確かだ。狙撃手の木岐坂も当然として────────────────待て)
そこで、奥寺は気付く。
単に他の隊員と影浦がエンカウントする状況を防ぎたかった、だけではない。
木岐坂樹里。
その名を脳裏に浮かばせた時、ある可能性に行き付いた。
────────影浦先輩は、視認されるだけで相手の存在を察知するからな。木岐坂が持ってる
以前、奥寺自身が言っていた事を思い出す。
あの時、この試合では樹里の脅威は減少していると判断した。
その判断材料となったのが、影浦のサイドエフェクトだ。
影浦の
即ち彼に視線を向けるだけで居場所を知られる事と同義であり、強化視覚のサイドエフェクトを持つ樹里にとっては迂闊に高所から戦場を俯瞰する事そのものがリスクとなってしまう。
それ故に影浦が健在である限り、彼女の脅威力は低いと判断したのだ。
「…………! そういう事か…………っ! 小荒井、注意しろっ! 今は、影浦先輩の位置が確定してるっ! つまり、
『…………っ!』
────────だが。
今この時、その前提はひっくり返る。
通信の向こうで、息を呑む音がした。
そう、確かに影浦がいる限り、樹里は安易に高所から視認する事が出来ない。
だが、今はどうか。
影浦は現在、香取と戦闘の真っ最中。
即ち、影浦の位置は割れている。
ならば、樹里は
この市街地Bは射線が通らない場所も多いが、開けた市街地MAPである事に変わりはない。
もし、既に樹里が高所に陣取っていた場合。
影浦が釘付けにされている現在、
「…………!」
奥寺は
その一瞬後、彼のいた場所に無数の銃弾が叩き込まれた。
それを放ったのは、バッグワームを纏った若村だ。
若村はバッグワームを解除しながら、再び銃撃を敢行する。
グラスホッパーを用いてそれを躱しながら、奥寺は舌打ちした。
(遅かった…………っ! もう、視られていたのか…………っ!)
バッグワームを纏い、隠密行動をしていた自分が発見された原因など最早言うまでもない。
樹里だ。
影浦という障害を実質排除した彼女が、高所からの直接視認によって自分の居場所を見つけ出したのだ。
確かに、影浦がいる限り樹里の脅威は半減する。
だがそれはあくまで影浦隊にとってであり、他部隊も同列に扱うべきではなかったのだ。
とうの影浦が前に出ている状況であれば、樹里は彼のいる場所を避けて戦場を俯瞰すれば良いだけの話なのだから。
その事に気付くのが、遅過ぎた。
それが、悔やまれる。
東の指摘の際に即座にそれに気付けていれば、まだ間に合ったかもしれない。
だが、それを言っても仕方がない。
今は、この状況をどう凌ぐかに懸かっている。
(若村先輩自体は、そこまで脅威というワケじゃない。けどそれは、小荒井と二人揃っていればの話だ。今のオレにとっては、このハウンドの弾幕自体が厄介だ)
若村自体は、特筆すべき脅威ではない。
しかしそれはあくまでも小荒井と連携している場合であり、今自分のいる比較的開けた路地では明確にこちらが不利だ。
銃手の長所は、その即応性にある。
キューブを展開してからそれを分割、射出する手間がかかる射手と違い、本当の意味で絶え間ない銃撃を敢行する事が出来るのだ。
射手であれば次の弾を撃つには再びキューブを展開する必要があるが、銃手なら引き金を引くだけで事足りる。
加えて、若村の扱っている
銃手の中では最もスタンダードなタイプのトリガーであり、その取り回しの容易さと使い易さから使用者も多い。
この距離では、ハッキリ言って向こうの方が有利だ。
勿論機動力ではグラスホッパーを持つ奥寺が優位だが、若村が撃って来ているのはハウンドだ。
グラスホッパーのみでの回避は難しく、シールドも用いるとなればそれこそ反撃する暇がなくなる。
もう少し狭い場所であれば壁伝いに接近する事も容易かっただろうが、開けた場所である程度距離を取った状態では銃手に軍配が上がるのは通理である。
若村は決して目立つ駒ではないが、銃手としての基本的技能は充分会得している。
それだけでも、今この状況では厄介極まりない。
中距離から絶え間なく弾幕を展開して来る駒というだけで、今の奥寺にとっては充分な脅威となるのだ。
(今は、分が悪い…………っ! ここは一旦引いて、小荒井との合流を目指す…………っ!)
奥寺は即座に、逃走の判断を下した。
無理をすれば突破出来るかもしれないが、その結果痛手を負わされればたまったものではない。
この試合で勝ち抜くには、十全の状態で小荒井と連携を取る必要がある。
故に、此処で下手に痛打を貰うワケにはいかない。
ならば一旦引き、小荒井と合流して改めて相対すれば良い。
(小荒井と連携すれば、若村先輩は恐らく落とせる筈だ。雪で足が鈍っている以上、グラスホッパーを使って二人がかりで攻めればどうにかなる筈…………っ!)
決めた以上、モタモタしている暇はない。
今は一刻も早くこの場から逃れ、小荒井との合流を目指さなければならない。
その想いで、奥寺は即座に転身しグラスホッパーを展開。
それを踏み抜くべく、足をかけた。
「え…………っ!?」
────────それが、致命的な一歩だとも知らずに。
奥寺の足が何かに引っかかり、その拍子で躓いた。
直後、見えたのは
自分が足をかけようとした場所に張られた、一本のワイヤーだった。
「しま…………っ!?」
気付いた時には、遅かった。
体勢を崩し明確な隙を見せた奥寺に、銃撃が叩き込まれる。
咄嗟に身体を捻りシールドを張るが、それでも防ぎ切る事は出来なかった。
若村の弾は奥寺の右足を貫き、その機動力を奪い去った。
致命傷自体は貰っていないが、機動力を軸とする奥寺にとっては下手に大ダメージを貰うよりも余程以上の痛手と言える。
(スパイダー…………っ! 向こうはとっくにこっちを見付けていて、此処で仕掛けるべく罠を張っていたのか…………っ!)
今、自分のかかった罠の名は知っている。
スパイダー。
ワイヤーを展開する、特殊なオプショントリガー。
それを若村が使う事は、知っていた筈だ。
だが、焦っていた奥寺はその事を失念し、まんまと罠に引っかかってしまった。
恐らく自分達の位置はとうに樹里に視認されており、若村はこの場で彼を仕留めるべく罠を張って待ち構えていたのだ。
遭遇戦ではなく、迎撃戦。
最初から自分は、香取隊の張った罠の中にいたのである。
足が、奪われた。
この意味する所は、大きい。
奥寺は早くも、この試合に於いて無視出来ない傷を負ってしまったのだった。