「奥寺くんを若村くんが奇襲して、ワイヤー
「ええ、機動力を頼みとする戦術が軸である以上、足が削られたのはかなり痛いですね。恐らく、小荒井と合流しても普段の連携は出来ないでしょう」
月見、村上は実況席で、簡潔に戦況を分析する。
二人の指摘通り、奥寺の足の負傷はある意味で致命的だ。
彼の戦術は、機動力を軸としたヒット&アウェイのスピードタイプのそれ。
その片翼が欠けたに等しい以上、小荒井との合流を果たしたとしても普段のパフォーマンスは発揮出来ないだろう。
「奥寺と小荒井は二人揃って連携すれば、上位の実力者相手でも食らいつける
「そうですね。奥寺の足が削れた以上、彼等二人の戦力は激減したと言っても過言ではありません。スピードタイプの攻撃手にとって、足を削られるのは相当な死活問題ですから」
「そうね。太刀川くんなら片足が削れてもなんだかんだで斬り合いを続けられるでしょうし、村上くんもそれなりにやり様はあるでしょうけど、あの二人に同じ事は出来ないでしょうね。
この場合、致命的なのは奥寺達がスピードタイプの攻撃手である点だ。
仮に村上であれば足が削れたとしても元々が守備重視のどっしり構えるタイプの攻撃手である為、幾らでもやり様はあるだろう。
元々一ヵ所に留まっての防衛戦に向いている村上にとって、片足の欠損は致命的と言える程の痛手にはならない。
太刀川は太刀川なので置いておくとしても、攻守バランスの良いタイプの攻撃手にとっては足が削れたところで戦力低下は免れないが戦う事自体は出来る。
しかし、スピードタイプである奥寺にとってこの足の負傷は致命的だ。
元々、奥寺と小荒井が連携して上位陣に食らいつく事が出来ていたのは、その機動力を軸としたヒット&アウェイの戦術が二人がかりの連携と相性が良かったからだ。
お互いの動きがほぼ完全に把握出来る二人は、殆どタイムラグなしで手足が一本ずつ増えたかのような感覚で近接の連携が行える。
上位の相手と戦う時はその利点を活かし切る形でヒット&アウェイを繰り返して翻弄し、隙を狙って東に狙撃を叩き込んで貰う、というのが東隊の必勝パターンだった。
阿吽の呼吸で素早く動き続ける二人を同時に相手にするのは容易な事ではなく、B級上位の一級の実力者達といえど、無視する事が出来ないくらいには二人揃った彼等は脅威なのだ。
だがそれは、あくまでも二人が十全の状態であればの話だ。
片足が削がれた奥寺の戦闘力は、半減以下になっていると言っても過言ではない。
少なくとも、このB級上位で1対1でまともに戦えるレベルではないのは確かだ。
肉体的な致命傷を貰わなかっただけで、実質無力化状態にあると言っても差し支えない。
それだけの痛手をこの序盤で受けてしまったのは、大きな損失と言える。
「これは、完全に香取隊の作戦勝ちね。影浦くんを足止めしている隙に、狙撃手に高所から盤面を俯瞰させて奥寺くんもしくは小荒井くんの各個撃破を狙った。しかも、スパイダーを張って待ち伏せる徹底ぶりだわ」
「ええ、恐らくは影浦先輩を発見したらすぐに作戦に移れるように予め高所に移動していたんでしょうね。後は影浦先輩の位置が確定次第、全体を俯瞰してチームメイトにその場所を伝えれば良い。
「香取隊は若村に罠を張らせて待ち構え、奥寺がそこへ踏み込んで来た所を狙った。理に適っていますね」
それもこれも、香取隊の作戦が完璧に嵌まったが故の結果だ。
香取隊はまず、影浦を釣り出す事を第一に動いた。
恐らくだが、爆撃に紛れて移動すれば自ずと影浦と接敵出来ると踏んでいたのだろう。
影浦の方が待ち構えていたのは予想外だったようだが、それでもやる事は変わらない。
樹里の天敵と言える影浦をエースの香取が相手をする事で足止めしつつその位置を確定させ、彼女に
その上で高所から盤面を強化視覚で俯瞰し、奥寺を発見。
若村にその移動ルートを伝え、罠を張らせた上で待ち構えさせた。
この作戦が流れるように綺麗に決まったのは、偏に前期までの香取隊のイメージを奥寺達が払拭し切れていなかった事にも原因がある。
確かに奥寺達は、成長した香取隊の試合のログを見ていたし、侮れない相手とも考えていた。
だが、百聞は一見に如かずという言葉通り、実際の体験と単なる伝聞では天と地ほどの差がある。
確かに、驚異的な実力を見せつけた香取や樹里の事を警戒していたのは間違いない。
しかし、傍から見ればそこまで目立つ活躍をしていないように見えた若村の事を、侮っていなかった面が無いとは言い切れないだろう。
前期までの醜態を知っている分、ある程度の先入観があったのは否定出来ない。
口では「香取隊は警戒すべき」と言いつつも、無意識の先入観というものは中々拭い切れるものではないのだ。
そういう意味で、若村達の以前までの歩みも意味の無いものではなかったとも言える。
本人達からすれば皮肉な話だが、前期で散々な姿を見せた分の貯金が、此処で成果を挙げているようなものだ。
どんな道程も、無意味なものではない。
ある意味でこれは、そういう話であるとも言えた。
「こうなると、合流を狙う意味も薄くなって来るわね。今の奥寺くんは戦力になるとは言い難いし、どういう判断を下すのかしら?」
「捨て身で相打ちを狙おうにも、ワイヤー地帯と化した場所で尚且つ機動力も削られているとなれば、厳しいでしょうからね。此処でどう動くかが、此処からの分岐点と言えるでしょう」
今の奥寺は、小荒井と合流しても戦力になるとは言い難い。
下手をすれば削られた足の所為で小荒井の枷になってしまう可能性すらあり、考え無しに合流しようとしても逆効果になりかねない。
故に、此処での選択が重要になって来る。
最早戦力とは成り得ない奥寺を、どう
そこが、此処からの分岐点となるだろう。
「此処での選択は、重要ですね。奥寺がどう動くのか、それ次第で色々変わって来ると思います」
(マズイ、完全にオレの失策だ…………っ! 若村先輩がスパイダーを使う事くらい知識として知っていた筈なのに、それを失念するだなんて…………っ!)
奥寺はサイドステップで若村の銃撃を避けつつ、内心で舌打ちしていた。
その右足は既に穴だらけで、使い物にならない。
今の回避も左足だけで何とか地面を蹴り、強引に躱したに過ぎない。
スピードタイプである奥寺にとって、この足の欠損は致命的だ。
今の所は何とか凌げているが、こんな無理やりな回避はそう長く続くものではない。
チラリ、と背後に眼を向ける。
奥寺の後方には眼を凝らせば辛うじて見えるワイヤーが無数に張り巡らされており、同様のものが若村の周囲にも確認出来る。
このワイヤー陣の中では、足の削れた状態で回避を続けるのは無理がある。
下手に動いて躓きでもすれば今度こそ致命傷を貰いかねないし。かといって防御に回ればそのまま固められて削り殺される。
若村はそうトリオンの高い相手ではないが、それでもシールドの強度には限界があるのだ。
絶え間なく銃撃を喰らい続ければ、奥寺程度のシールドなどいずれ割れる。
射手相手ならばともかく、銃手である若村が弾幕を途切れさせる事はまず無いと見て良い。
してやられた。
完全に、奥寺は戦術の面で香取隊に敗北していた。
若村がスパイダーを使うという情報は、事前の調査の中で判明していた。
だが奥寺は突然の事態に焦るあまり、その事を失念していた。
否、言い直そう。
若村相手に後れを取る事などないと、侮っていた。
それはきっと、無意識下のものだろう。
奥寺は、前期までの碌にチームに貢献出来ていないどころか足を引っ張るばかりの若村の姿を何度も見ている。
今期でそれは改善されているが、一度染み付いた先入観というものは中々消えないものだ。
故に無意識下で若村を侮り、油断を生んでしまった。
その結果が、これだ。
足を削られた今、奥寺は碌な戦力にならない。
仮に今から小荒井との合流に成功したとしても、彼の足を引っ張るだけだろう。
小荒井との連携は、双方が十全に動けてこそ意味を持つ。
彼等の戦術の基本は、ヒット&アウェイ。
二人がかりの近接戦闘で相手を攪乱し、東が狙撃する隙を生むのがその主目的だ。
片足が削れた状態で連携しても、機動力が削がれている奥寺を小荒井がフォローする形にでもなれば目も当てられない。
連携とはお互いがお互いの足りない部分をカバーし合えるからこそ活きるものであり、一方的に守られるだけではそれは連携ではなくただの庇護に成り下がる。
無力な護衛対象を守るのであればともかく、負傷した戦闘員を守る為に健常体の戦闘員を使い潰すのは正直割に合わないどころの話ではない。
故に、今更軽々に合流の選択肢は選べない。
ならばと、捨て身覚悟での特攻も視野に入れるが。
(…………駄目だな。きっちり20メートル以上の距離を取られてる。旋空でワイヤーを切断する事は出来るが、若村先輩には届かない)
それも、若村の位置取りによって潰されている。
彼に使える中距離攻撃である旋空の最大射程は、20メートル程度。
現在の若村との距離は、凡そ25メートルといった所だ。
旋空を使えば邪魔なワイヤーを切断する事自体は出来るが、その後が続かない。
攻撃手の射程の外から一方的に弾丸を叩き込む戦法は弓場のそれが有名だが、そもそも銃手は基本的に攻撃手の射程の外から攻撃を叩き込めるポジションだ。
間に特筆すべき障害物のないこの路地のような開けた場所では、余程工夫しなければ攻撃手は銃手には近付けない。
緑川クラスのスピードがあれば弾幕を潜り抜けて敵を倒す事が出来るかもしれないが、生憎奥寺にあそこまでの機動力はなく、そもそも片足が削れている時点で考慮にすら値しない。
合流も、特攻も、どちらも無益に終わる可能性が高い。
東隊の一人として、そんな結果を抱えて落ちるのだけは看過出来なかった。
(考えろ。今、オレに何が出来る? このままじゃ、いずれ避け損ねて削り殺されるのは確定。かといって逃げようにも、この足じゃワイヤー地帯は突破不可能。そもそも、このワイヤーが何処まで広がってるかが不明だ。下手に逃げを打てば、却って袋小路に追い込まれる可能性すらある)
逃走も、突貫も不可。
このままではいずれ削り殺されるのは間違いようがなく、手を拱いている時間どころか思考する暇すら惜しい。
今、自分が出来る事は何か。
その答えを、早急に出す必要があった。
(この際、贅沢は言ってられない。まず、小荒井と連携しての戦術は実質不可能。オレが足手纏いになるだけだ。影浦先輩と香取の戦闘は、多分暫く膠着したまま。簡単に隙を見せる二人じゃねーし、このまま東さんにそこを狙い続けて貰う必要はあるのか? 三浦先輩や絵馬の索敵をして貰った方が、後々活きるんじゃないのか?)
奥寺は、思考する。
現状を確認し、今出来る最適解を探して。
影浦と香取の戦闘は、恐らくこのまま膠着状態が続くだろう。
香取の側に勝ちを急ぐ理由がないどころか可能な限り影浦を足止めしたいと考えている筈である為、遅滞戦闘を遵守する筈だ。
無論影浦の力量を考えれば香取を突破する事も有り得そうだが、今の香取隊が侮れない相手である事は既に思い知っている。
横槍が無い限り二人の膠着状態は続く、と見ても構わないだろう。
ならばそこへ東を割くのではなく、移動して他の隊員を探して貰った方が良いのではないのか。
そういう選択肢が、脳裏に浮かぶ。
(…………いや、今は木岐坂が自由に
だが、すぐにその案は却下した。
現在、樹里の強化視覚による物理的な索敵網が十全に機能している真っ最中だ。
樹里が何処に陣取っているか分からない以上、下手に東を動かせば彼が見つかる可能性すら出て来てしまう。
東は熟練の狙撃手であるが、別段姿を完全に消せるワケでも壁を通り抜けられるワケでもない。
建物から建物に移動する際には当然身を晒す事になるし、MAP全域に及ぶであろう樹里の
文字通りの虎の子である東を、万が一にでも初撃を撃つ前にその位置がバレるリスクを冒すワケにはいかないだろう。
(三浦先輩も何処にいるか分からないのに、そんなリスクは────────────────いや、待てよ)
そこで、奥寺は顔を上げる。
しばし逡巡の後、彼はしっかりと若村を見据え、不敵な笑みを浮かべた。
(これなら、行けるかもしれない。少なくとも、他の手段よりはずっとマシだろうな)
思案は、完了した。
後は、実行に移すのみ。
奥寺は放たれる弾丸を躱しながら、仲間との通信を繋ぐのであった。