「というワケで、アタシが影浦先輩を引き付けてる間に奥寺か小荒井のどっちかを落とす。これが最優先事項よ」
試合前、作戦室。
そこで香取は改めて、今回の試合の方針を説明していた。
奥寺、もしくは小荒井の各個撃破。
これが最優先で達成すべき
その意味は、既に通達してある。
「成る程。奥寺くんと小荒井くんは、確かに連携されるとかなりの脅威だ。でも」
「逆に言えば、連携前ならそこまで怖い相手でもねぇ。だから、合流前に落としておこうってハラか」
二人の言うように、奥寺と小荒井は連携されると非常に厄介だが、個々人の戦力だけを見れば他のB級上位と比べればやや劣る程度の能力しか持っていない。
当然雑魚というワケではないが、他のB級上位のエース格と比べれば見劣りするのは事実だ。
故に、各個撃破を狙うのは理解出来る。
「けど、そんなの向こうも承知の上だろ。前期もそれを狙って、まんまと東さんにやられたじゃねぇか」
問題は、それは東隊の側も理解しているという事だ。
前期の試合では単独行動していた奥寺を狙おうと香取が突貫を仕掛けた結果、待ち構えていた東の狙撃でやられたという苦い経験があった。
奥寺達は、B級上位という魔境では自分達が個々の戦力では力不足である事を理解している。
その上で自分達を時には囮として運用し、東の狙撃によって点を取るのは彼等の常套手段だ。
要するに、馬鹿正直に各個撃破を狙った所で逆手に取られて翻弄されるのがオチ、という事だ。
若村の懸念は、至極真っ当なものと言える。
「そうでもないわ。この試合では、今までと違う状況が幾つもあるもの」
「条件、ですか」
「そうよ。まず、前期まではいなかった樹里の加入。これがまず大きいわ。少なくとも、影浦隊も東隊も樹里と直接やり合った事のある奴はいない。そうよね?」
「うん。ユズルくんとは何度か訓練で一緒になったけど、後の人とは関わった事はないかな。個人戦も、やった事ないよ」
だが、華の言の通り今期は今までと違う部分が幾つもある。
第一に、樹里という大駒の加入だ。
彼女が香取隊に入った事は既に知れ渡っているが、影浦隊も東隊も彼女の入った香取隊と直接戦り合うのはこれが初めてだし、樹里曰く個人戦の経験も無いという。
樹里は射手時代もそこまで個人戦を積極的にやるタイプではなく、気が向いた時にふらりとブースに現れては目に付いた相手に勝負を吹っ掛ける程度だった。
なお、奥寺や小荒井と個人戦をやった事がないというのは彼女視点の話であり、実のところB級上がりたての頃に小荒井とは一度だけ戦った事がある。
その時は小荒井が樹里の火力相手にどうする事も出来ずに瞬殺されたので、彼女の記憶に残らなかっただけの話だ。
樹里は自分が負けた相手なら覚えているが、勝った相手、とりわけ瞬殺した相手の事を記憶するような
相応に時間が経過した時の事であれば、猶更だ。
なので樹里の「経験がない」という言葉は実のところあまり信用出来ず、
樹里としては見下しているという意識すらなく「覚える価値を感じない」と本能的に判断しているだけなので、中々に改善のしようがない部分でもある。
基本的に、樹里は痛い目を見なければ学習しないという傾向があるのだ。
この性向は幼い頃に香取や華が彼女に対して過保護過ぎた事にも原因があるのだが、そこは置いておく。
しかし今回の場合は戦った経験があると言っても瞬殺で終わった試合であるので、結果的にはそう間違った評でもない。
少なくとも小荒井は単独では樹里に勝てないという事実は覆らないので、あながち嘘を言っているとも言えないのだ。
それに樹里の加入した香取隊と戦った経験がないのは確かなのだから、この場合の論点としてはそこまでズレてはいないのである。
「それで、今回は影浦先輩がいるわよね。だから、東隊────────────────少なくとも奥寺と小荒井は、影浦先輩がいるこの試合では樹里の脅威は下がると思っている。これは間違いないわ」
「そうだね。実際、そこをどうするかが問題なワケだけど」
「その答えが、これよ。アタシが影浦先輩と
それから、と香取は続ける。
「最初に、少なくとも足は絶対に削りなさい。多分、奇襲した直後なら何とかなるわ」
「何とかなるって、その根拠はなんだよ?」
「向こうの
香取の言う通り、今回の試合では影浦の存在が樹里を運用する上で最大の
樹里は強化視覚の
だが、万一その最中に影浦を視認してしまえば、その段階で彼に居場所が割れてしまうのだ。
故に、影浦が健在である限り樹里による高所からの盤面把握は自殺行為。
これは、この試合に臨む部隊全ての共通認識の筈だ。
「けど、裏を返せば影浦先輩の居場所が
「ん。頑張る」
そう言ってブイサインを見せる樹里をよしよしと撫でながら、香取は話を続ける。
「だから、勝負は相手がこっちの狙いを看破する前か直後の混乱を突けるかどうかよ。理想は影浦先輩を捕捉してすぐに樹里が奥寺か小荒井を見つけ出して、ワイヤーを張って待ち構える事よ。そうすれば、混乱から立ち直っていない所に攻撃を叩き込める────────────────少なくとも足を削るくらいなら、何とかなる筈よ」
そうやって相手の認識を逆手に取るのだと、香取は言う。
今回、影浦の存在の所為で樹里が十全に運用出来ない。
これは確かだが、それは全てが事実ではない。
少なくとも影浦の居場所が割れて、尚且つすぐに他所へ向かえない状態であるならば。
これまで通り、樹里による索敵網は十全に展開出来る。
その事実を東隊側が認識し終えるまで、もしくは察知した直後の隙を突ければ手傷を負わせる事は可能だと、香取は判断したワケだ。
「特に麓郎は相手に舐められてるだろうし、そこを思いっきり利用しちゃいなさい。奥寺も小荒井も前期までのアンタの醜態は散々見て来てるだろうから、その先入観も手伝って巧い具合に油断してくれる筈よ」
「ぐ、そりゃそうかもだが改めて言われると凹むな」
「何言ってんのよ。別に責めてないし、むしろ褒めてんのよ? 折角のアドバンテージなんだから、それを活かさないでどうするの。それが出来るのは、アンタだけなんだからさ」
む、と若村な微妙な表情をする。
確かに前期の醜態を直に見ていた奥寺達からすれば、無意識下で若村を甘く見ていたとしてもなんらおかしくはない。
だがそれを面と向かって言われると自分の未熟さを改めて突き付けられたようで凹むのだが、香取はすかさず「これは若村にしか出来ない事だ」と発破をかけた。
その直球且つ容赦のない激励に、若村はムズ痒い想いを抱くのだった。
「…………そうだな。やれる事は、やってやるさ」
流石に此処まで言われては、凹んでばかりもいられない。
若村は顔を上げ、香取の作戦を了承した。
「それでいーのよ。奥寺と小荒井、どっちでもいいけど足さえ削れれば大方仕事は終わったようなモンだから、無理はしなくていいわよ。多分、そうなったら────────」
(って、請け負ったは良いけど流石に中々隙を見せねーな。足を削る事には成功したけど、出来れば此処で仕留めときてぇな)
若村は絶え間なく銃撃を続行しながら、対峙する奥寺の姿を見据える。
奥寺は片足が削れた状態で尚こちらの弾幕を凌いでおり、片足だけで器用に移動しながら弾を避け続けている。
無理をしての回避であるのは瞭然だが、流石はB級上位の人間と言うべきか。
そんな状態であっても銃撃を凌ぎ続けられるあたり、足を削ったとはいえ油断出来る相手ではないだろう。
(とはいえ、欲をかけばやられんのはこっちだ。旋空の間合いにゃ、入らないに越した事はねぇ)
確かに優位な状況ではあるが、油断は出来ない。
何せ、小荒井の場所はまだ判明していないのだ。
今も樹里が索敵を続けているが、どうやら彼女の死角になる場所にいるようで、未だに発見出来ていない。
『華さん、小荒井や東さんの位置情報はまだ分かりませんか?』
『ええ、まだ見付けられていないわ。そうよね、樹里』
『うん。多分、わたしの場所からだと死角になってる南側が怪しいけど、それらしき姿はまだ見えてないよ』
でも、と通信越しに樹里は続ける。
『逆に言えば、西や東、北側にはいないと思う。東さんはともかく、小荒井くんはそこまで隠れるのが巧いワケじゃないみたいだから」
樹里のいる場所からは見えない、という事は。
逆に言えば、彼女から見て死角になる方角にいる、という事を意味している。
東であれば彼女の足元に潜んでいてもなんらおかしくはないが、小荒井はそこまで隠密能力に長けているワケではない。
奥寺の装備を見る限り東隊は白い雪迷彩で身を固めているようだが、それでも限度はある。
少なくとも一ヵ所に隠れているワケにはいかない小荒井が樹里から視えていないのであれば、自ずと彼のいる方角は限定出来る、というワケだ。
「そうか。となると────────」
『ええ、多分
華の言葉に、若村は頷いた。
この状況は、試合前に香取が予期していたものと似通っている。
即ち、奥寺もしくは小荒井の足を削り、
東隊がどう動くのか、香取は華と相談の上でシミュレートしていた。
あの時は半信半疑だったが、今の情報を加味すれば信憑性は上がる。
確かにこの状況ならば、
「華さん、動きがあれば教えて下さい。オレはこのまま、奥寺を固めておきます」
『お願いね。状況が変わり次第、連絡するわ』
華の返答を聞き、若村は頷いた。
そして、これまでと変わらず銃撃を続行。
回避を続ける奥寺に対し、距離を保ったまま弾幕を張り続けるのだった。
「奥寺くんも若村くんも、無理をする気がないわね。とはいえ、このままだと奥寺くんが削り殺されるのも時間の問題かしら」
「そうですね。片足がない状態では、回避にも限界があります。むしろ、今まで良く保っていると言うべきでしょう」
実況席で、月見と奈良坂が現状を冷静に分析する。
現在、戦場に特筆すべき変化は起きていない。
若村は銃撃を続けているし、奥寺も回避に専念している。
どちらも、無理をして相手を倒そうとする挙動が見えない。
それはつまり、双方共に膠着状態を続ける事を選択したという意味に他ならない。
「シールドは確かに弾トリガーに対して強固な壁になりますが、耐久度は有限です。足が削れた状態で固められれば、そのまま削り殺されるでしょう」
「奥寺もそれが分かっているから防御ではなく回避に専念しているが、それにも限界があるからな。片足での移動では、どうしても無理が生じる。今はそれを気力で誤魔化しているが、時間の問題だろうな」
二人の言う通り、奥寺は今は何とか回避に徹して弾幕を凌ぎ続けているが、片足での回避行動は相当に無理をしなければ成立しない。
今は気力で誤魔化している状態であり、少しでも集中が乱れればそのまま被弾して削り殺されるだろう。
人間の集中力には、必ず限界がある。
特に、片足での回避という慣れない挙動は、想像以上に神経を使う。
慣れた動作であれば
そんな状態での動きなど長続きするものではなく、二人の見立てではあと数分が限度といった所だ。
そもそも此処まで耐えられている事自体奇跡のようなものであり、いつ崩れてもおかしくはない。
「奥寺が、それを理解していないとは思えない。何か、考えがあるのでしょうね」
「そうですね。あの眼は、諦めている人間の眼じゃない。確実に、何かを狙っているでしょう」
だが、その上で奥寺は何かを狙っている。
眼を見れば分かる。
奥寺の眼は銃撃に対し必死に食い下がりながらも、光を失っていない。
あれは、何かを狙っている眼だ。
経験から二人はそう判断し、その動向を見守る。
遠からず、何かが起こる。
それを、予見するが故に。
「リミットは、そう遠くはないでしょう。それまでに作戦を押し通せるか、そこに懸かっていますね」
そう言って、村上は画面の中の奥寺を見据える。
奥寺は迫り来る弾を躱しながら、その眼に闘志を燃やし続けていた。