『葉子、東さん
「それでいーのよ。3つくらいの部隊が総出でかからない限り基本東さん仕留めるなんて無理なんだから、撤退させただけでも充分でしょ」
香取は樹里からの報告を受け、あっけらかんとそう言った。
最初から、爆撃で東が仕留められるとは思っていなかった。
東は異常な生存能力を持っているが、それはあくまでも基礎能力の応用の極地であり、物理的に隠れ場所がなくなれば打つ手はなくなる。
だからこそその状況が予測出来た時点で、東は撤退するだろうと予想していた。
東は、勝敗には拘泥しない。
彼の第一目標は部下としている小荒井と奥寺の育成であり、ランク戦の勝利ではないからだ。
加えて彼は自分の出来る事や出来ない事を弁えており、決して無理をしない。
その割り切りと鋭い状況判断能力こそが、東の生存力を支える一因なのだ。
故に、深追いは厳禁。
無理をして仕留めようとすれば、それを利用して点を取るくらいの芸当は平然とやってのけるのが東である。
それを分かっていたからこそ、香取は追い打ちの指示は出さなかった。
樹里が超々遠距離からの爆撃を敢行した時点で、東を撤退に追い込む事が可能であると理解していたからだ。
東という、一度見失えばタイムアップまで逃げ切られかねない駒を盤面から排除する。
その一手が成功しただけで、樹里の爆撃には確たる効果があったと言える。
とうの樹里本人は不満気だが、彼女も東と同じ狙撃手なので香取の判断の正しさを理解はしているだろう。
理解はしていても納得出来るかどうかは別なので不満気な声を漏らしているが、この程度は可愛いものだ。
本気で拗ねた時の樹里の面倒臭さを知っている香取からしてみれば、どうという事はない。
「それより、こっからが本番よ。頼んだわ」
『ん、任せて』
香取は不満を漏らす樹里を一言で奮い立たせ、改めて対峙する相手────────────────影浦に、正面から向き直る。
これまで香取は影浦と散々戦り合っていたが、お互いの身体に目立ったダメージは無い。
細かな掠り傷程度は散見出来るが、動きが阻害されるような傷も致命傷に繋がりかねない損傷も見受けられない。
香取が時間稼ぎに徹した事もあり、今はこの程度で済んでいた。
あくまでも、これまでは、であるが。
「────────!」
不意に、影浦が動いた。
影浦は初手からマンティスを用い、斬撃を放つ。
鞭のようにしなる刃が、香取へ向かって襲い来る。
「ち…………っ!」
香取は、それをサイドステップで回避。
振るわれた刃は、空を切る。
「おらぁ…………っ!」
「…………!」
だが、攻撃は終わらない。
即座に刃を引き戻した影浦は、再度斬撃を振るう。
香取はそれに対し、グラスホッパーを起動。
ジャンプ台を踏み込み、後方へ跳躍。
同時にホルスターから拳銃を抜き放ち、銃撃する。
マンティスは、スコーピオンを二つ連結させた技法だ。
故に使用中は
だからこそ常であれば牽制にしかならない銃撃でも、当たりさえすれば致命傷になり得る。
「はっ!」
無論、
影浦は最小限の動きで身体を捻り、飛んで来た銃弾を回避する。
見てから避けた、というような反応速度ではない。
予め来るのが分かっている攻撃を、当然のように回避した。
今のは、明らかにそういう動きであった。
(やっぱ、こうなるわよね…………っ! さっきまでより、マンティスの使用に躊躇いがなくなってる…………っ! 攻撃のキレが、段違いだわ)
香取は、そんな影浦を見て息を呑む。
攻撃が当たらない事は、理解していた。
影浦はこの能力により、自身に向けられた感情を肌感覚として認識出来る。
故に奇襲をかけたところでそれは影浦にとっては来るのが分かっている攻撃に過ぎず、それは狙撃も同様だ。
だからこそ彼に奇襲・狙撃の類は通用せず、マンティスの弱点である使用中は無防備になるという点を、力技で補っているワケだ。
しかし、今の攻撃は明らかに先程よりも鋭さが増していた。
そして、その
(東さんが、いなくなったんだものね。そりゃあ、狙撃への警戒を切った分のリソースを攻撃に回して来る筈だわ)
即ち、東の撤退。
それが、影浦の動きが変わった理由であると推察出来る。
影浦には基本的に不意打ちも狙撃も通じないが、例外はある。
それこそが、東春秋。
彼だけは、影浦のサイドエフェクトを作動させる事なく狙撃を敢行出来るのだ。
影浦曰く「攻撃の際に殺気を感じない」との事だが、何故東にそんな事が出来るかと言われれば東だから、と言う他ないだろう。
理由はともかくとして、出来る事は確かなのだ。
故に影浦は東が戦場にいる時には、普段は必要ない狙撃への警戒を強いられるのである。
当然、そうなれば他に割ける
防御に手を抜けない以上、使用するリソースは攻撃の方から割り振るしかない。
そして当然そうなれば攻撃の鋭さは下がり、対処も容易になる。
時間稼ぎに徹したとはいえ、此処まで香取が食い下がる事が出来たのはそういう要因もあったのだ。
だが現在、東は戦場から撤退している。
それはつまり、狙撃への警戒に割いていたリソースを、他へ割り振る事が出来るようになったという事だ。
狙撃手はまだ樹里が残っているが、先の爆撃によって既に彼女の位置は露見している。
香取隊は現在その全員が位置バレしている状況であり、影浦が警戒するべき奇襲は樹里による遠隔攻撃のみ。
それもサイドエフェクトで感知出来るので、これまで防御側に割り振っていたリソースを攻撃に注ぎ込んでいるワケだ。
つまりそれは、攻撃特化型の影浦の性能が、十全に引き出されている事を意味している。
先程までとは、別物と思った方が良いだろう。
「感謝するぜ。東のオッサンがいちゃあ、こっちに集中出来なかったからなぁ」
「それはどーも。ついでに、その首も差し出してくれないかしら?」
「かかっ、良い殺気だな…………っ! さっきまでの面倒臭ぇ
ニヤリと、影浦は不敵な笑みを浮かべる。
基本的に自分の
香取が向けたあからさまな殺気を、笑って歓迎しているあたり相当だ。
先程までは香取に一切の攻めっ気がなかった分、正面から殺気をぶつけられる現状が嬉しいのかもしれない。
これでようやく、真っ向勝負が出来ると。
彼も、悟ったであろうからだ。
「けど、こっちだって…………っ!」
香取は、そんな影浦に臆さず攻撃を開始した。
地を蹴って跳び上がり、壁に着地。
そのまま壁を足場に三次元機動を展開し、跳躍。
瞬く間に影浦の背後に回り、スコーピオンを振り翳す。
「ハッ!」
無論、その程度の奇襲は影浦には通用しない。
影浦は避けるまでもないと、スコーピオンを横薙ぎに振るう。
「…………!」
香取はそれを、大股を開いて地面スレスレに屈む事で躱す。
女性特有のしなやかな動きが実現した回避行動で隙を突いた香取は、右足を地面に突きそれを軸に蹴りを繰り出した。
「…………っ!」
影浦は咄嗟にスコーピオンを展開し、香取の蹴撃と共に足から伸びたブレードを迎撃。
その瞬間香取は刃同士がぶつかった時の衝撃を利用し、後方へ跳躍。
ついでとばかりにホルスターから拳銃を抜いて発砲し、影浦の追撃を封じた。
流れるような立ち回りに、思わず影浦も眼を見張っている。
それだけ、今の香取の戦いぶりは洗練されていたのだ。
「狙撃手を警戒する必要がなくなったのは、そっちだけじゃないわ。こっちは本当の意味で、敵の狙撃手がいなくなったんだしね」
ニヤリと、香取はお返しのように笑みを浮かべてみせた。
確かに、彼女の言う通りである。
影浦が東がいなくなった事で狙撃への警戒を取り払う事が出来るようになったのと同じく、香取もまた狙撃へ注意する必要がなくなった。
今現在、生き残っている狙撃手は樹里だけだ。
即ち、その樹里を擁する香取隊だけは本当の意味で狙撃の脅威に怯える必要がなくなったのである。
これまで香取は、大分狙撃を警戒していた。
東は勿論、ユズルも高い技術力を持った優秀な狙撃手だ。
その彼等が健在である限り、不意を打たれて落とされる可能性は消えなかった。
故に香取はリソースの何割かを狙撃への警戒に使用せざるを得ず、全力を影浦相手に注ぎ込めていたとは言い難い。
しかし、今は違う。
ユズルは東によって落とされ、その東はこちらの爆撃によって撤退を選んだ。
真実、戦場に残る狙撃手は自部隊の樹里だけとなり、香取は狙撃を警戒する必要がなくなったのだ。
だからこそ当然、狙撃への警戒に注ぎ込んでいたリソースを別の個所に割り振れるようになっている。
生き残っている敵は、目の前の影浦と銃手の北添のみ。
狙撃手が敵にいない以上、
目の前の敵を倒さない限り、香取隊に勝利は訪れないのだから。
「こっちも全力よ。全霊で叩き潰してあげるから、覚悟しなさいっての」
「両者共、攻撃のキレが増してますね。矢張り、狙撃を警戒せずに良くなったのが影響しているのでしょうね」
村上は二人の戦いを見て、微かな笑みを浮かべる。
影浦の親友にして好敵手であると自負している村上にとって、あの気難しい友人が楽しそうに戦っている姿は見ていて微笑ましいのだろう。
もしも近くに影浦本人がいたらドツかれそうな感想であるが、元来人の良い村上にとっては単なるコミュニケーションの一環に過ぎないのかもしれなかった。
「絵馬が落ちて、東さんも撤退しましたからね。香取隊にとっては敵の狙撃手全員が落ちた事になりますし、影浦先輩も最大の警戒対象だった東さんがいなくなってかなり
「そちらの警戒に割いていたリソースを、攻撃に注ぎ込めるという事ですものね。どちらも全力を出せるようになった、と見て良いのかしら」
「ええ、そう解釈して構わないでしょう。両者共、動きの鋭さが段違いに上がっています。それだけ、狙撃手の存在が大きな影響を与えていたという事ですね」
村上はそう言って、画面の中で鍔迫り合う二人を見据える。
三次元機動を跳び回りながらヒット&アウェイを繰り返す香取を、影浦はマンティスを惜しみなく使う形で迎撃している。
先程まではマンティスはここぞという時しか使わなかったが、その使用に躊躇いがなくなっている。
その理由は、言うまでもなく狙撃手の退場だろう。
両者共に動きのキレが別物となっており、東がどれだけ戦況に影響を与えていたか分かろうというものだ。
「東さんがいる限り、何処から狙撃が飛んで来てやられるか分からなかったものね。ユズルくんもそうだけど、優秀な狙撃手というのはその存在だけで相手を縛る枷と成り得るわ。今回は、それが顕著に出た形ね」
「東さんは隠密能力が高いですし、絵馬も機転に優れ狙撃手としての立ち回りも巧いので、相手にかかるプレッシャーは相当なものだったと思います。二人共、初撃で確実に戦果を得るタイプの狙撃手ですから、機会が来るまで幾らでも待ち続けたでしょうからね」
狙撃手と一言と言っても、様々なタイプがいる。
樹里のように狙撃を一つの手札と割り切って自由に動くタイプや、初撃の成功よりも高所を素早く陣取って盤面把握を行う事を第一とする隠岐のようなタイプ。
そして、最もスタンダードな初撃を確実に成功させる為に幾らでも隠密行動に徹し続けるタイプの狙撃手だ。
ユズルと東は明確にこれに位置し、チャンスが来るまでどれだけでも待ち続ける事が出来る。
その極地が「当たらない弾は撃たない」と豪語する当真であるが、本質は変わらない。
基本的に無駄弾は撃たず、確実に当てられる機までひたすらに待ち続ける。
故にその一撃は強烈であり、彼等を何の仕事もさせずに落とすのは不可能に近いと言って良い程だ。
そんな相手が二人も潜伏していたのだから、相当な心理的負荷がかかっていたであろうというのは言うまでも無い。
それがなくなったというだけで、動きが別物になるのも無理からぬ事と言えるだろう。
「とはいえ、地力では恐らくカゲの方が上です。真っ向勝負をしても、香取が勝つのは難しいでしょうね」
「そうですね。鍵は、他のチームメイトをどう扱うかに懸かっています。そこが、勝負を分ける契機でしょうね」
奈良坂はそう言って、スクリーンを見据える。
画面の中では香取と影浦が互いに刃を構え、熾烈な激闘を繰り広げていた。