香取隊の狙撃手   作:デスイーター

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影浦隊Ⅲ

 

 

『すまねぇな、雄太。オレが生き残れてればもうちょい────────』

「あれは仕方ないよ。やれる事はやってたんだし、言いっこなしだって」

 

 三浦は通信で若村の謝罪を聞きながら、雪の街を駆けていた。

 

 地面に積もる雪にいちいち足を取られそうになるが、構わず走る。

 

 若村が奥寺とやり合っていた戦場で唯一生き残った三浦は、こうして目的地へと向かっていた最中であった。

 

 奥寺とやり合っていた所に乱入した三浦であるが、結果的に同じ乱入者である小荒井を撃破する事は出来たものの、若村は奥寺共々ユズルの狙撃でやられてしまった。

 

 そのユズルもどうやら東の狙撃で落とされたらしく、それを聞いた香取は樹里に爆撃の実行を指示。

 

 迷う事なく超々遠距離爆撃を敢行した樹里の攻勢により、東は自ら緊急脱出(ベイルアウト)を選んで離脱。

 

 あっという間に東隊全員が脱落という形になり、現状は影浦隊との一騎打ちとなっている。

 

 試合は佳境。

 

 そう呼んで、差し支えない状況であった。

 

『雄太、行けそうか?』

「正直、厳しいかも。ギリギリ間に合うかどうか、って所かなぁ」

 

 そう言って、三浦は肩を竦めた。

 

 現在、自部隊のエースである香取と向こうのエースである影浦がやり合っている真っ最中だ。

 

 叶う事なら助力に行きたいのだが、今三浦がいる場所と香取が戦っている場所はかなり離れている。

 

 無論全速力で向かってはいるが、間に合うかどうかは微妙な所だ。

 

 三浦の見立てでは、香取は何の介入もない1対1では影浦には勝てない。

 

 今は善戦しているようだが、長期戦になれば徐々に不利になって行くだろう。

 

 それだけ、影浦という駒の強さは突出している。

 

 攻撃を感知出来る副作用(サイドエフェクト)の存在、だけではない。

 

 そのサイドエフェクトを利用した独特の戦闘技術、そしてそれを最大限活かす為に編み出したマンティスを自在に扱う高い練度。

 

 そういった総合力の面でも、影浦は侮れない。

 

(それに、間に合った所で影浦先輩は乱戦の方が得意なんだよね。力になれるどころか、ただ点を謙譲してしまう結果にもなりかねないんだよね)

 

 加えて、影浦は1対1よりも乱戦の方が慣れている。

 

 実力的に格落ちである自分が辿り着いた所で、影浦隊に得点を譲渡する結果になりかねないのだ。

 

 現在、香取隊の得点は1ポイントであるのに対し、影浦隊は2ポイント。

 

 もしも下手に介入して三浦がやられてしまえば、点差は更に開いてしまう事になる。

 

 流石にそれは避けたいのだが、攻撃手である三浦はまず近付かなければ助力どころではない。

 

(いや、待てよ。それよりは────────)

 

 されど、三浦はふと気が付く。

 

 試合前、紆余曲折の末に考えた()()

 

 あれを用いれば、どうなるか。

 

 正直使いどころがあれば儲けものくらいでセットしたのだが、今の状況を考えるなら────────。

 

「華。少し、確認したいんだけど────────」

 

 

 

 

「ウラァ…………ッ!」

 

 影浦が腕を振るい、鞭のようにしなる刃────────────────マンティスが、襲い来る。

 

 上段から曲線を描いて飛来するブレードに対し、香取はサイドステップでの回避を選択。

 

 同時に拳銃を抜き放ち、銃撃。

 

 影浦に向かって、無数の弾丸が飛来する。

 

「ハッ!」

 

 だが、この程度で被弾する程影浦は甘くはない。

 

 即座に影浦は地を蹴り、後方に退避。

 

 そのまま二度、三度と地面を蹴って移動し、銃撃の効果範囲から逃れ出る。

 

 雪で覆われたフィールドは、普通に走れば足を取られ、機動力が鈍る。

 

 だからこそ影浦は疾走ではなく跳躍を選択し、弾丸の射程から逃れたのだ。

 

 地面に積もった雪への接地面を最小限にし、蹴り飛ばす勢いで跳躍。

 

 決して滑って足を取られぬよう、留意して立ち回る。

 

 言葉にすれば簡単だが、そう易々と出来る事ではない。

 

 今の影浦にギアがかかっているのは、疑いようがないだろう。

 

「────────!」

 

 だが、香取も負けてはいない。

 

 香取はグラスホッパーを起動し、空中へ跳躍。

 

 そのままグラスホッパーを連続起動し、宙を駆ける。

 

 同時にホルスターから拳銃を抜き放ち、連射。

 

 中空からの弾丸が、移動砲台となった香取から放たれる。

 

 香取の使用する拳銃型の銃手トリガーは、連射性能はそう高くは無い。

 

 引き金を引けば自動的(オート)で絶え間なく弾丸を放てる突撃銃型(アサルトライフル)タイプと比べ、拳銃型は一度に放てる弾数に大幅が差があるのだ。

 

 拳銃型のトリガーの最大の利点はその取り回しのし易さであり、格闘戦をメインとする香取にとっては嵩張る事なく携行出来る第二武装(サイドアーム)としての役割が強い。

 

 持っているだけである程度動きが制限されてしまう突撃銃型では、至近距離での格闘戦を行う上で邪魔になってしまう。

 

 そもそもあちらはスタンダードなサポート型の銃手が中距離戦を行う為の武装であり、銃手トリガーを近付く為の牽制として運用している香取にとっては適切な武装とは言えない。

 

 故に嵩張らず、撃っても隙が少ない拳銃型を携行しているのだが、いざ中距離での撃ち合いになった時に火力不足に陥るのはどうしようもない。

 

 基本的に拳銃型では弓場のような例外を除き、そう簡単に相手のシールドを破る事は難しい。

 

 北添クラスの重銃手(ヘビーガンナー)であればともかく、香取のトリオン量では正面から撃ってもシールドは中々突破出来ないだろう。

 

 だからこそ、香取は移動しながらの銃撃を敢行した。

 

 発射地点を移動させる事で、少しでも影浦の処理能力を圧迫させる事を狙ったのである。

 

「甘ぇ」

 

 されど、影浦はその程度で手傷を負うような相手ではなかった。

 

 影浦の頭上を旋回する形で放たれた弾丸は、有名な那須の鳥籠のように彼を包囲していた。

 

 しかし影浦は、マンティスを振るいその弾丸を()()()()()()()()

 

 シールドを張っての防御ではなく、あろう事かブレードトリガーでの迎撃を選択し、尚且つそれを完璧に遂行してみせたのである。

 

 普通であればやろうとも思わない暴挙であるが、唯一影浦にはそれが可能だ。

 

 副作用(サイドエフェクト)、感情受信体質。

 

 この能力(ちから)は、相手の感情を感知する。

 

 故に、思惑を以て攻撃を行った時点で、影浦にはその内容を察知されてしまう。

 

 心が読めるというワケではないが、向けられた感情の種類や重さから、ある程度相手の内心を推し量る事が影浦には可能なのだ。

 

 影浦は、幼少期からこの症状(サイドエフェクト)と付き合って来た。

 

 故にどんな感情が刺さった時に相手がどういった事を考えているか、経験則として理解してしまえるのだ。

 

 これが影浦が人付き合いを基本的に忌避するようになった要因でもあるのだが、経験に裏打ちされた推測だからこそそこには外れがない。

 

 だからこそ香取が上に跳んでの事実上の全包囲攻撃を狙った時点で、その思惑は看破されていたのだ。

 

 影浦にしてみればあとは自らに刺さる弾丸の軌道(かんじょう)の先にブレードを置くだけで済む話であり、どうという事はない。

 

 これが単に自身に当たる攻撃の軌道が分かるタイプのサイドエフェクトであったのなら此処まで正確には迎撃出来なかったかもしれないが、影浦の能力はそう単純なものではない。

 

 影浦には、牽制というものが通用しないのだ。

 

 相手がその攻撃にどれだけの本気度を込めているかが理解してしまえる為、牽制と本命の攻撃は余程巧くやらない限り即座に見極められ、対処されてしまう。

 

 そういう意味で、牽制用と割り切って拳銃型を所持している香取との相性は最悪だった。

 

 影浦には、拳銃での攻撃が左程意味を成さない。

 

 牽制として使っているのが露見してしまっている以上、その攻撃による圧が大してかからないのだ。

 

 そして、牽制であると割り切られてしまえば、他の部分にリソースを割かれてしまう。

 

 それが、現状香取が劣勢と言える状況である要因の一つだと言えた。

 

(分かってはいたけど、やり難いわね…………っ! 流石、簡単に獲らせてはくれないわ)

 

 香取は内心で舌打ちするが、これは分かっていた事だ。

 

 以前にも影浦にはランク戦で何度も戦ったが、一度も白星を挙げられた事はない。

 

 当時の香取は色々と言い訳していたが、何の事はない。

 

 自分より、影浦の方が強いのだ。

 

 少なくとも、単騎での性能では香取葉子は影浦雅人に勝てない。

 

 これは厳然たる事実であり、当時の香取が超える事が出来ずに悩んでいた「壁」であった。

 

 同じスコーピオン使いでありながら、その練度で香取は影浦には及ばない。

 

 万能手の利点である射程すらもマンティスでカバーする事で対抗出来てしまう為、地力で劣る香取が単独で勝てる相手ではないのだ。

 

 現実を認め、自分達の力量を正確に認識した今の香取はそれを改めて認めた所で腐る事はない。

 

 ないのだが、こうも明確に差を見せつけられてしまうと忸怩たる想いを抱いてしまうのも確かであった。

 

(上等…………! こちとら、伊達に何度もボキボキ折られてないっての…………っ! こいつが格上である事くらい、最初から分かってたでしょうが…………っ!)

 

 されど、香取は折れない。

 

 この程度の障壁、今まで何度ぶつかって来たか分からない。

 

 だからこそ、その経験は糧となる。

 

 今の香取はかつての失敗を認め、その上で上を目指す強さがある。

 

 人は失敗から学ぶというが、今の香取がまさにそれだ。

 

 失敗経験は、時に成功体験よりも珠玉の成果となる。

 

 それは失敗経験がなかった為にROUND3で敗北を喫した、玉狛第二を見れば明らかだ。

 

 故に、香取の今までの道程は無駄にはならない。

 

 失敗も、成功も。

 

 前に進む為の糧となるのは、同じなのだから。

 

『葉子ちゃん、ちょっといいかな?』

「何よ?」

 

 そう決意を新たにした時、三浦から通信が入った。

 

 少々水を差された気分になったが、此処で無駄な連絡を入れる三浦ではない。

 

 香取はさっさと切り替えて、三浦に尋ね返した。

 

『うん、実はね────────』

 

 

 

 

(良い殺気()をしやがるじゃねぇか。こりゃ、まだまだ楽しめそうだな)

 

 未だに闘志を燃やしてこちらを睥睨する香取を見て、影浦はニヤリと笑みを零した。

 

 少なくとも、先程までの「時間を稼げれば何でも良い」と正面切っての激突をのらりくらりと躱していた時とは、雲泥の差だ。

 

 それが相手の戦略であった事は先程までの流れで理解しているが、影浦の好みはどちらかというと正面からのぶつかり合いである。

 

 巧緻に富んだ戦術も複雑な戦略も否定する気はないが、自分にとって一番気持ち良く戦えるのが正面切っての一騎打ちである事は言うまでも無い。

 

 乱戦も乱戦で楽しめるのだが、強者との1対1は矢張り心躍るものがある。

 

 幼少期から散々感情受信体質(サイドエフェクト)に苦しめられて来た影浦にとって、剥き出しの殺意をぶつけ合う事の出来るランク戦は彼が叶えられる最大のコミュニケーションの手段と言えた。

 

 幸い、好敵手(ゆうじん)にも恵まれている。

 

 村上との戦いは燃えるし、たまに相手をする荒船との戦いも悪くは無い。

 

 そこまで親しいワケではないが生駒との斬り合いも楽しいし、ふらりと現れる米屋との戦闘も中々のものだ。

 

 勝ち越せない上にいちいち言動が癪に障る太刀川の事はいつかぶっ飛ばすと心に決めているが、それでも彼との戦闘が楽しくないというワケでもない。

 

 基本的に影浦にとってランク戦は他者との交流の手段であり、口下手で素直ではない彼が自分から他人と繋がる事の出来る数少ない娯楽でもあった。

 

 だから、今の香取は相手として申し分なかった。

 

 このまま行けば自分が競り勝てるという確信はあるが、それを香取が理解していないとも思えない。

 

 前期までであれば無謀な突撃で散っていくだけだっただろうが、今の香取はそんなつまらない幕引きは選ばないだろう。

 

 その証拠に、ぶつけられる感情(さっき)には些かの衰えもない。

 

 前は感じていた諦観や自棄といった感情が、そこには含まれていない。

 

 あれは確実に、何かを狙っている感情()だ。

 

 それが何なのかまでは分からない。

 

 ユズルが脱落した以上、自分達には盤面を俯瞰する手段は失われている。

 

 今残る香取隊の面々については、大まかな方角しか分かっていないのが現状だ。

 

 下手に北添に爆撃をさせたところで、その瞬間樹里に狙撃されるのがオチだろう。

 

 だから、今香取隊がどう動いているかの正確な情報を知る手段はないし強引に炙り出す事も出来ない。

 

 故に、香取が狙っているのは仲間との連携に間違いは無いだろう。

 

 ユズルの報告通りなら三浦のいる場所は相応に遠かった筈なので、幾ら北添の足が遅いと言ってもこの場に辿り着くのはこちらの方が早い筈だ。

 

 元々、北添がいた場所は此処からそう離れてはいない。

 

 適当メテオラを実行した北添を狙って来た香取を影浦が迎え撃った形なのだから、それも当然と言える。

 

 だからこそ、何かやるとすれば樹里の方だろう。

 

 彼女の位置は遠く離れたMAPの端であるが、樹里の豊富なトリオンを以てすればそんな距離に意味はない。

 

 狙撃は感知出来るので、来るとすれば射撃の方だろう。

 

 いつそれが来るのかは分からないが、その機に何かを仕掛けて来るのは間違いない。

 

(来るなら来やがれ。全力で、迎え撃ってやっからよ)

 

 影浦は闘争心でギラついた眼で、香取を見据える。

 

 対峙する香取は同じく闘志に満ち溢れた瞳で、影浦を睨み返していた。

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