「よっし、どうにか勝てたわね。結構骨が折れたけど」
香取はそう言ってんー、と軽く背伸びをする。
中々に上機嫌な様子で、ふふっ、と笑みを漏らしていた。
どうやら今まで勝てなかった影浦相手にチーム戦といえど勝利を得られた事が、余程嬉しいらしい。
直接トドメを刺したのが自分でないとはいえ、仲間との連携で仕留められたのだから問題なし、との判断だろう。
チームの長としての自覚がある為、此処まで喜べているという面もある。
様々な意味で、成長が伺えると言えた。
「雄太の奇策も予想以上にハマったわね。やっぱ、あの方法でなら影浦先輩の
「雄太の弾が当たったのは完全に運というか、ラッキーヒットだけどね。本来なら、少しでも隙が作れれば良いくらいの考えだったから」
「そう考えると、ツイてたわね。お手柄よ、雄太」
香取の称賛に、三浦はえへへと笑いながらそれを受け入れた。
彼女達が言う通り、影浦に弾が当たったのは全くの偶然だった。
本来であれば一瞬でも隙が出来れば儲けもの、くらいに考えていたのだ。
それが偶然とはいえ影浦に弾が当たり、左腕を使用不能にしたのだから香取の言うように運にも恵まれていたワケだ。
「最初聞いた時は驚いたけどな。雄太にイーグレットを持たせるなんてよ」
「影浦先輩を倒すには、これくらいの仕込みはしないといけない、って思ったのよ。普通にやって勝てる相手じゃないし、奇策の一つや二つは用意した方が良いって直感したワケ」
「で、木岐坂がそこで「じゃあ、イーグレットでも持たせれば?」って言ったのをそのまま採用したワケか。いや、改めて聞いても滅茶苦茶だな」
若村はそう言ってチラリ、と樹里に視線を向ける。
樹里は自分の話題が出た事で褒められたと思ったのか、呑気にブイサインを決めている。
結果的に彼女のアイディアが功を奏したので間違ってはいないのだが、矢張り中々良い性格をしていた。
「ん、イーグレットは便利。実際、役に立った」
「言っとくけど、今回限りだからねアレ。流石に何度も通用するような手じゃないし、次は間違いなく対策されるわよ」
「わたしの狙撃は、対策されてないよ?」
「曲がりなりにも狙撃手なアンタと一緒にすんなっつーの。狙撃が一朝一夕で身に付くモンじゃない、って言ったのはアンタでしょーが」
むぅ、と樹里は香取の指摘に頬を膨らませる。
実際、彼女がイーグレットを推薦したのは単に自分が使って使い勝手がとても良かったからであり、深い考えなど微塵もない。
そもそも樹里は強化視覚の恩恵によって異例の早さで狙撃をマスターした為、狙撃技術習得の難易度を甘く見ている節がある。
樹里の場合はあくまでも狙撃に最高適性のあるサイドエフェクトの力があったからこそ速やかに技能を習得出来たのであり、普通はそうはいかない。
事実として攻撃手から狙撃手に転向した荒船は狙撃の技術をきちんと習得する為に血の滲む努力をして時間をかけて鍛錬していたし、その間は他の訓練など出来なかった為に攻撃手としての腕も落ちていた。
それでも狙撃の精度ではチームメイトの二人より劣るのだから、狙撃というものが如何に甘い技術ではないかが伺える。
極論弾を適当にバラ撒くだけでも仕事が出来る銃手とは、根本的な技能の方向性が違うのだ。
大抵の狙撃手の面々が他のトリガーに手を出さず、狙撃一本でやっている事からも、狙撃技術の習得というものにどれだけの時間がかかるかが見えるというものだ。
今回はたまたま状況が噛み合っただけであり、奇策は相手の意表を突けるからこそ特攻札足り得る。
既に手の内がバレた以上は、奇策は単なる愚策に堕する。
今後同じ手を使ったとしても、逆に隙を晒すだけに終わるだろう。
自分の感覚で発言していた樹里としては、そのあたりの認識が欠けていたというワケだ。
「けれど、影浦先輩攻略の方向性はある程度見えたかもしれないわ。全く同じ手は使えなくても、どうすれば意表を突けるかは何となく理解出来たもの」
「そうね。もっかいくらい当たる気がするし、その時までに色々考えておきましょ」
だが、影浦の能力を抜く為の方向性がこれで見えたのも事実。
全く同じ手は無理でも、類似手段を用いる事は出来る。
それだけでも、今回の試合は良い収穫があったと見るべきだろう。
「雄太も、お疲れ様。あっちこっち動いて、大変だったでしょ」
「ううん、このくらい大丈夫だよ。役に立てたみたいだし、やった甲斐はあったよ」
「そうね、よくやったわ。麓郎もよ。二人共、しっかり仕事をしてくれたしね。どっちが欠けても、この結果は得られなかったと思うわ」
「お、おう」
突然称賛を受け、若村はしどろもどろになりながら頷いた。
最近は不意打ちでこうして褒めて来るようになった為、中々心臓に悪い。
香取に称賛される、という経験自体ここ最近まで一切なかったので、そのギャップも動揺の要因の一つである。
「むぅ」
「勿論樹里もね。良い働きをしてくれたわ」
「ん、当然。あのくらいどうって事ない」
なお、それを見て頬を膨らませていた樹里へのフォローも忘れない。
可愛らしい嫉妬心を見せた幼馴染に対し、
樹里は割と独占欲が強いので、自分の身内が他者にばかり構っていると普通に拗ねる。
一度機嫌を悪くすると元に戻るまで大変面倒な事になるので、即座のフォローが必須なのだ。
根に持つタイプでもあるので時間を置くとそれだけで加速度的に面倒臭さが上がっていく為、こうして間を置かずにすぐさま声をかけるのが最適解なのである。
幼馴染の性格を完璧に理解している、香取ならではの
「その影浦先輩だけど、一度弾幕で捕まえちゃえばそのまま倒せるんじゃないの?」
「ハウンドだけじゃ、あの人は多分突破して来るわよ。最低限自分に当たる弾だけシールドを張って、あとは強引に潜り抜ければ良いんだもの。少なくとも、今回みたいに超々遠距離からの射撃だと着弾までにタイムラグもあるし、難しいと思うわ」
「むぅ」
しかし、言うべき事はしっかりと言う。
香取の言う通り、影浦はハウンドの雨を降らせてもそれを突破して来る恐れがある。
何せ、何処に自分を狙った弾が着弾するかが感知出来るのだ。
故に最低限自分に当たる弾を防ぐようシールドを張る、もしくはそれらを斬り落としながら駆け抜ければ場合によってはその場からの離脱は可能と見ている。
普通なら無理だが、影浦はそれを可能にしてしまうと思わせる凄みがある。
二宮の弾幕でさえ状況が嚙み合えば抜けて来るので、楽観は出来ない。
少なくとも、狙撃手である樹里の位置バレと引き換えの安易な弾幕展開は控えるべきだろう。
「なら、合成弾はどうだよ?
「今回はワイヤー陣があったからこそ意表を突けたけど、多分次は通じないわね。それに、爆煙で周囲が視認出来なくなるのが危険過ぎるわ。影浦先輩なら多分、煙に紛れて姿を晦ますくらい普通に出来るわよ」
そう言って、香取は若村の案を却下する。
今回サラマンダーが有効活用出来たのは、ワイヤー陣という状況あってのものだ。
影浦はこちらの有利を確約しているワイヤー陣の存在から、爆撃はやって来ないと考えていた。
だからこそ不意を突けたのであり、一度やった以上二度目は通じないだろう。
それに、サラマンダーは着弾と同時に大規模な破壊を齎し、周囲を爆煙で包み込む。
相手が視認出来ない状態を作り出すのは、影浦相手では危険だ。
そのまま逃走される恐れもあるし、何よりこちらが意識を向けた瞬間居場所を察知されてしまうのだ。
視界が利かないという状況は、影浦相手では枷にならない。
逆にこちらの不意を突かれて落とされるのが、関の山だろう。
「爆撃が駄目なら、他の合成弾はどうかな? そういえば、他のを使ったのは見た事ないけど」
「ん、
そこで三浦が樹里に他の合成弾は使えるか聞いたのだが、返って来た返答はこの通り。
ハウンド及びアステロイドの派生の弾は使えるが、バイパーの絡む弾は無理、という事だ。
「バイパーは、計算が面倒臭過ぎる。そっちにリソースを持って行かれるから、使うと隙が出来てやられちゃう。ぴょんぴょん跳び回りながらあれを連射出来る那須先輩は、おかしい」
「アタシも銃手に転向した時試した事あるけど、予め弾道を設定しててもハウンドと違って勝手に相手を狙ってくれるワケじゃないから、かなり扱い難しくてやってらんなかったわね。射手の場合はもっと考える事多いでしょうし、難易度高いのは分かるわ」
二人の言う通り、バイパーはそもそもハウンドと異なり、自分の描いた弾道通りに弾が進む為、使い方を間違えると障害物に当たって終わり、という事にもなりかねないのだ。
脳内で処理する負荷も相当に高い為、間違っても気軽に濫用出来るものではない。
三次元機動で跳び回りながら縦横無尽に
リアルタイムでバイパーの弾道を引ける那須と出水は、あくまでも例外枠として見るべきだろう。
「けど、確かに
「んー、流石に無理かな。
「そっか。なら良いわ。別の手を考えましょ」
香取はそう言って、話を切り上げた。
樹里が無理だと断言する以上、これ以上話を広げても仕方がない。
そういう、さっぱりした割り切り方であった。
「むぅ」
しかし、樹里は少々不満気な顔を見せた。
幼馴染の期待に応えられないようで、どうにももどかしく感じたのだ。
これまで自分が隊に貢献して来た自負はあるが、最近直接点を取る機会が多少減った事もあり、フラストレーション自体は蓄積していたのだ。
今回の場合自分がバイパーを使えれば済んだ話なのだが、無理なものは無理だ。
バイパーは技術どうこう以前に使用には適性が必須となる類の弾であり、樹里にその適正は無い。
それを充分に理解している為、歯痒く感じつつも代案を出せずにいたのだ。
(ハウンドなら幾らでも扱えるんだから、こっちに威力を高める方法があれば────────────────ん? ちょっと待って)
だが、不意に頭に一つの
少々突拍子もない内容だが、
(折角弟子入りしたんだし、聞いてみよう。理屈としては出来ると思うし、聞くだけなら損はないし)
ふふ、と樹里は人知れず笑みを浮かべる。
なお、人知れずと思っていたのは樹里だけで、香取はそんな幼馴染の浮かべる笑みを見て訝し気な表情をしていた。
知らぬは本人ばかり、とはこの事である。
「まだ次の試合の相手は分からないけど、そういえば玉狛の連中の試合は終わったのかしら?」
「まだ終わってないみたいよ。多分、時間的にそろそろだと思うけど」
「ふぅん、結構時間かかってんのね。次当たるかもしんないし、終わったらログ見るわよ」
香取はそう言って、眼を細めた。
玉狛の試合内容に関しては、最優先で調べるべきだと彼女の直感が告げていた。
何せ、次の試合からあのヒュースが参戦するのだ。
次かその次あたりで当たる可能性が高い以上、敵情視察は必須と言える。
ヒュース加入で何処まで脅威度が上昇するか不明瞭な以上、集められる情報は集めておくべきだろう。
「あれ? 葉子、通信。忍田本部長からみたい」
「え? 何でよ?」
「分からないけど、無視したら不味い。出るよ」
そんな折、不意に忍田からの通信が来たと聞き、香取は疑問符を浮かべる。
しかし本部長からの連絡を無下にするワケにはいかないので、華は通信を開いた。
『試合で疲れているところ、突然すまない。早急に通達すべき事案がある為、連絡させて貰った』
「了解しました。では、その事案とは何でしょうか?」
『────────今夜、
「────────え?」
その青天の霹靂とも言える内容に、傍で聞いていた香取は呆気にとられた声をあげる。
あまりにも突然な、
嵐は、前触れもなくやって来たのであった。