「敵は、矢張り遠征艇を狙って来たか…………っ!」
「あの時の三雲くんの進言通りだったな。ならば、部隊は予定通りに配置。迎撃するぞ」
了解、という声が司令室に響く。
それを聞きながら、忍田はふむ、と思案する。
(敵の狙いは、遠征艇。彼の推測は、正しかったな)
忍田は、ふと先日の事を想起する。
あれは、偶然忍田が開発室を訪れた時、修が居合わせた時の事だった。
「よし、このあたりで良いだろう。もう帰って良いぞ」
過日、開発室。
そこでエネドラッド相手の尋問に付き合った遊真に対し、鬼怒田はそう言って労った。
遊真は分かった、と頷き、同行していた修に眼を向ける。
とうの修は、何かを考え込んでいる様子だった。
「どうした? オサム」
「いや、今度
修はどうやら、今度起こるという侵攻の事について考えている様子だった。
話の通りなら、防衛任務には自分達も参加する事になる。
ならば、敵の狙いくらいは想定しておきたいというのが彼の考えらしかった。
「ふん、それを考えるのはお前の仕事ではない。お前はただ、命令通りに動く事を考えればそれでええんじゃ」
鬼怒田はそう言って修の懸念を一蹴するが、内心冷や汗をかいていた。
ハッキリ言って、鬼怒田は色々な意味で修を信用していない。
特に、場合によっては独断専行や命令違反に一切の躊躇をしないという点を特に危惧していた。
何も、組織の規律だとかそういう話ではない。
修は自分が必要と考えたのならば、自身の危険を一切顧みる事なく行動に移す悪癖がある。
目的達成よりも、自分の安全というものが常に下位に設定されているのだ。
基本的に隊員を庇護すべき子供として見ている鬼怒田としては、眼を離せば平然と死地に自分を放り込みかねない修の性質については本当に心を痛めていたのだ。
口が悪い為誤解されがちだが、鬼怒田は本質的には善性の人間だ。
子供を兵隊として使わざるを得ない現状を心苦しく思っているし、だからこそ
旧ボーダーの面々がそういった保険の一つもなしに戦場に身を置き、命を散らしていったと聞いた時には義憤に駆られたものだし、それが緊急脱出システムの開発に繋がったのは言うまでも無い。
だからこそ、修の行動には眼を光らせないといけない、と考えているのだ。
先の大規模侵攻でのトリガー解除事件然り、彼は放っておけば何をするか分かったものではない。
修に厳しく接するのは、彼なりの優しさの裏返しでもあったのだ。
「けど、確かにオサムの言う通りだな。敵の狙いさえ分かっていれば効率的に作戦を立てられるし、万が一の時のリカバリーも利き易い。そっちの方が、隊員の安全にも繋がるしな」
む、と鬼怒田は言葉に詰まる。
確かに遊真の言う事には一理あり、間違った事は言っていない。
大規模侵攻の時も、敵の狙いがC級の拉致だと看破出来ていたからこそ被害を抑えられた面がある。
そういう意味で、敵の狙いを知っておく事は確かに隊員の安全にも繋がる。
そこで、気付く。
遊真は鬼怒田の意図にはどうやら気付いており、その上で助言をしているらしかった。
修の危険極まりない性質については遊真も承知の上であり、尚且つ「生半可な事ではまず止まらない」という事も深く理解している。
ならば、ある程度好きにやらせた上でこちらで安全を確保する方法を一つでも考案しておく方が結果的には彼の身の保証に繋がる、と割り切っているのだ。
下手に行動を押さえつけておく無駄な労力を使うよりは、そちらの方が効率的ではある。
そう考えて、鬼怒田は仕方なく遊真にアイコンタクトで同意の意を示した。
「ふむ、興味深い話をしているな」
「…………! 忍田本部長」
「すまない。盗み聞きをするつもりはなかったのだが、入って来る時に丁度聴こえてしまってな。謝罪する」
そんな時、やって来たのは忍田だった。
開発室に用があってやって来た忍田だったが、今の話はボーダーの本部長としても聞き逃せない類のものだった。
だからこそ、こうして話に加わって来たのである。
彼もある意味、修には期待している人間なのだから。
「三雲くん。君の所感は、大規模侵攻の際も大いに参考になった。今回も、君に意見があるのならば聞かせて欲しい」
「わ、分かりました。ぼくの意見で良ければ」
突然の忍田の言葉に動揺する修だが、冷や汗はかいていない。
面食らっただけで、焦っている様子はない。
つまり、何かある。
既に彼は、己の心の内で何らかの確信がある様子だった。
「…………その前に、エネドラに質問しておきたいんだ。アフトクラトルがガロプラに侵攻を命じた目的は、ぼく達の
『あー? だからそう言ってるじゃねぇか。記憶容量も猿並かよ?』
「じゃあ、もう一つ。アフトクラトル側からの属国への扱いは、どんな感じなんだ? ある程度優位な関係性で交易を進める同盟国か、もしくは一方的な搾取関係────────────────もっと言えば、
修の質問に、エネドラッドはへぇ、と眼を細めた。
そして、くくっ、と含み笑いを漏らす。
『そりゃあ、バリバリの搾取関係に決まってんだろ。基本的にどんな理不尽な命令でも押し付けられる奴隷で、場合によっちゃ使い捨てても問題ねぇ。ハイレインも、属国の国民感情なんざ
「そうか。分かった、ありがとう」
『?』
疑問符を浮かべるエネドラッドに対し、修は動揺する事なくそう言って話を終えた。
訝しむエネドラッドに背を向け、修は改めて忍田に向き直った。
「────────恐らくですが、敵の狙いは遠征艇だと思います。多分、敵からすればそれが一番波風が立たない方法ですから」
「遠征艇、じゃと…………っ!?」
「ふむ、その理由を聞かせて貰えるかな」
ええ、と修は頷く。
「今のエネドラの話では、アフトクラトルにとっては属国というのは使い捨ての駒でしかない。なら、その属国にぼく達の足止めを命じた目的は、
「狙いをズラす、じゃと?」
「そうです。今回の侵攻で属国であるというガロプラが隊員の拉致等に踏み切れば、こちらとしてはアフトクラトルよりも先にガロプラへ矛先を向ける理由が生まれます。恐らくはそれこそが、アフトクラトルの狙いではないでしょうか?」
修はエネドラッドからアフトクラトルの属国への扱いを聞き、その狙いがこちらの矛先をガロプラへと向ける事ではないかと考えたのだ。
確かに彼の言う通り、ガロプラがC級の拉致等を実行すれば自然とこちらの第一目的はガロプラからの捕虜の奪取となる。
アフトクラトルよりもガロプラの方がこの世界からも近い関係上、必然的にそうなるからだ。
そして、それこそが恐らくはアフトクラトルの────────────────即ち、ハイレインの狙い。
こちらにガロプラへ力を割かせ、本国へ辿り着くまでの時間を稼がせるつもりなのだろう。
「どうだ? エネドラ。ハイレインという男は、そういう人物なのか?」
『確かに、あの根暗野郎ならそうするだろうぜ。良い読みしてんじゃねぇか』
成る程、と修は頷きエネドラの同意があった事で忍田達も考え込んだ。
色々と胡散臭いエネドラッドであるが、今の発言にも遊真は嘘の判定をしていない。
ならば彼の言う事は真実であり、アフトクラトルの狙いはそれで間違いない、と見るべきだろう。
「そして、真っ当な頭があればガロプラ側もそれには気付く筈です。それならガロプラは、なるべくこちらの恨みを買わずに尚且つアフトクラトルの命令も遂行する。そういった縛りで戦いに臨むのではないでしょうか?」
「だから、遠征艇を狙うと?」
「はい。仮に遠征艇を破壊されれば、遠征のスケジュールは大きく狂わざるを得ない。そして、その場合でも最優先目標はアフトクラトルから変わらない。違いますか?」
「…………そうだな。その場合でも、ガロプラに
忍田はそう言って、修の考えに同意を示した。
確かに彼の言う通り、ガロプラが遠征艇の破壊に成功すればこちらの遠征計画は大幅に狂う。
だがしかし、その上で遠征を実行に移した時にガロプラに矛先を向けるかと言われれば否だ。
あくまでもこちらの最優先目標はアフトクラトルに連れ去られた者達の奪還であり、この場合ガロプラは妨害はしていても人的被害は出していない。
ならば邪魔をされた私怨で矛先をガロプラに向ける事は有り得ず、最優先目標はアフトクラトルから変わらない。
彼の言う事は、筋が通っているように思えた。
「三雲くん、君の意見は理解した。今後の作戦立案において、大いに参考にさせて貰う事にしよう」
(彼の推測を勘案した上で布陣した事は正解だった。敵の狙いがそうであると分かれば、市街地への警戒は最低限で済む。その分、内側を盤石に出来るからな)
忍田は過日の修の話を思い出しながら、内心で笑みを浮かべる。
修の推測は既に城戸司令には話を通してあり、その上で作戦を立案する許可も貰っていた。
矢張りエネドラッドのお墨付きがあるのも大きく、それが遊真による真偽判定をかけた上でのものである事も信憑性を高めたのだろう。
あの後改めてエネドラに属国がそのように動くか意見を尋ねたところ、その可能性は高いと返答を貰っている。
基本的に属国は
それでも問題なく搾取出来る為本国が方針を変える事はまず有り得ず、今回の場合ならそういう日和り方をするだろうとも話していた。
だからこそ、内側の布陣は厚く敷いておいた。
迅の助言で
後は迅の語る
決して油断は出来ないが、幸先としては悪くないものと言えた。
「外の戦力は削らず、作戦通りの配置で事を進める。侵入した三人は、中の人員で対処する。外での押し負けが最悪の展開だ。立て直して押し返す。外の隊員に指示を送れ」
「「了解」」
「助太刀します」
「こっちも行くぜー!」
ボーダー本部、屋上。
犬型トリオン兵、ドグ相手に戦っていた面々の下に、辻と南沢が駆けつけた。
二人はそれぞれレイジ班と東班の下に向かい、弧月を一閃。
レイジと緑川の活躍で数を減らしていたドグの群れを、瞬く間に駆逐していった。
元より、二人の近接担当の奮闘でドグの残数は減っている。
そこに攻撃手二人が加われば、殲滅にそう時間がかかる事はない。
何しろ、相手はB級下位程度の能力しかない個体だ。
B級上位でも手練れの二人が加われば、駆逐スピードが上がるのは自然と言えた。
「犬型は俺と
「「了解」」
こうなれば、狙撃手達の行動を縛るものはない。
ドグの全滅は、既に時間の問題。
レイジが防御に回り、残る三人の攻撃手が殲滅すればそれで終わりだ。
地上への狙撃が、再開される。
それによってアイドラは次々と撃破され、趨勢は再びボーダー側へ傾くのだった。
「…………!」
後方からこちらを狙う、無数の光弾。
彼女はそれを、シールドで防御。
そのまま角を曲がり、先を行くガトリン達に追随する。
「後ろから射撃。追って来てる」
「撒けるか?」
「…………!」
ガトリンの質問に対し、ウェンは後方を確認。
向こうからは曲線を描きながら角を曲がり、こちらを狙う弾丸の姿があった。
変幻自在とまではいかないが、追尾能力があるのは見れば分かる。
このままでは、進軍速度に支障が出かねない。
諸々の材料を下に、ウェンはそう判断した。
「鬱陶しい。ここで止めるわ」
「任せた」
ウェンはそれをシールドで防ぎつつ、自身が足止めとして残る事を選択。
ガトリン達はウェンを残し、先行する。
それを確認したウェンは通路の先の開けた場所に陣取り、追っ手を待ち構えた。
そして。
「
「────────」
数瞬後。
姿を現したのは、長身の美女────────────────加古と、その部下である黒江。
そちらを確認したウェンは背に仕込んでいた鏃を床に突き刺し、
「────────来な、お嬢ちゃんたち」
「あら。それは、こちらの台詞だわ」
ウェンと加古、二人の女傑が相対する。
黒江はそれを、緊迫した面持ちで眺めていた。