「敵の火力は動いて散らせ。その上でこちらの火力を集中。畳みかける」
「了解」
二宮の指示を受け、犬飼を始めとした
彼等は扇状に広がって布陣しており、敵のトリオン兵は射撃を仕掛けて来るがこちらが横に広がっている為、一ヵ所へ集まる弾の数は左程ではない。
そして、その程度の弾数であればシールドの防御で事足りる。
一方、こちらは一ヵ所ずつ銃撃もしくは射撃を集中して叩き込んでいる為、アイドラのシールドは耐久値を超えて破砕され、次々と撃破数が増えていく。
此処に来て、連携が可能とはいえプログラム通りの動きしか出来ないトリオン兵と、その場その場で臨機応変に動ける人間の兵の違いが出た。
幾ら連携出来るとは言っても、それはあくまでもパターン化された
前者であれば機械的な行動パターンは解析すれば把握する事が出来るようになるし、後者の場合はそもそも数が数だけに一体一体のアイドラには単純な命令しか下せない。
外に出ているガロプラの精鋭の内コスケロは現在三輪隊と戦闘の真っ最中である為軍勢への指示は行えず、今はレギンデッツ一人だけで夥しい数のアイドラの指揮を行っている状態だ。
元より指揮適性が並程度であるレギンデッツにとってこれは紛れもなく重労働であり、大まかな指示を下すのが精一杯な状況である。
そんな状態で鍛錬を積んだボーダーの精鋭達の攻撃を独力で捌く事など出来る筈もなく、戦況は明らかにガロプラ不利に陥りつつあった。
『────────』
「…………!」
だが、そのままで終わる筈もない。
不意に家屋の向こうから跳び出して来た影に気付いた帯島は、咄嗟に弧月を抜刀し防御。
鈍い金属音が鳴り響き、弧月とブレードが激突する。
彼女が迎撃したのは、他のものとは明らかに違う機敏な動きをするアイドラだった。
そのアイドラはブレードが弧月に受け止められるや否や、バックステップで跳躍。
今度は若村の背後を取り、その背を斬り付けんとする。
「…………!」
「辻さん…………!」
されど、そこに辻が割って入る。
辻はアイドラのブレードを弧月で受け止め、そのまま押し返そうとする。
しかしアイドラはその勢いを利用して跳躍し、家屋の向こうへ姿を消した。
「気を付けて。動きの違う奴がいる」
「りょ、了解…………!」
辻の警告に若村は従い、頷く。
この場での若村達銃手・射手の仕事は、火力要員として敵を押し返す事だ。
だからこそ、明らかにその兵力の一部を狙い撃ちして来たあの動きの違うトリオン兵の存在は無視出来ない。
辻を始めとした攻撃手達は、銃手や射手の周りを固める。
その、直後だった。
「…………!」
家屋の窓を突き破る形で現れたアイドラが、背後から帯島に迫る。
帯島は万能手であり、先程までハウンドを用いて火力要員の一端を担っていた。
だからこそ若村と同じく優先した撃破対象に設定され、こうして狙われたワケだ。
「させないってのっ!」
しかし、そこへ南沢が駆けつける。
軽やかな動きで跳び出した南沢はアイドラのブレードを受け止め、そのまま刃を滑らせ頭部を狙う。
『…………!』
アイドラは咄嗟に身体を捻って攻撃を回避するが、隙を見せた事に変わりはない。
そして、手練れが揃うこの戦場でその隙は致命的だった。
「「旋空弧月」」
銃手達の護衛をしていた二人、奥寺と小荒井の旋空が同時に襲い掛かる。
旋空二連を受けたアイドラは回避し切れず、そのまま両断。
戦況を引っ掻き回したアイドラ特殊個体は、攻撃手達の連携により沈黙した。
「────────こっちも片付いたわ」
他方では、木虎が帯島との連携によりもう1体の特殊個体を処理していた。
そのアイドラの残骸は無数のワイヤーで雁字搦めにされており、木虎がスパイダーで動きを抑え、そこを手の空いた帯島が旋空で両断した形だ。
旋空はその射程距離が目立ちがちだが、真価はその絶大な威力にこそある。
防御を固める相手に対し、巧く使えばそれを突破出来る旋空は対トリオン兵ではこの上なく有効なのだ。
それがたとえ動きの違う特殊な個体であったとしても、同じ事。
ラービットのようなA級クラスの能力がありながら装甲も極端に厚いという例外でさえなければ、B級であっても充分に対処出来る。
何より、この場には元A級や現役のA級隊員までいるのだ。
この程度、対処出来ない方がおかしいというものだ。
(この程度、なのかしら。
木虎は案外とあっさり撃破出来た特殊個体を前に、思案する。
彼女は先の大規模侵攻で、本当の
何が起きたかさえ碌に分からないままあの翁に斬り払われ、気が付いたら
あれを基準にすると今回の敵は温過ぎるようにも思えるが、これはあの老剣士が異常だっただけである。
知らず人型近界民の評価基準が狂っている事など露知らず、木虎は油断せずに周囲を見回した。
まだ、終わりではない。
それは確かな、彼女の直感だった。
「まだだよ。色が
「…………!」
忍田はその天羽からの報告を聞き、眼を見開く。
突如として動きの違うトリオン兵が出たのも驚いたが、今度は別のトリオン兵がそうなったのだという。
困惑はあるが、今は悩んでいる暇はない。
「別のエース機が出現した。レーダー上でマークする。攻撃手で連携し、仕留めてくれ」
『『了解』』
忍田の指示を受け、現場の人員が動き出す。
絡繰りは分からないが、二体以上同時に出現する兆候は今の所見られない。
ならば、敵のエース機は三体以上は運用出来ないと見て良いだろう。
この状況ではどう考えても三体以上同時に運用した方が戦略的には正しい以上、それをやらないのではなく出来ないと考えるべきだ。
(迅が言うには、こっちのトリオン兵はあくまでも陽動。本命は基地内部に侵入した三名の方だそうだが、既に向こうには迅が向かった。万に一つも、遠征艇が破壊される事はないだろう)
今回の敵は油断は出来ない相手だが、先の大規模侵攻で相見えたヴィザという剣聖程の出鱈目さは無い。
そこは天羽からもお墨付きを貰っており、今回の敵はあくまでも常識的な範疇での実力者なのだそうだ。
故に、迅という鬼札が切られた時点で地下の二人の命運は尽きたと言って良い。
迅の未来視は、集団戦でこそ最大限にその脅威を発揮する。
大局的な視点の優位性も然りだが、敵が何をやって来るかをある程度知る事が出来てしまうのだから、集団戦での優位は計り知れない。
個人戦では未来を視る事に集中し過ぎた隙を狙われて敗北する可能性もあるが、集団戦では戦闘要員を仲間に任せて自身は未来視と指揮に集中すればそれで済む。
敵が戦術を力技で突破出来るような理不尽存在でもない限りは、迅が現場に到着した時点で勝負は詰んだも同然なのだ。
だからこそ、彼等の心配は要らない。
懸念がないとは言わないが、概ね順調な道筋と言えた。
(あとは、迅の言う
『おいヨミ、お前の操縦してんのいきなりバレてんじゃねーかっ!?』
「おかしいね。動き出す前なのに、どうやって見分けたんだろう?」
レギンデッツの怒声に対し、ヨミはあくまでも冷静に応対する。
現在彼が行っているのは、トリオン兵二体の
通常一人につき1体しか動かせないのだが、ヨミには
これは二つの思考を同レベルの精度で回す事が出来るものであり、要は
技術ではなくサイドエフェクトという
ヨミはこの能力を以て、二体のアイドラを同時に操作していた。
この技術の利点は、一見してどのアイドラがヨミの操縦を受けているかが分からない点だ。
流石に行動し始めれば露見してしまうが、最初の一発に限って言えば完全な奇襲が可能になるというメリットがある。
しかし、今回はそれが通用していない。
都合三度操縦モードとなったアイドラを操作しているヨミだが、二回目以降は即座に発見され撃破されている。
確かに操縦モードはトリオン兵に複雑な動作や臨機応変な対応力を付与するが、あくまでもそれはアイドラの
強化されるのはあくまでも判断力の付与や多様な対応力であり、単純に攻撃力や防御力が強化される、という類のものではないのだ。
そして当然、アイドラの性能で御し切れない相手はどうしようもない。
最大の利点である使用するまでの隠密性が意味を成していない現状、このままやっても全滅は時間の問題に思えた。
(いいや、それでもやらなくちゃ。別に、敵を無理に倒す必要はない。隊長達が目的を達するまで時間を稼げれば、それでいいんだから)
されど、やる事に変わりはない。
想定外が多過ぎたが、作戦の成否はどの道ガトリン達に懸かっているのだ。
自分達の役目は、あくまでも足止め。
多くの手練れが集う敵の地上部隊の戦力を、間違っても地下へ向かわせない事だ。
多少の時間稼ぎしか出来ずとも、それならそれで消耗戦に付き合うだけだ。
(折角、ロドクルーンからは
貸与という形で送られて来たロドクルーン製のトリオン兵であるが、基本的にこれらは作戦で使い潰す事を前提に運用されるものだ。
アイドラやドグは単体の性能が低い分大量生産に向き、コストパフォーマンスが非常に良い。
一体だけで夥しい数のトリオン兵と同等以上の資源を消費しなければならないラービットとは、設計思想そのものがまるで逆なのだ。
ラービットはアフトクラトルの機密の塊である為詳細なデータはないが、1体につき少なくとも通常のトリオン兵数十体以上を上回るコストが必要なのは間違いない。
あれを量産し運用出来るのは、アフトクラトルのような大国中の大国以外有り得ないだろう。
だが、単純に
一体一体は脆弱だが連携する事で強い相手にも食らいつく事が出来、尚且つ製造コストが非常に安価。
大規模な作戦行動に於いて、これ程向いているトリオン兵はそういないだろう。
少なくとも、自分達のような小国にとっては破格の性能と言っても良い。
ならば、その数を頼みとする基本戦法を軸に徹底的に遅滞戦闘を展開する。
向こうで頑張っているレギンデッツには、もう少し無理をして貰おう。
レギンデッツは若く未熟で、判断が甘く短気で行動しがちだ。
戦闘能力自体は申し分ないのだが、それはあくまでもガロプラの基準であって、アフトクラトルの精鋭には容易く蹴散らされる程度のものでしかない。
しかし言われた仕事程度ならば十全にこなせるので、全くの無能というワケでもないのだ。
後先を考えず感情的に行動しがちな悪癖を除けば、兵士としての質はそこまで悪くはないのである。
年下のヨミにこう思われている時点で頭の出来はお察しだが、彼の浅慮さはアフトクラトルから侵攻を受けた時の
なので小言を言いがちなウェンも、彼の人格や能力そのものを否定する発言はしないのだ。
なんだかんだ周りから可愛がられているので、むしろ愛嬌があると思っているのは自分だけではないだろう。
(取り敢えず、何か失敗してもフォローしとく事にするかな。無理を言ってるのはこっちだし、咎められても庇えるように準備しとこう)
ヨミは機器を操作しつつ、この先の事を考えていた。
アフトクラトルからの
何しろ、
彼の遺物に関するアフトクラトルの潔癖さから考えれば、「遺物を前にしたので
それだけ彼の国が「遺物」に関する取扱いについて神経を尖らせているのは周知の事実であり、かつてククロセアトロと繋がっていたロドクルーンの顛末を考えれば理由としては充分だ。
(むしろ、どうせなら「遺物」が前に出て来てくれればその方が手っ取り早いんだけどね。無理に向こうの船を壊すよりも、明確な撤退理由が出来てくれた方が有り難いんだし。まあ、次善の策だし臨機応変に行くしかないか)
ヨミはそう割り切り、再び
万が一ガトリン達が失敗した時の保険として、敢えて「遺物」を探して相対し、それを撤退理由としてアフトクラトルに上申するというのは良い考えだと彼は思った。
元より、アフトクラトルに忠誠心などない。
こちらはあくまでも
要はアフトクラトルの明確な不興を買わず、尚且つ
無論そう簡単にはいかないだろうが、そういう意味で「遺物」の存在はむしろ朗報と言える。
ガトリンが早々に負けるとは思わないが、それでも相手はあの軍事国家を迎撃してのけた強国だ。
万が一はしっかりと考えるべきであり、その為に保険を用意しておく事は悪い事ではない。
そう考えて、ヨミは操縦モードを起動しつつ例の「遺物」の捜索を始めるのであった。