(やり難い…………っ!)
ガロプラの兵士、ウェンは内心で盛大に舌打ちをしていた。
その最中も、ひっきりなしに弾が飛んで来る。
悠々と歩きながらそれを飛ばして来るのは、誰あろう加古である。
ウェンは飛来する弾を回避、もしくはシールドで迎撃しつつ、少しでも加古に近付こうと駆け出した。
「…………っ!」
しかし、それを見越していたかのように無数の弾丸が降り注ぎ、ウェンは防御を余儀なくされる。
加古の弾は弾数自体はそこまで多くはないが、四方から的確にウェンの移動ルートに刺さるように配置されており、凌ぐ為には一度足を止めてシールドを構えるしかなかった。
「…………!」
勿論、ウェンもただやられるばかりではない。
頭部にブレードを装備したタイプのドグ、ドグ・バトリーレに命令を飛ばし、加古を背後より襲うようけしかける。
不意打ちが当たれば良し。
そうでなくとも彼女に回避もしくは防御を選択させ、動きを封じる事が出来れば儲けもの。
そういった、手筈であった。
「うふふ」
だが、加古は特に慌てる事もなくウィンクをしながら文字通り姿を消した。
そして次の刹那には全く別の場所に加古が出現し、現れたと同時に展開した球体から分割した弾丸を斉射。
四方八方から襲い掛かる弾丸に、ウェンは何とかシールドを張って耐え凌ぐ。
思うように攻めに行く事が出来ず、ウェンは一向に進まない戦況に苛立ちを感じていた。
(圧倒的格上、って感じじゃない。でもとにかく、
もう一度、ウェンは内心で盛大に舌打ちする。
加古自体は、まず勝てないような格上、という感じはしない。
確かに実力自体は高いが、絶対に届かない、というステージの相手には感じなかった。
しかし、それでもこの戦闘に於いて完全に主導権を握られている事は否定出来ない事実である。
加古は豊富なトリオンにあかせた豪雨のような弾幕も、とんでもない身体センスによる鋭い動きでの肉薄もしては来ない。
だが、こちらの動きを逐次徹底的に潰し、的確に動いて戦場の動きをコントロールしている。
ウェンのやりたい事を封じる事を第一に行動しており、決して無理をしない。
堅実に、しかし着実にこちらの勝ち筋を潰す恐ろしいまでに合理的な戦闘だった。
無理に攻める隙を探すのではなく、泥試合に持ち込んでこちらの精神を消耗させ、ミスを誘発させるかのようなそのやり口。
とにかく手管のいやらしさが尋常ではなく、まるで数々の戦場を生き抜いた歴戦の兵士が如き立ち回りであった。
(見たところあたしとそう歳は離れてないように見えるけど、思った以上に若作りなだけかな。どちらにしろ、厄介な相手な事に変わりはないけど)
もしも短気なレギンデッツが相手をしていれば、恐らくは今頃焦れて無理な攻めを行い、その隙を突かれて倒されていただろう。
彼は実力自体はそう低くはないのだが、思い通りにいかない事が続くと癇癪のように後先を考えずに行動する感情的な面があった。
兵士としては落第点ものの性格だが、その根底にあるのがあのアフトクラトルによる故国侵攻の時に刻まれたトラウマなので、ウェンもそう強く言うつもりはない。
とはいえ甘やかしてばかりでも彼の為にならないので、言うべき事はしっかり言うが。
(あたしがこいつの相手をする事にしたのは正解だったわね。こいつなら、隊長達相手でものらりくらりと立ち回って時間を消費させたに違いないもの)
ウェンはそう考え、自分の判断の正しさを肯定する。
彼女なら、たとえガトリンやラタリコフ相手でもあらゆる手管を駆使して遅滞戦闘を演じただろう。
彼等が負けるとまでは思えないが、相当な時間を加古によって使わされたであろう事は間違いない。
そういう意味で、ウェンが足止めを買って出たのは正解だったと言える。
ウェンの目的は、加古の打倒ではない。
先に行かせたガトリン達が目的を遂げるまで、この女をこの場に押し留めておく事である。
無論倒せれば最上ではあるが、無理をしてまで落とす必要はない。
本音を言えばさっさと片付けてガトリン達の援軍に向かいたいのだが、それをさせてくれるような甘い相手ではないだろうし、最悪向かった先で待ち伏せをされて袋叩きにされる可能性もゼロではない。
ガトリン達が地下に向かってからそれなりに時間が経過しているが、未だに作戦終了の合図が来ない事から考えても、彼等が待ち伏せを喰らったであろう事は間違いない。
やられたとまでは思わないが、少なくとも足止めをされている事は明瞭だろう。
もしそうならヨミから一報が入る筈なので、健在である事自体は疑う必要はないだろう。
今頃ヨミは外に布陣したレギンデッツ達の支援で手一杯な筈であり、余程の事がない限りはこちらに連絡は来ない事になっている。
ヨミは完全並列同時思考という
幾ら二つ同時の思考を行う事が出来たとしても、複雑な作業や大量のタスクを行えば消耗するのは自明の理だ。
こちらに影響のある情報を提供する時ならともかくとして、小さな些事までいちいち報告させていれば流石の彼も
そろそろ操縦モードも使っているであろう頃合いなので、猶更である。
ともあれ、そういった事情で今ヨミには頼れない。
極論として、ウェンがこの場で加古を倒せずとも作戦自体に大きな影響はない。
最悪なのは此処で早急に彼女が倒れて加古達が地下へ向かうパターンであり、それだけは何としても阻止しなければならなかった。
最良はこの場で加古達を打倒する事だが、その難易度の高さは今までで充分思い知っていた。
(こいつ等、
もしも二人が不用意にパートナーを近くに置いて戦闘を行うようなら、折を見て変身トリガーで片方の姿に変わり、隙を突くつもりだった。
しかし、戦闘開始からこれまで、二人は徹底して距離を取って戦っていた。
見たところ幼い剣士の方は付け入る隙自体はそれなりにありそうだが、彼女は現在加古の指示に一から十まで従い、駒に徹する姿勢を取っている。
相応に我が強そうな少女であるが、上司だろう彼女の前では立場を弁えて行動しているようである。
ハッキリ言って、才気に逸って突っ込んでくれる方が余程やり易かった。
この場に加古がいなければとっくにそうしていただろう事は直感で感じているが、どうやら二人の間にはしっかりと上司と部下としての関係性が構築されているようである。
我の強さを抑える程加古を信頼しているのか、その手腕を疑っていないのかは分からない。
しかし事実として、敢えて隙を見せてもそれに乗って来ないであろう事は間違いない。
その証拠に、近接戦闘が専門であろう少女剣士は戦闘開始からこれまで碌に突っ込んで来る気配を見せなかった。
時折散発的に「伸びる斬撃」を撃って来るだけで、決して無理にこちらに近付いて来ようとはしなかったのである。
もしも近付いて来たならば彼女に変身し隙を突いてやろうと考えていたのだが、それも出来ない。
しかも「伸びる斬撃」の威力自体は相当に高いので、無視も出来ない。
つくづく、こちらのやりたい事を徹底して封じて来る相手であった。
(ドグの残弾も殆ど尽きた。これ以上の時間稼ぎは、通じそうにないな)
これまでの戦闘で、ストックしていたドグの残機は殆ど使い切っている。
そうでもしなければ彼女の弾幕を凌ぐ事は難しかったので仕方ない面はあるが、ドグなしで戦り合うには難しい相手でもあった。
これまではドグとの連携でどうにか戦って来れたが、トリオン兵による手数が減ればそのまま押し込まれるであろう事は想像に難くない。
ドグの残弾が完全に尽きれば、その時点で敗北は時間の問題と言えた。
(あっちには、かなり自由の利く転移トリガーがある。アフトクラトルの窓女のように仲間を移動させる事は出来ないみたいだけど、タイムラグなしで瞬間移動が出来るのは厄介だね。連発は出来ないらしいのが、唯一の救いだけど)
加えて、向こうには転移を可能とするトリガーがあった。
見たところ連発は出来ないようだが、タイムラグなしでの瞬間移動が出来るのは厄介極まりない。
何せ、追い込んだと思っても次の瞬間には平然と背後を取って来るのだ。
彼女自身の機動力も決して低くはない上、必要に応じて転移で自在に位置を変えて来る為、仕留める難易度が段違いに高いのである。
クレバーなその立ち回りも相俟って、最上級にやり難い相手と言えた。
(こうなったら、もう腹を括るしかない。倒せるかどうかまでは分かんないけど、せめて手傷くらい負わせないと話にならないもの)
既に、後が無いのは自明の理。
最早覚悟を決める以外になく、ウェンは即座に行動に移した。
「…………っ!?」
ウェンは背から引き抜いた鏃を放り投げ、そこから大量の煙幕が噴き出した。
広間が煙幕に覆われ、加古と黒江は警戒の為に身構える。
「────────
そして、煙幕が晴れた後。
出て来たのは、無数に連なるウェンの
「分身っ!?」
黒江が驚愕の声をあげ、加古は眼を細めて無数に増えたウェンを見据える。
分身トリガー、
これは使用者の分身の映像を作り出すトリガーであり、実際にウェンが増えたワケではない。
しかし攪乱には最適なトリガーであり、初見殺し性能も高いウェンの奥の手だ。
相応にトリオンも消費する為濫用は出来ないが、ここぞという時の手札として温存していたものを此処で切ったのである。
煙幕を焚いたのは、どれがウェンの本体であるかを分からなくさせる為。
経験や練度の低い相手であればそのまま使ったかもしれないが、加古であれば入り乱れるような動きをしたとしても本物を見破るくらいはやって来そうだったからだ。
正真正銘、これが最後にして最大の一手。
これを切った以上、牽制などと悠長は事はやっていられない。
今は一刻も早く、全霊で攻勢をかける以外手段は残されてはいないのだから。
「────────」
無数に分身したウェンが、一斉に黒江に向かって襲い掛かる。
転移トリガーを持つ加古相手では、斬りかかったところで逃げられるのがオチだ。
ならば相手が近接専門だろうと、分身という絡め手に対応する前に切り込んでしまえる黒江を狙うのは当然だった。
仕留められれば良し。
そうでなくとも、加古が黒江をカバーに入ればその隙に再び煙幕を焚き、変身トリガーでどちらかに化けて隙を突く事も出来る。
幼い剣士は如何にも身軽そうであるが、この数の分身から本物を見抜く手段などは持っていないだろう。
正直加古相手ではすぐに看破されたとしても不思議ではないので、速攻で勝負を決める必要があった。
勝機は、こちらの分身トリガー使用による混乱に相手が適応するまでの短期間。
それのみが、今現在ウェンに残された唯一の道筋だった。
「────────待ってたわ。そういうの、使ってくれるの」
────────しかし、加古は恐ろしい程冷静な声で、ニヤリと笑みを浮かべた。
悪寒を感じたウェンが周囲を見渡せば、いつの間にか地面スレスレの場所に設置された無数の光弾が、一斉に彼女に向かって狙いを定めて飛来していた。
「…………!」
一度弾丸の制御を手放し、後から改めて接続する事で発射する射手としての技術の一つ。
置き弾。
それを利用した、全方位設置攻撃。
加古がこれまで転移を繰り返していたのは、何もウェンを攪乱する為だけではない。
密かに置き弾を広間の至る所に設置し、ここぞという場面で切り札として切る為だったのである。
「…………っ!」
故に分身体は盾にする事など出来ず、全方位攻撃に対しては無力だ。
ウェンは仕方なく、最後に残ったドグ2体を呼び出しシールドを展開。
本体に当たる軌道の攻撃のみに絞り、その弾幕を防御させた。
「双葉、
されど、それこそが致命。
その瞬間を待っていた加古は、黒江にトリガーの使用を解禁。
「────────韋駄天」
刹那。
雷光の如き目にも止まらぬ動きを見せた黒江の一閃が、ウェンの身体を両断した。
「な…………っ!?」
対応は、出来なかった。
黒江の斬撃は狙い過たず、ウェンの本体を狙って剣を振り抜いていたからだ。
何故、本体が露見したのか。
それを、遅れて理解する。
(あたしがドグに防御させた弾丸の軌道から、本体のいる位置を予測したのか…………っ!)
あの全方位攻撃の本当の狙いは、こちらに防御をさせる事で本体の位置を特定する為。
最初からあれで仕留められるとは考えておらず、あくまでも本体を見抜く陽動が置き弾という切り札に見せかけた囮の使用目的だったというワケだ。
「あなた、警戒心が強そうだったから苦労したわ。最初から
また、最初から韋駄天という
ウェンは基本的に慎重で警戒心が強く、更に近界では相手が初見殺しを使って来る事など日常茶飯事だ。
それ故に初見殺しに対する耐性はこの世界の人間より高く、スピードは驚異的だが性質としては単純な韋駄天は仕組みさえ分かれば対応される可能性が高かった。
だからこそ加古は分身トリガーという分かり易い切り札を切るまで待っていたのであり、分身を作った事で本体が狙われる可能性が薄くなった状態であれば、ウェンの警戒も相応に甘くなるであろうと予測して手札を切ったワケである。
使用中は被弾する確率が減り、その分攻撃に意識を回せるようになる。
しかしそれは裏を返せば
これまでウェンは分かり易い特殊効果を持ったトリガーを使っておらず、何かしらの切り札は温存していると加古は見ていた。
加えてウェンの戦闘スタイルから鑑みて力押しではなく絡め手タイプのものである事も想定しており、結果として分身トリガーという加古にとって
加古とウェン。
二人の女傑の対決は、加古の勝利で幕を閉じたのだった。