「お疲れ様、双葉。良い仕事をしてくれたわ」
「いえ、加古さんの言う通りにしてただけですし」
「それでいいのよ。結果は出たんですからね」
ニコリ、とそう言って加古は黒江を労った。
今回の戦闘では、予め黒江には「自分が指示を出すまで絶対に韋駄天を使うな」と厳命していた。
これは韋駄天が強力な切り札足り得る一方、タネさえ分かれば対処が容易であるからだ。
韋駄天は眼に映らないようなスピードの超高速攻撃が行えるが、あまりにも速度が速過ぎて使用者自身にも制御が難しい。
その為予め軌道を設定し、それに沿う形で移動する事で制御しているのだ。
いわばハウンドやバイパーと同じように弾道を設定するかの如く決まったルートを沿って使用者を撃ち出す事で、制御困難な性質を解決しているのだ。
そしてだからこそ、一度発動してしまえば決まったルートを移動完了するまで自由が利かない。
つまりその軌道の最中にブレードでも置かれれば、容易に対処されてしまうのである。
無論口で言う程簡単な事ではないが、加古はこの相手はそれが可能な類であると判断した。
だからこそ普段ならば初手から全力で韋駄天を使い捲る癖のある黒江に対し、ここぞという時まで韋駄天を温存するよう命じていたのだ。
対処が可能とはいえ、韋駄天が強力な初見殺し性能を備えている事に変わりはない。
ならば対処させる間を与えず、最初の一撃目で勝負を決める。
これが韋駄天の能力を知らない相手への正しい使い方であり、加古はそれを十全に活かした形となる。
黒江は命令に従っただけだと謙遜しているが、それが一番重要なのだ。
才能マニアな加古がスカウトするだけあって才気溢れる黒江だが、経験の少なさから来る判断の拙さは如何ともし難い。
もしも黒江が単独でウェンと相対していれば、良い様にあしらわれて終わりだったろう。
しかし加古の指示に全面的に従う事で経験不足をカバーする事で、黒江はその才覚を十全に活かす鋭い武器と化す。
才気に逸りがちとはいえ加古に見出された黒江の才能自体は本物であり、充分なパフォーマンスさえ発揮出来れば格上だろうと殺し得る刃となるのだ。
そういう意味で、各々が自分の仕事を完璧にやり切った戦闘だったと言える。
「さて、それじゃああの子を確保しましょうか。トリオン体が崩壊したら捕まえるわよ」
了解、という黒江の返事を聞きながら加古は胴を両断され倒れ伏すウェンを見据える。
既に彼女のトリオン体は罅割れており、ものの数秒で崩壊するだろう。
そうなれば生身の身体が出て来る筈であり、そこを確保しようというワケだ。
大規模侵攻の時のように転移能力を持った仲間が回収しに来る可能性はゼロではないので、敢えてトリオン体が完全に崩壊するまで近付かなかったのである。
トリオン体は崩壊時に光や煙のような派手なエフェクトを伴うので、それに紛れて伏兵に攻撃される可能性があるのだ。
折角無傷で倒したのだから、要らない攻撃を貰うリスクは犯すべきではないという加古の判断である。
「────────悔しいけど、あたしの負け。でも、残念だったね。捕まえるのは、無理だよ」
────────だが。
次の瞬間、倒れ伏すウェンが薄ら笑いと共に告げた言葉の意味を、加古達は知る事となる。
ウェンの戦闘体が崩壊し、同時に黒い光が発生する。
何処か既視感のある、光と共に崩れるトリオン体。
その光が収まった時、彼女の姿は影も形もなかった。
何が起きたか、分からないワケではない。
むしろその光景は、加古達ボーダーの人間にとって充分過ぎる程に見覚えのあるものだったのだから。
「
「成る程、強気な作戦の理由はこれだったのね。納得だわ」
ボーダーの専売特許でもある、その脱出機能と同様の原理が働いたに違いなかった。
撤退を考慮していない強気な潜入作戦の根拠は、これだったワケである。
確かにこれならば、撤退は考慮に入れずに済む。
トリオン体が崩壊すれば自動的に遠征艇に戻れるのだから、どれだけ強気な作戦だろうが強行出来るからだ。
「一応、司令室に伝えておこうかしら。あまり意味はないと思うけど、情報共有は大事だものね」
加古は今見たばかりの情報を、早速忍田へ連絡した。
無いとは思うが、敵を確保しようと無用な労力を払う者が出ても面倒だ。
何より敵の作戦の根幹となる情報なのだから、共有しない理由が無い。
加古は連絡を終え、ふぅ、と息を吐いた。
「他の所は、まだ戦闘中みたいね。取り敢えず忍田さんからは地上部隊に合流するよう言われたし、そっちに向かいましょうか」
「やれやれ、手強いねぇ」
コスケロは相対する三輪と米屋を見据え、軽く肩を竦めてみせた。
その左足首は既に切断されており、移動に制限がかかっている状態だ。
液状トリガー、
黒壁がなければ足どころか急所を射抜かれていたであろう事を考えると充分に防御網は機能していたと言えるが、この手練れ二人相手に足が削れたのは無視出来ない負傷と言えた。
(このままじゃ、ちょっと不味いかな。足が削れた状態じゃ、開けた所だと対応が難しいし。一端屋内へ入って、そこで迎え撃つか)
このままではジリ貧になると判断し、コスケロは近くの家屋に足を踏み入れる。
液体であるので自由に形を変えられるし、どれ程狭い所だろうが入り込む事が出来る。
アフトクラトルのトリガーと参照すればエネドラの
黒トリガーである泥の王と異なり黒壁は液体の状態でしか操れず、硬質化しての攻撃などは行えない。
このトリガーに可能なのは敵や敵の武器に纏わせる事での無力化であり、元より敵を殺傷出来る作りではないのだ。
しかしだからこそ、この任務との相性は良かった。
コスケロの役目はあくまでも地上部隊の足止めであり、打倒ではない。
黒壁は武器に纏わせれば使用不能になるし、トリオン体に付着させればその部位を事実上の機能停止に追い込む事が出来る。
武器であれば破棄して再生成すれば済むが、トリオン体ではそうもいかない。
故にコスケロの役目は何とかこの二人の手足に
特に三輪の見せた
ガトリンの
しかし防御を身体から伸びるアームに頼る関係上、あの鉛弾を撃ち込まれれば本体まで纏めて行動不能になってしまう。
作り直すにしてもそれには一旦処刑者そのものを破棄する必要があり、手練れ相手にそんな真似をすれば自殺行為である。
だからこそ、この銃使いだけは何としてでもこの場で無力化しなければならない。
その為には、閉所での奇襲こそが最適。
そう判断したからこその、行動だった。
「旋空弧月」
「…………!」
だが。
そのような目論見は、米屋には見抜かれていた。
米屋は即座に旋空を起動し、コスケロが向かおうとしていた家屋を両断。
コスケロ本人を狙わず、彼が迎撃場所として選んだ家屋の方を破壊したのは恐らく
効率的に物事を考えるコスケロは自身を狙った攻撃には過敏に反応するが、反面最初から自分に当たらない陽動と思われる攻撃には適当に対応するように癖がついている。
これは陽動と分かっている攻撃に引っかからない為の処世術であるが、今はそれが裏目に出た。
米屋の狙いは、あくまでもコスケロの隠れ場所を破壊する事。
最初から彼本人に当てるつもりは微塵もなく、それ故にまんまとこちらの一手を潰されたワケだ。
「…………!」
そこへ、すかさず三輪の銃撃が叩き込まれる。
コスケロはそれを、黒壁で防御。
シールドと異なり実体のある黒壁は、三輪の
弾丸の着弾と同時に重石が液体に出現し、コスケロはその部分を即座に切り離して排除。
家屋の残骸まで後退し、油断なくコスケロは二人を見据えた。
(槍使いは刀身が変化するブレードを使うから、迂闊な防御は即命取り。銃使いはシールドが効かない重石の弾を撃つから、こっちも通したら駄目だ。身体に当てられたら碌に動けなくなるし、そうなったらもう詰みだしね)
流動する黒壁を使い鉄壁の防御を誇るコスケロだが、米屋は幻踊で防御を抜きにかかって来るし、三輪もまた当たればアウトな重石の弾を撃って来る。
幸いにも鉛弾は黒壁での防御が可能ではあるが、それでも脅威には変わりない。
つくづく、厄介な相手に睨まれたと考えるコスケロであった。
(重石の弾は普通の弾と比べると弾速も射程も劣るようだから、注意していれば大丈夫。むしろ問題は、槍使いの刀身変化の方かな。迂闊に近付かれたら、そのまま斬られちゃいそうだ)
米屋の幻踊は、自身のブレードをかなり自在な形に変形出来る。
接近戦で相手の隙を突く事に特化したトリガーであり、米屋自身の技量の高さも相俟って使われれば防御は難しい。
近付かせない以外に明確な対処法が無い以上、こちらのブレードで斬り込むのは止めた方が良いだろう。
コスケロにとってドグ以外では唯一の相手を殺傷する手段と言って良いブレードだが、この二人相手に接近戦は自殺行為である事は散々思い知っている。
ならば、どうするか。
(────────此処で迎え撃って、瓦礫に潜ませた
この場に広がる瓦礫の山の中に黒壁を仕込み、向こうが近付いて来た時を狙って迎撃する。
一歩間違えれば隙を突かれて終わるのはこちらだが、そのくらいのリスクは呑み込まなければそもそも勝機は見いだせない。
何の危険も冒さずに相手が出来る程、この二人の練度は低くは無い。
それに防御、迎撃にはそれなりにこなせる自負もある。
無論相手が警戒して踏み込んで来ない事も考えられるが、元よりこちらの目的は時間稼ぎだ。
そうなったらそうなったで構わないので、この方針で問題は無いだろう。
コスケロは、そう考えていた。
「な…………っ!?」
────────その、次の瞬間までは。
彼が
空から降り注ぐ、無数の光弾。
その夥しい数とそれに込められたトリオンの暴威を前に、本能が警戒を鳴らした事で何とか察知する事が出来たのである。
「く…………っ!」
足が削れている以上、回避は不可能。
というよりも弾の数がかなり多く、範囲も広範に渡っているのでちょっとやそっとでは逃げ切れない。
だが、範囲を広げているという事は1ヵ所に対する弾の密度はそこまで高くは無い。
故に、コスケロは
降り注ぐ光弾の雨が、広げた液体によって弾かれる。
だが弾幕は途切れず、次から次へと降って来る。
間断なく着弾する光の雨を前に、コスケロは完全に身動きを封じられていた。
「旋空弧月」
そこへ、米屋が旋空を叩き込む。
強固な防御すら突破する、絶対の刃。
それが、身動き出来ないコスケロへ襲い掛かる。
「舐めるな」
だが、コスケロはそれにも対応。
先端に黒壁を付着させられたブレードは、コスケロに当たった瞬間ゴム毬のように弾かれた。
絶対の突破力を誇る旋空ではあるが、液状体の黒壁はそもそも切断という行為が出来るようにはなっていない。
故に先端に液体を付着させるだけで、旋空は無力化する事が可能なのだ。
先端に近付けば近付く程威力が上がるという性質上、旋空を用いる際使い手は相手に刃の先端付近を当てようとする。
故にブレードの先端にさえ黒壁を付着させてしまえば、それで武器の無力化は完了する、というワケだ。
米屋の弧月は槍型の形状をしているので、猶更である。
恐らく今の弾幕の雨に乗じた旋空こそが決め手だったのだろうが、何とかそれを凌ぐ事は出来た。
「凌ぎ切った────────────────と、思うじゃん?」
「…………っ!?」
────────されど。
それこそが、罠。
コスケロの背に、無数の弾丸が突き刺さる。
突如近くの家屋から飛び出した男の放ったその銃撃に、コスケロは反応出来なかった。
防御しようと黒壁を操作した段階で、既に彼の身体には無数の風穴が空いていたのだ。
その銃撃を見舞った相手、バッグワームを解除し2丁拳銃を構えた弓場は、コスケロに致命傷を与えた事を確認すると素早く銃をホルスターに再装填する。
コスケロはそんな2丁拳銃使いの少年を見据え、驚嘆と共に敗北を受け入れた。
(…………成る程ね。あの派手な弾幕も、伸びる斬撃も、全部この2丁拳銃使いの接近を悟らせない為の陽動だったってワケか。直前で気付いても、既にその時点で手遅れ、って寸法か)
黒壁は自由に形状を操作し、シールドよりも余程柔軟な防御が可能である。
しかしその速度自体はそこまで速いものではなく、動かして防御に用いるまでには多少のタイムラグがある。
だが、弓場の早撃ちは気付いてから防御しようとした時点で手遅れであり、彼に接近を許した時点でコスケロの敗北は決まっていた、というワケだ。
「参ったねぇ、どうも」
その言葉を最後にトリオン体が崩壊し、コスケロの身体は黒い光に呑まれて消える。
三輪は消えゆく彼の姿を、怜悧な瞳で見据えていた。