「うわマジか。ホントに三輪隊とやり合ってる」
「だから言ったでしょ、賢」
「本当であって欲しくはなかったんですけどねぇ」
はぁ、とスコープから視線を外した佐鳥はため息を吐く。
独断専行した樹里を心配して追いかけて来てみれば、その先で例の推定近界民の子供と三輪隊が戦闘開始していた。
それも、三輪隊が一方的に喧嘩を吹っ掛ける形で。
一部始終を視ていた樹里によれば、三輪が一言二言言葉を交わした後でいきなり銃撃して戦闘が始まったらしい。
問答無用過ぎるが、相手が三輪であるならば納得がいく。
(まあ、三輪先輩は
三輪が姉を近界民に殺された事で復讐者になっているのは、ボーダーでは有名な話だ。
何せ三輪本人が近界民への憎悪を公言しているのだから、彼を知る者は大体その事情を軽くではあるが知っている。
詳しい事情を吹聴する者はいないのだが、三輪が散々近界民の事を「仇」「殺すべき外敵」と言い続けている為、それだけで彼が復讐に狂っている事は容易に推察出来るからだ。
故に、あの子供が
彼にはもしも何かの偶然であの白い髪の子供の存在を出会い頭に知った場合でも、衝動的に襲い掛かりかねない危うさがある。
しかし、米屋が同行している以上そういった独断専行では有り得ない。
三輪は復讐者ではあるが、普段はむしろ冷静で理知的な少年だ。
自分の独断専行に、部下を意識的に付き合わせる真似はしないだろう。
だからこそ米屋がいる時点で、この行動が部隊規模────────────────即ち、城戸司令による後押しがあったと見るべきだ。
恐らく、あの少年に関連した出来事で修が怪しいと踏んだ三輪が城戸に進言して命令によるバックアップを確保。
そのまま尾行を行い、遊真との接触の現場を掴んで戦闘開始、といったところだろう。
(多分、あの子が近界民かどうかを確認したからそれで充分と考えて襲い掛かったんだろうな。というか、それで確信を得ちゃったら三輪先輩が止まる筈がないだろうし)
今回の件自体は城戸司令の命令であったとしても、三輪が
言質を得てしまった以上、その時点で彼の戦闘行動を止めるのは不可能と思った方が良いだろう。
それだけ彼の近界民に対する憎悪は深く、同時に迅に対する不信は大きい。
三輪は、迅の事を嫌っている。
それも、憎んでいる、と言って良いレベルで。
以前に迅に聞いた話では、彼が大規模侵攻の日に三輪に出会い、その場で倒れていた瀕死の姉を見捨てたからだという。
その件で三輪は迅の事を「姉を見殺しにした男」と認識し、憎悪しているのだそうだ。
(状況から考えて、もう手遅れなのが迅さんには視えちゃってたんだろうけどね。理屈は分かっても、感情は納得出来るものじゃないか)
話を聞いた時、佐鳥はその時の状況が概ね推察出来ていた。
迅は全体の利益を第一に考えて行動するところがあるが、それでも理由もなく他者を見捨てる事はしない。
その彼が行動しなかったという事は、既に状況が手遅れである事が未来視で分かっていたからなのだろう。
もしくは、近界の戦場を渡り歩いて来た彼の眼から見て既に手遅れなのが瞭然であったかのどちらかだ。
大規模侵攻で近界民に殺された者というのは、トリオン兵の崩した瓦礫の下敷きにされたか、もしくは捕獲された後トリオン器官を取り出された事による外傷で死んだケースが殆どだ。
トリオン兵の行動パターンの優先順位は、人間の確保が第一に設定されているらしい。
これは
近界民の目的は、人を殺す事ではない。
自分達の利益になる
この場合の資源とは「トリオン能力に優れた人間」かもしくは「トリオン器官」のどちらかだ。
前者は言うまでもなく優秀だから自陣に引き入れる為に鹵獲して連れ去り、後者はそうでない人間を確保した時に最低限のリソースを入手する為に行う事だ。
近界民から見て、トリオン能力に乏しい人間というのは連れ去っても旨味が少ない。
だからこそトリオン器官という資源を回収し、余った肉体はその場に捨てていくのだ。
トリオン器官は心臓近くの場所にあり、トリオン能力の多寡に関係なく誰しもが持っているものだ。
だからこそ近界民は、それを資源として回収していく。
そして、その手段というのが物理的に強引に取り出す、といったものである為結果的にトリオン器官を取られた人間の胸には穴が空く事になり、その外傷が元で死亡するのだ。
心臓近くに穴を空けられれば、普通人間は助からない。
それだけでショック死する危険性はあるし、たとえ即死しなかったとしても出血多量で間違いなく死に至る。
三輪のケースは彼が姉を抱えていたという状況からして瓦礫による圧死ではなく、トリオン器官を摘出された事による外傷が原因であったと思われる。
つまり三輪は既に手遅れな姉の救助を迅に願い、状況が正確に把握出来た迅は余計な希望を持たせない為に何も言わずその場を立ち去った、といったところだろう。
既に死亡が確定している状況で、在りもしない希望を持たせる事ほど残酷な事はない。
少なくとも、迅はそう考えたのだろう。
所説意見はあるだろうが、戦場というものを識る彼はそう考えたに違いない。
しかし、三輪はそうは考えなかった。
迅を姉を見捨てた冷酷な男として憎悪し、彼自身自覚しているかはともかくとしてそれを復讐の原動力の一助としている。
だからこそ迅が関わっていると知った段階で、三輪が意地になっている事も容易に推察出来た。
言葉だけでは、止まらないだろうという事も。
「あの子、押されてるね。なんで反撃しないんだろ」
「多分、三雲くんの立場を考えてるんじゃないかな。一方的に襲われてるとはいえ、相手はボーダーのA級隊員だ。自分が手を出せば三雲くんが責任を取らされる、とでも考えてるんじゃないかな」
「そっか。本当に、友好的な
「だろうねぇ。状況からして、それは確定って言って良いっしょ」
戦況は、ほぼ一方的なものであった。
というのも、白い髪の子供が先程から回避に専念し、反撃を一切行っていない為だ。
相当な実力を持っている事は分かるのだが、一切の攻撃を行わずA級の三輪隊を捌き続けるというのは幾ら何でも無茶が過ぎる。
三輪は近界民絡みで暴走する事があるとはいえ隊長としては非常に優秀であり、米屋は軽そうな言動に反してチームプレイが得意なサポータータイプの攻撃手で連携の練度はかなり高い。
遊真が実力者であると言っても、その一糸乱れぬ連携相手には苦戦を免れないだろう。
攻撃を行わない、という縛りを付けているのであれば猶更だ。
「あ、狙撃。じゃあ、奈良坂先輩達も来てるね」
「みたいだねぇ。本当に、部隊規模での作戦行動みたいだ」
加えて、三輪隊には二人の狙撃手が在籍している。
奈良坂透と、古寺章平。
この二人が、三輪隊を支える狙撃手二枚看板である。
三輪隊は近距離型の前衛二人が相手に突貫し、それを後衛の狙撃手二人が遠距離からサポートするというのが基本戦術だ。
狙撃手が一人いるだけで部隊の戦術の拡張性がかなり高まるのは周知の事だが、三輪隊はその狙撃手が二名も在籍している。
二方向からの狙撃を警戒しながら三輪と米屋の二人を相手にするのは尋常な事ではなく、いわば今の状況は彼等の常勝陣形に近い。
それを相手に此処まで凌ぎ続けているだけでも、遊真の力量が分かろうというものだ。
「どうするの?」
「うーん、相手が三輪隊だからなぁ。城戸司令の命令下で動いてるんだろうし、下手に手を出せば処罰を喰らうからね。おれ等
佐鳥の言う通り、三輪隊が城戸司令の命令で動いているのだとすれば、此処で彼等に介入すれば処罰が待っているのは間違いない。
恐らくは密命だろうから表立っての処罰は行われない可能性はあるが、それでも何らかのペナルティは喰らう筈だ。
此処で佐鳥達が行動するのは、デメリットしかない。
それに、と佐鳥は一方向をスコープで見据えた。
「あの人が来てるんだったら、任せて良いか手出し無用って事でしょ。おれ等が出る幕じゃない、って事だね」
「…………!」
相手を攻撃しない、という縛りを設けて戦闘を続けていた遊真。
しかし、三輪隊の練度が想像以上だった事に加え、二方向からの狙撃による介入。
幾ら遊真が歴戦の傭兵といえど、これだけ不利な状況では中々突破口は見いだせなかった。
倒して良いならどうとでもなるのだが、相手を傷付ければ修の立場が悪くなるのは間違いない以上、迂闊な事は出来ない。
遊真はドライな価値観をしているが、それでも恩には恩で返すという律儀で真摯な面を持っている。
個人的にも好意を抱くに相応しい人物であると修の事を認識している遊真としては、此処で下手に彼の立場を悪くするのは望むところではなかった。
だが、防戦一方の戦闘では限界が来る。
たった今、遊真の身体に無数の楔が撃ち込まれたのだ。
それは彼の身体に重量による重石を発生させ、行動を制限する。
それが三輪の使用したトリガーであり、遊真の身体を縛っているものの正体だった。
これは弾丸に特殊効果を付随させるトリガーであり、ダメージ自体は発生しない代わりに一つにつき100㎏の重量がある重石を撃ち込んだ場所に出現させる。
撃ち込まれた場所が手足であればそれを切断する事で重量を削除出来るが、遊真は胴体に撃ち込まれてしまった為どうにもならない。
流石に数百キロの重石を付けられたままでは、最早回避もままならない。
「終わりだ、
三輪と米屋が、武器を持って向かって来る。
絶体絶命。
そう言って差し支えない状況に。
「
笑みを浮かべて、二つの
「うお…………っ!?」
「ぐ…………っ!?」
その瞬間、遊真を中心に無数の弾丸が射出。
それをまともに食らった二人の身体に、遊真の身体に撃ち込まれたものと酷似した重石が出現。
その重量に耐え切れず、三輪と米屋は地に伏した。
行動不能。
そして、
自分に重石という不利益を齎された状態で、相手にダメージを与える事なく行動不能に出来るトリガーは
一方的に襲い掛かられた事に加え、重石という不利益を被っている事。
相手を傷付けずに無力化し、最低限度の体裁は整えた事。
それが、この場において遊真に可能な最大限の譲歩でもあった。
幾ら修の立場が悪くなると言っても、ただやられては碌な扱いをされないだろう事は目に見えている。
だからこそ、可能な限り穏便に事を収める必要があったのだ。
まさか遊真のトリガーにコピー能力があるだなどと知る由もなし三輪隊は、自ら墓穴を掘る形になってしまった、というワケだ。
(三輪と陽介がやられた。このまま放置するワケにはいかない)
しかし、三輪隊にはあと二人が残っている。
その内の一人である狙撃手の奈良坂は、無論仲間を見捨てるような真似はしない。
あの二人を下した相手を、狙撃だけでどうにか出来るとは思えない。
しかし、牽制で時間を稼げばそこから状況を僅かでも好転させる事は出来る筈。
そう信じて、奈良坂は引き金に手をかけて。
「よう、奈良坂」
「…………! 迅さん」
迅が背後から、彼に声をかけて。
その姿を認識した奈良坂は、状況の終了を確信したのだった。
「やっぱ、迅さんが動いてくれたか。ね? 手を出さなくて正解だったっしょ」
「…………みたいだね」
それを遠方から見ていた佐鳥達は、満足そうに笑みを浮かべていた。
否。
笑みを浮かべていたのは佐鳥だけで、樹里は何処か不満気な様子である。
(多分、此処で手を出して自分から巻き込まれに行く事で仲間外れにさせない口実にしたい、とでも思ってたんだろうなぁ。悪いけど樹里ちゃん、そうは問屋が卸さないぜっと)
恐らく樹里は此処で戦闘に介入する事で後戻り出来ない状況に自らを追い込む事で有事の際に蚊帳の外に置かれない保険が欲しかったのだろう。
実際、佐鳥が追い付かなければ実行に移していたであろう。
それを思うと、内心で冷や汗をかく佐鳥なのであった。
「どうやら迅さんが丸く収めるみたいだし、今日は此処までで良いっしょ。帰ろっか」
「…………そだね。賢」
「ん?」
「いいとこのどら焼き」
「へいへいっと」
しかし、ただで転ぶ樹里ではない。
しっかりと好物の入手を佐鳥に要請し、気持ちを切り替えて放課後デートに洒落込む樹里であった。
ワクチンの副反応諸々で暫く更新を控えていましたが、再開します。