「おー、ホントに
「加古さんはこういう時に嘘を言う人ではないだろう。あの人がふざけるのは、ふざけて良いと判断した時だけだ」
米屋の軽口に対し。三輪は淡々と返答する。
彼自身も
黒トリガー争奪戦の以前であれば近界民を確保出来なかった事に対し恨み言を言っていたかもしれないが、迅との間に折り合いを付けた今の三輪はそんな些事に構う事はないのだ。
三輪はくるりと振り返り、黙して立つ弓場へ会釈を返した。
「弓場さん。助力ありがとうございました」
「なぁに。こっちこそ手柄譲って貰っちまって悪ィなぁ三輪ァ。礼を言うのはむしろこっちの方だぜ」
かかっ、と笑って弓場はそう答える。
今回、フィニッシャーを務める事になった弓場だが、彼は本来此処にいる筈ではなかった。
当初の予定では地下格納庫の防衛に回される予定だったのだが、直前になって迅の差配によりこちらに回されたのだ。
最大の鉄火場と思われた格納庫での戦闘から排された形となった弓場であるが、他ならぬ迅に依るものであった為不満を表に出す事はなかった。
しかし活躍の場を失い思うところがあったのは事実のようで、こうして首級を挙げる事が出来て上機嫌になっているようだった。
迅から「そっちでちゃんと大事な役目をこなせるよ」と言われて心配はしていなかったのだが、予想以上の大役を務める事になり見事それをこなした達成感もある。
友を信じて良かったと、改めて思った弓場であった。
「木岐坂も、助力感謝する」
『ん、暇してたトコだったしむしろ感謝するのはこっちの方。出来るなら直接吹き飛ばしたかったけど、思い切り撃てて満足したから』
『あー、要約すると気にしなくて良いって事です三輪先輩。防衛任務なら協力するのは当然ですから』
「そうか。ありがとう」
通信で射撃支援を行ってくれた樹里に謝辞を述べる三輪に対し、相変わらずなマイペースな返答を告げる樹里。
それを見兼ねてフォローを入れた香取の意思を汲み、三輪は短くそう答えるだけに留めた。
樹里に対しては黒トリガー争奪戦の件で思うところが無いワケではないが、今更それを蒸し返すつもりは三輪にはない。
あの件を知らない香取の前である事もあり、大人の対応をした三輪であった。
理由までは聞いていないが樹里が西側に配置されている事は知っていたので、明確に「手の空いている隊員」であった彼女に射撃支援を行って貰う事を考案し、三輪は忍田の許可を得た上で今回の作戦を実行している。
彼女の火力支援がなければ弓場の接近は勘付かれていた可能性が高いので、その活躍を労う気持ちもある。
以前の禍根など、この場には不要。
今はただ、作戦の遂行を最優先に考える。
三輪はそう割り切り、次の行動を思案していた。
「そんで、こっからはどうする三輪ァ」
「他の部隊と合流して敵を押し返します。ただ、また人型が出た場合はそちらの対処に回る事になると思いますので、再度助力をお願いするかもしれません。俺達はどちらかというと対集団より、そちらの方が適しているので」
「了解。そん時は遠慮なく声かけてくれや」
弓場はそう言って笑い、三輪はええ、と頷く。
三輪は樹里のいる西側を向き、通信を開く。
「忍田さん、位置バレした以上もう隠れる必要はないと考えます。木岐坂を、火力支援に使う事を提案します。彼女の火力があれば、戦況を押し返すには充分な支援になるでしょう」
「成る程、確かに一理あるな」
忍田は三輪の提案を受け、思案する。
三輪の言う事は、筋が通っている。
これまで伏兵として扱って来た樹里達だが、今の火力支援で敵に位置は露見している。
故にこれ以上隠れさせる必要はなく、その火力を敵を押し返す事に使う方がより合理的だという三輪の理屈は理解出来る。
樹里達を西側に回したのは実のところ迅の差配であり、「なるべく基地から離れた場所に配置して貰いたい」という進言があった為、狙撃手チームにも主戦場にも配置せず、西側に控えとして残していたのだ。
迅が言うには樹里を基地の近くに配置すると悪い未来に繋がる確率が高いという事で、忍田にも否やはなかった。
しかし正直な所樹里の火力は戦線を押し返すのにこの上なく適しており、二宮に次ぐ火力持ちの出水が解説としてランク戦の会場警備に配されている以上、下手に持て余すのも考え物なのも事実だった。
最初は敵の狙いが分からなかった為、桜子に依頼して頭の回転が速く臨機応変な対応が行える出水を解説の体で会場警備に回したのだが、此処に来てそれが裏目に出ている事は否定出来ない。
なまじ前回の大規模侵攻での敵の狙いがC級の拉致だった為、観戦者として多くのC級が集まるランク戦の会場警備を疎かに出来なかったという事情もある。
誰かが連れ攫われる事はないという迅のお墨付きはあったものの、万が一にも人員の損失をこれ以上出すワケにはいかなかった為当然の采配ではある。
しかし敵の物量に対して火力が足りていないのは事実なので、この状況下で樹里を使わないとなるとレイジの
だがその場合
となると樹里を此処で放置するのは悪手であり、三輪の提案は渡りに船ではある。
かといって合流の為に基地に近付けては迅の懸念が気になるところであり、軽々に樹里の場所を動かす事は躊躇われる。
だが彼女を放置するというのも現状厳しいのも事実であり、忍田は思案の末決定を下した。
「木岐坂隊員にはその場から先程のように火力支援を行って貰う。移動の必要はない。但し、敵が迫り対処が困難な場合にはそちらの判断での撤退を許可する。戦線を押し返す為、全力で弾幕を展開して欲しい」
「了解しました。樹里、やって」
「ん、了解」
忍田からの
敵集団の位置を視認で確認し、一斉に弾幕を展開した。
発射した弾丸は、どちらもハウンド。
常であれば樹里がハウンドを装備しているのは片側だけだが、今回の作戦に際しトリガーセットを弄っており、サブトリガーのアステロイドを外してハウンドをセットしている。
今がそうであるように樹里の運用を考えるなら直線的な射線が通らなければ使えないアステロイドよりは、このように超々遠距離からでも問題なく火力支援に使えるハウンドの方が的確であると判断した為だ。
近距離での貫通力を求められるならアイビスを使えば良いという樹里独自の割り切りもあり、こうしたトリガーセットに落ち着いた形である。
忍田の公認を得た樹里は意気揚々と弾幕を展開し、アイドラの集団に光の雨を落としていく。
これまでの鬱憤を晴らすかのように、その表情は晴れ晴れとしていた。
今回、樹里と香取は忍田の命令で警戒区域の西側に布陣していた。
敵が市街地を狙った場合の対処を担う部隊の一角として排された樹里達であったが、一向にその気配がなかった為に暇を持て余していたのだ。
先程はそんな折に三輪から射撃支援の要請が入り、これ幸いと乗った形になる。
それだけでも割とスカッとした樹里であるが、此処に来て忍田から追加の
割と
ハッキリ言って狙撃手にはあまり向いていないと言える性向だが、樹里の場合強化視覚に依る恩恵で強引に狙撃手としてのスキルを補っている形なので、自然と言えば自然である。
待つ事自体は出来るのだが、その分フラストレーションはしっかりと溜まるので、今か今かとそれを解消する機会を待ち望んでいたのだ。
それに際して今回の命令は渡りに船であり、意気揚々とハウンドを展開する樹里であった。
(やっぱり全力で撃つのは気持ちいい。このまま、殲滅だね)
────────今回、何か
────────そんな中、香取は先日迅に言われた内容を想起していた。
あれは香取が本部の廊下を歩いている最中、不意に現れた迅から告げられた事だった。
迅が言うには確率は低いが樹里が危険な目に遭う可能性があるので、異常を感じた段階で撤退を選んで欲しい、との事だった。
正直、迅以外から言われていれば一顧だにしなかったであろう内容である。
しかし、相手はあの迅だ。
未来視を持つ彼の言葉の持つ意味は、重い。
しかも他者を交えず香取に直接言って来た事から、その重要性も伺える。
正直、今の樹里はブラックボックスの塊だ。
明確な地雷と言えるNG行動こそ理解しているが、他にも何らかの地雷が埋まっている可能性があるのだ。
迅の言い方は、場合によってはその埋蔵された地雷を踏み抜く可能性を示唆しているようにも思えた。
(そういう意味じゃ、この場を動かずにこっから弾幕を展開するのはアリよね。下手な事して地雷を踏んだら、目も当てられないもの)
忍田が自分達の合流を行わず、この場での火力支援を命じたのもそのあたりに理由があると香取は見ていた。
普通に考えて、迅の懸念が重大なものであればそれが忍田に共有されていない筈がない。
樹里の火力が大きな武器になるにも関わらず西側という主戦場から離れた場所に配置された事からも、それは明らかだ。
(なら、アタシの役割はおかしな事が起こったらすぐに撤退を選ぶ事ね。癪だけど、何が樹里の
でも、と香取は樹里の降らせている光の雨の着弾地点を見据える。
(その前に、戦いが終わる方が早そうに思えるけどね。もうこれ、相手詰みじゃない?)
「アステロイド」
二宮は
標的は、上空からの樹里の弾幕に対し身動き一つ出来ずシールドで防御するしかないアイドラの群れ。
空からの光の雨を防御するのに手一杯なトリオン兵達は二宮の通常弾を凌げず、防御ごと破砕されて砕け散る。
流星の如く飛来する弾幕を前にアイドラは碌な移動もままならず、最早防戦一方であった。
樹里がハウンドで固め、二宮がアステロイドで敵を撃ち貫く。
それは奇しくも二宮の1対1での必勝パターンを二人がかりでやっているに等しい所業であり、二人ぶんのトリオン強者による火力の暴威が敵を圧倒していた。
敵を固める役割を樹里が担当しているので、二宮は持てる火力の全てをアステロイドに注ぎ込める為、普段のそれよりも或いは強力かもしれない。
成り行き上であるが、師弟の共闘がトリオンの暴威となって敵部隊へ襲い掛かっていた。
なお、
敵は既に碌な抵抗が行えない状態となっており、壊滅は最早時間の問題と思えた。
「他は不意打ちへの警戒を行いつつ、敵を逃がさない事を第一に攻撃を続行。人型が現れた場合には、三輪隊を中心に対処して貰う」
二宮はアステロイドの斉射を行いつつ、告げる。
「このまま押し潰す。加減の必要はない。全力で、敵部隊を殲滅するぞ」
『おいおい、なんだよこりゃあっ! アイドラがもう碌に動けもしねーじゃねーかっ!』
「不味いね。敵が消費度外視の火力を解禁して来た。壊滅は、時間の問題かな」
ヨミは通信で焦ったレギンデッツの声を聞きながら、思案する。
現状、地上の趨勢は決したと言って良いだろう。
敵の無力化に長けたコスケロは撃破され、残る戦力はレギンデッツのみ。
しかし現在アイドラ部隊を襲っている二方向からの凄まじい弾幕を前に、何が出来るとも思えない。
あの火力からしてこれを行っている射手二人は相当なトリオン強者であり、幾らレギンデッツのトリガーが強固な装甲を誇るとはいえ、あれの前で抗し切れるとは思えなかった。
そもそもレギンデッツはこの部隊の中では圧倒的に経験が不足しており、能力自体は高いが判断力の甘さもあってこれ以上の重責は流石に荷が重い。
幸いと言うべきかアイドラの数が減っているので指揮自体の負担は減っているが、そもそも戦力が加速度的に削られているのでプラスとも呼べない要素である。
レギンデッツは護衛の為に数体のドグを連れているが、彼はウェン等とは違い絡め手には不向きだ。
彼を前線に向かわせたところで、何も出来ずに数の暴力に圧倒されるのがオチだろう。
(隊長達の旗色も、かなり悪いみたい。これはもう、本格的に
ヨミは目的地へ向かったガトリン達が相当な苦戦を強いられている事も報告を受けており、ラタリコフからは作戦失敗の可能性が極めて高い事も告げられている。
あのガトリンが報告を行う暇すらないという状況から考えても、その懸念は濃厚であると言えた。
これはもう覚悟を決めるしかないと、ヨミは指示の内容を決めた。
「レギー、多分西の射手が例の
『そ、そりゃいいが、今の状況は会敵してると言えねーのかよ?』
「確かに今の状況がそうであると言い張れなくもないけど、担保は多い方が良いからね。現状は
『わ、分かった。やってみるよ』
レギンデッツはヨミの指示を聞き、数体のドグとアイドラを引き連れて西へ向かった。
それを画面上で確認しつつ、ヨミはふぅ、と息を吐く。
(どの道アフトに文句は付けられるかもしれないけど、直接会敵出来ればその文句を抑える事くらいは出来る筈。既に趨勢が決しているに等しいなら、これに賭けるしかないよね)
趨勢が決しているも同然な現状を考えれば、撤退の言い訳を作る他にない。
それがヨミの判断であり、彼はこういった戦場での咄嗟の判断を行う権限をガトリンから移譲されていた。
本来の指揮官であるガトリンが作戦遂行に集中する以上、代わりに全体の指揮を執る必要があった為だ。
それだけヨミの能力が信頼されている事の証であり、彼としては最善とは言えないものの充分な次善の策を取ったつもりでもあった。
────────それが最悪の地雷を踏み抜く切っ掛けであった事を、今の彼は知る由もなかったのである。