香取隊の狙撃手   作:デスイーター

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采配者の誤算

 

 

(まさか、ここまでとは…………っ!)

 

 ガトリンは内心舌打ちし、自身と相対する少年達を見据える。

 

 その左腕の大砲は破壊され、右腕は斬り落とされている。

 

 処刑者(バシリッサ)の四本のアームの内二本は破壊されており、右足も負傷。

 

 ラタリコフは左腕を斬り落とされているだけだが、細かな傷が幾つも見られる上に相手をしている風間には一切の攻撃が通っていない。

 

 完全に、圧倒されていた。

 

 何かあるとは感じていたが、此処までとは思わなかったというのが本音である。

 

(────────あの少年。あの少年が出て来てから、全てが変わった。こちらの動きが、()()()()()()()()。読みが鋭いとか、そういう次元ではない。まるで、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、そんなやり口だった)

 

 ガトリンは部屋の中央で悠々と立つ少年、迅を見据える。

 

 彼が出て来てから、全てが変わってしまった。

 

 それまでは、猛者の集まりだと感じてはいたが、まだやり様はあった。

 

 全員が歴戦の兵と言って良いレベルの相手であり、油断は出来ないがまだ工夫次第でどうにかなる範疇にある実力者だと見込んでいた。

 

 だが、彼は違う。

 

 あの少年がこの場に現れた時に感じた悪寒は、正しかった。

 

 迅は積極的に戦闘に参加せず、むしろトリガーすら一度も使用していない。

 

 部屋の中央で指揮を執るだけで、自身は攻撃にも防御にも参加しなかった。

 

 されど、それだけで。

 

 ガトリン達の動きは、その全てが完封されていた。

 

 成る程、指揮が巧みな者はいるだろう。

 

 こちらの動きを先読みする鋭い洞察力の持ち主だって、戦場では珍しくはない。

 

 しかし、あれは違う。

 

 指揮が巧いとか、そういう次元ではない。

 

 最初から全てが分かっていて、その上で駒を動かしている。

 

 そうとしか思えない采配を、迅は行っていた。

 

 幾ら戦術を変えても、幾らやり口を変えても。

 

 その全てに彼は対応し、的確に駒を動かして対処して来る。

 

 迅本人を狙おうともしたがそもそも相手の布陣が厚過ぎて近付けず、たとえ接近するチャンスが出来たとしてものらりくらりと躱されてしまう。

 

 大砲は破壊され、背部の鏃を引き抜く為の腕も斬られている為、武装の追加は不可能。

 

 ラタリコフは自分と比べればまだ腕が一本斬られただけだが、それは彼が回避に徹しているからであって、碌な抵抗が出来ていない事に変わりはない。

 

 攻防一体のシンプルながら強力なトリガー、処刑者(バシリッサ)を操るガトリンの実力は本物だ。

 

 特殊な能力は持たないが、鋭く硬いその四本のアームで攻撃・防御・機動の全てを底上げし、性能(スペック)の高さで圧殺する。

 

 単純明快な戦法だが、だからこそ強い。

 

 絡め手を一切用いない、単純な強さの顕現がそこにはあった。

 

 しかし、その力がこの相手には一切通じない。

 

 多くの戦場でその主軸を担って来た戦歴も、今まで培って来た技術も。

 

 その全てが、この戦闘では意味を為さなかった。

 

 彼は、知らない。

 

 この者達が、ヴィザを始めとするアフトクラトルの精鋭という強さという意味での至上存在(ハイエンド)と戦ったが故に、近界の強者相手の戦闘にある意味で()()()()という事を。

 

 戦闘力という括りで見れば、ヴィザはその極地である。

 

 彼以外のアフトクラトルの戦闘員も、近界(ネイバーフット)屈指の軍事国家のエースであり、並大抵の国の精鋭を凌駕する実力揃いだ。

 

 アフトクラトルの精鋭達は、あの少人数だけでもボーダーの全戦力と勝負して押し勝てるだけの地力がある。

 

 あの時ボーダーが勝てたのは、迅に依る采配とレプリカや遊真から齎された事前情報のアドバンテージを得た上での各隊員の奮闘と連携の賜物であり、被害があの程度で済んだのが奇跡のようなものだ。

 

 何よりもアフトクラトル側がこちらの戦力の全てを解析出来ていなかったという要素も大きく、既に手札を知られてしまっている今再侵攻が起きればどうなるか分からない。

 

 それだけの戦力が、アフトクラトルには揃っていたのだ。

 

 そんな戦闘力という意味での至上国家と戦ったボーダーの面々には、近界民相手の戦闘に対する耐性が付いた、と言える。

 

 基本的に近界民相手のトリガー戦は、初見殺しの塊である。

 

 ボーダーと異なりそれぞれが唯一無二(ワンオフ)のトリガーを扱う近界民は、どんな手を打って来るかまるで予想が出来ない。

 

 だからこそそれらのトリガーは強烈な初見殺し足り得るのであり、更にアフトクラトルのトリガーはその初見殺しの殺意が凶悪に過ぎた。

 

 ランバネインの雷の羽(ケリードーン)は過大な火力に加えて空中機動まで行う事が出来、生半可な軍勢ではたちまち殲滅されてしまう高性能の戦闘機の具現のような相手だった。

 

 ヒュースの蝶の盾(ランビリス)は応用性がずば抜けて高く、もしも誰かと組まれていたら突破の難易度はかなり上昇したに違いない。

 

 エネドラの泥の王(ボルボロス)はまさに初見殺しの顕現とも呼ぶべき性能であり、その絡繰りが見抜けなければまず倒せなかっただろう。

 

 ハイレインの卵の冠(アレクトール)はトリガーメタとでも呼ぶべき凶悪な性能であり、修の奇策がなければまず攻略不能だった筈だ。

 

 星の杖(オルガノン)を操るヴィザに至っては追い込む事は出来たものの完全には撃破出来ず、成り行き上撤退してくれただけで、正確には勝ててはいない。

 

 そんな戦力という意味での最上級と言って良いレベルの相手と戦ったが故に、ボーダーの者達のレベルは否応なく上昇した。

 

 初見殺しのトリガーを使う相手への対応策を実地で学び、想定外の手を繰り出して来た場合でも冷静に対処が出来るようになった。

 

 そんな彼等からしてみれば、ガロプラの者達は能力は高いがまだ()()()()()()()()()の相手と言えた。

 

 要するに、アフトクラトルというとんでもない強者の集まりと戦った所為で、強制的に適応能力が引き上げられた結果である。

 

 その為強くはあるが初見殺しとしての凶悪さがアフトクラトルに及ばないガロプラのトリガーは、ボーダーにとっては与しやすい相手と言えたのだ。

 

 仮に、トリガーを用いて侵攻して来た最初の相手がガロプラであれば、ボーダーはもっと苦戦していたであろう。

 

 ガロプラの精鋭達は能力自体はとても高く、トリガーの初見殺し性能も決して低くはなかった。

 

 しかし先んじて凶悪極まりないアフトクラトルの軍勢と戦った経験があるが為に、その経験を十全に活かす形でガロプラに対応出来たのである。

 

 また、この場に於いてはガトリンの処刑者(バシリッサ)とラタリコフの踊り手(デスピニス)が見た目から想像出来る以上の能力を持っていない事もそれに拍車をかけていた。

 

 確かに処刑者は攻防一体の強力なトリガーであるし、砲撃という隠し玉もあってガトリン自身の練度の高さもあって並大抵の相手は力押しでどうにかなる。

 

 踊り手も空中を跳び回る無数のブレードを使いこなすラタリコフの制圧力は脅威であり、繰り出すドグとの連携も相俟って手数としては充分なものがある。

 

 しかし、二人共トリガー自体に特殊な能力が備わっておらず、窮極的には正攻法しか出来ない事は間違いない。

 

 処刑者は言ってしまえば頑丈な四本のアームを操るだけだし、踊り手は浮遊するブレードを操作するだけだ。

 

 泥の王(ボルボロス)のような絡繰りを見抜かなければ太刀打ち出来ない無敵性も、星の杖(オルガノン)のような規格外の速度もこれらには存在しない。

 

 言い方を変えれば強く、鋭いだけのトリガーであり、アフトクラトルの凶悪極まりない黒トリガーの数々と比べれば見劣りするのは否めない。

 

 比較対象が悪過ぎるのもあるが、今彼等が直面しているのはそういう問題だった。

 

 先んじて凶悪に過ぎるトリガーを相手にして来た経験があった為に、順当に強いだけのガロプラのトリガーの脅威性が薄れている。

 

 それでも迅さえ来なければどうにか互角の戦いを演じる事が出来ただろうが、たらればの話をしても仕方がない。

 

 彼がこの場に現れた時に告げた通り、迅の登場で全てが決してしまったというのは決して過言ではなかった。

 

(最早、負けは時間の問題か。腕がない以上、砲台を取り付ける事は出来ん。そして砲台がなければ、遠征艇の破壊は叶わないだろう。作戦は、事実上失敗か)

 

 この時既に、ガトリンは作戦の失敗を悟っていた。

 

 砲台のストックは背部にあるものの、これを使うには手で引き抜いて腕に押し付ける必要がある。

 

 両腕を破損している以上それは出来ず、ラタリコフにやって貰うにしてもそもそも彼は風間に張り付かれており、彼を振り切って合流する事は叶わないだろう。

 

 風間一人だけならば対処も出来ただろうが、隙を突こうとするタイミングで烏丸が的確に銃撃やエスクードで援護する為、防戦一方となってしまっている。

 

 ガトリンの方も二本に減ったアームでは太刀川と小南の連携を凌ぐので手一杯となっており、とてもではないが助力出来る状況ではない。

 

 何より迅がいる以上、どんな策にも意味はないように思えた。

 

 幾らか作戦は思い浮かぶものの、その全てに通じる確信が持てなかったのである。

 

(だが、どうにも敵の攻め手が温く感じる。此処まで圧倒されていてもまだ倒されていないのは、何故だ? 嬲っているという感じでもない。まるで何かを待っているような、そういう様子に見える)

 

 また、一つ疑問があった。

 

 此処まで圧倒されておきながら、自分達が未だに倒されていない事に少々違和感を感じたのだ。

 

 相手が手堅く戦っているのもあるだろうが、それでもガトリンの両腕を破壊して以降はどうにも攻め手が緩んでいるように思える。

 

 嬲るような相手にはまず見えない事から、何らかの思惑があるのは明らかだった。

 

(ウェンとコスケロがやられて、例のトリガーが起動したのは聞いている。しかし、だからといってこのまま戦い続ければトリオン漏出でこちらの戦闘体が崩壊し、脱出装置が起動する事に変わりはない以上鹵獲目的とも思えない。一体、何が狙いなのだ?)

 

 

 

 

(うーん、あの顔はまだ倒されてない事を疑問に思ってるっぽいな。ま、実際わざとそうしてんだけど)

 

 迅はそんなガトリンを見ながら、その思惑を正確に看破していた。

 

 彼はこの場に現れて以降、未来視を十全に用いて指揮を行いガトリン達を完封して来た。

 

 遠征艇を破壊出来る可能性のあるガトリンの砲台は早々に潰し、新たな武器を補充する為の腕も破壊した。

 

 防御で手一杯になるようにアームの一本も折っておいたし、随所で離れた場所に干渉出来る烏丸を使って相手の動きを封じて来た。

 

 そしてその時点で、迅は敢えて遅滞戦闘を行うように皆に通達していた。

 

 ガトリンの予測は、正鵠を射ていたのである。

 

(外のトリオン兵がまだいる状態でこの二人を倒しちゃうと、上にいる近界民の一人が自棄になって西側の市街地に近付くみたいだからね。理由までは分からないけれど、そうなると()()に悪い事が起きるのは間違いない)

 

 だから、と迅はガトリン達を見据える。

 

(向こうでのトリオン兵の駆逐が完了するまで、この二人を落とすワケにはいかないんだよね。もしもおれが来なかったら太刀川さん一人の犠牲で早々に決着が付いてたっぽいし、手が空いてて良かったよ)

 

 迅がこの場に来たのは援軍の為だが、その目的はむしろ真逆だ。

 

 彼が介入しなければ、予言した通り太刀川がぶった斬られる代わりに既に決着が付いていたのである。

 

 もしもヒュースとの和解が成立していなければそちらの対処に手を取られ、迅が此処に来る事は叶わなかっただろう。

 

 だからこそ修に干渉してヒュースとの和解を早めたのであり、その成果は十全に出ていると言える。

 

 迅の未来視には、地上のトリオン兵が駆逐される前にこの二人が倒されると樹里と敵が接触してしまい、何らかの想定外の異変(イレギュラー)が発生する映像が視えていた。

 

 何故、そうなるのかは分からない。

 

 しかし現実にその映像が視えていた以上、迅がそれを無視するワケにはいかなかった。

 

 だからこそこうして格納庫にやって来て戦況をコントロールしているのであり、実の所弓場ではなく烏丸を配置したのは()()の事情を大なり小なり識る、もしくは融通の利き易い人間で固めたかったからだ。

 

 風間は当然その全てを知っているし、太刀川もある程度彼女に何かあるのは察している。

 

 小南もそれなりに事情を知っているし、烏丸の場合は多少の疑念があってもそれを尋ねて来るのは支部に戻ってからであるだろうから、少なくともこの場で説明の手間を行う必要はない。

 

 だからこそこの場で敢えて遅滞戦闘を行う理由として「樹里の為」という言い訳を聞くだけで、全員が躊躇う事なく頷いてくれたのは僥倖だった。

 

 ()()()()について詳細を知るのは風間だけだが、それでも彼女が重い事情を抱えている事くらいは察している為、彼等に否やはなかったのである。

 

 既にこの戦闘は、消化試合。

 

 あとは上の決着が付くのを待って、残りを片付けるだけ。

 

 油断はなかった。

 

 万全の態勢の上で、それでも細心の注意を払っていた。

 

(このまま時間を潰して、上が片付いたらお引き取り願おうかな。もうそんなに時間はかかならそうだし、()()も使わなくて済ん────────っ!?)

 

 だが。

 

 不意に、迅の顔色が変わった。

 

 それが何を意味するのか。

 

 彼等はすぐに、知る事となる。

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