「ったく、なんでオレばっか…………っ!」
時は遡り、地上。
展開していたアイドラ部隊は、二宮と樹里による波状攻撃を中心としたボーダーの攻勢により壊滅状態に陥っていた。
西の空から降り注ぐハウンドの群れと、それを防御する為に足を止めたアイドラを粉砕する二宮の弾幕の豪雨。
その二つがアイドラを一機、また一機と駆逐していき、既にその数は30を切っていた。
周囲には破壊されたアイドラの残骸が散らばり、人型を模していただけに点在する腕や足のパーツが妙に不気味だ。
残骸ばかりとなったアイドラを指揮していたレギンデッツの脳裏には、かつてアフトクラトルの侵攻を受けた時の映像が蘇っている。
あの時は周囲一帯に散らばる自分の仲間だったキューブの群れ、といった光景であったが、何も出来ずに蹂躙されるだけ、という状況から充分な
震える手足を意地で抑え込み、レギンデッツは前を向く。
その眼にはまだ、諦めは無い。
最後まで足掻いてやる、という覚悟すら伺えた。
(もう全滅も時間の問題だろコレ。癪だけど、ホンットーに癪だけど、ヨミの言う通りにするしかねーよな)
レギンデッツは、何とか冷静さを保っていた。
もしももう少し地上の戦闘が一方的でなければ、或いはガトリン達の敗北の報が来ていればまた違っただろう。
地上での戦いがまだ押し返す余地が少しでもあるものであったのなら、一度希望を抱いたが故の戦勝への未練から突拍子もない行動を取ったかもしれない。
ガトリン達の敗北が知らされれば更に自暴自棄になり、どう転んだか想像もつかない。
ヨミは敢えてガトリン達の戦況をレギンデッツには知らせておらず、「任務失敗の可能性がある」とだけ伝えている。
少なくとも順調ではない、というニュアンスは伝わってはいるが、それでも敗北が確定した、というショッキングな情報よりはマシだろうという判断だ。
レギンデッツは年若さもあって精神的に未熟であり、アフトクラトル侵攻の際のトラウマがそれに拍車をかけていた。
故にヨミはレギンデッツの精神面のフォローを第一に考えており、言動の端々にも配慮が伺える。
流石に任務失敗が確定した状況ともなれば事実を伝えざるを得ないだろうが、そうでないならなるべく彼を刺激し過ぎる情報は伝えない方が良い、と考えていたワケだ。
結果的にそれが功を奏してレギンデッツは一方的な戦況に苛立ちを見せてはいるが、自暴自棄にまではなっていない。
また、ヨミが明確な
ただ「時間を稼げ」と言われるよりも、明確な「攻略目標」があった方が人のモチベーションというのは上がるのだ。
いつ終わるともしれない
たとえそれがただ時間を稼ぐよりも困難なミッションだったとしても、明確なゴールがあるとないのとでは雲泥の差がある。
終わりが明確ではない防衛戦が不利であると言われる所以の幾分かはこの点にあり、侵攻側と違って自分で
翻って侵攻側は「敵拠点の攻略」という明確な到達地点が存在し、失敗と判断すれば自分の意思で引き上げる事が出来る。
どちらに心の余裕が生まれるかは、瞭然だろう。
そういう意味で、ヨミの配慮は十全な効果を生んでいたと言える。
(こんだけ好き放題やられたんだ。少しでも相手に一矢報いなきゃ、流石にムカつくぜ)
また、敢えて「遺物」に関わる事で敵の想定を崩してやる、という意識もレギンデッツにはあった。
彼もククロセアトロに関する碌でもない情報の数々は聞き知っていたが、あくまでもそれは
経験の浅さ故に彼はその情報を知
他の面々が揃って苦い顔で「関わるのは厳禁」と厳命しているので合わせているが、彼自身はククロセアトロに対してそこまでの危機感を実感として持ってはいなかった。
此処に一つ、ヨミとの意識の食い違いが出る。
ヨミはあくまでも接敵したという事実さえあればそれで良いと考えているし、なんなら対峙した瞬間に落とされても全く問題ないと思っている。
大事なのはあくまでもアフトクラトル側に対する「言い訳作り」であり、それさえ出来るなら後の事はどうでも良いと判断していた。
しかしレギンデッツは「例の遺物にちょっかいを出して玄界の奴等を困らせてやろう」と考えており、当然ながら対峙するだけで終わるつもりはなかった。
結果として負けたとしても、玄界の面々が泡を食う所さえ見られればそれで良い。
レギンデッツとしてはそう考えており、もしもガトリン達の敗北確定の報が入り自棄になった場合はもっと踏み込んだ内容を実行していたに違いない。
それだけ「かつてアフトクラトルに苦渋を呑ませたククロセアトロの遺物」というのは追い込まれたこの状況下では彼にとって魅力的に映るものであり、その危険を実感として知り得ないレギンデッツはさながら火遊びを楽しもうとする子供のようだと言える。
そういう意味でも、ヨミの配慮は大正解と言えた。
彼は自身の采配で、未然にレギンデッツの致命的な暴走を抑える事が出来ていたのだから。
(とにかく、例の遺物のトコに辿り着くしかねー。アイドラの大部分を囮に使ったし、手勢は最小限にしてこのまま進めば何とか行ける筈…………っ!)
『二宮。敵の一部が西に向かっている。恐らくは木岐坂が狙いだろう』
「了解しました」
二宮はレイジの報告を受け、ふむ、と頷く。
此処で樹里を狙う意図自体は、分からなくはない。
現状アイドラが壊走状態に陥っているのは、彼女の遠距離射撃あってのものだ。
その脅威を排除しようとする行動自体は、理解
だが、それをするには少々遅きに失したのではないか、というのが正直な所だ。
既にアイドラの数は見たところ20を切っており、全滅は時間の問題に思える。
防御に徹して時間を稼いではいるが、それでもあと数分あれば駆逐し切れるだろう。
此処まで部隊が損耗した以上、今更樹里を排除出来たとしても焼石に水だ。
既に大勢は決しており、今になって樹里を狙ったとしても手遅れである、というのが二宮の見解であった。
「もう負けが確定したから少しでも嫌がらせしとこう、って事じゃないですかね? もしくは、市街地を狙うように見せて部隊を分けさせたいとか」
「有り得なくはないか。だが、既に大勢は決した以上部隊を分けてもさしたる支障はないな」
ですね、と犬飼が同意する。
情報を共有していた彼の見解も分からなくはないが、どちらにしろ大勢が決しているという事実は覆らない。
既にアイドラに碌な抵抗が出来なくなっている以上、多少部隊を分けたところで易々と戦況が動く筈もない。
故に、決断は迅速だった。
「────────その一団を排除する。恐らく、人型がトリオン兵を率いている筈だからな」
「な…………っ!?」
レギンデッツは、瞠目していた。
近くの路地裏で何かが光ったと思った直後、跳び出して来た人影の奇襲を受けたのだ。
ドグを差し向けて何とか防御に成功するが、レギンデッツは目撃する。
自分を挟み込む、小柄な二人の少年少女の姿を。
彼等、緑川と黒江は共にブレードを携えて、レギンデッツと対峙していた。
緑川は狙撃手の護衛が最早不要となり、手持無沙汰になっていた所を本部から出て来た黒江と合流し、二宮の指示でこうしてレギンデッツの迎撃にやって来たのだ。
予め市街地の付近には冬島によるスイッチボックスのワープが仕込まれており、二人は本部近くから此処まで転移で移動して来たのだ。
まだ拙さは残るが、二人は共にA級。
更に言えば幼馴染という親しい間柄である為連携には一切の問題が無く、共に持ち場を離れても問題が起きない状態であった為にこうしてレギンデッツへの刺客に選ばれた、というワケだ。
「…………っ!
二人のトリガー使いと対峙したレギンデッツは、即座にトリガーを起動した。
レギンデッツの肩に接続する形で、竜の鱗を思わせる鎧刃が展開される。
トリガー、
設計思想としてはガトリンの
「────────!」
「舐めるなっ!」
緑川がグラスホッパーを用いてレギンデッツの背後に回り、スコーピオンを振るう。
しかしレギンデッツは剣竜を操り、斬撃を防御。
そのままの勢いで鎧刃を振り抜き、緑川を弾き飛ばした。
「韋駄天」
そこへ、黒江が韋駄天を用いて突っ込んで来る。
眼にも映らぬスピードで肉薄して来た黒江の一閃が、レギンデッツを襲う。
「…………っ!」
だが、その神速の一撃をレギンデッツは鎧を身体全体に巻き付ける事で凌ぎ切った。
黒江のトリガー、韋駄天についての情報は撤退したウェンを通じて共有されている。
ヨミから黒江の容姿と共に情報を得ていたレギンデッツは、このタイミングで攻撃が来るだろうと判断し、予め鎧を纏っておく事で防御に成功したのだ。
韋駄天は確かに初見殺し性能の高いトリガーだが、反面タネさえ分かれば対処自体は容易い。
これがヨミやウェンであればブレードを置く事での自動迎撃に繋げられたのだろうが、生憎レギンデッツにそれが出来る程の技量はない。
それに剣竜は頂戴なリーチを誇るが、反面あまり小回りは利かない。
下手に迎撃を狙うよりも、どっしり構えて防御を行った方が良いという判断は至極当然である。
何よりも奇襲で落とされない事を第一に考えた彼の選択は、間違ってはいないだろう。
「行けっ!」
『────────』
何より、この場での彼の最優先事項は彼等の撃破ではない。
自分達の誰か一人でも、「遺物」と会敵するに至る事だ。
それは何も、レギンデッツでなくとも良い。
即ち、ヨミが
レギンデッツのこの場での役割は、囮。
本命は、ヨミの操るアイドラに目標地点まで到達させる事だ。
一瞬の隙を突き、ヨミの操作を受けたアイドラが市街地を駆ける。
目的地は、射撃の発射地点。
即ち、樹里のいる場所である。
「逃がすかっ!」
緑川がそれを追おうと、グラスホッパーを展開する。
これまでの経験上、直線状の速度ではアイドラはグラスホッパーの支援を受けた緑川には及ばない。
故に今からでもすぐに追いかけられば、充分に間に合う。
「させるかよっ!」
「…………っ!」
だが、レギンデッツが黙ってそれを見ている通理はない。
「────────韋駄天」
そこへ、黒江が再び韋駄天を用いて斬りかかった。
今度は急所ではなく、足を。
肩に接続するという仕様上最も防御の薄い足首を狙い、黒江の斬撃が炸裂した。
結果、レギンデッツの右足首が切断。
致命傷ではないものの、足を削られた事で移動に際し明確な枷が付与された。
しかし、その隙にアイドラは逃走に成功していた。
少なくとも、緑川達が今から追いかけてすぐに到達出来る距離ではなくなっている。
レギンデッツによる妨害も継続するであろう事から、彼等が追撃を行うのは現実的では無い。
────────あくまでも、彼等
「ここは通さないよ」
『…………!』
緑川達からの逃走に成功した、ヨミの操るアイドラ。
その眼前に、黒いボディスーツを纏った少年、遊真が立ち塞がっていた。
彼は、というよりも玉狛第二は万が一の時の備えとして南側に布陣していた為、敵の動きに合わせてこの場での迎撃に駆り出されたというワケである。
使用しているのは黒トリガーであるが、そもそも遊真のこの姿は大規模侵攻時にそれなりの数の隊員に見られている。
しかし幸い彼が玉狛支部所属な事もあって玉狛製のトリガーだと勘違いしている照屋のような例もあるし、二宮のようにその出力から黒トリガーだと確信してはいるもののわざわざ口に出す事はしない判断をしている者達が大半だ。
C級にも遊真の戦闘している姿は見られているが、そもそも彼等には遊真のトリガーがどう特別なのかを判断出来るだけの知識や経験がない。
故に特例で黒トリガーの使用許可が下りており、こうして保険として出張って来ているワケだ。
(これは…………っ!)
ヨミはアフトクラトルからの情報で、目の前の相手が黒トリガーの使い手であると確信していた。
確かに
これはあくまでもアイドラを自在に動かす事が出来るだけのものであり、元から存在しない性能を発揮する事は出来ないからだ。
この場での撃破、敗退は必定。
ヨミの判断は、早かった。
「────────!」
アイドラはあろう事か、真っ直ぐに遊真へと突っ込んで来た。
その行動を訝し気に思う遊真だが、やる事は変わらない。
「
打ち出されたのは、黒い弾丸。
重石の効果を持つ弾丸が、アイドラに襲い掛かる。
この弾には、シールドは意味を為さない。
故にこれを凌ぐには、上空へ退避する他に道はなかった。
ヨミの操作を受けたアイドラは、止む無く跳躍し弾を回避する。
『────────!』
だがそれは。
空中という、逃げ場のない場所へ自ら入り込んでしまった事を意味していた。
アイドラの胸部に、一発の弾丸が叩き込まれた。
撃ったのは、樹里だ。
彼女は自身の下へ敵が迫っていると知り、尚且つ遊真から接敵の報告を受けていつでも相手を狙い撃てるように備えていたのだ。
これで、詰み。
誰しもが、そう思った。
(やられるのは仕方ない。けどせめて、相手の姿くらいは…………っ!)
アイドラのカメラアイを通じて状況を見ていたヨミは、建物の壁を蹴り、強引に上空へと跳び出した。
致命傷ではあったが、即座に機能停止する程ではなかったが為に出来た荒業である。
当真や奈良坂と異なり、樹里は跳躍中の相手の急所に正確に当てる技量には不安が残る。
止まっている相手であればともかく、高速で跳び上がっている相手を狙うのは相当に神経を使う作業だ。
狙撃手のしてのスキルの大部分を
その為頭部ではなく狙い易い胸部を狙い撃ったのであり、だからこそアイドラは即座に機能停止とはならなかった。
しかし、それに本来何の意味も無い。
一秒後の機能停止が覆らない事に変わりはなく、最早攻撃は愚か身動き一つ取れない状態である事に変わりはない。
それでも相手の姿を視認して強引にでも撤退の理由に仕立て上げたいと願う、ヨミの最後の意地だった。
遊真と接敵した瞬間に、この場から目的地に辿り着く事はまず不可能だとヨミは断じていた。
黒トリガーの使い手相手に、アイドラの単体
だからこそ最後の賭けとして、イチかバチか跳躍からの視認という手段を取ったのだ。
敗退は必定としても、ひと目「遺物」の姿を眼に収める為。
その目論見は、成功した。
────────此処に、
まず前提として、彼は直接目視した相手の未来しか視えない。
迅はガトリン・ラタリコフ・ウェンの三名の姿は視認している為彼等の未来は視えるが、一度も相対していないコスケロやレギンデッツ、そもそも遠征艇から一歩も出ていないヨミはその能力の対象外だった。
樹里に対する異変の予知はあくまでも彼女の未来を視た結果であり、その時点ではガロプラの中で最も未熟な兵士────────────────即ちレギンデッツの暴走さえ阻止すれば、その未来は防げていた。
だが今のアイドラの挙動は、あくまでもヨミが
今ヨミが強引にでも跳躍という手段を選んだのは遊真という絶対に突破不可能な相手と会敵したが故であり、当然ながら此処に至るまでこのような行動は予定になかった。
また、迅の未来視は視界内に無数の未来の映像が映されているウィンドウが並び、それらを目視する事で内容が分かる、というものだ。
故に迅は無数の未来の映像の中から必要なものを逐次取捨選択しながら見定める必要があり、加えて
その人物がその行動をする可能性が出て初めて未来の映像の中にそれが現れるのだから、現在地下で戦闘中の迅がそれを視たところで最早手遅れだ。
よって、レギンデッツではなくヨミの咄嗟の行動を契機として引き金が引かれる事など、分かりよう筈もなかったのだ。
アイドラのカメラアイが、100メートル程先の建物の屋上に陣取っている樹里の姿を捉える。
それが、異変の始まりだった。
────────────────検体番号、128954を視認。解析結果、
(…………え?)
────────それが聴こえたのは、アイドラと
無機質な機械音声が、彼の知る由もない機能が────────────────否。
仕込まれていた
────────────────当該検体の従来性能の発揮、及び記憶領域に不備を確認。
────────バチン、と何かに弾かれるようにヨミの意識がアイドラから追い出される。
それと共に、変貌が始まった。
機能停止寸前だったアイドラから、無数の
その糸は周囲の瓦礫を引き寄せ、潰し、自らに纏わせていく。
ガリガリ、ゴリゴリと。
不快な圧縮音が響き、アイドラだったモノは形を変えていく。
そして。
現れたその姿は、別物と化していた。
瓦礫で構築された、歪な装甲。
既視感を覚える、兎を模したフォルム。
それは、まさしく。
アフトクラトルの大規模侵攻で投入された、最新鋭のトリオン兵。
────────ラービットと、瓜二つな形状をしていた。
『────────
不気味な機械音声と共に、其れは顕現した。
未来が、罅割れる。
そんな音が聴こえるような、不吉の化身がその姿を現した。