香取隊の狙撃手   作:デスイーター

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シロノイト②

 

 

「────────なに、あれ?」

 

 その光景を視ていた樹里は、言いようのない不快感を感じ取った。

 

 瓦礫を纏い、既視感のある兎型のトリオン兵らしきものへ変貌を遂げたアイドラ。

 

 形が変わるトリオン兵など聞いた事がなく、それにその変化の仕方も異常だった。

 

 樹里には、視えていた。

 

 アイドラだったモノの身体の至る所から、白い糸が伸びて────────────────否。

 

 ()()()()()()()()糸が飛び出し、周囲の瓦礫に接続する光景を。

 

 樹里の強化視覚(サイドエフェクト)は、遠くの場所でも細部を見渡す事が出来る。

 

 故にこそ、極小の糸を見分ける事が出来たのだ。

 

 姿こそアフトクラトルのトリオン兵、ラービットを模写しているが、あれは別物だと強く感じた。

 

 ただ、姿を真似ただけの異形の怪物。

 

 そう、強く感じ取った。

 

 その時。

 

「…………っ!?」

 

 瓦礫の兎の口腔内に存在する赤い単眼がギョロリと動き、樹里を凝視した。

 

 離れているにも関わらず、()()()()という確信があった。

 

 瞬間、悪寒が背筋を駆け巡る。

 

 視られている。

 

 自らの持つ能力の性質上、樹里は他人の視線には敏感だ。

 

 故に、分かってしまった。

 

 アレは、自分を見ている。

 

 自身に対し、何らかの強い執着を持っている。

 

 それがどうしようもなく気持ち悪く思えて、樹里はぶるり、と身震いした。

 

 アレに、近付かれたくはない。

 

 彼女は、そう強く願った。

 

「樹里」

「…………葉子」

 

 そんな彼女の不安に、気付いたのだろう。

 

 香取はそっと樹里の手を握り、不敵な笑みを浮かべてみせた。

 

「大丈夫。アンタの事は、アタシが守ったげるから」

「うん」

「だから、情けない顔しないの。何がなんだか分かんないけど、敵でしょアレ。なら、ぶっ飛ばすだけだっての」

 

 ニヤリ、と敢えて香取は明るく笑い、告げる。

 

「どんな敵だろうが、アタシの幼馴染に手ェ出すなら容赦しないわ。使えるものは何でも使って、ギタギタにしてやろうじゃん」

 

 

 

 

「おいっ、ありゃなんなんだよっ!? まさかアイドラにあんな機能があったってのかっ!?」

『そんなワケないだろうっ!? ったく、やられた…………っ! まさかロドクルーンの連中、あんな不良品を渡して来るなんて…………っ!』

 

 突然の事態に混乱するレギンデッツに対し、ヨミは通信越しにらしくもなく怒鳴り声をあげる。

 

 常に冷静沈着を心掛けている彼でさえ、この事態は予測の遥か外側だったのだ。

 

「ど、どういう事だよっ!?」

『どうも何も、そのままの意味だよ────────────────実はね、最初ロドクルーンはトリオン兵を出し渋ってドグ50体、アイドラ60体しか出さないつもりだったんだ』

「はぁっ!? んだよそれ初耳だぞっ!?」

『ガトリン隊長にしか言ってないからね。ただ、その程度の数だとどうにもならないからトリオン兵の数を増やすかロドクルーンの兵を出すように通告したんだ。アフトクラトル側にも、圧力をかけて貰ってね』

 

 けど、とヨミは続ける。

 

『どうやら、それが良くなかったみたいだ。ロドクルーンがククロセアトロの技術者を匿った事でアフトから容赦のない搾取を受けたのは聞いてるだろ? だから当然、資源がかなり削られていて自国の維持だけでもかなり苦労してるらしい。まあ、ぼく等には関係のない事だけど』

 

 そう吐き捨てるヨミの言葉に、温度はない。

 

 如何に同じアフトクラトルの属国同士とはいえ、仲が良いというワケではないのだ。

 

 要するに国を落とされた相手が同じだけで、無論の事ながらまともな国交など皆無である。

 

 アフトクラトルには数々の属国が存在し、当然ながらいずれも彼の国に対する忠誠心など存在しない。

 

 (マザー)トリガーを押さえられて強制的に従わされている相手である上、アフトクラトルはこちらの都合を考慮する事など一切ない。

 

 向こうからすれば存分に搾取出来る小間使いくらいにしか思っていない筈であり、今回の作戦も事実上こちらを捨て駒として利用しようとしている事からもその魂胆がありありと伺える。

 

 そんな無法な相手に従うしかないのは屈辱ではあるが、実際問題ガロプラのような小国にはアフトクラトルに反抗するだけの力が無い。

 

 トリガー(ホーン)という異端の技術で出力を向上させたアフトクラトルの兵達と自分達の実力差は、絶望的なまでに広い。

 

 故に小国が一つや二つ同盟を結んだところで勝てる見込みなどある筈もなく、そもそも今回のようなケースでもなければ他の属国とコンタクトを取る状況など滅多にない。

 

 属国化という不本意な状況で繋がりが出来ただけの相手など、わざわざ友好的に接する理由もないからだ。

 

 そもそも属国化されている時点でアフトクラトルから相応の搾取を受けており、他者に気遣う余裕などない。

 

 特にロドクルーンは自業自得で今の窮地に陥っているのであり、擁護する気は欠片もなかった。

 

『とにかく、今回貸し出して来たトリオン兵は文字通り身を削って捻出したものだろうね。あっちとしても出したくはなかったけど、これ以上アフトに逆らえばどうなるか分かったものじゃないだろうし』

「ま、そりゃそうだよな。失点を二度も見逃す程、アフトの連中は優しくねーだろ」

 

 二人の言う通り、ロドクルーンは一度アフトクラトルの逆鱗に触れている。

 

 よりにもよって彼等が「見つけ次第捕縛、報告せよ」と通達していたククロセアトロの技術者を、自国内に匿っていたのだ。

 

 それが露見した結果アフトクラトルは激怒し、その技術者を捕らえて処刑した上でロドクルーンから徹底的な搾取を行った。

 

 故に今のロドクルーンは自国の維持だけで手一杯な筈であり、今回提供されたトリオン兵はなけなしの在庫を引っ張り出した、という所だろう。

 

『けど、こっちとしても戦力は確保したかった。だから少し強引に、在庫を出して貰ったのさ』

 

 しかし、そんな事情はガロプラ(じぶんたち)には関係が無い。

 

 今回の作戦に失敗すればどんなペナルティを負わせられるか分かったものではない以上、戦力は万全にしておきたかった。

 

 その為にわざわざアフトクラトル側に交渉してロドクルーンに圧力をかけ、無理やりにトリオン兵を捻出させたのだ。

 

 当然向こうからはそれなりに恨まれただろうが、ロドクルーンはククロセアトロの技術者を匿った件で多くの国から白眼視されており、迂闊な敵対行動を取ればどちらが不利になるかは自明の理だ。

 

 故に後腐れなく要求出来るだろうと踏んで、ロドクルーンに無理難題を突き付けたワケである。

 

『…………けど、それが良くなかった。恐らく報復の一環という目的もあるだろうけど、連中自分達でさえ分からない()()()()()()()()()()()()()()()()を渡してきやがったんだよ』

「どういうこったよ?」

『────────要するに、ククロセアトロと技術交流していた時に開発したトリオン兵を混ぜて送って来た、って事だよ。奴等、自分達でも何が埋まっているのか分からない代物をこっちに押し付けて来たってワケさ』

 

 だが、その要求に対し開き直ったロドクルーンはあろう事か何が仕込まれているか分からない、ククロセアトロの研究者と共同で作成した時期のトリオン兵を横流しして来たのだ。

 

 恐らく、無理な要求をするこちらへの意趣返しという意味もあったのだろう。

 

 先に「無理にでも戦力を寄越せ」と言ったのはガロプラ側なので、何かあっても強くは出れないだろうという計算もあったに違いない。

 

 つくづく、腹立たしい形で意趣返しを企んできたものだとヨミは歯噛みするのだった。

 

「って事はアレは…………っ!」

『────────十中八九、ククロセアトロに関連する()()だよ。生物ではないから厳密に言えば「遺物」ではないだろうけど、同様の脅威である事は間違いないね』

 

 故に、あの異形の正体は一つ。

 

 ククロセアトロに関連する、技術の結晶たる()()である。

 

 具体的に何なのかは、分からない。

 

 アフトクラトルはククロセアトロ戦役の際に判明した彼の国のやり口は公開したが、彼等の技術に関する詳しい情報までは伝えては来なかった。

 

 恐らく、詳細な情報を与えてその技術が再現される可能性を危惧したのだろう。

 

 だからこそ現在異常が生じているアイドラの成れの果てについての情報は皆無であり、判断材料となるべきものが何も無い以上ヨミにもお手上げだ。

 

『それから、アイドラ()()の制御権が消失────────────────いや、()()()()。そっちにいるトリオン兵は、もうぼく等の制御を受け付けてないんだ』

「マジかよ…………っ!」

 

 通理で、とレギンデッツは唇を噛んだ。

 

 先程からアイドラを呼び寄せようとしているのに反応がないのはそういう事か、と理解する。

 

 この場に存在するトリオン兵は、全てロドクルーンから貸与されたものだ。

 

 故に、何が何処まで仕込まれているか分かったものではない。

 

 秘密裏に制御権を奪い取るシステムが埋め込まれていたとしても、不思議ではないだろう。

 

『それに、それだけじゃない。他の場所でも、そっちと()()()が起こってる。変貌したトリオン兵は、その一体だけじゃないんだよ』

 

 

 

 

「これは…………っ!」

「これ、例の新型やろ。一体、何が起こうとるんや」

 

 主戦場。

 

 そこでも、異変は生じていた。

 

 二宮と樹里の弾幕でただ駆逐されるばかりだった、アイドラの群れ。

 

 その中の四体が、突如として変貌を遂げたのだ。

 

 四機のアイドラは周囲に糸を伸ばし、地面に転がるアイドラのパーツを引き寄せ、纏い始めた。

 

 変形と言うには生物的な要素すら伺える変貌を終えた後、そこにいたのは見覚えのあるシルエットのトリオン兵だった。

 

 忘れる筈もない。

 

 アフトクラトルの捕獲型トリオン兵、ラービット。

 

 それと瓜二つの、しかし決定的に何かが違う存在が、そこには鎮座していたのだ。

 

 その数は、4。

 

 件のラービットの脅威を知る者達は、一様に息を呑んだ。

 

 先程まで一方的な殲滅が出来ていたのは、敵となるアイドラが個体では精々B級下位程度の能力しかなかったからだ。

 

 単体での力が最低ランクのそれでしかない以上、圧倒的な物量と火力の前では為す術もない。

 

 しかし、これが精鋭四機となると話は変わって来る。

 

 あのラービットが何処までオリジナルを模倣しているかは分からないが、十中八九雑魚ではない。

 

 全員に、緊張が走る。

 

 得体の知れない変態を遂げた、四機の模倣ラービット。

 

 それらを前に、戦勝モードだったボーダーの隊員達は今一度気を引き締めるのだった。

 

 

 

 

「これは…………っ!」

 

 その変貌を目の前で見ていた遊真の脳裏に、一つの記憶が想起される。

 

 それは、先日エネドラが語ったククロセアトロ戦役の内容。

 

 即ち、ククロセアトロで遭遇したという、()()()()()の情報だった。

 

 彼が言うにはあの国で出会った怪物は、糸を伸ばして瓦礫を引き寄せ、その躯体を構築していたのだという。

 

 今の光景は、エネドラが語った内容そのままと言っても差し支えないものだった。

 

 故に、あれがククロセアトロに関する何かであるのは必定。

 

 向こうでガロプラの兵士も驚嘆している事から、敵の秘密兵器というワケでもないらしい。

 

 誰にとっても、予想外(イレギュラー)な異変。

 

 遊真は、目の前で起きた事をそう断じた。

 

『────────』

 

 そんな遊真の前で、模倣躯体(タイプ)ラービットが行動を開始した。

 

 身を屈めた模倣躯体ラービットが、跳躍。

 

 名の通りの跳躍力を披露した兎の異形が、空中へと跳び上がる。

 

 見れば分かる。

 

 あれは明らかに遊真との交戦を避けて、目的地へ向かう動きだ。

 

 無駄な戦闘は極力避け、最短で目的地へ到達する。

 

 強化されたとはいえ、最優先目標は一切ブレない。

 

 機械的で、冷淡な判断の結果と言えた。

 

『弾』印(パウンド)

 

 それを、遊真は加速台の印を使って追いかける。

 

 『弾』印(パウンド)は小回りは利かないが、瞬間的な出力で言えばグラスホッパーを大きく上回る。

 

 その加速力によって遊真は模倣躯体ラービットの眼前に躍り出て、拳を握り締めた。

 

『強』印(ブースト)────────二重(ダブル)

 

 そして、拳打を放った。

 

 印によって強化された遊真の拳が、模倣躯体ラービットの胴の中心を撃ち貫く。

 

 だが。

 

「…………! 硬い…………っ!」

 

 遊真が拳を撃ち込んだ個所は貫く事が出来ず、しかしその周囲の装甲が余波によってズタズタとなった。

 

 曲りなりにも黒トリガーである遊真の攻撃を凌ぐ程の、防御性能。

 

 その絡繰りは、今の光景を見れば一目瞭然だった。

 

「内部の密度を操作して、装甲強度を一点に集中させたのか」

 

 確かに遊真が行った拳打の直撃を受けた個所はほぼ無傷だが、代わりに周囲の装甲が根こそぎ吹き飛んでいる。

 

 これを見るに、どうやら敵は体内の装甲強度を操作し、遊真の攻撃が当たる地点に防御を集中させたのだろう。

 

 そこに硬度を集めた分、他が脆くなっていたが為にこうしたアンバランスな破壊痕となったワケだ。

 

「けど、それならやりようはある」

 

 しかし見たところ、基準となる防御力はオリジナルのラービットには及ばないらしい。

 

 瓦礫での継ぎ接ぎに等しい身体なのだから当たり前ではあるが、基礎的な装甲強度は本家のラービットを下回っているのは今確認出来た。

 

 その代わりに一点に防御を集中させる事でオリジナル以上の硬度を実現する事は可能だが、性能がピーキーな分やりようはある。

 

『当該個体、黒トリガーの適合者と判断。戦力評価を上方修正。現状のままでは当該規定(プロトコル)達成が困難と認識。戦力拡充を実行します』

 

 ────────だが、遊真が次の行動を起こす前に、模倣躯体ラービットは動き出した。

 

 白の異形は再び跳躍すると、地上にいたレギンデッツの背後に降り立った。

 

「がっ!? な、何を…………っ!?」

 

 そして、その巨腕でレギンデッツを地面に押さえ込んだ。

 

 異常事態が起こっていたとはいえ未だ敵である事に変わりない緑川と黒江の二人と睨み合っていたレギンデッツは、それに反応出来なかった。

 

 彼を標的とした事に、さしたる意味はない。

 

 強いて言うならば、機動力に長けた緑川・黒江を相手にするよりも、捕獲が容易であると判断した為だろう。

 

『対象より傀儡糸(クローステール)によるトリオンの強制接収、及びトリガーの徴収を実行します』

「ぎ、がっ…………!?」

 

 瞬間、白の異形から無数の糸がレギンデッツに突き立てられる。

 

 極小の糸が接続された瞬間、レギンデッツは言いようのない悪感を感じ取る。

 

 自分の中の何かが、強制的に吸い上げられるような感覚。

 

 そしてそれは、決して気の所為などではなかった。

 

『レギーっ!? 嘘、トリオンが吸収されてるっ!?』

「なぁ…………っ!?」

 

 レギンデッツのトリオン体から、模倣躯体ラービットはあろう事かトリオンを吸収し始めたのだ。

 

 常識外の事態に混乱するしかないレギンデッツだが、異変はそれだけに留まらなかった。

 

「う、嘘だろっ!? お、オレの剣竜(テュガテール)が…………っ!?」

 

 レギンデッツが、思いも寄らぬ光景に瞠目する。

 

 糸が突き立てられたのは、彼の身体だけではない。

 

 肩から伸びる鎧刃、剣竜(テュガテール)にもその魔手は伸び、糸に接続されたブレードはレギンデッツより乖離。

 

 剣竜はそのまま模倣躯体ラービットの装甲と一体化し、レギンデッツはトリオンとトリガー、その双方を奪われた。

 

『エネルギー補填、及び武装の拡充を完了。これより再度、機能矯正(メンテナンス)の実行の為、戦闘行為を再開します』

 

 異常事態に困惑する者達の前で、白の異形は淡々と無機質な機械音声を垂れ流す。

 

 その赤い単眼は未だに尚、遠くに座する白の少女の姿を捉え続けていた。

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