香取隊の狙撃手   作:デスイーター

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シロノイト③

 

 

『レギーッ! 大丈夫っ!?』

「だ、大丈夫なワケあるかよクソがっ! 一体、なんでオレがこんな目に…………ッ!」

 

 ヨミからの悲鳴じみた呼びかけを受け、地面に倒れたままのレギンデッツは思わず毒づいた。

 

 模倣躯体ラービットはもう用は無いとばかりにレギンデッツを解放しており、こちらを見てすらいない。

 

 それが、レギンデッツの中に渦巻く理不尽な怒りに火を点けていた。

 

 しかし、誰が彼を責められよう。

 

 レギンデッツからしてみれば、手駒として扱っていたトリオン兵がいきなり変貌し、挙句自分のトリガーとトリオンを根こそぎ持って行かれた形だ。

 

 ワケが分からないにも程があるし、その理不尽に怒ってもバチは当たらない筈だろう。

 

『と、とにかく撤退しようレギーッ! これ以上、ロドクルーンのとばっちりを受ける必要はないってっ!』

「…………」

 

 レギンデッツはしばし逡巡するが、どう足掻いても此処から状況が好転などするワケもない。

 

 色々と文句はあるが、此処は従う他なさそうだと不承不承頷いた。

 

「チッ、こうなりゃ仕方ねーな。癪だけど、アレを押し付けられただけでも良しとするか────────────────って、おい待て」

『どうしたの、レギー?』

「…………脱出装置、作動しねーぞ?」

『────────え?』

 

 通信の向こうで、血の気の引いた気配がする。

 

 そして無論、それはレギンデッツも同じだった。

 

 ガロプラの新型トリガーである脱出装置は、トリオン体の崩壊を契機として発動する。

 

 当然ながら損傷によるトリオンの漏出過多によっても発動するし、()()()()()()()()()()()()()のが難点だが、敵地の何処にいても即座に撤退が可能な性能は魅力的だ。

 

 玄界の緊急脱出(ベイルアウト)を参考に作成したトリガーであるが、その有用性は誰しもが認めるところだろう。

 

 だが、それが作動しない。

 

 しかも、敵地のただ中で碌に抵抗も出来ない状態でだ。

 

 焦るのも、当然の事と言える。

 

『…………っ! そうかっ! レギー、脱出装置の()()()()()()()()()()()()()()()()んだっ! どういう絡繰りかは分からないけど、さっきのトリオン吸収が()()()()()()()()()()()()っ! 損傷がないまま起動の為のトリオンがなくなったから、装置が反応出来てないんだっ!』

「はぁっ!?」

 

 ヨミの指摘に、レギンデッツは素っ頓狂な声をあげた。

 

 流石に、信じ難い内容だった。

 

 とうのレギンデッツからしてみれば、先程のトリオン吸収やトリガー剥奪は歴とした()()だ。

 

 だがそれが攻撃、損傷としてカウントされていないとはどういう事だと首を傾げるのも無理からぬ事だろう。

 

 そもそも、トリオンの吸収などという能力など見た事も聞いた事もない。

 

 強いて言うのであればハイレインの卵の冠(アレクトール)がキューブからトリオンを徴収する事で自己回復を行う機能があるが、あれとは全くの別物のように思える。

 

 何せ、縁も所縁もない他者のトリオン体からいきなりトリオンを吸収してのけたのだ。

 

 どういった絡繰りが仕込まれているかなど、分かろう筈もない。

 

「ちょっと待てよっ!? まさか、脱出装置もなしでこっから逃げろってんのかっ!?」

 

 問題は。

 

 脱出機能が使えない今、敵地真っただ中であるこの場から彼がどう逃げるか、というものだった。

 

 元々、今回の作戦は脱出装置ありきのものだった。

 

 撤退は脱出装置に任せ、ひたすらに前のめりに後先を考えず作戦を実行する。

 

 退路を考えなくても構わない為に、通常より攻めた姿勢で作戦に臨む事が出来る。

 

 それが、脱出装置を開発したガロプラの打ち出した方針だった。

 

 故に本来であれば後詰めとして残される筈の人員も確保していないし、生き残っているガトリンやラタリコフは現在ボーダーの地下で戦闘中で手が離せない状態にある。

 

 ハッキリ言って、トリガーも失い抵抗する力をなくしたレギンデッツ一人が抜け出せる余地など存在しない。

 

 (ゲート)を開く事は、出来る。

 

 だがそれを通って帰還するのを、目の前にいるボーダーの兵士が黙って見過ごすかはまた別の話だ。

 

 緑川達は突然の事態に驚嘆しているが、それでもレギンデッツが彼等にとって敵であるという事実は覆り様がない。

 

 今は模倣躯体ラービットを警戒して様子を見ているが、脅威であるそれがいなくなればレギンデッツの確保に動くのは眼に見えていた。

 

「チクショウ…………ッ! なんだってオレだけこんな目に…………ッ! おい、テメェ好き勝手しやがって…………っ! ククロセアトロの兵器だかなんだか知らねーが、道具なら道具らしく言う事を聞きやがれってんだよっ!」

『ちょ、レギーっ!? 相手は機械だよっ!? まともな返答が返って来るワケッ!?』

『────────それは、当機体の使い手(ユーザー)となる事を志望する、という内容でよろしいでしょうか?』

『嘘、反応したっ!?』

 

 まさか返って来る筈がないと思っていたレギンデッツの怒声に対する反応が返って来た事で、通信先のヨミも驚愕する。

 

 これまで模倣躯体ラービットは一方的な通告じみた機械音声を垂れ流してはいたが、とてもではないがまともなコミュニケーションが通じる相手には見えなかったからだ。

 

 恐らくあの理解不能な機能の管制機能(オペレーティングシステム)の類なのだろうが、曲がりなりにもトリオン兵の操縦者側である自分達に対して牙を剥いた時点で、制御など望むべくもないと考えていたのだ。

 

 故にこそ、反応が返って来た事には驚かざるを得なかった。

 

 自動音声を繰り返す人形が、こちらの問いかけに反応したかのようなものだ。

 

 驚く以上に、ヨミの心には何か嫌な予感が膨らんでいた。

 

「そーだよ。トリオン兵なら、人間サマに従えってんだ」

『ちょっと、待ってレギーっ! 幾ら反応があったからといって、相手はククロセアトロのワケ分かんない技術の塊だよっ!? 碌な事にならないのは眼に見えてるってっ!』

「っても、こいつくらいしかこの場をどうにか出来るのはねーだろ。だったら、少しくらい賭けてみてもいいじゃねーか」

 

 レギンデッツの言葉にも、一理はある。

 

 現状、彼等は詰んでいる。

 

 脱出装置が作動せず、目の前には手練れの玄界の兵が二人。

 

 しかも少し離れた場所には、大勢の兵士が屯している状況だ。

 

 この場で抵抗する力を失ったレギンデッツが帰還するには、最早理解不能な存在となったこのアイドラの成れの果てに期待するしかないというのは彼にとって至極当然の事に思えた。

 

 されど、ヨミにとってはそうではない。

 

 彼は、隠しておくべきだと考えていたククロセアトロの情報を開示してでもレギンデッツを止める事に決めた。

 

『バカッ、相手はククロセアトロだよっ!? あの狂人共の作ったものが、まともな運用を出来るワケないでしょっ!? あいつ等、攫った人間の身体を部品にしたトリオン兵を作るような連中なんだよっ!? そんな奴等の作ったモノに、迂闊な返答なんかしたら…………っ!』

『────────了解しました。対象の同意を確認。生体部品(ユーザー)としての登録を実行します』

 

 だが。

 

 それは、少々遅きに失したと言うべきだろう。

 

 レギンデッツの言葉を同意として受け取った模倣躯体ラービットは、赤い単眼を光らせ同時にその腹部を開口した。

 

 パカリ、と音を立てて開いた模倣躯体ラービットの腹部は、オリジナルのそれのように人間を格納出来るスペースが存在していた。

 

 但し。

 

 その内部は無数の鋭利な突起物がズラリと並んでおり、上方部には烏賊の口腔部を思わせる顎のような部品が垣間見えている。

 

 機械の内部というよりは生物の胃袋の中とでも称すべきその光景に、レギンデッツは顔を引き攣らせた。

 

「ちょ、おいっ、テメェ一体何するつもりだよっ!?」

『対象の同意を確認した為、当機の生体部品(ユーザー)として登録します。本来は上位管理者の認証を経て行う工程(プロセス)ですが、現在は上位管理者の死亡が確認されている為当機に定められた当該規定(プロトコル)に従った上での実行が承認されています』

 

 レギンデッツの抗議の声に対し、模倣躯体ラービットの反応は冷淡だ。

 

 その声に温度はなく、淡々と事実のみを告げているように思う。

 

 白の異形は淡々と自身の行動の理由を読み上げ、レギンデッツににじり寄る。

 

『当機には調律されていない検体に適合する機能が備わっていない為、()()()()()()()()()()()調()()()()()。余計な肉体部分は削除。必要な生体部品を切り分け、当機の内臓パーツとして採用します』

「…………っ!?」

 

 さも当然のように告げられたおぞましい内容に、レギンデッツは眼を見開いて呆然となった。

 

 彼は、知らない。

 

 タチが悪い事に、この行動は一切の悪意なく行われようとしているという事に。

 

 模倣躯体ラービット、要はククロセアトロ側の理屈では、「適合者がそのままでは自身の使用者となれないので、適合者の方の肉体を調()()するしかない」と判断し、それを迷いなく実行しようとしているのだ。

 

 基本的にククロセアトロにとっては人権やトリガーの使用者の尊厳、自我の有無といったものは一切の考慮がされず、悪魔じみた合理性のみで判断が成される。

 

 故にこの非人間的且つ猟奇的な行動原理も、彼等からしてみれば当たり前のものに過ぎない。

 

 ククロセアトロの持つ、狂気の一端。

 

 それを垣間見たレギンデッツは、言い知れない恐怖を感じた。

 

 カチカチと、自分の意思に依らず奥歯が鳴る。

 

 開かれた模倣躯体ラービットの腹部は、まさに獲物を捕食する獣の顎と同義だ。

 

 並ぶ鋭利な突起は、自分を嚙み殺し咀嚼する為の牙そのものだと言える。

 

 その悍ましい顎は刻一刻と、自分を喰らわんと近付いて来る。

 

 それが、どうしようもなく恐ろしい。

 

 捕食者を前にした獲物のように、レギンデッツの手足は一切の動きを許さなかった。

 

「あ…………」

 

 気付けば、その顎は目の前にあった。

 

 一息にレギンデッツの眼前まで近付いた模倣躯体ラービットは、彼を悍ましい牙の餌食にせんと顎を広げて────────。

 

「────────『強』印(ブースト)三重(トリプル)

 

 ────────突如飛来した遊真の拳撃が、背後から模倣躯体ラービットの装甲を殴り飛ばした。

 

 奇しくも遊真に助けられた形になったレギンデッツは、信じ難いような眼で目の前に現れた少年を見上げる。

 

 すると遊真はニィ、と笑いながらレギンデッツに対し口を開いた。

 

「迅さんからの依頼(オーダー)だ。お前は助けて船に帰す。お前の上司との、取り引きの結果だってよ」

 

 

 

 

「────────ガトリン隊長」

「ああ、非常事態のようだ」

 

 ボーダー本部、地下。

 

 そこで戦闘を繰り広げていたガトリン達の下にも、地上の異変の情報は伝えられていた。

 

 ヨミの副作用(サイドエフェクト)、完全並列同時思考。

 

 今回の作戦ではアイドラの二機同時操作に主に使用されたこの能力であるが、その真骨頂はあくまでも同時に別々の作業を行う事が出来るという事務処理能力の方にこそある。

 

 故にヨミはレギンデッツと通話を続けながらも、もう一方の思考を割り振りガトリンへの報告を完了させていた。

 

 向こうとの通信内容故に途中少々感情的になってしまっていたが、それでも必要な情報はしっかりとガトリンの下に届けられた。

 

 既に戦闘どころではなく、どうやらそれは向こうも同じであるようで太刀川達からの攻撃は止んでいる。

 

 どちらにとっても、地上の異常事態は無視出来ないのは同じのようだった。

 

玄界(ミデン)の兵士達よ。いや────────────────ジン、と言ったか。お前に提案がある」

「そうだね。おれとしても、その提案は受けたいところだ。停戦して今後こちらにちょっかいを出さない事と引き換えに、上で孤立した部下を逃がして欲しい、って事でしょ?」

「…………っ!? そ、そうだ」

 

 ガトリンの提案に対し、迅は何故かその内容を正確に言い当て、是との返答を返して来た。

 

 この場での主導権を握っているのは恐らく彼であろうと考えて提案を持ちかけたのだが、その返しには困惑を隠せなかった。

 

 流石に言ってもいない内容を当てられたのは不気味だが、今は四の五を言っている場合でないのは分かっている。

 

 得体が知れなくはあるが、地上のレギンデッツが危機的状況にあるのは事実。

 

 此処は乗るしかないと、ガトリンは覚悟を決めていた。

 

「上にいる黒トリガーの使い手に、救援を依頼しておいた。丁度近くにいるし、すぐにでも駆け付けてくれる筈さ」

「…………感謝する」

 

 故に、どうやら既に手配を終えていたらしい事に関しても指摘はしない。

 

 明らかにこちらが提案を行う前に手を回していた様子だが、今はそれを問い詰められる立場にはない。

 

 何せ、こちらは事実上とうに敗北していたに等しいのだ。

 

 最早あそこから盤面を覆す事など出来る筈もなく、ガトリン達も生き残っていたというよりは生かされていたという方が正確であり、既に向こうはいつでもこちらを全滅させられる用意があった。

 

 それを自分達の力と自惚れるつもりはなく、主導権が玄界側にある事など承知の上だ。

 

 今は、下に出るしかない。

 

 それが、ガロプラの部隊を率いる隊長としてガトリンの下した結論だった。

 

「おい、いいのか?」

「忍田さんの許可は取ってる。城戸さんにも、許可は取れるみたいだ。それに、今回撃退したとしても向こうの星は暫く近くの軌道にいるんだ。再襲撃が起きる可能性を考えれば、此処で恩を売っておく事でそれを阻止出来るならそっちの方がいいと思うよ」

 

 太刀川の疑問に対し、迅はそう答える。

 

 確かに今の発言は彼の独断のようにも思えるが許可は取っているようだし、何より理に適っている。

 

 ガロプラは、此処で撃退しても暫くの間は玄界に接近可能な軌道上に残留している。

 

 故に一度撃退しても再襲撃の可能性は残っており、それを事前に阻止出来るとなれば敵の一人を逃がしたとしても利は取れるという判断だろう。

 

 此処でレギンデッツを捕虜として交渉を行うにしても、彼を返還した時点でガロプラ側にとっても再襲撃を思い留まる理由はなくなるし、かといってヒュースと違い国に見捨てられていない兵士を捕まえたままでは後々禍根が残る。

 

 それを考えればこの場での交渉でカタを付け、ガロプラ側の誠意に期待する方が余程合理的だ。

 

 迅には既にガロプラによる再襲撃の可能性が皆無である事が視えているが、敢えてそれを此処で言葉にする事はしない。

 

 それは蛇足というものであり、彼だけが知っていれば良い情報だからだ。

 

 逆にレギンデッツを捕虜とした場合に後々ガロプラとの関係が拗れて悪い未来に向かう道筋(ルート)も視えているので、断じてそちらに進むワケにはいかないという事情もある。

 

「じゃあ、追加の条件として()()について知ってる事を話して貰おうかな。流石にこっちとしても、無視出来る案件じゃあないからね」

 

 加えて、地上で起こっている異常事態について少しでも情報を得たいという魂胆もあった。

 

 良く見れば迅の額にはらしくもなく冷や汗が浮かんでおり、事態の深刻さが伺える。

 

「…………了解した」

 

 ガトリンは迅の要請に従い、己の知るだけの情報を話し始めた。

 

 こうして、迅とガロプラの交渉は締結を見たのである。

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