「アステロイド」
地上。
立ち並ぶ四体の模倣躯体ラービットに対し、水上を始めとした射手が弾丸を斉射する。
目の前の白い異形は大規模侵攻で遭遇したラービットと酷似しているが、その性能が何処まで再現されているかは不明だ。
故に、牽制の意味も込めて射撃を実行。
情報を得る為の威力偵察が、これに当たる。
『────────』
それに対し、模倣躯体ラービット四機は一斉に跳躍。
防御ではなく回避を選択し、水上達の射撃を躱す。
「旋空弧月」
そこへ、生駒旋空が叩き込まれる。
防御不能、回避困難の神速の抜刀斬撃。
それが、四機の模倣躯体ラービットの胴を両断。
上半身と下半身が斬り裂かれた四体の異形が、そのまま地へと落下する。
「なんや、あっさり終わったな」
何処か訝し気に、水上は両断された模倣躯体ラービットの残骸を見据える。
あれだけ意味ありげに登場した割に、蓋を開けて見ればこの有り様。
正直、拍子抜けにも程がある────────────────とは、決して考えなかった。
何かある。
水上の直感は、先程から五月蠅い程に警鐘を鳴らしていたのだから。
「────────は?」
だが、流石の水上も次に眼に飛び込んで来た光景には呆気に取られざるを得なかった。
胴が二つに分かれた、四体の異形。
その全ての上半身と下半身が、それぞれ
見えない何かに引っ張られるように互いに引き寄せ合った二つの胴は、そのまま何事も無かったかのように一体化。
元の姿を取り戻し、四機の模倣躯体ラービットはゆっくりとその身を起き上がらせる。
胴を裂くというどう考えても致命傷であった一撃を受けたとはとても思えない、健在そのものな姿がそこにはあった。
「うわ、再生するとかそんなんアリッ?」
「アリなんやからああして再生しとるんやろなぁ。反則も良いトコやけど」
再生するトリオン兵、などという特級の未知に対しては、水上といえど閉口せざるを得ない。
何せ、斬っても撃っても致命傷にならないのだとしたらどう倒せば良いというのだ。
あまりにも常識外れな光景に眼を見開いていると、敵の方に変化があった。
「…………!」
模倣躯体ラービット四機がその両腕を掲げると、その腕をびっしりと覆うように夥しい数の鋭利な突起が出現する。
嫌な予感を覚えたのも、束の間。
一瞬後、それらは高速の弾丸となってこちらに降り注いだ。
「回避しろっ!」
二宮の号令により、標的となった射手達は一斉に跳躍。
射出された無数の鏃の群れを、間一髪で回避する。
だが、効果範囲の中央近くにいた為に回避が一歩遅れた水上は射程範囲から逃げ切れず、止む無くシールドを展開。
数本の鏃が、水上のシールドに突き立った。
瞬間。
「…………っ!?」
シールドに食い込んだ鏃が、ドリルのように回転した。
そのまま鏃は展開していたシールドを貫き、水上の左腕に突き刺さる。
「…………っ! 海、斬れっ!」
「…………! 了解っ!」
嫌な予感を感じた水上は、咄嗟に近くにいた南沢に自身の腕の切断を命令。
理由は分からずとも信頼故に水上の命令に従う以外の
そして。
次の瞬間、切断された左腕は何かに引っ張られるように模倣躯体ラービットの下に引き寄せられて行った。
その光景を目視しながら、水上は自身の判断が間違っていなかった事を確信する。
左腕の破棄が遅れていたら、あのまま水上自身まで敵の下に引き寄せられる所だった。
攻撃までにタイムラグのある射手の自分では、それは間に合わなかったに違いない。
近くに南沢を控えさせておいて良かった、と水上は己の幸運を噛み締める。
あんな得体の知れないものの近くに無抵抗で引き寄せられるなど、冗談ではない。
攻撃手と違い射手の自分は、攻撃準備が出来ていない状態で敵に詰められた段階で負けなのだ。
そういう意味で射手を集中的に狙った敵の判断は、悔しいが的確と言える。
再生に続きあんなギミックまであるとはまず思わないので、大抵の場合初見殺しでやられていたに違いない。
「けど、今ので絡繰りは見えたな。奴さん、多分さっきの再生も全部
「つまり、どういう事です?」
「恐らく、アレの本体はあの
加えて、収穫もゼロではなかった。
今の攻撃を見る限り、敵はスパイダーのようにこちらには見え難い
スパイダーと異なり本当に極細の、辛うじて眼に見えるかどうかという細さの糸を使用しているようだがそれでも絡繰りに違いは無い。
要は、あれは糸で寄せ集めた瓦礫の集合体のようなもの、と考えて差し支えないだろう。
「マリオ、どや?」
『アンタの言う通りやね。トリオン兵らしき反応は、身体の一部だけや。あとはかなり細い糸で無理やり接合してるだけで、張りぼて同然やね』
『こっちでも同じ解析結果が出た。アレはどうやら、コアさえ無事なら後はどれだけ損傷しようが糸で修復する粘土のような構成みたい。コア以外への攻撃は、ほぼ意味がないと見て良いと思う』
水上が依頼した真織と共に、氷見も同様の解析結果を伝えて来た。
どうやらあれは水上の見立て通り、大部分は張りぼてで本体さえ無事なら後は幾らでも代替可能な継ぎ接ぎの装甲に過ぎないらしい。
以前相対したラービットとは全くの別物、と考えて差し支えないだろう。
『それから、全身の装甲強度が秒単位で変動してる。どうやら相手は装甲の強度を自在に操って、一ヵ所に防御を集中させる事も出来るみたい』
『あと、その気になれば幾らでも姿は変えられるようやな。アレは単にあの新型の姿を真似てるだけで、別にあの姿に拘る必要はないいう事やな』
優秀なオペレーター達の解析により、敵の全貌が一気に丸裸になっていく。
装甲強度の操作、及び変形の可能性についても言及された。
まだ隠し玉の一つや二つはあってもおかしくはないが、軸となる情報は得られたと見て良いだろう。
「防御を集中、という事はそれをすればそこ以外の個所の装甲は薄くなると見て良いな?」
『うん。装甲自体の強度は並のトリオン兵とそう変わらないから、硬度を変えた場所以外は極端に脆くなると見て良いと思う。とはいえ、コアさえ無事なら幾らでも再生出来るから、結構厄介だけど』
装甲の一点集中の弱点についても、解析済であった。
アイビスのような一点突破の武器では破壊が困難な一方、複数個所を同時に狙えば問題は無いだろう。
先程射手を真っ先に狙ったのも、それが出来るからという理由が考えられる。
そういう意味で敵は合理的な行動しか取っていないのだが、些か以上に遊びが無さ過ぎるのが幸いといえば幸いだった。
効率的な選択肢を選び続ければ勝てると言わんばかりの、見方を変えれば余裕のないやり方なのだ。
要は、性能頼りで戦術というものをあまり理解していない立ち回りと見て良い。
まるで、教本だけを読んだ素人を相手にしているかのような感覚であった。
「そのコアの位置は何処だ? 通常のトリオン兵と同じか?」
『ううん。首元、なんだけど────────────────位置が、少しずつ変動してる』
「なんだと?」
しかし、流石にその情報は聞き逃せなかった。
トリオン兵のコアは、通常口腔内のカメラアイがそれにあたる。
当然カメラアイの位置を移動させる事など出来ないし、構造上コアの移動を可能とするトリオン兵など聞いた事がない。
『なんだか、ちょっと気持ち悪いたとえだけど装甲の中を一匹の虫が這い回ってるみたいにコアが移動してるの。速度はあんまし速くはないけど、コアの位置が一定しないのは確かだよ』
「マーキングは可能か?」
『やれと言われればやるけど、確実性は保証出来ないよ。あんまし速くないって言ったばかりだけど、虫が這い回るくらいの速度はあるからこっちからの情報伝達と攻撃の着弾までにタイムラグが出る可能性があるからね』
氷見の言葉に、二宮は思案する。
コアの位置が移動する事に関しては、そういうものであると受け入れるしかない。
問題は、移動するコアの位置をリアルタイムで知る方法だ。
オペレーターによる解析に依る位置特定では、伝達までに多少のタイムラグがある。
伝えられた情報のままに攻撃しても、着弾までにコアが移動している可能性が大いに有り得るのだ。
その性質はどちらかといえばエネドラの操っていた
出力や応用性で黒トリガーとは雲泥の差があるとしても、厄介な性質である事に変わりはない。
二宮が力任せに弾幕で押し切る事も考えたが、模倣躯体ラービットは機動力も相応に備えている上に多少の損傷は無視して稼働出来る。
固めたところで損耗を無視して突破されれば、その隙に接近される恐れすらある。
運良く弾がコアに当たってくれる可能性に賭けるなど、博打にすらなっていないただの破れかぶれだ。
そんな思考放棄のような真似は断じて行う事は出来ず、二宮は次の策を思案する。
『二宮。話は聞いた。そちらに援軍を送る』
「…………! 風間さん。それは助かりますが、いえ────────────────そういう事ですか」
『ああ、うちの
しかし、その思考は中断された。
風間の通信を訝しんだのは、一瞬。
すぐさまその意味を理解した二宮は、鷹揚に頷いた。
これ以上ない解答が、既にこの場に到着していたのだから。
「────────歌川、及び菊地原到着しました。これより援護に入ります」
そこに現れたのは、歌川と菊地原の二名だった。
彼等は会場警備を担当していたが、こと此処に至りその必要は無いと判断され、こちらに投入されたのだ。
何より、この場に於いて最も重要となる駒こそが彼等だったのだから。
「────────菊地原、敵のコアの位置は分かるか?」
「はい、大丈夫ですよ。五月蠅いくらいカサカサ聴こえてるので、眼を瞑ってても分かります」
「なら、攻撃のタイミングでコアの位置を教えろ。歌川、お前は聴覚共有でサポートを行え」
「了解。三上、聞いての通りだ。聴覚共有を頼む」
『了解しました』
────────サイドエフェクト、強化聴覚。
それは文字通り聴覚を強化する能力であり、菊地原は周囲の音をとんでもない精密性で聞き分ける事が出来る。
樹里のそれとは異なり適応範囲はそう広くはないものの、その精密性は群を抜いて高い。
彼の前ではバッグワームによる隠蔽すら近距離では意味がなく、微かな足音や液体の流動音すらも聴き分けてしまうのだからあらゆる情報が彼の前では丸裸同然なのだ。
風間隊では必要に応じて聴覚情報の共有を行い、隊全体に菊地原の耳を貸す事が出来る。
しかしこれはぶっつけ本番で出来るようなものではなく、普段からそれに慣れている歌川がサポート役として抜擢された、というワケだ。
菊地原一人ではなく歌川と共に送り込んだのは、そういう意図があっての事だ。
二宮と風間はそう親しい間柄ではないが、かつてA級同士で鎬を削った者同士としてある程度お互いの部隊の情報は把握している。
鳩原の一件で多少壁があるのは事実だが、それをこの場で持ち出すようなTPOを弁えない二人ではない。
過去の事は一旦脇に置き、今はただ目の前の障害を全力で排除する。
それが出来てこそ、真っ当なボーダー隊員と言えるのだから。
「おい、そういう事なら俺も噛ませやがれ。あのガラクタ兎の心臓の位置なら、俺にも分かるからな」
「…………影浦か」
更に、そこで影浦が名乗りを挙げた。
二宮は訝し気な目で影浦を見据え、疑問をぶつける。
「お前の
「普通はそうだな。けど、どういうワケだか知らねーがあのガラクタ兎になってからは
「…………成る程」
影浦の
察知するのはあくまでも感情であり、感情どころか命を持たないトリオン兵相手ではこの能力は基本的には機能しない。
これは相手が生物である事が前提の能力であり、無生物であるトリオン兵相手にはまず通用しない筈であった。
しかし、理屈は分からないが今の模倣躯体ラービット相手であればこの能力が通じるのだという。
そこに悍ましい何かを予感しつつも、口には出さない。
敵の背景の推測など、自分の仕事ではないからだ。
自分達の役割は、襲って来た敵の撃滅。
後の事を考えるのは、上の役目だ。
兵士はただ、目の前の敵を駆逐する事のみに注力する事が己が役目であるのだから。
「いいだろう。ならば、部隊を二つに分ける。片方は俺と風間隊二人と共に、敵の各個撃破を行う。もう一方は影浦を援護し、他の敵の時間稼ぎを行え。倒せるようなら倒してしまって構わん。但し、無理をする必要は無い。たとえ時間がかかっても、確実な撃破を優先する」
了解、という返答を聞きながら二宮は隊員達に指示を出しながら弾丸を展開する。
まずは1体目の模倣躯体ラービットに狙いを定め、弾丸を斉射。
視界の隅で別の敵に向かっていく影浦を見据えながら、二宮達は殲滅戦を開始するのであった。