『────────と、いうワケでそいつの言ってる事は事実だよレギー。隊長達が交渉して、君を見逃して貰う約束を取り付けた。情報提供と、今後
「…………そうか。迷惑かけちまったな」
レギンデッツは通信でヨミから話を聞き、苦虫を噛み潰すような表情で頷いた。
視線の先では、遊真が模倣躯体ラービットと戦闘している。
突然の遊真の発言に驚き困惑していたレギンデッツだが、それを予測していたであろうヨミによる説明により、事情は納得している。
しかしそれは自分の不甲斐なさにより作戦失敗をより決定的にしてしまったという事実の認識でもあり、レギンデッツは己の失態に意気消沈していた。
とうに作戦の失敗など確定してはいたが、それでもその最後の引き金を自分自身が引いてしまった事に違いは無い。
自分が不用意な発言をしなければガトリンもわざわざ敵の提案に乗るような真似はしなくて済んだ筈だと、レギンデッツは己を責めていた。
『それを言うなら、ぼくが不用意に遺物を狙おうなんて言わなければ済んだ話だ。あの暴走の引き金は明らかに「遺物」を視認した事にあるようだし、一番の戦犯はぼくだと思うよ』
「いや、流石にありゃあ分かんねーだろ。オレだってあんな事になるなんて思わなかったんだしな」
『と、いう事でお互い様だよ。自分の失態を誤魔化すつもりはないし、レギーにも完全に非が無いワケじゃないけど、起きてしまった事を後悔するよりは
む、とレギンデッツはヨミの言葉に閉口する。
今は責任の所在を問うている場合でないのは、明らかだ。
異常事態は今尚進行中であり、あのアイドラを変貌させたククロセアトロの
現にレギンデッツは先程危地に陥ったばかりだし、あの悪趣味さから考えてどんな悍ましいものが飛び出して来るか分かったものではない。
故に今は隊長の交渉結果として派遣された遊真を信じ、自身の安全を
『ちなみに契約ではアレの排除完了を以て君を見逃す手筈になってるから、そこを動いたら駄目だよ。勝手に動いたら、契約違反になっちゃうからね』
「ま、マジかよ…………っ!?」
しかし、すぐにでも逃げられると考えていたレギンデッツはヨミの通告を受けて項垂れた。
あんな怖い想いをしたばかりなので一刻も早くこの場から立ち去りたかったのだが、そう旨くはいかないらしい。
つくづく、ツイてないと頭を抱えるレギンデッツであった。
「成る程。つまりその動くコアとやらを破壊しないと駄目って事か」
『そだよー。今こっちでも解析してるけど、そいつもあっちと同じみたい。確かに、内部を小さなトリオン反応が動き回ってる。虫みたいな動きで嫌だねー、これ』
遊真は宇佐美の報告を聞きながら、頷く。
現在、遊真は模倣躯体ラービットとの戦闘を繰り広げながらたった今本隊の方で得られた情報を共有していた。
致命傷を受けたアイドラが変貌した時点でおかしいと思っていたのだが、どうやらアレは正真正銘先程まで戦っていたアイドラとは別物の存在らしい。
コアさえ無事ならばボディは幾らでも代替可能な、瓦礫の集合体。
エネドラの
「…………!」
そうこうしている間にも、模倣躯体ラービットは攻撃を仕掛けて来た。
広げた両腕の内側に無数の突起が出現し、それが一斉に放たれる。
「
射出される、鏃の群れ。
その特性を聞いていた遊真は防御ではなく回避を選択し、加速台の印を使って上空へと跳び上がった。
あの射出される鏃はシールド穿孔能力を持っており、生半可な防御では上から削り殺される。
しかも一度直撃を受ければ、繋がっている糸によって牽引されてしまう。
加えて、先程のレギンデッツへの所業を見る限り、トリオンの吸収という能力まで備わっている様子だ。
この情報については迅が向こうから聞き出したものであり、遊真の推測が正しい事を裏付けて貰った形だ。
ガロプラの戦闘員が
故に推測として、先程模倣躯体ラービットにトリガーを奪われた際にトリオンも同時に奪われたのではないか、と当たりを付けたワケだ。
それこそ複数個のトリガースロットを纏めて使うような容量が必要となり、当然ながら発動に必要はトリオンがなくなれば使用出来ない。
通常はその前にトリオン漏出過多で作動するのだが、何かの誤作動が起きて起動をしないまま発動に必要なトリオンがなくなってしまうという事態も有り得るだろう。
何せ、向こうはこちらと違い脱出システムは開発して間もない筈だ。
予測不能な
だからこそ先程の模倣躯体ラービットによるレギンデッツへの攻撃は、トリガー剥奪の他にトリオンの吸収も兼ねていた、と見ていたのである。
宇佐美の言葉によってその推測が間違っていなかった事を知った遊真は、敵の攻撃は全て回避すると決めた。
(エネドラは、ククロセアトロはアフトクラトルの軍事機密を盗んだって言ってた。なら、その機密の内容が
先日、エネドラから聞いた話ではククロセアトロはアフトクラトルの軍事機密を盗み出し、それこそが侵攻の切っ掛けとなったのだという。
ならば、その盗み出した機密の中身がラービットの情報である可能性があった。
性能はともかく姿形はほぼ完全に近い形でラービットを模倣している事を考えると、この説はあながち間違いとも言えない筈だ。
ラービットは、アフトクラトルの次世代の主力とも言うべき最新鋭のトリオン兵だ。
トリオン兵は使い潰す前提の雑兵、という既成概念を打ち破り、単騎で敵の精鋭すら相手取れる厚い装甲を備えた高機能の機体。
以前の大規模侵攻では何とか対処する事が出来たが、それでも通常のトリオン兵とは比べ物にならない脅威である事は確かだ。
建造には莫大なコストが必要であるようだが、それも大国であるアフトクラトルであれば問題なく賄う事が出来る。
故にラービットはアフトクラトルにとって虎の子と言って良い代物であり、そんなものの情報を盗まれたとあれば殲滅に踏み切るのも無理はないだろう。
そこまでのリスクを負って得た情報を還元したと思われる目の前の個体を、侮る事など出来はしない。
全力で、屠る。
それが今の、遊真のやるべき役割なのだから。
「
遊真は射撃の印を使用し、無数の弾丸を模倣躯体ラービットに向かって射出する。
二重の印から放たれる夥しい数の弾丸は、回避する事を許さない。
『────────』
しかし模倣躯体ラービットは、背部及び腕部と一体化している
硬い剣竜の装甲が、遊真の攻撃を悉く弾いていく。
この模倣躯体ラービットは、他の個体と異なりレギンデッツのトリガーである剣竜を取り込んでいる。
その結果、他の個体にはない強靭な装甲を手にする事となったのだ。
模倣躯体ラービットの装甲は、基本的にオリジナルには遠く及ばない。
一点に硬度を集中して局所的に守りを固める事は出来るが、全方位攻撃に対しては脆弱性を見せる。
しかし、その弱点を自在に動かせる鎧である剣竜が補い、高い防御性能を獲得しているワケだ。
剣竜は使い手こそ未熟だが、その基礎性能はかなり高い。
黒トリガーである遊真の攻撃すら何とか耐えられる強度を持ち、更に自在に稼働させる事も可能。
特殊な能力は持たないとはいえ、硬く、鋭いという単純な強さでゴリ押す、ガトリンの
相手に相応の地力がある前提では、絡め手よりもこういった単純性能が強いトリガーの方が厄介な場合がある。
今回は奇しくも模倣躯体ラービットの性能と取り込んだトリガーの相性が補完し合う関係にあり、皮肉な事にレギンデッツよりも余程その能力を引き出していると言えた。
(問題は、移動する
加えて、敵のコアは常に移動している。
宇佐美の解析頼りで攻撃を仕掛けても、そこから攻撃の着弾までにタイムラグが存在し、その頃にはコアは移動済み、という可能性の方が高い。
こちらには菊地原や影浦のような、
主戦場から此処までは距離があるし、そもそも向こうは四体の模倣躯体ラービットを相手にしている真っ最中だ。
戦闘の中核である菊地原や影浦を引き抜く事など出来ないし、そもそも今から向かって貰っても相応に時間がかかるだろう。
流石にオペレーターを戦場に連れて来るワケにはいかないし、今すぐやられるという事はないだろうとは思えるが、それでも千日手になる可能性はあった。
遊真の黒トリガーの本質は他のトリガーの模倣であり、出力は相応のものだが一点特化型の他の黒トリガーと比べれば単体の火力は見劣りする。
全方位からあの剣竜を貫く程の攻撃が放てれば話は別だが、
更に模倣躯体ラービットは機動力も高い為、大人しく攻撃を受けてくれる保証はない。
ある程度の戦闘AIも搭載している様子であり、戦闘IQそのものも向こうの個体よりは高そうに思えた。
それはヨミが
問題はあくまでも、遊真単体ではこの強化された模倣躯体ラービットに対する
最大の難関である動くコアをどうにかする手段がない限り、千日手は必定。
時間をかければ援軍を貰える可能性も高まるが、今遊真は虎の子の黒トリガーを使用している。
誤魔化しは利くとはいえ、この姿を大勢に見られるのはあまり望ましくはない。
先程までいた緑川と黒江は、他の場所に移動させている。
幾らでも言い包めが効く緑川はともかく、黒江はこちらと親しくはないし、勘も鋭そうな様子だったのであまり今の遊真の戦っている姿を見られるのはよろしくない。
加えて黒トリガーを使っている遊真は出力が他者とは段違いであり、同じく接近戦特化型の緑川や黒江とは連携の相性があまり良くはない。
正確に言えば、遊真の側は合わせられるが緑川や黒江の方に難がある。
彼等は基本的に単独もしくは
気心の知れた相手であればともかく、遊真と親しくない黒江がいる現状では満足な連携が行えないどころか、黒トリガー故の大出力を持つ遊真の足枷になりかねない。
だからこそ緑川を「迅の命令」という言葉で言い包め、それに黒江も同行させたのである。
加えて言えば、迅の行った交渉の結果として今下で様子を伺っているレギンデッツは無事に帰還させなければならない。
曲がりなりにも侵攻して来た敵である彼を逃がすのは相当にグレーな行為であり、一般隊員である緑川や黒江にその光景を見られるのは少々都合が悪い。
簡単な説明こそ行ったが、遊真がレギンデッツを逃がす場面を目撃すれば彼等には報告義務が生じてしまう。
基本的に
たとえそれが建前だとしても、組織の方針としてそれを掲げる以上は体面を守る必要性が生まれるのだ。
また、「見なかった事にして」隠すのと、「そもそも現場を見ていない」のとでは雲泥の差がある。
シュレディンガーの猫と同じで、観測をしたかどうかはこの場合とても重要になって来るのだ。
緑川達が二宮のような火力を持っていればそれを呑んででも援護をして貰ったかもしれないが、残念ながら二人共本領はスピードを頼みとした機動戦であり、今この場で求められる能力ではない。
だからこそ二人には理由を付けて別所に向かって貰ったのであり、今この場にいるのは遊真一人。
自分で選択した事とはいえ、千日手が免れない相手への単独行に少々億劫になっているのは確かだった。
『────────ユーマ、到着したぞ』
「え…………?」
────────だが。
その声が届いた瞬間、遊真の眼の色は変わった。
もう、暫くは戦場で聞く事になるとは思わなかった相手の声。
それが聴こえた事で遊真は思わず振り向き、そして。
「レプリカ…………?」
────────そこに、レプリカの姿を見る。
突然の闖入者に驚く遊真に対し、レプリカは淡々と口を開いた。
『ああ、ジンの要請でな。特別に許可を貰って、援護にやって来た。リアルタイムでのオペレートが、必要なのだろう?』
「…………! ああ、よろしく頼む。相棒」
『無論だ。手早く片付けるとしよう』
レプリカの返答に、遊真の闘志が満ちていく。
もう滅多な事では叶わないと思っていた、長年の相棒との共闘。
それが彼の心に火を点け、気力を満ち溢れさせていった。