香取隊の狙撃手   作:デスイーター

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シロノイト⑦

 

 

「オラオラァ!」

 

 影浦が怒号をあげながらマンティスを振るい、模倣躯体ラービットへ斬り込んでいく。

 

 雨あられと弾丸が降り注ぐ中で平然と前へ出る影浦に対し、模倣躯体ラービットは碌な抵抗が出来ていない。

 

 これがオリジナルのラービットクラスの装甲があれば話は別だっただろうが、一時的にそれに肉薄する事は可能ではあるがあくまでも部分的なものであり、全体的な装甲強度は比べ物にならない。

 

 姿形こそラービットを模倣しているとはいえ、その性能は別物だ。

 

 指摘された通り糸で繋いだ張りぼて同然の生態をしている為、基本的には再結合前提────────────────即ち、壊れても修復すれば良いという設計思想なのである。

 

 斬られても撃たれても本体であるコアさえ無事であれば幾らでも再生可能という反則のような性質を備えている反面、基礎的な装甲強度自体は通常のトリオン兵に毛が生えた程度のものでしかない。

 

 部分的に装甲を強化する事こそ出来るものの、このような数に任せた包囲射撃に対しては脆弱性を露呈する。

 

 故にその場に固まって被弾範囲全体の装甲を強化し、耐え凌ぐ事しか出来ていなかった。

 

 ボーダー側は与り知らぬ事だが、模倣躯体ラービットは基本的に本体である機宿糸(パラシトス)が宿主としたトリオン兵を中心に構築された瓦礫の集合体だ。

 

 糸で補修すれば幾らでも手足の替えは利くのだが、その運動性能は宿主であるアイドラのものを流用している。

 

 糸での出力の補強は可能ではあるが、基本となる動きはアイドラのものを模倣(トレース)して使用しているのだ。

 

 アイドラは人型を模しているだけあって、カタログスペック的な運動性能そのものは高く応用性もある。

 

 だからこそ歪とはいえ人型に近いラービットの形状であってもその運動機能は有効に働き、機敏な動きが可能となっているワケだ。

 

 しかしその動きの模倣にもトリオンを消費しており、移動している最中は防御方面にトリオンを回し難くなる為に防御性能が低下するという難点を抱えていた。

 

 この仕様の為に模倣躯体ラービットは移動を諦めて身を固める他になく、そこへ斬り込んで来る影浦へは防戦一方となっていた。

 

 現在、二機目の模倣躯体ラービットが二宮と樹里の連携攻撃を受けている最中だ。

 

 一機目の末路を眼にしていたからか防御よりも回避に重点を置き機動力に任せて何とか凌いでいる様子だが、あの弾数相手ではそう長くは保たないだろう。

 

 二宮と樹里という二大トリオン強者の弾幕を相手にしているのだから、むしろ良く保っている方とすら言える。

 

 あの二機目が倒されれば次はこの弾幕を維持したまま三機目の殲滅に入る筈なので、そうなれば後は流れ作業だろう。

 

 二機目は弾幕による包囲網の完成前に辛くも逃げ出していたが、既にその道は断たれている。

 

 何せ、敵の数が減ったお陰で一機ごとに割り振れる弾の数が増えているのだ。

 

 二機目を逃がした時は四機が揃っていた為一体に集中出来る弾数にも制限があったが、その二機目を二宮達が相手している現在、残る二機に弾を集中出来るようになっている。

 

 あの二機目が倒されれば三機目を二宮達が相手取る事になり、そうなれば残るは一機。

 

 ハッキリ言ってその状態からこの包囲網を崩す隙など出来る筈もなく、後は作業のように駆逐するだけだろう。

 

 固めても倒し方が分からなければ千日手になっていただろうが、既に敵の絡繰りは看破し攻略の為の駒も揃っている。

 

 音で敵のコアの位置を把握出来る菊地原と、何故か敵の感情を受け取れるようになった影浦が揃った時点で、敵の詰みは最早確定していたと言える。

 

(ったく、なんなんだこの()()はよ。怒ってんのか悲しんでんのか敵意を向けてんのか、分かりゃあしねぇ。頭がおかしくなった奴の感情が、丁度こんな感じだがよ)

 

 そんな中で影浦は、何処か浮かない顔をしていた。

 

 それは彼にしか分からない、感覚の話。

 

 即ち、目の前の模倣躯体ラービットから向けられている()()についての疑念だった。

 

 通常、トリオン兵相手には影浦の副作用(サイドエフェクト)は機能しない。

 

 あくまでも彼の能力は相手の感情を受け取るものであり、機械仕掛けの人形であるトリオン兵からは受け取れる感情など存在しない為である。

 

 しかし、この相手は────────────────即ち、アイドラから模倣躯体ラービットに変わった瞬間から、妙な()()が目の前の敵から突き刺さるようになっていた。

 

 それは理不尽に対する怒りのようであり、己の境遇に対する悲哀のようでもあり。

 

 それでいて行き場の無い感情をぶつける敵意のようでもあり、とにかく落ち着きなく一定しない感情が影浦に────────────────否。

 

 己を取り巻く全てに、向けられていた。

 

 ハッキリと言える事は、この感情の()は目の前の影浦など見てはいないという事だ。

 

 ただ自分が思った事を垂れ流しているだけで、そもそもまともな思考力があるかどうかすら疑わしい。

 

 とにかく感情や思考が支離滅裂なのは伝わって来ており、廃人になった人間の感情はこんな感じか、と漠然と考えているが答えは出ない。

 

 自分でも何を考えているか把握出来ておらず、ひたすらに様々な感情を混乱と共に吐き出している。

 

 影浦は、そんな感想を抱いていた。

 

 ともあれ現在影浦に刺さっている感情が真っ当な状態の人間では有り得ない事は事実であり、少なくともこの感情(いし)の持ち主がまともではない事は確かだと言える。

 

(中に人でも入れられてんのか? いや、さっき旋空で斬られた時にも血が出たりはしなかったみてぇだしそれはねぇ筈だが)

 

 影浦自身も、どういう理屈で今このような感情が刺さっているかは分からない。

 

 ただ、漠然とした嫌な予感がしているのは事実である。

 

 これを突き詰めれば恐らく胸糞悪い何かを知る事になると、影浦の本能は警鐘を鳴らしていたのだから。

 

(余計な事を考えるのはヤメだ。敵は倒す。それでいいだろ)

 

 故に影浦は、深く考えない事に決めた。

 

 これを突き詰めても碌な事にはならないと、彼は判断したのである。

 

 今重要なのは、この得体の知れない敵を撃滅する事。

 

 それ以外は、全て些事だ。

 

 追及して解決するような問題であればともかく、これは恐らくそういう類ではない。

 

 知れば知るだけ後悔するような、どうしようもない何かである。

 

 だからこそ、今は敵の殲滅に全力を尽くす。

 

 それだけだ。

 

(あっちは空閑の野郎が相手をしている筈だが、どうなったんだ? 二宮の野郎が援軍を送らねぇって事は、どうにかなりそうって事だがよ)

 

 

 

 

『射』印(ボルト)

 

 遊真は射撃の印を使用し、無数の弾丸が模倣躯体ラービットを襲う。

 

 模倣躯体ラービットは剣竜を用いてその弾丸を防御し、弾いていく。

 

 この模倣躯体ラービットは向こうで影浦達が相手をしている個体と異なり、剣竜(テュガテール)を装備した事で防御面の脆弱性をある程度補完出来ている。

 

 剣竜の装甲はかなり強固であり、黒トリガーの遊真の射撃相手でも充分に盾として機能する。

 

 『射』印(ボルト)自体が単体ではそこまで威力は高くない事もあるが、それでも他の個体では防御に徹するしかない攻撃を凌げるのは破格と言えよう。

 

「────────」

 

 だがその反面、剣竜を装備している背面からは突起の射出攻撃が行えなくなっており、射程範囲は激減している。

 

 故に流れるように背後に回り込んだ遊真の動きに対応し切れず、行動が一歩遅れる。

 

 その間にも遊真は『射』印(ボルト)での射撃を継続しており、反撃の隙を許さない。

 

 こちらもまた、模倣躯体ラービット側の防戦一方となっていた。

 

『空閑、準備は出来たよ』

「了解」

 

 そんな中、修から通信が入る。

 

 それを聞いて笑みを浮かべた遊真は、次の行動へ移った。

 

『強』印(ブースト)────────二重(ダブル)

 

 剣竜を身体に巻き付け、防御姿勢を取っている模倣躯体ラービット相手に、遊真の強化された拳撃が炸裂する。

 

 その一撃で剣竜の鎧がひしゃげ、衝撃が伝播して模倣躯体ラービットは路地の向こうで吹き飛ばされる。

 

 如何に強固な剣竜(テュガテール)の装甲とはいえ、黒トリガーである遊真の二重印によって強化された拳撃の威力は殺し切れず、轟音と共に模倣躯体ラービットが路地の壁に叩きつけられた。

 

 遊真はそれを追うように大きく跳躍し、飛ばされた模倣躯体ラービットの背後に着地する。

 

『射』印(ボルト)『錨』印(アンカー)

 

 そして即座に、黒い弾丸を斉射した。

 

 複数の印を組み合わせた、複合印。

 

 それは本来多少のタイムラグが発生し、戦闘の際はその点が隙となる事もある。

 

 しかしそれはあくまでも、遊真単体で起動した場合の話だ。

 

 レプリカの補助を受けている今の遊真であれば、そのタイムラグを限りなくゼロに近付ける事が出来る。

 

 それだけレプリカの演算補助というのは優秀であり、遊真の黒トリガーの欠点である処理の煩雑さを補うにはベストな相方と言える。

 

 そして。

 

 この模倣躯体ラービットは、目の前に迫り来る弾丸の正体を知らない。

 

 それが、致命的となった。

 

『────────ッ!?』

 

 模倣躯体ラービットがこれまで通りその弾丸を剣竜で防御した瞬間、着弾した個所全てに重石が撃ち込まれた。

 

 その重石は一つにつき200㎏は存在し、それがかなりの数撃ち込まれた事で模倣躯体ラービットは行動不能に陥る。

 

 『錨』印(アンカー)鉛弾(レッドバレット)をコピーした印であり、その効果は対象への重石の付与だ。

 

 しかも黒トリガー故に出力は強化されており、その重量は通常の鉛弾の約二倍だ。

 

 とてもではないがこれを受けてまともに動く事なく出来る筈もなく、通常であれば此処までの数を撃ち込まれた時点で詰みだ。

 

『装着した装甲に許容不能の不具合発生を確認。装甲剥離(パージ)します』

 

 だが。

 

 それでも、白の異形は動く事を止めなかった。

 

 模倣躯体ラービットは重石が撃ち込まれた剣竜を破棄し、即座に跳び上がった。

 

 剣竜(テュガテール)はあくまでもレギンデッツから奪略し、纏った装甲に過ぎない。

 

 故に着脱は自由自在であり、そもそも模倣躯体ラービット側からの認識は有用であったから取得して使用していたに過ぎず、不要となれば廃棄する事に躊躇いなどない。

 

 この白い異形を構築している()は出力自体は相当に高く、重石を付けられた鎧という重量物を纏っていたとしても切り離しさえ出来てしまえば後は自力で脱出出来るだけの膂力を実現出来る。

 

 故に模倣躯体ラービットは剣竜の破棄後、即座に退避行動に移った。

 

 これまでの戦闘で目の前の相手に勝てない事は既に理解出来ており、これ以上の戦闘行動自体がリスクが高いと判断した為だ。

 

 あくまでも模倣躯体ラービットの目的は標的との()()であり、戦闘行為は必要に駆られてのものに過ぎない。

 

 だからこそ勝てないと分かれば逃げるのは当然であり、そして。

 

『────────ッ!?』

 

 ────────────────その程度の事を、遊真が理解していない筈もなかった。

 

 上に跳び上がった模倣躯体ラービットは、何かに弾かれるようにしてバランスを崩した。

 

 瞬間、白の異形のカメラアイが空中に張られている無数の()を視認する。

 

 ワイヤートリガー、スパイダー。

 

 それが、この場に張られている蜘蛛糸の名称だった。

 

 遊真はただ、闇雲に敵を此処に吹き飛ばしたのではない。

 

 修が仕掛けていた()に、敵を追い込む為の行動だったのだ。

 

 これまで遊真が『錨』印(アンカー)を使用しなかったのは、たった今行われたようにそうなれば模倣躯体ラービットが剣竜を捨てて逃げる事を推測していたからだ。

 

 剣竜はあくまでも後付けの装甲であり、不要となればいつでも捨てられるものに過ぎない。

 

 故に使えばまず決まる『錨』印(アンカー)の使用を控えて、修の準備が出来るまで待っていたのだ。

 

 当然ながら、修単体で模倣躯体ラービットに相対すれば瞬殺される。

 

 だからこそ遊真は機動力と『射』印(ボルト)による射撃での牽制で遅滞戦闘を行っており、修がワイヤー陣を組み上げるまでの時間を稼いでいたワケだ。

 

 相手に気付かれないように徐々に戦う場所を移していたのも、全てはこの為。

 

 この路地には至る所にワイヤーが張り巡らされており、巨体である模倣躯体ラービットが抜け出せる隙間は存在しない。

 

『射』印(ボルト)『錨』印(アンカー)

 

 そして、そこへ追撃の弾丸が叩き込まれる。

 

 今度は身代わりとなる鎧を纏っていない模倣躯体ラービットは崩れた体勢ではその攻撃を避け切れず、全弾を被弾。

 

 模倣躯体ラービットの全身に重石が出現し、重量で地に落下する。

 

 重い衝撃音と共に、模倣躯体ラービットの身体は地面に叩きつけられた。

 

 今度こそ、詰み。

 

 遊真は、そう考えた。

 

「…………!」

 

 だが。

 

 敵は、まだ行動を停止してはいなかった。

 

 模倣躯体ラービットは、全身に突起を展開した。

 

 身体は動かずとも、突起の射出だけであれば問題なく行える。

 

 既に射出の邪魔となっていた剣竜は破棄しており、文字通りの全身に生やした突起の鏃が一斉に射出された。

 

『鎖』印(チェイン)

 

 咄嗟に遊真は鎖の印を使用し、周囲の地面のコンクリートを持ち上げる形で防壁────────────────否。

 

 ()()()を形成し、遊真に着弾する軌道の鏃を滑り台の要領で別所に飛ばしてのけた。

 

 あの鏃はシールド穿孔能力を持っており生半可な防御が通用しない厄介な攻撃だが、こうして弾道を逸らしてしまえば問題ない。

 

 最後の足掻きには驚いたが、これで敵の手は凌ぎ切った。

 

 後はトドメを刺すだけだと、遊真は攻撃の準備に取り掛かった。

 

『…………ッ! ユーマ、()()! 敵の本体は、今上空へ射出した鏃の中にいるぞっ!』

「な…………っ!?」

 

 ────────だが。

 

 その認識こそが、誤りだった。

 

 下手にラービットを模しているから勘違いしそうになるが、あくまでもこの模倣躯体ラービットの本体は内部のコアである。

 

 まさかコアそのものを体外に射出出来るとは想定していなかった為、反応が一歩遅れたのだ。

 

『構築躯体を破棄。機動力を重視した臨時の躯体を生成し、対象へ接近します』

 

 鏃に紛れ、空中に脱出したコア────────────────小さな掌大の蜘蛛のような姿のそれは、地面に糸を伸ばし隠していたアイドラの残骸を牽引。

 

 それを纏い、組み替えていく。

 

 瞬く間に小型のラービットのような姿となった白の異形は、出力の全てを脚部に集中。

 

 驚異的な跳躍力を見せ、一直線に目的地へ向かって跳び上がった。

 

 狙いは、数十メートル先の建物の屋上。

 

 即ち、樹里と香取が布陣している場所であった。

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