香取隊の狙撃手   作:デスイーター

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晴れない曇天

 

『敵の完全沈黙が確認された。これで戦闘終了だ』

「了解。撤退の指示を出してよろしいでしょうか」

『ああ、構わない。ご苦労だったな』

 

 通信越しに忍田から労いの言葉をかけられ、「ありがとうございます」と二宮は頷いた。

 

 視線の先には、残骸と化した四機の模倣躯体ラービットの姿があった。

 

 四機全てがコアを破壊されており、もう動く事はないというのは菊地原のお墨付きだ。

 

 結局あの後は特筆すべき展開も起こらないまま、敵の全機殲滅で戦闘は終了した。

 

 向こうの戦闘も終結したと報告を受けているし、残るは後始末くらいだろう。

 

『トリオン兵のコアの残骸回収は、風間隊の二人に任せてくれ。二宮は悪いが、東がそちらに着くまで現場で待機して欲しい』

「了解しました。他に残すべき隊員はいるでしょうか?」

『いや、風間隊だけで構わない。幸いと言っていいか分からないが、敵のトリオン兵の残骸はその4体の周囲に集中している。コアの残骸さえ確保すれば、後は回収班でどうにかなるだろう』

 

 了解、と短く返事をして二宮は頷いた。

 

 どうにも自分達にコアの残骸に触らせないようにする指示は気にはなるが、それを考えるべき役目は己には無い。

 

 今は自分の役割をこなすだけだと割り切り、二宮は指示を出した。

 

「撤収だ。回収役の風間隊の二人を除き、他の面々は帰還だ。速やかに撤収しろ」

 

 

 

 

「…………うわ、何コレ」

「…………確かにこれは、他の者達には見せられないな…………」

 

 風間隊の二人はコアの回収に赴いた先で、あからさまに顔を顰めていた。

 

 彼等は遠征では汚れ仕事に近い事をやっており、戦場で近界民の遺体からトリガーを拝借するような任務もこなしている為、ある程度そういうものには耐性が出来ている。

 

 その彼等をしても、目の前の光景は顔を顰めるも無理は無いものだった。

 

 コアのあった場所、即ちトリオン兵の残骸の中心に転がっていたのは一つの()だった。

 

 それは無機質な硝子のケースに収められており、中には緑色の液体が満たされている。

 

 そして何故かコアであった子蜘蛛の姿をした寄生型トリオン兵、アラフニの姿は見当たらず、どう考えてもコアの形状より大きな脳髄だけがそこに鎮座している。

 

 トリオン兵は人間が換装する戦闘体と異なり、機能停止後も残骸としてその場に残る。

 

 にも関わらず例の寄生型トリオン兵の姿が見当たらないのは、明らかにおかしい。

 

 幾らサイズが小さくとも、破片も見つからないのは明確な異常だ。

 

「とにかく、他の面々の帰還を待って回収するぞ。流石にこれは、刺激が強過ぎる」

「了解。確かにこれ、ぼく等じゃなきゃ吐くよね」

 

 その時点である程度この敵の絡繰りに推察が出来てしまった歌川は菊地原に指示を出しつつ、撤収していく者達がコアの正体に気付かないよう周囲を警戒し始めた。

 

 流石にこれは、他の隊員の耳目に晒すのは刺激が強過ぎる。

 

 劇物が人目に触れないよう、歌川達は撤退が完了してからコアの移送を実行する事に決めた。

 

 二人のただならぬ様子に気付いた者もいたが、そこは影浦が早く帰るよう促し、事なきを得た。

 

 彼もまた、己の副作用(サイドエフェクト)がこのトリオン兵に反応した、という事実から想像を巡らせていたのだろう。

 

 これの正体に関する推察は、胸糞悪い結果しか齎さないであろうと。

 

 彼なりに、気を遣ったのである。

 

 そんな影浦のフォローもあり、ボーダー隊員の面々は速やかに撤収を完了させていったのだった。

 

 

 

 

「レギー、迎えに来たよ」

「やっとかよ。ったく、ヒデェ目に遭ったぜ」

 

 一方、戦闘が終了した事でレギンデッツは遠征艇から(ゲート)を開いたコスケロの到来を眼にして安堵していた。

 

 ボーダーとの契約は、暴走したトリオン兵の鎮圧が完了するまでだ。

 

 それが成された以上、レギンデッツがこの場に留まる必要性は最早ない。

 

 ガロプラ側としてもククロセアトロに関連すると思われるトリオン兵が暴れている傍では流石に迂闊に(ゲート)を開く事は出来なかったが、今はその心配はない。

 

 懸念事項がなくなった以上、早急の撤収が必要と考えてこうして迎えが出て来たワケだ。

 

「結果的にレギーにばっか負担をかけちゃったみたいだね。それはすまないと思ってるよ」

「全くだぜ。もうこんなのコリゴリだし、さっさと帰────────」

「あ、いたいた。ちょっと待って貰える?」

「げ」

 

 レギンデッツが文句を垂れつつも帰還しようとした矢先、先程聞いたばかりの声がして振り向いた。

 

 そこには、先程自分を助けてくれた相手────────────────推定玄界の黒トリガー使いの少年、遊真が立っていた。

 

 まさか矢張り自分を捕らえに来たのか、と警戒するレギンデッツだが、どうにも遊真の側に敵意が感じられない。

 

 どころか、ニコリと笑いながら紙片を差し出して来た。

 

「迅さんからの言伝でね。これを渡すように頼まれてるんだ。受け取ってくれる?」

「あ、えーと」

「レギー、受け取って。多分それも、契約の範疇だと思う」

「わ、分かった」

 

 敵兵からの物の受け取りに躊躇するレギンデッツをコスケロがフォローし、二人は遊真から差し出された紙片を受け取った。

 

 コスケロとしては此処で変に拗れて戦闘続行される可能性は万が一にも潰しておきたい為、当然の配慮である。

 

 どうやら何かが書かれたメモのようだが、どう考えても自分達宛てではなく隊長宛てだろう。

 

 向こうでどういった取引が交わされたかは分からないが、レギンデッツは自分が勝手に見て良いものでもないだろうと考えてさっさと懐に仕舞い込んだ。

 

 それを見て遊真は頷き、背を向ける。

 

「じゃあ、契約の事は忘れないで、って伝えてね。向こうでも念押ししてると思うけど、破らない方が色々都合が良いと思うから」

 

 

 

 

「うちの隊員の撤収が無事完了した。礼を言う」

「契約を果たしただけだよ。情報も貰えたし、今はこれで充分かな」

 

 地下格納庫前。

 

 そこでは戦闘を休止したガトリンと迅が向かい合い、言葉を交わしていた。

 

 休戦したとはいえ、流石に最重要セクションである遠征艇の前で近界民を野放しにするワケにはいかない。

 

 ほぼ無力化には成功しているが、それでも隠し玉がないとは限らない以上人員を排する事が出来ず、こうして迅を始めとした面々は残っている。

 

 太刀川や風間は遠征艇の格納庫の壁の前でこちらの様子を伺っており、何かあれば即座に動ける体勢で待機している。

 

 小南と烏丸は出入り口を固めており、こちらは逃亡阻止の為だ。

 

 つい先ほどまで敵対していた相手なのだから、この対応も当然と言える。

 

 それに関してはガトリン達に否やはなく、むしろ当然の処置だと考えていた。

 

 契約は交わしたが、現状それは口約束に等しい。

 

 ガトリン達の本来の任務を考えれば、隙を突いて遠征艇破壊を目論むのも確かに道の一つではあるのだ。

 

 どうやった所で隙を突ける想定が出来ない以上、机上の空論ではあるのだが。

 

 それだけの凄みを、ガトリンは目の前に立つ迅から感じていた。

 

 自分達の策の悉くが先回りされているかのように対処され、彼が来てからの戦闘は一方的な蹂躙に等しかった。

 

 それを成し遂げた彼の言葉に逆らう事が、どうして出来よう。

 

 此処で迅に歯向かうのは得策ではないと考えるくらいには、ガトリンは彼の存在を脅威に感じていたのだった。

 

「向こうの撤収した人員に、メモを持たせてある。()()について話し合いたいから、その相談かな。今は他の人の眼もあるし、落ち着ける場所でじっくり話し合いたいんだ。もう、トリオン切れで強制撤退でしょ?」

「…………そうだな。そろそろ、限界のようだ。その内容については、帰ってから拝見させて貰う。そちらの誠意には、可能な限り応えるつもりだ」

「ありがとう。それじゃあ、よろしく頼むよ」

 

 ニコリと笑う迅の前で、ガトリンとラタリコフの二人は傷口からのトリオン漏出過多によって戦闘体が崩壊。

 

 黒い光と共に、その姿を消していった。

 

 戦闘が休止される前に、二人は充分過ぎる程のダメージを受けていた。

 

 その状態で迅達が敢えて遅滞戦闘を続けていた事もあって、いい加減トリオン漏出が深刻になり、結果としてこうして戦闘体が限界を迎えたワケである。

 

 最低限今知るべき情報は先程までの話し合いの中で取得していたが、迅が考える「詳しい話」をする為にはどう考えても時間が足りない。

 

 故に今は帰還させ、後程話し合いの場を設ける事にしたのである。

 

 こうすれば相手は話し合い(それ)に乗って来ると、迅の未来視には視えている。

 

 だからこそ、今はこれで良い。

 

 迅は、そう判断したワケだ。

 

(さて、()()()()()()()最悪の未来は一先ずなくなったけど、これはこれで厄介な事になったな。充分保険はかけたつもりだったけど、甘かったか)

 

 内心で、迅は舌打ちしていた。

 

 確かに、最悪のケースであった「基地の付近での()()()()()暴走」の未来はなくなった。

 

 しかし、それは懸念が全て取り除かれた事とイコールではない。

 

 今夜、近日中に異変が起こる事がない事自体は確定したが、それでも。

 

 迅の未来視()には、見逃せない光景が映り込んでいた。

 

 彼の未来視は、実現の可能性が高い未来であれば遠い先の事であってもその映像が映し出される。

 

 迅の感覚からして今視えている光景は直近に起きるものではないが、少なくとも年単位で遠い未来には思えなかった。

 

(数ヵ月以内────────────────いや、これは数週間以内かな。とにかく、そのくらいの間隔で起こりそうな感じだ。猶予期間(インターバル)は貰えたようだけど、警戒は解けないね)

 

 迅は浮かない表情で天井を、その先の地上に想いを馳せながらため息を吐く。

 

 その顔には、罪悪感のようなものが浮かんでいた。

 

(ごめんね、佐鳥。おれはまた、君の信頼を仇で返す事になりそうだよ)

 

 

 

 

「ごめん、撃ち漏らしてそっちに行かせちゃった。大丈夫か?」

「…………空閑か。ひとまずはね。念の為、開発室に連れて行って様子を見て貰うつもりだけど」

 

 香取は屋上へやって来た遊真の謝罪を聞きながら、難しい顔でそう返した。

 

 今は樹里の様子も落ち着いているように見えるが、先程糸を撃ち込まれた時の苦しそうな顔は忘れていない。

 

 護衛を任されておきながら樹里を守り切れなかった事に何も感じていないと言えば嘘になるが、それは自分も同罪だと香取は考えている。

 

 少なくともあの瞬間、敵を倒したと油断して最後の一撃を許したのは明確に自分の過失だろうと判断している。

 

 遊真やヒュースは、きっちりと自分の役割を果たしていた。

 

 自分もそのつもりではあったが、あの時勝ったと思い心の隙が生まれていた事は否定出来ない。

 

 そんな自分を差し置いて仕事をしてくれていた遊真を責め立てるような真似は、香取のプライドが許さなかった。

 

 以前の香取であれば何の思慮もなく追及を始めたかもしれないが、樹里とのあれこれを経て冷静に自分を客観視出来るようになった今の彼女はそこまで短慮ではない。

 

 それに今は一刻も早く樹里に異常がないか調べて欲しいというのが本音であり、此処で時間を無駄にしたくなかったという事情もある。

 

 そんなこんなで香取は自身の憤慨を押し殺し、大人の対応を取ったというワケである。

 

「そういえば、ヒュースってのも来てるのよね。あいつ、まだ入隊前だった筈だけど」

「城戸司令に許可は取ってるよ。まあ、他の人に姿を見られちゃいけない、って制限はかけられてるけどね」

「そう。ま、どうでもいいか」

 

 香取は先程、敵のトリオン兵に撃ち込まれる黒い磁力片────────────────即ち、蝶の盾(ランビリス)の攻撃を見ている。

 

 先の大規模侵攻で直接ヒュースと交戦した香取達には、あの光景を見るだけで彼がこの近くにいる事はすぐに気付いた。

 

 逆に言えばヒュースが近界のトリガーを使った所は自分達しか見ていない為、他の隊員があの光景を見ていてもその使用者の素性に気付く事はなかっただろう。

 

 それらも込みで出撃の許可を下したのだろうと、香取は納得していた。

 

 ヒュースについて口外禁止を契約した以上、今更追及を行う気はない。

 

 それよりも今は幼馴染の容態の方が余程重要であり、それ以外は些事と言えた。

 

「じゃあ、アタシ達は撤収するわ。アンタ等は?」

「ヒュースは修と一緒に撤収してる最中だ。おれはコアの回収を頼まれたから、それが終わったら帰還するよ」

「そ。じゃあね」

 

 香取はそう言って、樹里を腰抱きにして跳躍。

 

 一息でビルから跳び上がり、ボーダー本部に向かって去って行った。

 

 その後姿を見ながら、遊真はふぅ、とため息を吐く。

 

「…………ククロセアトロ、か。これは、どうやら本格的に警戒した方が良いよね。あんな、悪趣味なコア作成(まね)をするくらいだしね」

 

 

 

 

「うわ、これって…………」

「成る程、ククロセアトロ(れんちゅう)らしい悪趣味さだ。反吐が出るな」

 

 修はヒュースと共に、アラフニの残骸の墜落場所に立っていた。

 

 コアの回収を頼まれたのは遊真だが、それまでこの場を誰も見ていないのは都合が悪いという事で、同じく近界民である程度ショッキングな光景にも耐性があるヒュースに白羽の矢が立ったというワケだ。

 

 その前に遊真は機能停止の確認の為にこの場を訪れており、コアの()()────────────────即ち、硝子に収められた脳髄を見ている。

 

 流石の遊真もこのような光景は初めてであったらしく顔を顰めたが、護衛を任されたのに守り切れなかったのは事実なので一言謝罪はしなければならないと、この場をヒュース達に任せて香取の下に向かったのだ。

 

 ヒュースは入隊前である以上待遇としては捕虜である為、その彼に敵のトリオン兵のコアの回収という任務を任せるワケにはいかない。

 

 コアの解析をするには本部の開発室に持ち込む他なく、未だ本部へ表立って出入りの出来ないヒュースにその仕事は務まらない。

 

 なので監視役の修と共に、こうして現場維持を任されているワケだ。

 

 城戸の出した条件の中に、基本的にヒュースは修もしくは遊真の眼の届く場所にいるという内容があった。

 

 その為監視役を任された修も同道し、結果として同じ光景を眼にしている。

 

 なお、表面上驚いているが修に関しては今更この程度で揺らぐとは誰も思っていないので、黙認された形である。

 

 戦闘能力は最弱に近いとはいえ、精神力(メンタル)の強さだけは化け物じみているとお墨付きのある修だ。

 

 驚いてはいても早速脳内で考察を始めているあたり、心配の必要はないように思えた。

 

「ヒュースも、ククロセアトロに攻め込んだ時にいたんだよね。エネドラから聞いたけど」

「それを聞いているという事は、矢張りこちらの世界に「遺物」があるようだな。そうでなければ、あんな外道共の話に興味を持つとは思えん」

「外道、か。確かに聞いただけでも碌でもない手合いなのは分かるけど、ヒュースがそこまで言うなんてよっぽどだね」

 

 ああ、とヒュースは頷き激しい嫌悪の表情を浮かべた顔で目の前の脳髄を見据える。

 

「────────あれらは最早、ヒトとは呼べない。姿形が同じだけの、理解出来ない害虫の群れだからな」

 

 そう吐き捨てるヒュースを見て、修は妙な予感を覚えた。

 

 まだ、何も終わってはいない。

 

 そんな根拠のない考えが、修の中には渦巻いていた。

 

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