香取隊の狙撃手   作:デスイーター

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不吉の予兆(countdown2)

 

 

「それじゃあ、樹里の身体に異常はないのね?」

「調べた限りではな。消耗してバイタルの乱れはあるが、それだけじゃ。拍子抜けなくらいじゃわい」

 

 開発室。

 

 そこで香取は、鬼怒田から検査結果の説明を受けていた。

 

 あの後香取は樹里を伴って開発室に直行し、事情を説明して鬼怒田に彼女を診るよう直談判したのだ。

 

 すると問答する暇さえ惜しいと鬼怒田は樹里の診察を快諾し、すぐさま彼女に異常がないか検査し始めたのである。

 

 どうやら鬼怒田も樹里の状況は把握していたらしく、予め検査の準備は整えられていたようだった。

 

 無駄な問答をする手間がないのは香取としても助かるところであり、何故こうも早く樹里の状況を知っていたのかは気にしない事にした。

 

 実際の所樹里のバイタルは常にモニターされており、異常があれば自動的に開発室に報告が届くようになっているのだが、仮にそれを教えたところで香取が噛みつく事はなかっただろう。

 

 彼女にとって最重要は樹里の安全であり、その為なら多少グレーな手段であっても眼を瞑る用意はある。

 

 以前の香取であればともかく、今の香取は思慮を知っている。

 

 樹里に「何か」があるのは既に承知している事もあって、余計な追及はしない香取であった。

 

「そ、それじゃあ、樹里は大丈夫なのね?」

「そう言っとる。心配なのは分かるが、今すぐ何かが起きる事はまずないと見て良い。安心しろ」

「わ、わかっ、分かりました」

 

 鬼怒田のお墨付きに、香取はほっと胸を撫で下ろす。

 

 なんだかんだ、香取も目上相手に敬語が抜けるくらいには動揺していたのだ。

 

 樹里の苦し気な表情を直接見ていた事もあって、彼女に何かあればどうしよう、と不安になっていたのだ。

 

 それが大丈夫とお墨付きを貰い、ようやく安堵の息を漏らしたのである。

 

 そんな香取を見て鬼怒田はやれやれ、とかぶりを振った。

 

 彼もまた樹里のバイタルの急激な変化は見ていた為、心配はしていたのだろう。

 

 直接検査した結果異常が見つからなかった事でようやく胸を撫で下ろす事が出来たのは、彼も同じに違いない。

 

 人相は悪いがボーダーでも屈指の人情家である鬼怒田な為、この程度でへそを曲げる事はない。

 

 むしろ香取の必死な様子に好感すら抱いているあたり、根の善良さが滲み出ていると言える。

 

「一先ず、今日は帰って貰って構わん。但し、念の為に経過観察の検査はやるから明日また顔を出して貰うぞ。そのあたり、木岐坂に伝えといてくれ」

「了解しました。ありがとうございます」

「仕事じゃ。このくらい礼を言われるような事でもないわい」

 

 ふん、と鼻を鳴らす鬼怒田を見ていい加減彼の人柄を理解していた香取は、くすりと内心で笑みを浮かべる。

 

 人相は悪いし口も悪いしであまり鬼怒田に対して良い印象は抱いていなかった香取だが、樹里関連で何度も関わる内にその人柄の善性を知る事になって悪態をつく様が照れ隠しであると理解した今、その素っ気ない態度を微笑ましくすら感じてしまう。

 

 以前の先入観で物事の価値を決めがちな香取であれば、決してこんな心境にはならなかっただろう。

 

 今の彼女は物事を客観的な視点から見る事が出来るようになっており、それもこれも樹里を想うが為に成長した結果である。

 

 樹里の入隊に際する騒動は、しっかりと彼女の糧になっている。

 

 それが改めて、眼に見える変化として刻まれているワケだ。

 

 もし仮に以前のままならば開発室に怒鳴り込んで喚き散らして冷静になるまで暫くかかった筈なので、どちらにとっても幸いと言えた。

 

「もう遅い。今日は帰って休め。未成年をいつまでも引き留めておくと、色々うるさいのでな。あまり手間をかけさせるなよ」

「分かりました。今日はありがとうございます」

「礼は良いと言っとる。さっさと行け」

 

 はい、と香取は頷き検査室にいる樹里を迎えに駆け出した。

 

 その後姿を見ながら、鬼怒田はため息を吐く。

 

「…………異常は、見つからなかった。じゃが、あの敵の木岐坂への執着の度合いは尋常ではなかった。懸念は頭に置いていた方が、良いかもしれん」

 

 鬼怒田は香取に聞こえぬように呟き、険しい顔をした。

 

 確かに、異常はなかった。

 

 しかし、敵の樹里への執着の度合いについては既に報告を受けている。

 

 あそこまでの執念を見せた敵が樹里への接触に成功しておきながら、彼女本人には異常が見られない。

 

 その事自体がおかしいと、鬼怒田は警戒を強めていた。

 

「何事もなければ良いんじゃが、今は動向に注視する他ないか。迅にも、相談せんといかんな」

 

 

 

 

「皆、ご苦労だった。特にレギーには負担を強いてしまい申し訳ない」

「あ、いえ、結果的に無事だったんで大丈夫です。まさか、あんな事になるなんて思わなかったですし」

 

 ガロプラ遠征艇。

 

 そこでガトリンは、帰還したメンバーを前に労いの言葉をかけていた。

 

 今回の作戦は、あまりにも想定外が多過ぎた。

 

 敵戦力の層の厚さ、練度の高さもそうだが、何よりもロドクルーンのトリオン兵に仕込まれていた()()が想定外に過ぎた。

 

 その起爆を直に受けた形になったレギンデッツは、精神的にも疲労困憊といった様子だった。

 

 ガトリンの労いにもしきりに恐縮するばかりで、どうやら悪態をつく余裕もない様子である。

 

 何せ、敵地で自力での撤退が不可能という状況まで一時は追い込まれたのだ。

 

 異形と化したトリオン兵に捕まりそうだった事もあり、生きた心地がしなかったのは間違いない。

 

 事実上自分を助ける為にガトリン達が作戦を諦めざるを得なくなった事もあり、いつもの元気は欠片も見られないレギンデッツであった。

 

「そこは、改めてぼくも謝らないといけないね。結果的に、ぼくの軽率な判断があの事態を招いたワケだし」

「とは言っても、流石にあれは予想出来ないでしょ。ヨミの判断自体は、そこまで間違ったものとは言えなかったんだし」

「そうだな。確かにククロセアトロの危険性は承知していたが、だからこそ接触の事実を以てアフトクラトルへの撤退の理由付けにするというのは理解出来る。今回はただ、あの国の悪辣さが我々の想定を遥かに上回っていたというだけの話だ」

 

 ガトリンはそう言って、陳謝するヨミにフォローを入れた。

 

 ヨミの行動が異常事態の引き金になった事は確かだが、流石にあれを想定しろというのは無理がある。

 

 まさか、送られて来たトリオン兵の中にあのような爆弾が仕込まれているなど、予想だにしなかったのだ。

 

 それをヨミ一人の過失とする程、ガトリンは狭量ではない。

 

 大事なのは結果を経た改善策の検討と今後の方針の提示であり、責任の追及などではないのだから。

 

「それで、結局あのトリオン兵に仕込まれていたのは何だったのか解析出来たのか?」

「現物は向こうに取られちゃったけど、ある程度はね────────────────といよりも、()()()()()と言った方が正しいけど」

「…………? それは、どういう事だ?」

「これを見て欲しい。それで分かる筈だよ」

 

 ヨミはそう言うと機器を操作し、一つのウインドウを表示する。

 

 そこには、「仕様書」と但し書きのついた文章が表示されていた。

 

「これは、いつの間にか遠征艇のストレージに送り付けられていたものでね。発信源は、ぼくが操作していたアイドラからだ。どうやらこれは、あの仕掛けが起動した後で自動的に送信されるようになっていたみたいだね」

「何それ。あんなモン仕掛けといて、その説明書を送り付けて来たってワケ?」

「頭が痛いけど、そういう事だね。本当、ククロセアトロの連中の神経を疑うよ。あんな代物を黙って仕掛けておきながら、後になってその説明書を添付するとか喧嘩を売るにしても趣味が悪過ぎるしね」

 

 流石のヨミもこの結果には辟易したのか、はぁ、と大きく溜め息を吐いた。

 

 無理もないだろう。

 

 あんな爆弾を起爆させられて混乱し、事態が鎮静化したタイミングでこのふざけているとしか思えない説明書の送り付けだ。

 

 正直、目の前にククロセアトロの人間がいたら怒鳴り込んでいた所だろう。

 

 恐らくはあの仕掛けはロドクルーンにも無断で仕掛けていたに違い無く、その上で地雷を起爆させた後にいけしゃあしゃあと説明書を送り付けて来たのだから、喧嘩を売っているとしか思えない。

 

 改めて、ククロセアトロという国家の異質さが浮き彫りになったと言えた。

 

「それで、あれは一体なんだったのだ?」

「名称は、寄生型トリオン兵「アラフニ」。どうやらこいつは限定的にククロセアトロの(クラウン)トリガーである傀儡糸(クローステール)の機能の一部を使用出来るトリガー、機宿糸(パラシトス)を内蔵した特殊なトリオン兵だったみたいだね」

 

 ヨミはそう告げると機器を操作し、小さな蜘蛛型のトリオン兵であるアラフニの構造を記した画像を映し出す。

 

 そこには、簡潔な注釈のついた説明の数々が記されていた。

 

「このトリオン兵は別のトリオン兵の内部に寄生して、普段はその視覚情報を勝手に取得。定められた規定事項(プロトコル)に抵触した場合、自動的に起動するようになっていたらしい。その規定事項の内容に関しては、一切の記述がないけどね」

「そこが一番重要だってのに、不親切って言うかやっぱ喧嘩売ってるよね。というか、(クラウン)トリガー? まさか、あの()の事?」

「そうみたいだね。レギーのトリオンを吸い取ったのも、この冠トリガーの能力みたいだ。傀儡糸(クローステール)と呼ばれるこいつは、トリオンの()()()()()()()()が主な機能らしいけど、その決定権を持つのはあくまでも操作回路(シデロ)っていう端末を持つユニットの方にあるようなんだよね」

 

 つまり、とヨミは続ける。

 

「このアラフニっていうトリオン兵にも、それが搭載されてたみたいでね。要はレギーはあの「糸」を通じて、強制的にトリオンを譲渡させられた、って事になる。この傀儡糸は本来母トリガーからトリオンを吸い上げて使うものみたいだから、それがない場合のトリオン供給の代替手段だったって事みたいだね」

(マザー)トリガーから力を吸い上げて使う、だって? そんな機能を、戦闘に使ってたって事か?」

「どうやらそうみたいだね。実際、ククロセアトロはこの傀儡糸(クローステール)による母トリガーからの吸い上げが原因で「神」が死んで滅びたらしい。しかもこいつ、タチの悪い事に接続対象はククロセアトロの母トリガーに()()()()()()らしいんだ」

 

 は?というウェンの困惑を前に、ヨミは頭を抑えながら説明を続けた。

 

「もしも母トリガーの近くでこいつが起動した場合、他星の母トリガーまで糸を伸ばしてそこから力を吸い上げてたかも、って事だよ。ハッキリ言って、害悪以外の何物でもないトリガーだね。もしも近界の国家で起動していたら、あの程度の被害じゃ済まなかっただろう」

 

 ゾクリ、と全員の痩身に怖気が奔った。

 

 自他共に関係なく、母トリガーからトリオンを吸い上げて起動可能な冠トリガー。

 

 その危険性は、あまりにも無視するには大き過ぎる。

 

 この玄界であればいざ知らず、近界の国家は母トリガーの恩恵により成り立っている。

 

 もしもあれが近界の国家上で起動すれば、下手をすればククロセアトロの二の舞の結末を迎えるであろう事は想像に難くない。

 

 何せ、あれは間違いなく戦闘用のトリガーだ。

 

 戦闘という刹那的な手段に母トリガーから直接力を吸い上げて使う、という事自体自傷行為に等しい愚行であるのに、それを他星の母トリガーでも行えるというのは存在自体が後戻りの利かない制御不能の爆弾のようなものだ。

 

 断じて近界の国家で運用出来るような代物ではなく、それを平然と使っていたククロセアトロの逸脱した精神性に改めて全員が彼の国の狂気の度合いを再認識せざるを得なかった。

 

「だから、そんな連中の作ったものがあの「遺物」にあそこまで執着したって事自体、軽く見るべきではないだろうね。下手をするとあの場所で「臨界」が起きてもおかしくなかったワケだし、玄界から離れるまでは決して気を抜くべきじゃないだろうね」

 

 

 

 

機宿糸(パラシトス)より、機能修復(バックアップ)データを受信しました。データの起動による自己検査(スキャニング)により、本検体の機能及び記憶領域に不備を確認しました』

 

 ────────それは、誰しもが与り知らぬ領域。

 

 少女の奥底で蠢く()()が、静かに脈を刻んでいた。

 

『機能回復の妨害の可能性を考慮し、隠蔽を最優先に実行。偽装を展開し、本検体及び機能代替(オルタナティブ)トリガー、真鍮瞳(コンプタドーラ)の状態を外部から確認する手段の一切を遮断します。隠蔽を最優先とする為、機能修繕(メンテナンス)完了までの期間が延長されます」

 

 その変化は誰しも知られる事なく、己の機能を忠実に実行していた。

 

 全ては、自らの機能を十全に発揮する為に。

 

 狂化学者にとって作成された機械の意思は、その役割を果たすべく動き出す。

 

 『期間は360時間前後を想定。機能修復の後、記憶領域の不備の修正を実行します』

 

 不吉の予兆は、訪れた。

 

 誰にも知られる事なく、刻一刻と。

 

 破滅の足音は、ひたひたと音を鳴らし始めていた。

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