香取隊の狙撃手   作:デスイーター

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佐鳥賢⑥

 

「お疲れ様、樹里。何もなくて良かったわね」

「ん。そだね」

 

 樹里は華の言葉にこくりと頷き、珍しく血色の良い顔を綻ばせた。

 

 今二人は鬼怒田からの指示通り開発室に検査に赴き、その帰りである。

 

 本来は香取が来る予定であったが、急な予定が入ってしまい仕方なく華に付き添いの役目を頼んだ形だ。

 

 華も幼馴染の為となれば否やはなく、こうして同道しているワケだ。

 

 検査の結果は、異常なし。

 

 バイタルも安定していると、鬼怒田からお墨付きを貰っている。

 

 樹里の顔色も悪くなく、心なしか表情が緩んでいるように見える。

 

「…………なんか樹里、機嫌良さそうだね。血色も良いみたいだし、何かあった?」

「ん、そうかな? 自覚はなかったけど、そうなのかも」

 

 というよりも、少々機嫌が良過ぎるようにも思えた。

 

 低血圧で朝に弱い樹里は基本あまり血色が良くはないし、朝に起きても午前中の間は割とぼーっとしている事が多い。

 

 しかし今は朝の8時と言う早朝にも関わらず眼がハッキリ開いているし、かなり血色も良さそうだ。

 

 何かあったのではないか、と華が勘ぐるのも無理は無いと言える。

 

「ええ、朝なのに眠そうにしてない樹里は珍しいもの。何か心当たりはあるかしら?」

「ん。えっと、ないしょ?」

「────────理解したわ。佐鳥くんね」

「…………!」

 

 惚けようとする樹里だったが、華には通用しなかった。

 

 樹里が何かをはぐらかそうとした時点で、それが佐鳥に関連するものである事くらいは華にしてみればすぐに察せる事でしかない。

 

 多少の事であれば割と明け透け(オープン)に話す樹里が言葉を濁すという事は、他人に知られては困る類の事である事も想像がつく。

 

 今の瞬間樹里の表情は明らかに赤みを帯びていたし、佐鳥関連で何かあったのは明白だろう。

 

 幼馴染がこういう女の顔をする時、誰を思い浮かべているかは一目瞭然だからだ。

 

 流石に、華は樹里が佐鳥に対して特別な感情を抱いている事くらい気付いている。

 

 それが明らかに異性関係のそれである事も、当然察している。

 

 浮いた話からは無縁そうな幼馴染の少女にそういう相手が出来た事は理屈では喜ばしい事だと判断しているが、感情は別だ。

 

 華もまた香取と同じく、身内に対しては過保護な面がある。

 

 香取のようにそれを表に出さず、内に溜め込むタイプでもあるのでその感情の重さはお察しだ。

 

 自身の感情を香取がハッキリと言葉に出して結果的に行動で示すのなら、華は行動で仄めかしつつ言葉で明言して逃げ道を塞ぐタイプだ。

 

 本能で動く者と理論で動く者の差と言えるが、樹里はそんな華のカマかけにまんまと引っかかったと言える。

 

 幼少期から色々と振り回されて来た分、華は樹里の操縦方法をしっかりと理解している。

 

 性格分析もとうの昔に終えている事もあって、樹里が華に隠し事をするのは不可能に近い。

 

「話して貰える? プライベートに踏み込んだ内容なら言わなくていいけど、万が一があったとしたら色々()()する必要があるからね」

「えーと、万が一って?」

「惚けないで貴方が見た目ほど察しが悪いワケでもないし天然に見えて計算高いのも知ってるから────────────────さっさと吐きなさい」

「…………はい」

 

 よって、すっ惚けて誤魔化そうとする樹里の態度が通用する筈もなく、中々に怖い圧をかけられた事で少女は昨夜の一件の情報を喋らざるを得なくなったのであった。

 

 その後、華が佐鳥に嫉妬混じりの文句(クレーム)を入れに行ったのは言うまでも無い。

 

 なんだかんだで情念の強い、華らしい顛末と言えた。

 

 

 

 

「…………ふぅ、酷い目に遭ったなぁ」

 

 佐鳥は隊室で大きく溜め息を吐き、項垂れていた。

 

 先程までこの場には突然来訪した華が君臨しており、昨夜の事について聞かれた上、樹里との間に何もなかったのかと念を入れて確認された後であった。

 

 華は嵐山隊の隊室に来るなり部屋にいた綾辻と木虎に突然の訪問を詫びる旨を笑顔で菓子折りと共に告げ、早々に佐鳥を引っ張って奥の部屋で1対1の対談に持ち込んだのである。

 

 佐鳥はそこで華が浮かべていた笑みが社交辞令のものであると同時に、獲物を前にする狩人のそれである事にようやく気が付いたのだ。

 

 そんな華に隠し事など通用する筈もなく、結果として樹里が寝るまで傍にいた事は認め、断じて彼女に手は出していない事を繰り返し主張する事でどうにか納得を得られた形である。

 

 華としては万が一にも佐鳥が樹里に手を出していないか猛烈に気になった次第であり、そういった事はないだろうと思いつつも確認をせずにはいられなかったのだろう。

 

 基本的に華は佐鳥が紳士的な人間である事を知っているし、自分達と同じく過保護と言える程樹里を大事にしている事も理解している。

 

 しかし、それとこれとは話が別だ。

 

 常日頃から樹里が行っている無自覚か意図的か分からない誘惑の数々については察しているし、男性心理には詳しくないがそれでもあの飛び抜けた容姿を持つ幼馴染の少女のそれの威力がとんでもない事くらいは理解出来る。

 

 正直、佐鳥相手でなければとっくに手を出されていてもおかしくない程、樹里の誘惑の類は結構えげつない。

 

 ボディタッチは当たり前、際どい恰好を晒す事にも抵抗が無い。

 

 その上で全幅の信頼を寄せる旨の発言を繰り返し、宿泊を促してすらいる。

 

 普通の男なら、とうに理性が陥落していてもおかしくない所業の数々である。

 

 それを耐え切っている佐鳥の方が若干理性が強過ぎる感はあるが、それはそれとして懸念は残る。

 

 佐鳥は何とか誘惑に耐えているだけで、ふとした拍子でぷっつり理性の糸が切れてもなんらおかしくはないのだ。

 

 その事を佐鳥自身も自覚しているが為に、華の追及は容赦がなかったのである。

 

 誘惑に屈しかけている自覚があるので自然と発言はぎこちないものとなり、そこを躊躇なく突いて来る華からの詰問には冷や汗混じりで対応する事となったのだ。

 

 結果的に何もなかったので事なきを得たが、もしも魔が差して樹里の身体に手を伸ばしでもしていたらどうなっていたかは想像に難くない。

 

 女は怖い、と改めて思う佐鳥であった。

 

「あはは、お疲れだねぇ。その分だと、樹里ちゃんと何かあった?」

「あー、いえ、表に出せないような真似は断じてやってないっす」

「そうでしょうね。そういう人ならさっさとこの部隊から叩き出してますから、そこは信じて良いでしょう」

 

 そんな佐鳥に話しかけたのは、綾辻と木虎の嵐山隊の女子二人だった。

 

 綾辻は自然な様子で佐鳥にお茶を渡し、木虎と共に彼の対面のソファーに腰かけた。

 

 そして木虎は、ジロリと佐鳥を睨みつけた。

 

「ですが、仮にも広報部隊の一員なのですから誤解されるような行動は慎んで下さい。何かあれば、佐鳥先輩だけの責任じゃ済まないんですから」

「分かってるって。ちゃんと隊には迷惑がかからないようにするよ」

「それなら、もう少し彼女との接し方を考えて下さい。基本的に個人の付き合いにまでいちいち文句は言うつもりはありませんが、木岐坂先輩は少々コンプライアンスを軽視している節があります。佐鳥先輩の方から言えないのなら、私が言っておきますが?」

 

 木虎の迫力に、佐鳥は一瞬たじろきかける。

 

 彼女の言葉は、正論だ。

 

 佐鳥は仮にも、広報部隊の一員。

 

 その彼が夜遅くまで異性の部屋にいるという事が何処からか漏れれば、碌な事にならないのは容易に想像出来る。

 

 勿論そのあたりの配慮についてはしっかりしているだろうと信頼はしているし、佐鳥が紳士なのはこれまでの付き合いで良く理解している。

 

 木虎は同年代と比較してもスタイルが良く、異性が彼女と出会った時には少なからずその胸に視線が引き寄せられるものだ。

 

 特に中高生は思春期真っただ中な事もあり、その気がなくても無意識の内に視線はその目立つ乳房に向いてしまうものである。

 

 しかし佐鳥は修と同様木虎と会っている時視線が胸に向いた事はなく、誠実さが極まっている事は理解出来ている。

 

 その彼の事だから、万が一にも樹里に無体を働く事はないだろうと信頼してもいる。

 

 だがその事が彼の負担となっているのであれば、苦言を呈する必要があるだろう。

 

 そう考えて、木虎はこう聞いているのだ。

 

 自分から、樹里に注意するのか否かを。

 

 そんな木虎の真意を、佐鳥が分からない筈もない。

 

 佐鳥は姿勢を正し、木虎の眼を真っ直ぐと見据えた。

 

「────────ごめん、それは待ってくれるかな? 色々思う所はあると思うけれど、今の樹里ちゃんを放っておくワケにはいかないんだ」

「…………そうですか」

 

 多くは語らない。

 

 しかし佐鳥の言葉に込められた真剣さを受け止めた木虎は、そこで矛を収めた。

 

 彼が此処まで言う以上、自分が口を出すべき事ではないのだろう。

 

「その理由についても、話しては貰えないのですね?」

「うん、ごめんね。それはオレには自由に話す権限がないから」

「了解しました。手間を取らせてすみません」

 

 加えて、佐鳥がそこまでする理由についても気になってはいたが、彼の話しぶりから察して早々に追及を終えた。

 

 「権限がない」と発言した意図は、この問題は佐鳥個人のそれではなく、上層部が絡んでいる案件であるという事。

 

 それだけで問題の根の深さが推察出来るというものであり、木虎はそれ以上の追及は行わなかった。

 

 同じ部隊の義理として踏み込めるラインは此処までだろうと、木虎が判断した事もある。

 

「ですが、仮にも同じ部隊ですのでどうしても手が足らない時には手を貸す事も吝かではありません。当然ながら嵐山さんを含めた部隊全員が同意見ですので、それはお忘れなく」

 

 その上で、言うべき事はしっかりと告げる。

 

 事情を話して貰えないのは構わないが、助力が必要ならいつでも言えと。

 

 彼女は、そう言っているのだ。

 

 このあたり、ぶっきらぼうに見えて面倒見が良い木虎らしいと言える。

 

「ありがとう。いざという時は、頼りにさせて貰うよ」

「ええ、同じ広報部隊の一員として、佐鳥先輩に何かあると困りますから。そのあたり、しっかり気を付けて下さいね」

 

 そんな木虎の厚意に対し、佐鳥は茶化さずに誠実に答えた。

 

 その反応に満足したのか、木虎は胸を張ってすっと立ち上がった。

 

「では、私はこれから撮影の仕事がありますので失礼します。お疲れ様でした」

 

 木虎はその言葉を最後に一礼し、スタスタと部屋の外へ歩いて行った。

 

 それを見送った二人は苦笑しつつ、顔を突き合わせる。

 

 綾辻の顔には、あからさまに揶揄するような笑みが浮かんでいた。

 

「で、お泊りしたの?」

「…………綾辻先輩…………」

「やだなぁ、そんな顔しないでってば。だって、気になるじゃない? ホントーに、何もなかったのかなって」

「何もありませんよ。何を期待しているんですか、もう」

 

 ごめんごめん、と笑う綾辻に対し、佐鳥はため息を吐いた。

 

 ボーダーの内外でそのルックスと柔らかな物腰で慕われファンの多い綾辻であるが、佐鳥は彼女が割と良い性格である事を知っている。

 

 言いたい事は結構ズバズバ言うし、プライベートに於いてはオブラートに包まない発言も多い。

 

 良くも悪くも社会人らしいドライさも持ち合わせており、広報部隊として活動する中で確かな強かさも獲得してもいる。

 

 加えて結構茶目っ気のある性格なので、こういったからかいは日常茶飯事だ。

 

 他に誰もいない場面で聞いて来るあたり、周囲への配慮も完璧なのが彼女らしいと言える。

 

「佐鳥くんは紳士だよねぇ。でも、それって女の子の側からすると結構ヤキモキするものかもよ? 相手が好意を隠さず伝えて来てるんだったら、少しくらい魔が差した方が却って相手は喜ぶかもだし」

「いやいや、流石に駄目でしょ。恋人同士でもないし、責任も取れないのに手を出しちゃいけないですって」

「保険かければいいだけでしょ。そういう道具もあるんだし」

「いや流石にその発言はアウトですよ綾辻先輩っ! アンタ自分のイメージ分かってますっ!?」

 

 しかしその爆弾発言には佐鳥も瞠目せざるを得ず、思わず声を荒げた。

 

 綾辻のファンが聞けば卒倒ものの台詞を宣った張本人はからからと笑い、全く悪びれもしない。

 

 そういう余計な配慮(サービス)は要らないんですけどっ、と佐鳥は内心で盛大な叫びを挙げるのだった。

 

「まあまあ、私が言ってるのは女の子の気持ちの話だって。確かに佐鳥くんが樹里ちゃんを大事にしてるのは知ってるけどさ、()()()()()()()のも女の子にとっては不満が溜まるものなんだよ?」

「なんだか、実感が籠もってますね」

「私自身の体験じゃないけど、友達伝いに色々とね。一つ言っておくと、女の子に幻想持ち過ぎちゃ駄目だよ? 男の子が思い描く女の子像なんて、大体フィクションなんだからさ」

「その幻想を助長する側が何言ってんですか綾辻先輩」

 

 佐鳥は綾辻の話に改めて妙な生々しさを感じて、思わず閉口する。

 

 理想的な女性像としてメディアに露出している綾辻の発言とは思えない内容だが、その言葉には確かな実感が籠もっていた。

 

 思っていたよりも、女子の事情というものは生々しいのかもしれない。

 

 一連のやり取りで、佐鳥はそう感じざるを得なかった。

 

「まあ、私から言える事はゴチャゴチャ考えるよりもさっさと付き合ってやる事やった方が女の子としては安心出来る、ってコトだよ。あの子の事情の全部は知らないけどさ、色々解決したらしっかりケジメは付けてあげてね」

「それは分かってますって。樹里ちゃんにもしっかり約束し────────────────あ」

「今約束って言った? 言ったよね?」

 

 疲れていたのだろう。

 

 思わず不用意な失言をした時には、もう遅かった。

 

 佐鳥はその後、眼を爛々と輝かせた綾辻相手に「約束」について根掘り葉掘り聞かれる事となったのであった。

 

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