「まさか、次の相手がオッサムとカトリーヌとは。中々な組み合わせだね」
「嬉しそうですね、王子先輩」
「ふふ、嬉しくないと言えば嘘になるかな」
王子は隊室で、にこやかな笑みを浮かべながらそう告げた。
大変だ、と言いつつもその表情には喜色が隠し切れていない。
普段王子の表情を読み取るのが不得手な樫尾でさえ気付くくらいだから、相当だろう。
「お前にとっては師弟対決になるワケか。そういう理由でも楽しみだという事だな」
「そうだね。オッサムには色々指導して来たけれど、彼が指揮する部隊と直接ぶつかるのはこれが初めてだ。ログは欠かさずチェックしているけれど、やっぱり実際にぶつらかないと分からない事は多いからね」
それに、と王子は続ける。
「ぼく等は昨日までは中位にいた所為で、昨夜に起きた「何か」には参加出来なかったしね。どういうものだったかは想像するしかないけれど、その埋め合わせという意味でもこの展開は願ったりだよ」
王子隊は昨夜のROUND5夜の部が終わるまでは、B級中位に位置していた。
それはつまりガロプラ戦には参加出来なかった事と同義であり、当然ながら参加した隊員ではない為詳細については知らされていない。
ガロプラ侵攻は対外秘で行われており、その内容について知らされているのは参加した面々────────────────即ち、A級とB級上位だけだ。
何が起きたかについての結果も勿論知らない為、王子にとっては大きなイベントを逃がしてしまったような感覚なのだろう。
無論防衛隊員としての自覚もあり、自身の力量不足故に大事な戦いの時に参加出来なかったという負い目もある。
ランク戦の結果なので仕方ないとはいえ、忸怩たる想いを抱えていたのは確かなのだ。
そこに来て、修との師弟対決だ。
不甲斐ない自分が出来る埋め合わせとしては、相応のものだと王子は考えたのである。
「しかし、今の玉狛第二は相当強力なチームだぞ。空閑の戦闘力もそうだが、何より雨取の火力が高過ぎる」
「ええ、ログを見ましたがあの二宮さんと正面から撃ち合っていましたからね。流石に初めて見た時は、圧倒されてしまいました」
だが、その玉狛第二の
遊真の卓越した戦闘技術は言わずもがな、今の玉狛第二には千佳という強烈に過ぎる
以前は人を直接狙えない為地形破壊要員に過ぎなかったが、先日のROUND5ではあの二宮と正面からの撃ち合いを演じている。
そのログを見た時は二人共驚嘆しており、瓦礫の山と化す市街地を見て唖然としたものだ。
それだけ千佳の火力は強烈極まりなく、それが平然と行き交う様は地獄絵図そのものと言えた。
「ROUND4でナース達相手に爆撃自体は解禁していたし、遅かれ早かれこうなっていたとは思うよ。結局の所一度も人を狙って狙撃
「ふむ、それはどういう事だ?」
「アマトリチャーナは確かに派手に爆撃はしているけれど、結局のところ彼女の弾で
王子はそう言って、眼を細めた。
彼の言う通り、ROUND5での玉狛の得点は実際には遊真の手に依るものだ。
千佳と二宮の撃ち合いで瓦礫の山と化した市街地から炙り出された隊員を発見し、それを遊真が各個撃破していく。
それが前回の試合で玉狛第二が取った戦術であり、王子の言う通り千佳の爆撃で直接落とされた人員は一人もいない。
二宮を抑える為に撃ち合いに専念した、という事もあるが、結局のところ幾ら火力が高かろうが直接相手を狙わない無差別攻撃であれば凌ぐだけならそこまで難しくはないのだ。
無論隠れる場所はなくなる為そこを奇襲されるとどうしようもなく、結果として遊真に狩られてはいる。
しかし、派手な弾幕戦を演じておきながら一人も直接落とせていない、というのは矢張り着目すべきだろう、と王子は考えたのだ。
「確かにアマトリチャーナは、人に
「成る程、それなら、どう戦うつもりだ?」
「基本的には、ゲリラ戦だね。今回二宮さんはいないけど、香取隊にはジュリアーナがいる。彼女が射手として出張るようなら、ROUND5の彼等の試合と似た展開になる筈だ。だから、そこを突いて漁夫の利を狙おう。先の試合で
王子の言う通り、今回戦う香取隊には樹里がいる。
彼女は二宮程ではないが高いトリオンを持ち、加えて本人もその淡泊そうな見た目と裏腹に結構血の気が多いので、撃ち合いに出張って来る可能性は高い。
千佳と樹里が撃ち合えば盛大な混乱が起きる筈なので、そこを狙って点を取ろう、という話だ。
ROUND5の玉狛の試合は四つ巴だった為に巻き込まれた他チームの面々が炙り出された際、犬飼や辻が遊真に先んじて得点を掻っ攫う場面が見られたが、三つ巴の今回それは難しいだろう。
千佳が所属する玉狛第二と樹里が所属する香取隊の他のチームは自分達王子隊しかいない為、炙り出される対象は今回こちらだけになる為だ。
これが四つ巴であれば犬飼たちと同じやり方が使えたのだが、そこは仕方がないと割り切るしかない。
ランク戦は三つ巴もしくは四つ巴で行われるが、どちらで戦うかは運営のさじ加減次第だ。
続く時は二戦三戦と四つ巴が続く事はあるが、逆に来ない時は全く四つ巴の機会が訪れない、という事もある。
こればかりはランク戦の仕様である為、諦めるしかないだろう。
今回は四つ巴の方が王子隊としてはやり易かったのだが、与えられた状況で工夫していくのもまたランク戦の醍醐味だ。
故に気落ちする必要はないと、王子は己が闘志を奮い立たせた。
「木岐坂が狙撃手に徹していたら、どうする?」
「その場合でも、恐らくアマトリチャーナが爆撃手として出て来る可能性は高いからね。正直、地形を破壊し尽くすだけなら彼女だけでも可能なんだ。遅かれ早かれ、ジュリアーナは出て来ざるを得ないと思うよ」
王子の言う通り、爆撃での炙り出しであれば千佳だけでも行える。
無論狙撃手である彼女の姿を晒すというリスクと引き換えだが、それでも彼女の火力を使わない手はないだろうと王子は考える。
前回のROUND5のログを見れば分かる通り、千佳の火力に依る破壊規模は凄まじい。
彼女が爆撃を繰り返すだけで、どんな地形だろうと瞬く間に瓦礫の山と化すだろう。
その無差別爆撃で炙り出された所に遊真が突っ込んで来れば、少なくとも自分達では分が悪過ぎる。
王子隊は走れる部隊として遊撃に特化した戦術を構築しており、基本的に敵とは真正面からやり合わず、その機動力を活かして浮いた駒を順次狩っていく戦法を取っている。
これは他のB級上位のように突出したエースがいない王子隊がB級上位という魔境で生き残る為の戦術であり、他のエース中心の戦略とは根本が異なる。
生駒隊にしろ二宮隊にしろ、隊のエースを戦術の主軸に置いているという事実は変わらない。
前者の場合は40メートルという超射程を誇り尚且つ個人戦闘力も高い生駒を最大限活かすように立ち回っているし、後者は言うまでも無く歩くMAP兵器に等しい二宮をどう活かすかを第一にしている。
何の誇張もなくそれが隊の取れる最強の戦法であり、エースの存在というのはそれだけ大きいのだ。
彼等のように文字通り一人で戦局を動かすに足るエースの存在は、チームの基幹戦略そのものを左右する。
トランプで言えば、ジョーカーと同じだ。
それがあるだけで戦略の幅が大きく広がる事になり、
いわば特定状況下で「出せば勝つ」という手札を持っていると同義であり、そのエースを擁しないのが王子隊の最大のネックではある。
隊長の王子は確かに優秀な隊員ではあるが突出した実力を持っているというワケではなく、他二人も同様だ。
他のB級上位が「エースによるごり押し」を手札として抱えている所を、王子隊はその手を持たずにやり合っているようなものだ。
当然ながらこれは明確な不利要素であり、要は1枚で逆境をひっくり返せるような強烈な手札が王子隊には存在しないのである。
そこを補う為に王子が打ち立てたのが遊撃戦法であり、ハッキリ言ってしまえば漁夫の利を攫う事に特化した部隊、とも言える。
無論それを恥じるつもりはないし、まともなボーダー隊員であれば立派な戦術の一つだと判断するだろう。
王子は基本的に今回もそのスタンスを崩すつもりはなく、変な所でプライドなどというものに拘らないのも彼の強みの一つと言えた。
「今回、オッサムが取るであろう戦略は大別して二つ考えられる。一つは今言ったように、アマトリチャーナの火力に任せた炙り出しからの各個撃破。これはROUND5で見せた戦略と同様だね」
「前回と同じという事で、使用を敬遠して来る可能性はあるでしょうか?」
「ないね。これは二宮隊のそれと同じで、読まれていようがどうしようもない類の戦術だ。誰かが炙り出されるまでクーガーはアマトリチャーナの護衛に徹するだろうし、彼の守りを突破するのは並大抵の事じゃあ無理だ。クーガーはスピードアタッカーとしての側面が目立つけど、あらゆる戦術を高いレベルでそつなくこなせる器用な駒だからね」
だからこの戦法を取る可能性は低くないと思うよ、と王子は続ける。
確かに彼の言う通り、千佳による爆撃による炙り出しからの各個撃破というのは単純だが凶悪極まりない戦術だ。
単純であるが故に防ぎようがなく、逃げるにしても千佳の爆撃の効果範囲が広過ぎるのが問題だ。
もし
多少機動力が高い程度では逃げ切れないので、シールドで耐え凌ぐ程度しか道はない。
そしてそこを遊真に襲われれば、どうなるかは自明の理だ。
かといって爆撃中の彼女を狙おうにも遊真の護衛を突破するのは並大抵の手では不可能であり、それもこの戦術の凶悪さに拍車をかけていた。
遊真は機動力を活かしたスピードアタッカーとしての面が目立ってはいるが、仲間のサポートや裏方仕事などもそつなくこなす万能選手だ。
視野もかなり広い為、彼の索敵網を掻い潜って千佳を落とすのは殆ど不可能と言っても過言ではないだろう。
「けど、玉狛第二には前衛、つまりポイントゲッターがクーガーしかいないという
逆に言えば、遊真がいなくなっている間こそ最大の好機、というワケだ。
ROUND5では実際に炙り出されたようにみせかけて囮になった水上の采配により、遊真が離れて無防備になった千佳を生駒旋空で落とされている。
玉狛第二は直接点を取れる駒が遊真しかいない、という弱みがある。
修も機会さえあれば点は取れるが、そもそも単独では誰が相手でも負ける程度の実力しかないので、彼が点を取れるのは完全な不意打ちかガチガチに相手を固めた上での奇襲に限定される。
もしも千佳が王子の想定通り直接人を狙って撃てないのであれば、炙り出された相手を落とすには遊真が直接出向くしかない。
そしてその間は当然千佳の護衛がいなくなるので、そこを狙えば良い、というのが王子の論法だ。
修が護衛につく場合があるが、遊真と比べれば問題なく対処出来る類の相手である為、誤差である。
王子は修を侮ってはいないが、同時にその個人戦力については正確に評価している。
師弟をしていただけあり、修の戦闘に関する個人としての脆弱性に関しては誰よりも熟知しているのだ。
彼は唯我と同じで1対1で正面から他の隊員と対峙した時点で、負けが確定する駒だ。
唯我と違うのは十全な準備さえしていれば抗戦可能という点だが、何の事前準備もない状態ならばその脆弱性が露呈する事に変わりはない。
無論修には様々な工夫を以て相手の虚を突き、戦況を膠着させる頭がある。
されど、彼に戦術を叩き込んだのは誰あろう王子だ。
修の思考は師としてそれなりに理解しており、同じ舞台での読み合いで負けるつもりはない。
故にこの戦法を取って来るならやり様はある、と王子は判断したワケだ。
「成る程。じゃあ、もう一つはなんなんだ?」
「もう一つは、アマトリチャーナを完全な
だから、と王子は続ける。
「アマトリチャーナは敢えて伏せて、オッサムが各所にワイヤー陣を構築する。その上でゲリラ戦を展開していざという時にアマトリチャーナを解禁すれば、充分に敵の混乱を誘う事が出来るからね。前者の戦略と比べてそこまで強烈な手ではないけれど、オッサムなら充分こちらを選んで来る余地はあると思うよ」
王子の考える修のもう一つの手は、千佳を見せ札とする、というものだ。
ROUND5で千佳の火力のえげつなさについては十二分に見せつけている為、
その心理を突いて、敢えて千佳という手札は伏せつつ修がワイヤー陣の構築に専念する。
ワイヤー陣の中での遊真の脅威は言わずもがなであり、かといってそれを破壊しようと動けば千佳を動かして爆撃戦法に切り替えるという選択肢が出て来る。
どちらにしろ、修らしいえげつのない戦法と言えた。
「ハッキリ言って、こっちの方が厄介かな。前者のやり方と違って突くべき明瞭な弱点が見当たらないし、オッサムに時間を与えれば与える程勝機が遠のいていくからね。完全にワイヤー陣を構築された時点で、ほぼ詰みだと言っても過言ではないと思うよ」
「なら、その場合はどうするんだ?」
「ワイヤー陣の構築前に、積極的に動いてオッサムを探し出すしかないね。だから、爆撃での炙り出しを恐れて広いMAPを選ぶのはオッサムの思う壺だ。広いMAPだと相手を探すのも難しくなるから、その意味でもアマトリチャーナは強烈な見せ札になっていると思うよ」
王子の言う通り、爆撃での炙り出しを恐れるあまり広いMAPを選択してしまえば、その分だけ修を発見出来る確率は低くなる。
勿論狭過ぎるMAPを選べば爆撃で一網打尽になってしまうが、それでも極端な広さのMAPを選ぶのは自殺行為だと王子は考えていた。
修ならそのくらいの心理戦はこなす、という信頼の表れでもある。
「次の試合は、ぼく等がMAP選択権を持っているからね。今の話も踏まえて、慎重に選んでいこう」
「はい!」
「ああ」
力強く返事をするチームメイト二人に微笑み返しながら、王子は頷く。
そして、唐突に眼を細めた。
(今得られている情報だと、これが推測出来る限度だ。けれど、何故だろうね。君なら、ぼくの思いついていない
王子は、期待していた。
修が、自分の予想を上回る
そしてそれが現実のものとなる事を、彼は後に知る事になる。