「次の相手は香取隊と王子隊、香取先輩と王子先輩の所か」
修はふぅ、と息を吐いた。
次の対戦組み合わせについて、改めて思案をしていたのだ。
とはいえ、そこに特別な力みや過度な緊張は見受けられない。
あくまでも自然体に、事実を確認しているだけのように思える。
「香取隊は前に一度負けた相手だし、王子隊は修の師匠がいるトコだよな。やっぱり、やり難いか?」
「いや、そんな事はないよ。香取隊は確かに厄介だけれど戦いようはあるし、王子先輩の所も読み合いでは分が悪いけどそこは情報アドバンテージの差で何とかする見当はついている。油断は出来ないけど、勝てない相手じゃない筈だよ」
遊真の指摘にも、何処かズレた返答を返す修。
あくまでも遊真は心的な負担の事を指摘したのだが、修は何処までも実利的な話しか返しては来ない。
修の頭にはそもそも「一度負けた相手に委縮する」とか「師匠相手だと戦い難さを感じる」という論法そのものがないのだろう。
たとえ一度負けた相手や恩義のある相手だろうとも、いざ戦場で対峙すれば容赦なく潰す相手としてしか見ないのはなんとも修らしいと言えた。
「そうか。オサムはそういう奴だったな」
「どうした? 急に」
「いや、なんでもない。オサムがいいならそれでいいさ」
疑問符を浮かべる修に対し、遊真はニカリと笑ってみせる。
正直な所遊真としても今回戦う2チームに対し特別な思い入れはなく、修が気にしないのであれば配慮をする必要性は感じ取れない。
香取隊に対してはあの戦いで護衛を仕切れなかった負い目はあるが、それはそれこれはこれだ。
既に謝罪は済ませてあるし、そもそも任務での事を試合の最中持ち出すような真似は向こうとしても願い下げだろう。
向こうが「構わない」と言った以上は、しつこく掘り下げるのは却って失礼に当たる。
そのあたりのTPOは、遊真とて理解しているのだから。
無論、何か助けを求められれば手を貸すのは吝かではない。
守り切れなかった事自体は事実なので、その借りを返す意味でも何か大事があれば働いてやろうという気持ちはある。
個人的にも気になる事はあるのだし、香取隊への借りの返し方は要請があった時に考えれば良いと遊真は判断していた。
「それで、どんな作戦で行くつもりなんだ?」
「そうだな。まず、前の試合でやった千佳の爆撃で相手チームを炙り出して各個撃破していくやり方だけど、基本的に今回はこの戦法は使わない。相応の条件が、重ならない限りはね」
修は作戦方針について、前回使った地形破壊による炙り出し戦法は使わないと明言した。
とはいえ、これについては予想はしていたのだろう。
遊真達の表情には、大きな驚きはなかった。
「一応聞くけど、理由は?」
「単純に、リスクが大きいからだ。この戦法は一度見せているから、少なくとも今回戦う二部隊はぼく等がああいうやり方を出来るってのを知ってる。なら、それをされた場合の対処も考えている筈だからね」
修の言う通り、爆撃による炙り出し戦法は前回のROUNDで見せている。
今回戦う二チームがログを確認していないとは思えない為、この手はバレていると考えた方が良いだろう。
知られている以上、対策を取って来るのは当たり前だ。
そして相手に王子がいる以上、下手に同じ手を使えば確実に急所を突かれると修は考えているのだ。
「それこそ、前回やられたみたいに空閑が離れた隙を狙って千佳を落とされる、なんてケースも有り得る。王子隊は浮いた駒を狩るのが得意な部隊だし、香取隊はカメレオンを使う三浦先輩や若村先輩、機動力の高い香取先輩に高い火力を持ってる木岐坂先輩もいる。安易に千佳が前に出れば、隙を突かれる可能性はどうしても出て来るからな」
修の言う通り、今回の相手はこちらの隙を突く為の駒が揃っている。
王子隊は浮いた駒を獲る事に特化した部隊であるし、香取隊の場合はカメレオンでの隠密行動が可能な三浦・若村に奇襲を得意とする香取、超火力の樹里がいる。
同じ条件での読み合いで王子に勝てるとは修は思っていないし、王子隊は突出した駒こそいないものの三人全員が基礎能力が高く安定した実力を誇る。
こちらの隙を突いて駒を掻っ攫うのはお手の物だし、下手に派手な真似をすればそこを突かれるだろうとも考えていた。
三浦と若村の隠密能力は風間隊と比べれば雲泥の差だが、それでも姿を消す、という選択肢が取れるというのは脅威だ。
千佳は戦闘経験が浅い為、相手に近付かれた時の咄嗟の対処が出来ない可能性が非常に高い。
何度もランク戦を重ねて来てはいるが、経験の浅さが補え切れているとは思えない。
三浦と若村は突出して強い駒ではないが、それでもチーム戦略に忠実に動き敵を攪乱するだけの動きは充分にこなせる相手だ。
警戒するに、越した事はないだろう。
「特に、香取先輩には注意しないとね。少なくとも、空閑のいない時に近付かれたら千佳じゃ対処し切れないと思う」
そう言って、修は殊更に香取に対する警戒を口にする。
香取に関しては、遊真と同じタイプの駒だと考えれば分かり易い。
どんな状況からでも点を取りに行ける、突出したスピードアタッカー。
ゲリラ戦を得意とし、奇襲能力は非常に高い。
前回の試合でも遊真と接戦を演じていたし、決して侮れる相手でない事は明白だ。
似たタイプの駒である遊真の実力を間近で見ているが故に、その警戒度は高かった。
「木岐坂先輩も、勿論注意しないとね。何処からでも狙撃が飛んで来るから、迂闊に隙を見せれば即落とされるだろうし」
そして、樹里である。
樹里は高いトリオンを持ち、それを活かした超々遠距離狙撃や超射程の爆撃を敢行して来る厄介な相手だ。
トリオンだけ見れば二宮の方が上であるが、何よりも彼女は狙撃手でもあるというのが最も留意すべき点であると修は感じている。
要は積極的に相手を撃てる千佳のようなもので、トリオン量は大きな差があるものの、その脅威については言うまでもない。
彼女のアイビスならシールドごと貫いて来るであろうし、ハウンドの集中砲火を浴びて固められればそこを狙撃で破砕される危険もある。
このように、安易に千佳を前に出す戦略を取ればそこを突いて来る駒には事欠かないのだ。
だからこそ、前回と同じ戦略は基本的に取らない。
修は、そう決めたのだ。
「じゃあ、どうするんだ?」
「王子隊の選ぶMAP次第ではあるけれど、基本的にはワイヤー陣の構築を最優先する形になるかな。前回の試合で千佳の爆撃の威力は見せつけられたし、それを見せ札にすればワイヤー陣の構築はやり易い筈だからね」
だからこそ、以前までの基礎戦略であったワイヤー陣の構築を優先する戦法を取ると修は話す。
前回の試合で見せた千佳の爆撃の地形破壊力は、充分に知れ渡っている。
ならばそれを利用して、千佳という戦略兵器を後ろ盾にコツコツとワイヤー陣を築いていこうという作戦だ。
相手には今回、下手な事をすれば千佳が出て来るというプレッシャーがかかっている筈だ。
それを思えば、ワイヤー陣への最適解である
「前回と同じ戦法はやらないって言ったばかりだけど、相手の対応によっては当然選択肢としては出て来るからね。とはいえ、それをやって来るとしたら木岐坂先輩だろうから、可能性としては低いと思っているけど」
「王子隊にも、射手のくらうち先輩がいるぞ。そっちが出て来る可能性はないのか?」
「ないね。この場合、対抗馬として運用する射手は否応なく前に出る事になる。横から点を掻っ攫う事に特化した王子隊の戦力を、わざわざ切り崩してまで王子先輩が蔵内先輩に爆撃をやらせるとは思えないからね」
但し、それをやるなら樹里が出て来るだろうと修は見ている。
王子ならばそのような矢面に立つ役割を今回蔵内に任せるとは思えないので、妥当な判断だ。
伊達に王子に師事していたワケではなく、彼の思考パターンはある程度理解出来ている。
王子はリスクヘッジを重要視し、決して無理はせずに取れる点を取る事を最優先に動く。
いざとなれば前に出る事を躊躇いはしないが、基本的に無用な危険は冒さないタイプである。
これはエースを擁しない、という王子隊の性質も関係しているだろう。
遊真や香取のように、強引に斬り込んで戦局を変えられる突出したエースのいる部隊であれば、そのエースさえ生き残っていれば多少の損害が出てもリカバリーは利く。
しかし王子隊にはそのような突出した駒がおらず、形勢不利になった時に一枚で逆転が可能な切り札が存在しない。
だからこそ徹底したリスク管理が重要となる為、王子はイチかバチか、などという作戦は基本的には行わないのだ。
勿論それしか手がない場合は別だが、積極的に火中の栗を拾いにはいかないだろうというのが修の見解であった。
「王子先輩の事だから、極端なMAPは選ばないだろうってのは推測出来る。ぼくの考えも読めてるだろうし、爆撃による炙り出しを警戒して極端に広いMAPを選んで来たり、逆にぼくを見つけやすくする為に狭いMAPを選んで来たりはしないと思う。多分、スタンダードな市街地MAPとかを選んで来るんじゃないかな」
加えて、修は自分の考えが王子に読まれていると言う前提で考えている。
千佳を見せ札にする戦略も、それを利用したMAP選択の誘導も。
恐らくは、全て見抜かれていると考えているのだ。
これは決して過大評価ではなく、修が王子と接する内に学んだ彼の思考傾向からの推測である。
王子は東のような高過ぎる指揮能力はないが、それでも前線部隊のリーダーとしては充分な資質を持っている。
修の思考も師として理解しているであろうし、何より読み合いでは一日の長がある。
故に千佳を見せ札としたMAP選択の誘導にはまず引っかからないだろう、というのが修の見解であった。
「────────けど今回、ぼく等には大きなアドバンテージがある。当然、ヒュースの存在だ」
だが、と修は傍らに座るヒュースを見る。
黙って話し合いの行方を見守っていたヒュースは、コクリと頷いてみせた。
「今回ヒュースが参戦する事を、王子先輩は知らない。だから、
今回からヒュースが玉狛第二のメンバーとして参戦する事を、王子は知らない。
これを知るのは以前の交渉の時に必要に応じて明かした香取隊だけであり、ヒュースの玉狛第二の在籍が知られるのは試合開始の直前だ。
ヒュースの存在自体自分達と上層部以外では香取隊しか知り得ないので、警戒のしようもないのだ。
「だが、香取隊はオレの存在を知っているぞ。さっき言ったように、
そこで問題となるのは、香取隊だ。
香取隊は大規模侵攻でヒュースと直線交戦して下した部隊であり、交渉の中で今回から彼が参戦する事を知る唯一の部隊でもある。
彼女等に対しては、ヒュースの存在を知られている事を前提に動かなければならないのだから。
「確認するけれど、三浦先輩相手に見せたのは弧月での戦い方だけなんだよね?」
「ああ、言った通りだ」
「なら、問題ない。香取隊は、ノーマルトリガーでのヒュースの戦闘スタイルは知らない。それなら充分、虚を突ける余地は残っているよ」
しかしそれに関しても、問題は無いと修は断じた。
確かに香取隊はヒュースの参戦を知っているし、直接の戦闘経験もある。
だがそれは、あくまでも
ノーマルトリガーを用いた、ボーダー隊員としてのヒュースの手札は未だに割れていない。
弧月を使う、という情報は渡っているだろうが、逆に言えばそれだけだ。
ヒュースのトリガーセットの一切はまだ誰にも見せていない為、分かる筈もない。
故に充分、ヒュースの脅威を押し付ける事は出来ると修は考えたワケだ。
「分かった。だが、あいつ等は
「ああ、そこはヒュースに任せる。使用タイミングについては、なるだけ相手を確実に落とせる機会にして欲しい」
「了解した。仕事は確実にこなす」
ヒュースが頷くのを見て、修も同様に頷いた。
彼の強さ、戦略眼の確かさは、これまでの付き合いである程度理解している。
遊真も太鼓判を押している事から、実力や洞察力に関して疑う余地はない。
彼が仲間になってくれた事は本当に大きかったと、修は改めて思った。
「千佳は、指示があるまでは隠れているんだ。相手の出方次第ではまた爆撃をやって貰う事になるから、そのつもりでいてくれ」
「うん、わかった」
修は千佳の返事を聞き、顔を上げる。
その眼には、強い意思の光が宿っていた。
彼女もまた、これまでの戦いで成長している。
ただ守られるだけだった自分ではないと、張り切ってさえいる。
不安要素は残れど、決して侮れる駒ではない事はこれまでの戦いが証明していた。
「今言った事をベースに、作戦を考えていく。手強い相手だけど、やりようはあるんだ。ヒュースの存在を充分に活かして、点をもぎ取っていこう」
修は頷く三者を前に、自身の考えを述べて話し合いを進めていく。
戦いへの準備は、着々と進みつつあった。