香取隊の狙撃手   作:デスイーター

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先達たちの憂慮

 

「そうか。玉狛支部に転属になるんだね」

『はい、勝手に決めてしまって申し訳ありません。ですが』

「構わないよ、オッサム。ぼくは派閥には興味はないし、君が何処に所属しようと何ら制限をかけるつもりはないからね」

 

 王子は電話口で謝る修に、笑顔でそう告げる。

 

 たった今、修が電話で伝えて来た内容はこうだ。

 

 「玉狛支部に転属してチームを組む事になりました」と、彼は言って来たのだ。

 

 それに対し、王子は「構わない」と答えた。

 

 確かに、王子は本部所属の隊員ではある。

 

 しかし派閥に何ら興味はないし、修が支部に転属したとしても自分へ配慮する必要はないと考えている。

 

 王子が何れかの派閥に属していたなら話は違っただろうが、彼に特定の派閥を贔屓する意向はない。

 

 強いて言うならば性質的には忍田派閥が近いが、表立って表明しているワケでもないので彼的にはノーカウントだ。

 

「それよりも、ようやく君がチームを組めた事の方が喜ばしいよ。どうやら、()()は巧く承諾してくれたようだね」

『ええ、事情があってまだ詳しい事は言えませんが、ぼくには勿体ないくらいの頼もしい仲間です。彼等とならきっと、上へ上がれると思っています』

「大きく出たね、オッサム。でも、そのくらいの方が威勢が良くて好感が持てるよ」

 

 それでこそだ、と内心で王子はほくそ笑む。

 

 今回の吉報に、王子は柄にもなく悦んでいた。

 

 誰も見ていない場所であったなら、小躍りしたいくらいには。

 

 今、彼は上機嫌だった。

 

 修が近い内にチームを組むだろうとは、予想していた。

 

 その過程で迅の伝手で玉狛に転属する事も、推測通りだ。

 

 しかし、あまりにも早い。

 

 王子としてはもう少し後であると考えていたのだが、彼は良い意味で期待を裏切ってくれたらしい。

 

 迅の後押しがあったであろうとはいえ、このハイスピードの展開には拍手を送りたいくらいだ。

 

(きっと、オッサムはすぐにでもぼく等のいる場所まで上り詰めるだろう。根拠はないけど、そんな確信がある)

 

 けれど、と王子はニヤリと微笑む。

 

(簡単に超えさせてあげる程、甘くはないつもりだよ。師匠として君を迎え撃ち、その成長を吟味するのも面白そうだ。結果がどう転んでも、という意味でもね)

 

 王子は、修に期待している。

 

 彼ならば、すぐに自分のいる場所まで登って来てくれるだろうと。

 

 彼ならば、自分の期待以上の成果を出してくれるであろうと。

 

 彼ならば、想定を超えた結果を魅せてくれるかもしれないと。

 

 そんな思惑(きたい)を、王子は抱いていた。

 

 過剰な期待だとも、妄想だとも思っていない。

 

 王子は、それだけの光の芽を修の中に見たのだから。

 

 もし、ただランク戦の対戦相手として現れただけならば、此処までの期待をかける事はなかったに違いない。

 

(改めて、彼との縁を繋いでくれたジュリアーナとカトリーヌには感謝だね。こればかりは、幾ら感謝してもしきれないよ)

 

 師匠として交流を深め、彼の人となりを知ったからこそ、このような気持ちを抱く事が出来ている。

 

 王子は、素直にその事に感謝していた。

 

 無論、口に出せば樹里は首を傾げ、香取は怒鳴りかかって来るだろう。

 

 しかし、それでも心の中で感謝を告げる事は許して欲しいと、王子は思う。

 

 彼との出会いは、確かにそれだけの価値があったのだから。

 

「指導については、心配要らない。これまで通り、乞われた時はきちんと教えるとも。とはいえ、そちらでも師匠が出来たようだね?」

『あ、はい。烏丸先輩に教えて頂ける事になりました』

「成る程、コルボールか。彼ならきっと、ぼくとは別方面のアプローチで君を鍛えてくれる筈だ。一応、時間があるようなら指導内容について相談したいから、そう伝えてくれるかな?」

『分かりました! 伝えておきます』

 

 無論、その出会いに値するだけの対価は支払うつもりだ。

 

 先立っては、新たに彼の師匠となった烏丸との指導内容の情報共有が急務である。

 

 烏丸が新たに修の師匠になった事について、王子に反対意見はない。

 

 王子とていつでも修の面倒を見れるワケではない以上、別途指導を賜る相手がいるのは都合が良い。

 

 万能手の烏丸なら王子とは別の視点を持っているだろうし、彼に師事する事による修へのメリットは計り知れないだろう。

 

 何より本部にいる自分と違い、支部にいる烏丸の方が修にとっていざという時頼り易いのは明らかだ。

 

 先程は気にするなとは言ったが、本部と玉狛支部では矢張り様々な()()がある。

 

 修に何かあった時、急に助けが必要になった時等、支部に彼の師がいるといないとでは大きく違う。

 

 そういう意味で、彼が烏丸の指導を受ける事は歓迎だった。

 

 しかし、それに伴う問題は早急に解決すべきだ。

 

 師匠が二人いるという事はそれだけ多くの事を学べるという事でもあるが、万が一指導内容が被ってしまっては些か効率が悪い。

 

 それ故に早急に指導内容の情報共有を行い、鍛錬の効率化を図る必要がある。

 

 これが出水のような天才タイプであれば指導内容が被る事は早々ないので問題はないが、王子と烏丸は努力によって才を伸ばして来た秀才タイプだ。

 

 故に指導の方向性が似通る可能性が高く、そういう意味でも情報共有は必須と言えた。

 

『あ、今大丈夫なそうなので代わりますね』

「ああ、頼むよ」

『────────代わりました、烏丸です。わざわざすみません、王子先輩』

「いいさ、愛すべき弟子の事だからね。このくらいの労力は、苦でもないよ」

 

 王子は烏丸が電話を代わった事を確認すると、早速これまで修に行って来た指導内容を伝えていく。

 

 その最中、ずっと頬が緩みっぱなしであったと、横で見ていた羽矢は後に語った。

 

 

 

 

「良い師匠を持ったな、修。俺が出来る事なんか、そんなに無いんじゃないか?」

「いえ、そんな事はありません。王子先輩も色々忙しくていつでも指導出来るワケじゃないってのは前々から言っていましたし、複数の師匠を得るのも色々な視点を持てるから悪い事じゃないとも言っていました」

 

 だから大丈夫です、と修は矢継ぎ早に告げる。

 

 その様子を見て烏丸は「余程大事に鍛えられているんだな」と、内心で感心した声を漏らした。

 

(王子先輩とはあまり接点がなかったけど、これを機に交流を持ってみるのも良いかもな。修の抑え役(ストッパー)は、多いに越した事はないんだし)

 

 烏丸はチラリと傍に立つ修を見据え、目を細めた。

 

 まだ会って間もないが、既に烏丸は修の危うい部分に気が付いていた。

 

 自己評価がとにかく低く、尚且つ意志が強く己を曲げない。

 

 相反するような性質だが、修はそれが成立してしまっている。

 

 そして、本人の戦闘能力はとても弱い、と来たものだ。

 

 意志が強く、力が弱い。

 

 これは別に何ら悪い事ではないし、逆のパターンよりも余程マシだと思っている。

 

 しかし、修は少々度が過ぎていた。

 

 修は正隊員であれば誰が相手でも負ける程弱いが、反面彼の意志を曲げさせるのは尋常な事では難しい。

 

 否、ハッキリ言おう。

 

 不可能だ。

 

 修は恐らく死ぬような目に遭ったとしても、決して己を曲げる事はないだろう。

 

 むしろ、死に至る道だろうが構わず突き進んでしまうに違いない。

 

 迅から伝え聞いたこれまでの彼の行動を聞く限り、充分に有り得る話だと考えている。

 

 ────────────────メガネくんの事を頼むよ。おれじゃあ、()()()()()とは言えないからさ────────────────

 

 先程、迅から密かに言われた事を思い出す。

 

 あの時の彼の瞳は、まるで知らない人間のそれのようだった。

 

 烏丸は、玉狛支部では新参者だ。

 

 来たばかりの修達を除けば、彼の加入が最も遅い。

 

 それ故に、同じ玉狛第一の面々の過去は詳しくは知らない。

 

 彼等が旧ボーダーというボーダーの前身組織の出身者であり、近界での戦争を経験している、という事くらいしか烏丸は知り得ていない。

 

 詳しく聞こうにも、その戦争で多くの仲間を失っていると聞けば流石に安易に聞く事は躊躇われる。

 

 元いたチームの隊長である太刀川なら少しは聞いているかもしれないが、今更彼を頼るのもなんだか違う気がして未だに烏丸は話を聞けずにいた。

 

 ただ、彼等旧ボーダーの面々と接している内に思う事があった。

 

 それは、ふとした切っ掛けで気付いた違和感。

 

 時折、彼等は自分の知らない姿を覗かせる。

 

 あれは、なんだったのだろうと。

 

 恐らくだが、それは。

 

 戦争を、悲劇を経験した者のみが纏う独特の雰囲気に他ならない。

 

 彼等は戦争で、多くの喪失を経験している。

 

 だからこそ、彼等は覚悟が出来てしまっている。

 

 いざという時、己を身を投げ捨ててでも目的を達成させる修羅の如き意志。

 

 日常を生きるだけでは到底手に入らない、不退転の決意。

 

 それが、鉄火場から生還した彼等には備わっていた。

 

 理解出来るとまでは言わないが、理屈は分かる。

 

 戦争という非日常の極みで死に直面し、普通ではない経験を積み重ねたのだ。

 

 尋常ではない覚悟であっても、場合によっては備わるだろう。

 

 だが。

 

 問題は、修はそんな経験など一切無いのに彼等と同種の覚悟が出来てしまっている事だ。

 

 死すら前提とした、理性的な特攻。

 

 その為の意志を、修は既に持ってしまっている。

 

 これは、異常だ。

 

 旧ボーダーの面々は、まだ分かる。

 

 戦争などというものを経験したのだから、価値観の一つや二つ変わってもおかしくはないだろう。

 

 しかし、修は別だ。

 

 彼は戦争といった非日常を経験していないにも関わらず、死ぬ覚悟が完了してしまっている。

 

 これがどれ程異常な事であるかは、言うまでもない。

 

 だからこそ、修のストッパーは一人でも多い事に越した事はないのだ。

 

 故にこそ迅は、烏丸に修を任せたのだ。

 

 同じ覚悟が出来てしまっている自分では、彼を止める事は出来ないと考えて。

 

 迅は表面上は胡散臭い振る舞いが多いが、その実誰よりも仲間思いなのはこれまでの付き合いで分かっている。

 

 その迅が、頭を下げて烏丸に告げたのだ。

 

 修を、頼むと。

 

 普段中々頼られる事のない相手に、頭を下げてまで頼まれた。

 

 これで奮起しない程、烏丸は腑抜けではない。

 

「取り敢えず、今後の指導方針はある程度立てられたから、それに沿った形で行くぞ。王子先輩から何か言われた時は、その都度報告してくれると助かる」

「分かりました。今後ともよろしくお願いします」

 

 修はそう言ってぺこりと頭を下げ、烏丸は出来たばかりの弟子の素直な様子に微笑む。

 

 どうやらこれから大変になりそうだと、烏丸は苦笑しながら今後の予定に想いを馳せるのだった。

 

 

 

 

「此処にいたか、遊真」

「迅さんか」

 

 玉狛支部、屋上。

 

 星明りが照らす夜空の下で、遊真は歩み寄って来た迅へ目を向けた。

 

 迅は何処か嬉しそうな、それでいて複雑な感情を秘めた瞳で、こちらを見据えている。

 

 先程とはまた違った様子に、遊真は若干の違和感を覚えた。

 

「また、何か聞きたい事でもあるの?」

「…………ああ、そうだな。あまり早くから根掘り葉掘り聞くのもどうかと思って控えてたんだけど、立場上何も聞かないワケにはいかなくてね。実は────────」

 

 そして。

 

 遊真は迅から、一つの質問を────────────────否。

 

 説明と、問いかけを受けた。

 

 それは、一人の少女の話。

 

 普通に生きて来た少女に起きた、過酷な出来事。

 

 そして、それに関わった()()

 

 それについて知らないかと、迅は問いかけて来た。

 

「ごめん、心当たりはないかな。国の名前は、分かんないんだよね?」

「残念ながら、ね。流石に今更記憶処理を解除するワケにはいかないし、こればっかりはどうしようもないよ」

「少なくとも、ここ数年でおれが渡って来た国の中にはそういう特徴の国は無いな。レプリカ、何か知らない?」

『ジンの言葉通り、情報が不足している。多少候補はあるものの、今の話だけでは断定は難しいな』

 

 レプリカの話を聞き、迅はそうか、とため息を吐く。

 

 流石に、固有名称も分からない状態では近界の事情に詳しい二人でもお手上げだったと知ると少々落胆した様子だった。

 

 気持ちは、分からないでもない。

 

 確かにそういった事情があるのならば、近界からやって来たばかりの自分を頼りたいという想いは理解出来る。

 

 恐らく、自分を庇った理由の何割かは今の話に関わるのだろうと遊真は考察している。

 

 本命ではないが、可能であれば達成しておきたかった目的(ノルマ)

 

 それが今の話だと、彼は直感的に理解していた。

 

 別に、それが悪い事だとは思わない。

 

 何とかしたいと考えるのは話を聞いた以上当然だと思うし、彼の立場ならば猶更だ。

 

 それに、人間関係に利害が絡むのなんて当たり前の事だ。

 

 無償の善意だけで人を助ける人間など、早々いるものではない。

 

 迅は幸い近界で出会って来た権力者達程性根が腐ってはいないが、少なくとも完全な善意でこちらを助けたワケではない事は分かっている。

 

 だが、それがなんだというのだろう。

 

 思惑があれど、迅の行動で遊真が助けられている事は事実。

 

 ならば、恩には恩で返すべきだ。

 

 少なくとも、迅悠一という少年は好感を抱くに値する人物であるのだから。

 

「また、何か分かったら教えてよ。国の名前さえ分かれば、レプリカの知識が役に立つかもしれないからさ」

「分かった。何かあれば、また頼らせて貰うよ。じゃあおやすみ、遊真」

 

 迅はそう言って屋上を立ち去り、遊真はその後姿を見送った。

 

 宙から、流れ星が落ちる。

 

 吉兆の証でもあるそれが、今夜は何処か。

 

 いつもより暗い光を放っているように、思えた。

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