香取隊の狙撃手   作:デスイーター

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天羽月彦①

 

 

(いよいよ明日か。緊張して来たな)

 

 若村は一人、溜め息を吐きながらボーダーの本部の廊下を歩いていた。

 

 目下の懸念事項は当然、明日に控えているROUND6の試合である。

 

 ミーティングを繰り返し、作戦を練ってはいる。

 

 しかし王子隊に対してはROUND2での苦い記憶が存在して苦手意識があり、玉狛に関してもヒュースと言う未知の駒の存在が気になってしまう。

 

 元来マイナス思考気味な事もあって、心配の種は尽きなかった。

 

(王子先輩はこっちの弱みを突くのが巧い人だから、絶対に気を抜けねぇ。ヒュースにゃ一度勝ってるが、あれはこっちのトリガーの情報を知らねぇっていう初見殺し(アドバンテージ)があったからだ。ボーダーのトリガーを学んだヒュース相手じゃ、有利な点が何一つねぇんだからな)

 

 第一に、王子にはROUND2でしてやられた苦手意識がある。

 

 直接仕掛けて来たのは樫尾ではあるが、あれが王子の采配である事は誰が見ても明らかだろう。

 

 若村としても手痛い失敗をした記憶なだけに、王子に対する苦手意識は強かった。

 

 ヒュースに関しても大規模侵攻の際に勝ってはいるが、あれは部隊総出でようやく辛勝した、という事もあるし何より条件が違う。

 

 あの時はヒュースがボーダーのトリガーについて未知であった為に嵌め殺す事が出来たが、今はその有利要素(ハンデ)は存在しない。

 

 近界のトリガーという初見殺し要素を備えていたのはあちらも同じだが、それを加味してもあちらが鉛弾を知らなかったからこそ勝てた勝負であったと言っても過言ではない。

 

 トリオンもあの二宮以上という情報があり、戦闘技術の巧みさは実地で理解している為中々に気が重い。

 

 自分の実力がB級上位では下から数えた方が早いと自認する若村にとっては、明らかなA級クラスの相手が立ちはだかるであろうこの状況が心配にならない筈もなかった。

 

(…………作戦は話し合ったけど、三雲が何を仕掛けて来るか分かんねぇからな。前の時と違ってMAP選択権はねぇけど、それでもあいつなら何かやって来ても不思議じゃねぇ)

 

 また、実力自体は自分より低くとも指揮官としての素養は比べるべくもない修に対する劣等感もあった。

 

 修の実力に関しては、それこそB級下位に羽が生えたレベルと言っても過言ではないのは分かっている。

 

 一部のB級下位と異なりモールモッドはしっかり倒せるようだが、それでもB級中位の面々と比べても見劣りするのは否めない。

 

 だがそれでも、玉狛第二というチームを今の順位まで引っ張り上げて来たのは間違いなく彼の功績である。

 

 断言しても良いが、自分が同じ条件でチームを率いたとしてもB級上位に上がれるかさえ怪しい。

 

 何せ、玉狛第二にはポイントゲッターが遊真一人しかいないという明確な弱点(ウィークポイント)があったのだ。

 

 千佳が人を撃てない事も一試合すればバレたであろう事は間違いなく、幾ら遊真が強くとも一人でやれる事には限度がある。

 

 遊真と千佳という癖のある大駒を使いこなし、玉狛第二を今の順位まで引き上げるなど自分には出来そうもない。

 

 単純に修が強かったのならば納得も出来ようが、彼には若村が注視するような分かり易い実力はなかった。

 

 つまり修は頭を使って工夫する事で今の成果を叩き出したという事であり、それは才能の差なんてものとは関係ない言い訳のしようがない彼の功績だった。

 

 自分のかつての醜態を自覚し、何とかチームに貢献しようと努力している今の若村にとっては、修の存在は眩し過ぎたのだ。

 

 自らを省みて成長したとはいえ、根っこの性格まで変わるワケではない。

 

 元来のマイナス思考も相俟って、ヒュースの加入により最大の弱点が消えた玉狛第二相手に果たして自分はしっかりと戦果を挙げる事が出来るのか。

 

 その事が心配で、堪らなかったのである。

 

「はぁ、腰が引けてそうだね麓郎さん」

「え…………?」

 

 そんな時に、不意に声をかけられた。

 

 眼を向ければそこにいたのは、何処か浮世離れした雰囲気を持つ少年。

 

 S級隊員、天羽月彦であった。

 

「天羽…………」

「前よりマシな色には視えるけど、なんだかすっごく揺れてるね。そんなに次の試合自信ないの? あんな色の子を抱えているにしては、随分弱気だね」

 

 彼の言っている「色」とは、恐らくは天羽の所持している副作用(サイドエフェクト)に関連したものだろう。

 

 詳細までは知らないが、天羽は相手の強さを「色」で認識出来る副作用を発症していると聞いている。

 

 若村は天羽とは、それなりの付き合いがあった。

 

 香取と同年代である天羽はS級隊員、即ち黒トリガーの所有者という事も相俟って独特の雰囲気を纏っている。

 

 その為孤立しているかと言われればそういう事でもないようで、雪丸とは仲良くしている姿を多く見かける。

 

 天羽は相手が年上だろうと言いたい事はズバズバ言うし、気後れするという事が全くない。

 

 故に若村としては若干苦手な部類の相手には入るものの、決して嫌っているワケではない。

 

 S級隊員という雲の上のような存在の相手ではあるが、友人としては悪くない相手ではあるのだ。

 

 少々口は悪いものの決して若村を無碍に扱ったりはしないし、耳が痛い事を言われる時もあるがそういう時は往々にしてこちらに非があるので仕方がない。

 

 そんな彼が指摘している事を要約すれば、「樹里という強い駒を抱えているのに何気後れしてんの?」という事だ。

 

 彼の副作用(サイドエフェクト)には、樹里の強さが視えているのだろう。

 

 だからこそそんな事を言ったに違いないと、若村は理解した。

 

 どうやら彼の眼にはそれだけ、自分が弱腰になっているように見えたのだろう。

 

 事実なだけに、何も言い返す言葉が思いつかなかった。

 

「…………まあ、確かにそうだな。色々と心配事も多いしよ」

「ふぅん、あの空閑って子の事? それとも雨取っていう子の事かな」

「両方だ。まあ、それだけでもねぇんだが」

「それって、あのヒュースって子の事? 彼、玉狛第二に入るんだ」

「…………っ!? なんでそれを…………っ!?」

 

 だが、ヒュースの事を指摘された事には流石に動揺した。

 

 自分では情報など漏らした素振りはないのだが、一体どうやって知ったのか。

 

 思わずぎょっとなる若村に対し、天羽ははぁ、と息を吐いた。

 

「やっぱりね。偶然通りがかったブースに見慣れないけど凄く強い色をしたB級上がりたての隊員がいたから、もしかしてと思ったけど────────────────どうやら、その様子だとあの子が玉狛に入るみたいだね」

「あ…………」

 

 話を聞いて成る程、と若村は理解した。

 

 どういう用事かは知らないが、天羽は恐らくヒュースがB級に上がった直後のブースに通りがかったのだろう。

 

 その時にヒュースを自身の副作用(サイドエフェクト)で見て、その異様な強さに気が付いたワケだ。

 

 基本的にC級からB級に上がるには相応の期間がかかる場合が多いが、才能に満ちた者達はそれこそ数日でB級に駆け上がる。

 

 駄目な奴はどれだけかかっても正隊員に上がる事は出来ないが、逆に才能に溢れている者にとっては周囲が雑魚しかいない状況下でのC級ランク戦などただの作業でしかない。

 

 故にこそヒュースも一日という短時間でB級に上がったのだと思われるが、その場面を偶然見ていた天羽の眼からしても彼の強さは異様だったのだろう。

 

 だからこそ若村が安易に「遊真と千佳以外にも不安要素がある」と匂わせる言動をしたが為に、「あの妙に強い新人が玉狛に入るのではないか」という推察に至ったに違いない。

 

 自分はそれを天羽がヒュースの事を事前に知っていたが故の言葉だと誤認し、まんまとカマかけに引っかかったワケだ。

 

「もしかして、機密事項? それなら口外はしないけど」

「そういうワケじゃないが、いや、そうなのか…………? とにかく、口を噤んでくれると助かる」

「分かった。どうせ明日には露見するんだろうし、別にこのくらいはいいよ」

 

 若村は観念してその事実を認め、天羽はあっさりと引き下がった。

 

 任務の際は周囲を気にせずに暴れる為上層部には睨まれている天羽であるが、決して話が通じない人物というワケでもない。

 

 若干の戦闘狂の気があるだけで、普段は至って普通の振る舞いをする少年なのだ。

 

 言った以上約束は守るだろうし、漏洩の心配はしなくて良いだろう。

 

「ああいう色は、中々視た事がないからね。空閑って子に加えてあの子も入るってなると、確かに玉狛第二の戦力は中々のものだね」

「…………ああ、そうなんだよな。そんな相手に勝てるのか、って思うと不安でたまらねぇんだ。情けねぇ事だけどよ」

 

 若村はそう言って、溜め息を吐いた。

 

 天羽は勘が鋭く洞察力にも優れている為、隠し事など出来よう筈もない。

 

 変に取り繕うよりは潔く認めてしまった方が良いと、若村は白旗を挙げた。

 

 そんな若村を見て、天羽は何度目かになるため息を吐いた。

 

「────────やっぱり、腰が引けてるね麓郎さん。別に、絶対に勝てないってワケじゃないでしょ。香取の色も随分見れるようなものになって来たし、木岐坂って子も相当良い色をしてる。ROUND3じゃ一度勝ってるんだし、やりよう次第じゃない?」

 

 え、と若村は驚いて顔を上げた。

 

 まさか、天羽からそんな激励の言葉が出て来るとは思いもしなかったのだ。

 

 以前の天羽は、若村に対しランク戦に関わる発言を殆どしなかった。

 

 最初の頃は色々言っていた気もするが、自分が香取に関する愚痴を吐き出す内にため息を吐いて話題を切り上げるのが常だった。

 

 思えばあれは自分の失態を認めようともせず香取に責任を押し付ける若村を見て、呆れていたのだろう。

 

 今となっては自分のみっともない部分を散々晒していたワケで、恥ずかしくなって来る。

 

 だからこそ「天羽から激励される」という状況に、眼を白黒させているワケだ。

 

「三浦さんも前よりずっとマシな色になってるし、麓郎さんも前が酷過ぎたけど今は大分見れるような色にはなってる。そこまで気負うのも違うんじゃない?」

「あー、えーと、けどあいつ等が強いのは事実で────────」

「強くなってるのは香取隊も一緒でしょ。聞いた話じゃ、大規模侵攻だと人型を一人倒してるんでしょ? ランク戦でも生駒隊や影浦隊に一度勝ってるし、成長した自認くらいあると思ってたけど?」

 

 天羽はそう言って、再びため息を吐いた。

 

 しかしそれは失望故のものではなく、何処か微笑ましいものを感じるものだった。

 

「麓郎さんがマイナス思考で心配性なのは知ってるけど、自分の仲間の強さくらい信じてあげたら? 麓郎さん本人も大分マシになってるんだし、変に悩むくらいならもっと建設的な事考えた方が良いでしょ」

「…………そうだな。オレが色々考え過ぎだったかもしれねぇ」

「だと思った。麓郎さん、そういうトコあるもんね。相変わらず、気が小さいんだからさぁ」

 

 ふふ、と天羽はそう言って笑ってみせた。

 

 なんだか見透かされているようで妙に気恥ずかしいが、天羽が善意から自分を叱咤してくれたであろう事は薄々勘付いている。

 

 それを指摘すると何だか怒られそうな気配があったので、口にはしなかったが。

 

「…………一応聞くけど、ヒュースの強さってどれくらいのモンなんだ?」

「これ言っていいのかな? 迅さんの未来視(あれ)程じゃないけど、ランク戦に関わる事でこれを使うのってグレーな気がする」

「す、すまん。そうだよな。悪ぃ」

 

 気が抜けてしまっていたからだろう。

 

 思わず気になっていた事が口から出てしまっていたが、天羽の指摘で自分が何を言っているかを理解し謝罪する。

 

 天羽のサイドエフェクトは、相手の強さを色で判別する事が出来る。

 

 つまりそれは相手の戦力調査を視ただけで可能という事であり、先日のガロプラ侵攻の際もそれを役立てていたと聞いている。

 

 そんな力をこれから戦う相手に対して使うのは、確かにズルと言われても不思議ではない。

 

 天羽は香取隊とは立場的に何も関わりなく、此処で彼に頼るのは迅の未来視を当てにするようなものだ。

 

 流石にそれは不味いだろうと、若村は漸く気が付いたワケだ。

 

 常ならばこんなヘマはやらかさないが、それだけ気が抜けていた事の証左でもある。

 

「…………まあ、一応香取より良い色をしてるって事だけは言っとくよ。分かってた事だろうし、これくらいはいいでしょ」

「そ、そうか。すまん」

「別にいいよ。あ、ちなみに次の試合オレが解説引き受けたから。つまんない試合しないでね」

「────────え?」

 

 じゃあね、と言って踵を返す天羽を前に、若村は呆然と立ち尽くした。

 

 まさかの爆弾発言を前に、今度は別の問題で頭を悩ませる事になる若村であった。

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