「浮かない顔ね、葉子。やっぱり、明日の試合が心配?」
「…………そうね。否定はしないわ。作戦は練ったけど、やっぱり不安要素も多いもの」
香取隊、隊室。
そこに居残っていた香取は華の声掛けに反応し、ふぅ、と息を吐いた。
この場にいるのは、二人だけだ。
若村は銃手の集まりに行っているし、三浦はブースで個人戦。
樹里に至っては太刀川隊室で訓練の真っ最中であり、必然的にこの部屋に残るのは香取と華の二人となったのである。
香取にも個人戦に行くという選択肢はあったのだが、どんな些細な切っ掛けで情報を落としてしまうか分からない為それは控えたのだ。
華も用事がない限りは基本的に外に出たりはしない為、必然的に二人きりになったというワケだ。
「やっぱり、ヒュースくんの事?」
「それもあるわね。あの
「随分素直に認めるのね」
「過小評価してその結果負けたら目も当てられないからね。こういうのは、高めに見積もった方が良いのよ」
ふん、と香取は鼻を鳴らすがその口調から不満なのは見て取れた。
香取はプライドが高い為、相手の実力を素直に認めるという事に相応に抵抗感がある。
そうしないと勝負のステージにすら立てないと気付いて以降は不本意ながらも相手の実力は正確に評価するようにしているが、気に入らないものは気に入らないのだ。
そんな香取の本音を理解している華は、ふふ、と薄く笑ってみせた。
「成長したね、葉子。えらいえらい」
「何よ、子供扱いしちゃって。アンタアタシと同い年でしょうが」
「それでも、昔から葉子の事はずっと見続けて来たからね。変われば思う所はあるし、微笑ましくも感じるんだよ」
何よそれ、と訝し気な顔をする香取に対し、華は微笑んだまま答えない。
どうやら揶揄されたようだ、と香取は気付くが巧い返しも思いつかない。
こういう時、口で華に勝てた試しはないのは承知している。
直情的な香取と異なり華は理詰めで話を進めていくので、いつの間にか話題を誘導されてはぐらかされる、という事も日常茶飯事だ。
華が香取の操縦方法を理解しているという事もあるが、結局の所身内には駄々甘になる傾向のある香取では彼女に勝てる筈もなかったのである。
「けど、不安なのによく皆の前でその顔を見せなかったわね」
「当たり前でしょうが。麓郎はただでさえ不安がってるのにアタシまで同じような顔してたら、ますます
「若村くんの事、理解してるのね」
「うん? 当たり前でしょ、チームメイトなんだから。何言ってんの?」
「そうだよね。うん、葉子はそれでいいと思うよ」
疑問符を浮かべる香取に対し、華は苦笑する。
色々口では言っているが、なんだかんだ身内と認めた相手に甘いのは変わらないな、と華は思う。
口を開けば暴言じみた台詞が飛び出す香取だが、彼女は身内とそれ以外で明確な線引きをするタイプだ。
身内として認識している相手には厳しい言葉の中にも相手を案ずる想いが含まれているし、自分以外の者に
要は自分なら何を言っても良いが、他人に仲間を馬鹿にされるのが許せない、というヤツだ。
香取はその言動や行動から直情傾向であると思われがちで実際その通りではあるが、身内判定した相手への理解度は実のところ結構高い。
色々言いつつも若村の性格や行動には一定の理解を示しているし、三浦の事もしっかりと一個人として認識して相手をしている。
彼が香取に好意を抱いているのは華も承知しているが、香取の側も薄々とそれに気付いている節はある。
というよりも容姿端麗で垢抜けた雰囲気を持つこの幼馴染の少女は、それなりにモテる。
だからこそ自分を異性として認識している相手の視線には敏感だし、そういう相手に対しては鬱陶しく思って視界にすら入れないのが常だ。
香取はモテたいとは思っているが、反面その好意を表立ってぶつけられるのは厭う傾向にある。
これは彼女のモテたいという願望は「自分の容姿を評価されたい」という意味と同義であり、実際に男子と付き合いたいかと言われればそういうワケでもないのだ。
そもそも香取は異性と付き合えば
烏丸の事はミーハーの如く慕っているが、それも本気で恋人にしたいかと言われれば疑問符が付くだろう。
話題作り、というか自分の評判を飾り立てる為にデートくらいは望むかもしれないが、万が一受け入れられたとしても実際に付き合うまでいくかは怪しいと華は見ている。
香取の烏丸への感情はアイドルに対して騒ぐファン心理のようなものであり、実際の恋愛感情とはまた違うものではないかと思っているからだ。
要は偶像に夢を見ているようなもので、実態を知れば冷めてしまう可能性は十二分にあった。
そんな香取の異性に対する態度は、基本的に雑だ。
特に自分を異性として好意的に見ていて尚且つそれを隠さないような相手は邪険にする場合が多く、その例で行けば三浦に対しても無体な対応になるのが自然と言える。
しかし香取は三浦に対してはチームメイトとして割と当たり障りなく接しており、邪険にしている様子はない。
これは三浦に脈があるというワケでは勿論なく、「身内枠」という区切りで特別扱いしているが為だ。
それだけ香取は身内認定した相手には甘い為、その評価込みで三浦は穏便な対応をされているという事なので彼にとっては悲しい内実とも言える。
香取は身内の中でも自分と樹里は特に特別扱いしており、自分達以上に上位に置く異性が現れるとは華にはどうしても思えなかったのである。
(…………まあ、それでいいよね、と思っているわたしもわたしだけど)
尚、身内への感情の強さなら華も負けてはいない。
彼女は香取が自分と付き合う相手に並大抵ではないハードルを課すのは理解しているのだが、それで良しとしている時点で相当だ。
華はしっかりしていて自立心の高い少女だが、香取に対する感情は中々に重い。
少なくとも家族と香取の二択を提示されて後者を選ぶくらいには、彼女の幼馴染に対する想いは深かった。
両親には悪いがその事を後悔した事はないし、むしろあの時香取を見捨てていれば一生後悔したであろう事は想像に難くない。
唯一無二の肉親を失うというのは中々に堪えたが、それでも香取を失うよりはマシだと思ってしまったのだ。
香取は自分の所為で華に両親を見殺しにさせてしまったという罪悪感を抱いているが、なるべくそれを気にかけさせないように立ち回りには配慮している。
油断するとその罪悪感で自分に縛り付けてしまっても良いんじゃないかな、という欲望が漏れ出てしまうので、自制はしっかりしているつもりである。
穏やかに見えて、中々に
「とにかく、ヒュースの事も気になるけどそれより気にしなくちゃいけないのはあの
「…………随分、三雲くんの事を評価してるのね?」
「アンタ、ROUND3であいつが何やったか忘れたワケじゃないでしょ。ああいうふざけた真似をする奴が、ヒュースっていう大駒を手に入れて何もしない筈がないでしょうが」
「…………そうだね。わたしも、そう思うよ」
でしょう? と同意を求める香取に対し、華は頷いた。
確かに香取の言う通り、修の事は侮るべきではないと考えている。
実際に戦ったROUND3では猛吹雪というあまりにもあんまりな天候を仕掛けて来たし、千佳のメテオラ起爆というとんでもない手札も切って来ている。
遊真やヒュースのような分かり易い強さとは違う、悪辣な強かさというべきものを修は備えている。
その事は、華も認めざるを得なかった。
恐らく指揮能力自体は、特筆して高いワケではないだろう。
彼には経験という面が圧倒的に不足しており、指揮は付け焼刃に過ぎない。
問題は、その付け焼刃の指揮を己の発想力や洞察力を駆使して充分以上に補っている事だ。
実際に自分達に仕掛けた猛吹雪作戦が最たるものであり、極端過ぎて誰も使わないであろう悪天候を実際に作戦に利用し、成果まで挙げてみせた。
彼は自分が弱いという事を自覚しており、それを武器にすらしている。
その立ち回りはボーダーの中でも特異であり、自分が弱い事を効果的に使う、なんて隊員は今までに例がない。
弱さを武器にする、というのは言う程簡単な事ではないのだ。
まずは自分が弱いという屈辱的な事実を認める所から始めなければならないし、実際に弱いのは事実なので作戦を成功させる前にあっさり落とされる可能性も充分にある。
しかし修は生存力という点のみはそれなりのものを持っており、攻めっ気を消せば格上相手でも一定以上時間稼ぎをする事が出来る。
彼は遅滞戦闘を行う事に一切の躊躇がなく、逃走にも微塵も迷いがない。
自分の役割が陽動であると割り切って動く事が出来る為、余計な欲をかかずに時として自身を犠牲にする策も躊躇なく行って来るのだから堪ったものではない。
弱い駒が強い駒を足止め出来ているだけでそれは充分な成果であり、タチの悪い事に下手に時間をかけてしまえば遊真やヒュースのような大駒が横から殴りかかって来るのだ。
そういう意味でも修は厄介と言って差し支えない駒であり、それは華も承知している。
「でも、随分三雲くんの事を気に掛けるのね」
「? 厄介な相手なんだから、当然じゃない。あのメガネ、マジで性格悪いんだから」
「…………そうね。警戒すべき相手なのは確かね」
「…………?」
華が気になっているのは、それにしても香取の修への執着度合いが妙に高いように見える事だ。
修は香取にとって、身内判定の外にいる事は間違いない。
香取のこの判定は甘いものではなく、同じチームになるくらいしなければ早々に枠に入れる事はない。
そういう意味で修の事を身内判定するのは有り得ないと断言出来るが、それにしては彼の事を強烈に意識しているように見える。
恐らくは初対面の時に王子や樹里が絡んだ事で強く印象に残った結果だと思われるのだが、どうにもそれが華には面白くなかった。
身内ではないのに香取に強く意識されているという時点で、華にとっては気が気ではないのだ。
好きの反対は無関心というように、彼女に好悪問わず意識されている時点でそれは特別扱いに等しく、幼馴染の関心が身内で完結してくれる事を密かに望んでいる華にとってはあまり歓迎出来る事ではないのである。
(…………認め難いけど、雄太よりは脈があると見る事も出来るのよね。葉子に言っても絶対に認めはしないでしょうけど、この子から一定以上の評価を受けているのは確かだし、それが反転して好意に変わってもなんらおかしくないのよね)
むぅ、と華は内心で不貞腐れる。
それはまるで自分の従兄妹である三浦が蔑ろにされているようで、若干気分がよろしくない。
三浦と香取がくっついて欲しいとは欠片も考えていないが、それはそれとして自分の
与り知らぬ所で少女からの恨みを買う事になるとは、修も予想だにしていないだろう。
華のそれは結局の所独り相撲に等しいので、表に出る事がないのは幸いと言えるのだが。
これが香取なら真正面から相手に対して「気に食わない」と言ってのけるのだろうが、生憎華はそういうタイプではない。
そもそも修にはガロプラ侵攻の時に遊真達を護衛に配置してくれた恩があるので、表立って対立するなど彼女の性根的に出来る事ではない。
結局樹里は害されてしまったものの、彼等が全力で防衛に当たってくれたのは事実なのだ。
それを蔑ろに出来る程、彼女の善性は低くない。
「葉子、今日泊まりに行って良い?」
「別にいいわよ。あ、一応ウチに連絡入れとくわね。華の着替えはこっちにもあるし、特に準備も要らないでしょ」
「うん、お願いするね」
なので、代わりに幼馴染に甘えて
今日くらいは独占して良いよね、と誰知らず独白する華であった。