第六試合、到来
「最終ミーティングを開始するわ」
2月22日、ランク戦ROUND6当日。
香取隊の面々は隊室に集まり、最後の打ち合わせを行っていた。
各々が視線に力を込めており、気合い充分、といった風情だ。
それだけ今回は気を引き締めなければならない相手、という事でもある。
「今回は何と言っても、玉狛ね。ヒュースがどれだけやる奴なのか未知数な以上、警戒してし過ぎる事はないわ」
「そうだな。取り敢えず、1対1じゃまず勝てない相手、って思った方が良いか」
「癪だけど、そのくらいは見積もっておいた方が良いでしょ。あいつがあれだけの事やってまで隊に入れた切り札なんだから、半端なものの筈がないわ」
香取は、わざわざこちらの隊室までやって来てヒュースに関する交渉を行った修の姿を想起する。
近界民を部隊に入れる、という今聞いても頭おかしいとしか言えない提案をさも平然とやって来たのも驚きだが、MAP選択権という
ROUND3では確かに玉狛に勝てたものの、その時の交渉の結果として予め選択MAPを知らされていた、という要素が勝敗に関係したのは言うまでも無い。
猛吹雪という極端な悪天候でそのアドバンテージを帳消しにしようとして来た修であるが、事前にMAPを知らされていたからこそあの天候の中でも動けたという面は否めない為、影響は少なくなかった。
今回はそういった有利要素は無い上にヒュースという大駒の存在もある為、より一層気を引き締めなければならないだろう。
「気になるのは、王子隊がどのMAPを選ぶかね。王子はあのメガネの師匠だし、アタシ等が知らない情報を握っててもなんらおかしくないわ。だって王子だしね」
「色々考えたけど、MAPは市街地Fにしようと思う。何か質問はあるかな?」
王子は隊室に集まったチームメイトを見回しながら、いつも通り教鞭を手にそう発言した。
すると樫尾が手を上げ、はいっ、と元気良く答える。
「王子先輩、先日はどノーマルなMAPにしようと仰っていた筈ですが、市街地AではなくFにした理由はなんでしょうかっ!? 確か市街地Fは、中々使われない特殊なMAPだった筈ですがっ!」
「良い質問だねカシオ。じゃあ、説明しようか」
樫尾の質問に王子はにこやかにそう答え、教鞭でポン、と手を叩く。
そうして、笑顔で説明を始めた。
「確かに、先日ぼくはオッサムの策に嵌まらないようスタンダードなMAPにしようと発言した。けれど、それだけじゃあ彼の術中に嵌まると考えたからこそ、市街地Aではなくかなり癖のある市街地Fを選んだのさ」
「策、とはなんだ?」
「どうやらオッサムは、ぼくが知らない
実はね、と前置きしながら王子は続けた。
「昨日オッサムに会った時に、彼が何かを隠そうとしている気配を感じたんだ。カマかけでも引っかかってくれたし、イズイズの反応から見てもオッサムが何かしらの切り札を隠し持っているのはまず間違いないと見ているよ」
「その切り札が何か、というのは見当が付いているのか?」
「ある程度はね。色々と情報を集めてみたんだけど、実はね────────────────つい先日、凄まじく強い新人がB級に上がったらしいんだよね」
そう言うと、王子は眼を細めた。
何やら考え込む素振りを見せながらも、王子は説明を続ける。
「ブースに足を運んだら、色々話題になってたよ。どうやらその新人、入隊して即日B級に上がったらしくてね。しかも弧月一本でミューラーや
「それなら自分も聞きましたっ! その新人、あの太刀川さんからも一本取ったって話題になってましたからっ!」
「太刀川さんから一本、か。初見でそれをやれたとなると、相当だな」
二人の話に、蔵内が頷く。
確かに、辻に勝った上に生駒とも良い勝負をした上に、あの太刀川からいきなり一本取ったというのは尋常ではない。
弧月のみ、という条件下での勝負とはいえ、最強の代名詞であるあの男に一度でも土を付けたというのは凄まじい戦果と言える。
太刀川は人間性はさておいて、強さという指標ではボーダー内でも
四万超え、というポイントは単位を犠牲にした結果だとしても、常勝無敗と言って良い戦績自体は彼の実力だ。
その太刀川から結果として負けたとはいえ初対面で一本取れた、というのはそれだけ特筆すべき成果なのである。
蔵内が驚くのも、無理は無いと言えるだろう。
「恐らくだけど、その新人こそがオッサムの投入して来る切り札だとぼくは想定している。あまりにもタイミングが良過ぎるからね」
「確かにタイミングが気にはなるが、偶然というワケじゃあないのか?」
「オッサムならそれくらいはやるよ。何処からそんな人材を引っ張って来たかは分からないけれど、彼は目的の為に手段を選ぶ手合いじゃあない。何かぼく等には想像もつかない、突拍子もない手を打ったとしてもなんらおかしくはないさ」
そう告げる王子は確かな自信と、何処か誇るような色合いが見て取れた。
それは弟子である修に対する信頼であり、確信を込めた期待でもあった。
彼ならやる、と王子は本気でそう思っている。
他の者に対してなら過大評価になるだろうが、修ならこれくらいはやる、と本当に信じているのだ。
弟子馬鹿と言ってしまえばそれまでだが、それにしては王子の言動は確信に満ち過ぎていた。
きっと、それだけ自信があるのだろう。
修ならそれくらいはやってのけると、確信すらしているのだから。
「そうか。なら、その前提でやるんだな?」
「ああ、残念ながらその新人についての情報は弧月を使う、以外の事は何も分からなかったけど、その前提で行くよ。情報を出さない為か、太刀川さんと戦った後は一度もブースに姿を見せてはいないようだし、そこは徹底してるね」
「成る程、それならより信憑性が高まるな」
蔵内は王子の話を聞き、納得を見せた。
彼が此処まで言うのだから、この推測は間違ってはいないだろう。
B級上がりたての隊員というものは、自分の力を試したくてうずうずしているのが普通だ。
C級時代のトリガーを1つしか使用出来ない縛りから解放された以上、他のトリガーを試したくなるのが人情というものだからだ。
故にB級に上がった隊員は、即日トリガーセットを整えて個人ランク戦をやりたがる傾向にある。
蔵内自身も複数のトリガーを使った場合の実験をしたかった為、B級上がりたての頃に同じ事をやった記憶があった。
しかし、今回話題になった新人にそういった素振りは見えない。
それが、王子の話の信憑性に拍車をかけていた。
「何故、そうなるのでしょうか?」
「B級に上がったばかりなら、トリガーを複数使う戦闘をまずやってみたい、というのが普通だろう? けど、それをしていないって事は、わざわざ本部に行かずとも
あ! と樫尾は得心した。
王子の言う通り、B級に上がったばかりならば複数のトリガーセットを整えての戦闘をしていないというのは腑に落ちない。
C級時代は一つしかトリガーを使えなかったのだから、複数のトリガーセットを用いた本格的な戦闘を経験しておきたいというのは人情だし、樫尾にも覚えがあった。
しかし、その新人は弧月一本での試合を行った後は一度もブースに姿を現してはいないらしい。
それはつまり、本部のブースを利用せずともトリガーセット複数を用いた
そして、玉狛
あそこならば、本部の誰にも知られる事なく複数のトリガーセットを用いた戦闘訓練を行う事が可能だ。
それこそが件の新人が玉狛第二の投入する切り札であるという、状況証拠でもあったワケだ。
「納得しました。ありがとうございます」
「説明をするのは隊長としての義務だからね。疑問を感じたなら質問しろと教えたのはぼくだし、納得したならそれで構わないさ」
王子はにこやかに、そう答えた。
樫尾も彼の説明に満足している様子であり、特に不満はなさそうだった。
常日頃から王子の突拍子もない行動に慣れ切っていた樫尾としては、このくらいはどうという事はない。
入隊直後は色々と振り回されていたが、樫尾は王子に慣れる、という事を学習した。
王子なら仕方ない、というある種諦観じみた精神性が育っている時点で、日頃の行いが分かろうというものだ。
今回は王子はきちんと説明責任を果たしているし、その内容も納得出来るものだった。
故に不満はないのも、樫尾からすれば当然の事であった。
「仮にスタンダードな市街地Aを選んだ場合、その新人の力次第じゃ完全なワンサイドゲームになりかねないからね。かといって、極端なMAPを選べばそれこそオッサムの思う壺だ。だから、殆ど選ばれる事のない、癖のある地形である市街地Fの方を選ぶ事にしたワケだよ」
「つまり、その新人は空閑に匹敵するくらいの実力はあるという事か?」
「あの太刀川さん相手に一本取ったって言うんだから、そこは間違いないと思うよ。つまり今の玉狛第二は、A級クラスのエースを二人擁している事になる。アマトリチャーナが直接人を撃てないにしても、正面から戦うのは愚策以外の何物でもないね」
遊真がA級クラスの実力を有している事は、これまでの試合からも明らかだ。
彼は一人だけ、明確にレベルが違う。
少なくともあれはA級隊員だと名乗っても、なんらおかしくないだけの実力を備えている。
王子はそう感じ取っているし、それに反論する正隊員はいないだろう。
今回の新人に関しても、それと同じくらいの実力はあると見て間違いないだろうと、王子は推測していた。
事実上A級クラス二名がエースとして君臨する事になるのだから、正面から戦えばどうなるかは明らかというものだ。
「だから、市街地Fでいく。色々作戦を考えてあるし、これで仕掛けようと思うよ」
「市街地Fか。初めて戦うMAPだな。これはもしかして、ヒュースの事がバレたかな」
修は隊室で王子隊の選択MAPを見て、眉間に皺を寄せた。
市街地F。
彼はこのMAP選択を見ただけで、王子の意図をある程度把握していた。
「なんで、そう思うんだ?」
「王子先輩なら今回、高確率で市街地Aを選んで来ると思っていたからね。そうじゃないなら、確実に何か理由がある。昨日ぼくの側に隠し事があるのもバレちゃってたし、先輩ならヒュースの事に辿り着いていてもなんら不思議じゃない。調べてみたら、結構話題にはなってたしね」
修は今回、王子に隠し事があるとバレてから情報収集は怠らなかった。
即ち、彼がヒュースに辿り着く可能性はあるのか、という調査だ。
結果としてヒュースは弧月一本で辻や生駒と渡り合い、太刀川相手にも一本取ったという事で個人戦をよく行う面々の間で相当話題になっていた。
王子なら、そこから修の隠し札がヒュースである、と当たりを付けていてもなんらおかしくないと考えたのだ。
あの師ならば、そのくらいはやる。
これはある意味、修なりの信頼とも言えた。
「問題ない。調べたとしても、分かるのはオレが弧月を使う事くらいだろう。警戒はするに越した事はないが、致命的な情報漏洩とは言えん」
「確かに、ヒュースのトリガーセットまでは露見しようがないからね。香取隊と違ってヒュースの戦闘スタイルやトリオン量までは分からない筈だし、未だ優位性は崩れちゃいない」
けど、と修は続ける。
「
修の言う通り、ヒュースという四人目がいるというのは明確なアドバンテージだ。
しかし当初の想定ではその存在を全く想定していなかった王子隊相手に、初見殺しとしてぶつけるつもりだった。
だが今回王子は、確実にヒュースの存在を前提に作戦を組んで来ている。
そこは無視出来ない要素だと、修は考えていた。
「問題ない。B級に上がった後で個人戦を行った時点で、遅かれ早かれ噂が広まる可能性は存在していた。トリガーセットという初見殺しの要素は残っている以上、どうとでもなる」
「そうだね。ありがとう。じゃあ、それを前提にもう一度作戦を説明するね」
修はヒュースの不器用な気遣いに感謝しながら、改めて説明を始める。
そして。
ROUND6の試合時刻が、訪れようとしていた。