香取隊の狙撃手   作:デスイーター

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玉狛第二⑥

 

 

(────────動きはない、か)

 

 修は一人、街を駆けながら思案していた。

 

 試合開始から数分が経過しているが、どの部隊も未だに目立った動きはない。

 

 その事を受けて、修は現状を頭の中で整理していた。

 

(王子先輩が動かないのは、予想通りだ。あの人なら、ぼく等と香取隊を食い合わせてその隙を狙って点を稼ごうとする筈。だから、動きがなくても不自然はない)

 

 けど、と修は思案する。

 

(香取隊はてっきり、香取先輩が陽動役として動くか爆撃での炙り出しをするものだと思ってた。でも依然として香取先輩に動きはないし、爆撃の気配もない。もしかすると香取先輩は、想像以上に王子先輩の事を警戒していたのかもしれないな)

 

 王子と異なり、修は香取とは数回話す機会があった程度でそれ程深い仲ではない。

 

 あちらに色々な意味で執着されている事など露知らずの為、修側の認識としてはそんなものだ。

 

 だからこそ修は、香取の性格を把握し切れないでいた。

 

 修から見た香取は直情傾向で仲間想い、それでいて言いたい事はズバズバ言う明朗快活な少女だった。

 

 それも間違いではないのだが、樹里を巡る一連の騒動で相応の慎重さを身に付けた事までは分からなかった。

 

 当然考え無しの相手ではないと思ってはいるが、もっと積極的に場を動かそうとするタイプの人種だと性格分析(プロファイリング)していたのだ。

 

 だからこの試合でも、早々に何らかの手を打つと考えていたのである。

 

 しかし実際には王子の事を警戒しているのか、目立った動きを取る事はない。

 

 何か動きがあればそれに乗じて動く作戦も用意していただけに、当てが外れた形になる。

 

 件の交渉の時も矢面に立ったのは華の方であった為、そういう意味でも香取の現在の性質を知る機会がなかったのが悔やまれる所だ。

 

(一応、プランBの形で動く事は出来る。けど、こうも香取隊側に動きがない以上はどうしても受け身の形になる。王子先輩相手に、そのやり方で本当に良いのだろうか?)

 

 修は、王子の事を知っている。

 

 人当たりの良い笑みを浮かべる事の多い王子だが、こと勝負ごとになるとトコトンまでクレバーな動きが出来る事を修は知っていた。

 

 相手の心理を読み、その行く手に罠を張る卓越した戦術眼。

 

 それを持つのが王子であり、修が薫陶を受けた尊敬する師匠である。

 

 修自身も目的の為ならば手段を択ばない手合いである為、王子のそういった部分とは相性が良かった。

 

 だからこそ、修は自問する。

 

 「これでいいのか」、と。

 

 確かに、作戦通りではある。

 

 序盤は無暗矢鱈と仕掛けず、駅舎に到達してから本格的な戦闘を開始する。

 

 予定通りではあるが、それでも不安は付き纏う。

 

 王子の為人を知るが故に、これで本当に大丈夫なのか、という不安が鎌首をもたげていたのだ。

 

 本来なら香取隊側の動きに呼応して色々仕掛ける予定だったのだが、それがない以上修は決断を迫られていた。

 

(誰もバッグワームを解除してないから、お互いの位置が予想出来ない。せめて一人でもバッグワームを使っていない相手がいれば、ある程度想像は出来たんだけど)

 

 誰か一人、たとえば香取等がバッグワームを脱いで陽動の動きをしてくれていれば、そこからある程度位置の予測が出来ていた。

 

 しかし実際には誰一人としてバッグワームを脱ぐ兆候がなく、試合は停滞状態に陥っている。

 

 王子の用意した()()()が何かも分からない以上、このまま無為に時間を消費して本当に良いのか。

 

 此処が、分岐点だった。

 

(────────分からない。駄目だな、ぼくは。こんな時にこの有り様じゃ、王子先輩達に合わせる顔が────────)

 

────────どうすれば良いか分からない時は、相手の立場になって考えてみると良い。それで案外、突破口が開ける事があるからね────────

 

 ────────不意に、かつて王子から受けた言葉の一つが蘇る。

 

 それは戦術について教えを受けている時に、王子から言われた事だった。

 

 相手の立場になって、物事を考える。

 

 王子はチェス盤がどうこうと言っていたが、修はそういったたとえよりも王子の行った説明の方を記憶していた。

 

 ────────相手の側に立って考えて見ると、()()()()()()()()()()()っていうのが分かり易くなるからね。そこから作戦を考えるのも、指揮官の仕事の一つだよ────────

 

 確か王子は、こう言っていた。

 

 相手の立場に立てば、向こうが「何をやられたら嫌なのか」が分かるようになると。

 

 それを思い出した修は、思考の海に没していく。

 

(王子先輩の立場、か。ぼくが王子先輩なら、一番やられて嫌な事はなんだろう? このまま潜伏して、動きを悟らせない事────────────────いや、違う)

 

 そして、気付いた。

 

 この状況で王子がやって欲しくない事は、何なのかを。

 

(────────爆撃だ。王子先輩は恐らく、爆撃で場が乱れる事を警戒している。王子先輩はきっと、駅舎で何かを仕掛けたい筈。だから、その前に爆撃で炙り出される展開を一番嫌っている筈だ)

 

 爆撃での、炙り出し。

 

 それが、王子の望まない展開であると。

 

 修は、理解した。

 

 王子が何を企んでいるにせよ、それは駅舎で仕掛ける内容の筈だ。

 

 だからこそ現在もバッグワームを使って忍んでいるのであり、香取隊側もその思惑を看破しているとすれば、動かないのも当たり前だ。

 

 この状況で派手な動きをすれば、そこに集中攻撃を喰らうのは眼に見えているのだから。

 

(恐らく王子先輩は、ぼくなら無理に動かないだろう、って事まで考えている筈。事実ぼくは王子先輩を警戒して、守りの思考に入っていた。きっと先輩なら、その事まで織り込んで作戦を考えているだろう)

 

 自分の思考程度王子に読まれている事くらい、修は分かっていた。

 

 けれど、その度合いについては完全に理解しているとは言えなかった。

 

 恐らく王子は修が自分の性格を知っているからこそ、この場で派手な行動を取るのは慎むだろうと考えていると推測出来る。

 

 王子の立場に立てばそれは瞭然であり、だからこそ今彼が何をして欲しくないのかが見えて来る。

 

(だから、爆撃で万が一にも自分達が炙り出されては困る、って考えている筈だ。けど同時に、この広いMAPで闇雲に爆撃をしても炙り出せる可能性はそこまで高くない。だからこそ爆撃はない、と王子先輩は考えている────────)

 

 なら、と修は顔を上げる。

 

(────────けれど、考えてみれば高確率で全部隊が駅舎に向かっているんだ。既に数分が経過しているし、ある程度潜伏範囲を絞り込む事は出来る筈だ)

 

 この試合ではどう考えても、駅舎が主戦場になる。

 

 それはどの部隊も理解している筈であり、必然的に全員が駅舎に向かって動いているだろう。

 

 市街地Aと同等の広さを持つこのMAPでは闇雲に爆撃を行っても相手を炙り出せるかどうかは賭けになるが、仮にその範囲を絞り込む事が出来ればどうか。

 

 王子の目論見を崩す光明に、成り得ると判断出来る。

 

 そう考えた修は、即座に通信を開いた。

 

「皆、聞いてくれ。今から、プランC────────────────爆撃による炙り出しをやりたいと思う。理由としては────────」

 

 

 

 

「────────概要は理解した。オレはそれで構わない」

 

 修の話を聞き、ヒュースはそう返答した。

 

 彼もまたバッグワームを纏いながら駆けている最中であり、走るスピードは緩めず通信に応じていた。

 

「修の言う通り、王子がして欲しくない事はまさにそれだろう。王子隊の戦力を鑑みても、妥当な所だ」

 

 だが、とヒュースは続ける。

 

「それをした場合、千佳の位置が露見する。そうなれば木岐坂(キキサカ)香取(カトリ)が狙って来る可能性はあるが、それはどう考えている?」

『その場合は、予定通りに動くだけだよ。丁度空閑が合流出来ているし、問題はないと思う』

「ならば構わん。多少の予定外が起きようと、下手に王子隊に時間を与えるよりはマシな結果になる筈だ。やるならさっさとやれ」

『分かった。ありがとう』

 

 修の返答にヒュースはコクリ、と頷いた。

 

 即断出来なかったのは減点だが、話自体は妥当で筋も通っている。

 

 私情ではなく合理的な思考の下での指示であれば、それに従うのは吝かではない。

 

 試合開始前は必要以上に相手を警戒している素振りを見せていた為懸念していたが、この分なら大丈夫だろうと判断する。

 

 確かに警戒はするに越した事はないが、過剰な警戒の結果慎重どころか二の足を踏むようでは本末転倒だ。

 

 確かに王子は戦略家として優秀なのだろうし、香取隊の強さもヒュース自身が身を以て知っている。

 

 だが、だからといって慎重さと臆病さを履き違えるようでは勝てる試合も勝てなくなる。

 

 この行動の結果が吉と出るにしろ凶と出るにしろ、動かないよりはマシな結果になるだろう。

 

 ヒュースはそう考えて、走るスピードを速めていた。

 

(いざとなれば、オレの方でカバーするか。王子が修の言う通りの人物であれば、完全な虚を突く事は難しいかもしれないしな)

 

 

 

 

「カシオ、クラウチ、そっちはどうだい?」

『順調に駅舎に向かっていますっ! 今の所、居場所を悟られた気配はありませんっ!』

『同じくだ。ただ、高所からの視認を警戒して動いているから、多少時間はかかっている。駅舎に辿り着くのは、それなりに時間がかかるかもしれないな』

 

 王子は街を駆けながら、チームメイト二人に通信を繋いでいた。

 

 互いの位置は把握しているが、それでも些細な違和感から何かを感じ取れる事はある。

 

 だからこうして、直接話を聞いているワケだ。

 

「問題ないよ。スピードよりも、隠密重視だ。今回は、ジュリアーナがいるからね。もしも既に高所に陣取られていた場合は、バッグワームを付けていようが問答無用で居場所を知られる可能性がある。そう考えれば、下手なリスクは冒せないからね」

 

 今回、敵には強化視覚の副作用(サイドエフェクト)を持つ樹里がいる。

 

 彼女に高所を陣取られていた場合、MAP全域がその索敵対象となる。

 

 スコープなしの裸眼でMAPの隅々まで眼を張り巡らせる事の出来る彼女相手では、バッグワームの有無など関係なしに居場所を見抜かれる恐れがあった。

 

 だからこそ王子は高所から視認の難しいルートを選んで移動する事をチームメイトに徹底させていたし、自身もそれは同じだ。

 

 その為移動速度自体は落ちているが、香取隊に居場所を見抜かれるよりは余程マシだろう。

 

 王子は自分を卑下するつもりはないが、香取に奇襲されればそのまま落とされる可能性は低くないと見ていた。

 

 少なくとも、閉所での1対1になった時点で自分達の誰が相手でも厳しいと考えている。

 

 それだけ香取の突破力は脅威であり、今の慎重さも兼ね備えた彼女を単独で相手取るのは出来れば避けたい事だった。

 

 だからこそ市街地FというMAPを選んで相手に警戒させ、爆撃を封じる策を取った。

 

 この変則的なMAPを選べば自分の事を知っている修は警戒するだろうし、慎重さを発揮するようになったからこそ香取も軽々に派手な真似をする事は控えるだろうと考えていた。

 

 要するに、心理の罠だ。

 

 派手な真似をすればそれが隙になる、と考えさせて爆撃によるごり押しを封じた。

 

 それが王子の立てた作戦の一つであり、このMAPを選んだ大きな理由の一つでもあった。

 

(市街地Aや市街地Bだと前の試合でオッサムがやったみたいに二部隊がかりの爆撃での炙り出し戦法を実行されるかもしれなかったし、市街地Dだと開き直ってモールを爆破される恐れがあった。どちらにしろ場が乱れた状況でクーガーやヒューストンに鉢合わせるのは避けたいところだし、そういう意味でもこのMAPを選んだ甲斐はあったね)

 

 市街地Aや市街地Bといった癖の少ないMAPでは、自分達が潜伏を選んだ瞬間修が炙り出しの為に千佳を投入し、それに呼応する形で香取隊も樹里を投入して二部隊合同の爆撃が実行される危険があった。

 

 修は自分を警戒しているからこそ、安易な力押しを避けようとする。

 

 だから特殊なギミックのないMAPを選べば、爆撃によるごり押しを選ぶ可能性は低いと判断出来た。

 

 二番煎じにはなるが、それでも有効なものは有効なのだ。

 

 読まれてはいても強い動きには違いないので、それをやられると王子側としては苦しいのである。

 

 逆に市街地Dのような狭く主戦場が限定されるMAPでは、開き直ってモールそのものを爆破される恐れがあった。

 

 千佳のメテオラの威力なら数発でモールを瓦礫の山に変える事が可能だろうし、それをした方が有利になると思えば修は躊躇すまい。

 

 だからこそ、特殊なギミックを搭載しながらも相応の広さがあるこのMAPでなければならなかった。

 

 普段使われないマイナーなMAPで、尚且つ駅舎や展望ビルといったギミックがあるが為に修は警戒して動きが消極的になるだろう。

 

 それを狙ってこの地形を選んだ王子側としては、策が嵌まって一安心といったところだ。

 

「────────まさか」

 

 ────────だが。

 

 その思惑は、空から降り注ぐ光弾によって打ち砕かれた。

 

 自分を狙ったものではない、しかし確かに近辺に向かって落ちて来る光の弾は。

 

 間違いなく、爆撃のそれに違いなかった。

 

「そう来たか、オッサム」

 

 光弾が着弾し、周囲に轟音が響き渡る。

 

 玉狛による爆撃が、開始された。

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