「これは…………!」
香取は響いた轟音に反応し、そちらに目を向ける。
炸裂した光と、たった今聴こえた轟音。
何が起きたかは、瞭然だった。
『葉子、玉狛が爆撃を始めたよ。気を付けて』
「了解…………っ! ったく、やってくれるわね…………っ!」
香取は樹里の報告を受け、舌打ちする。
そして、たった今爆音がした方向を睨みつけた。
「樹里、チビ大砲の位置は…………っ!?」
『駅舎の上、そこから撃ってる。空閑くんも一緒みたい』
「よりにもよってそこか…………っ! チッ、厄介ね」
樹里から千佳の位置を聞き、香取は再度舌打ちした。
様々な想定をしてはいたが、その中でも悪い部類だ。
単独で撃つワケがないとは思っていたが、遊真が一緒では不意を打つ隙はほぼないだろう。
加えて、駅舎の上というのが絶妙に嫌な位置取りであった。
今回の試合では、間違いなく駅舎が主戦場になる。
当然、全ての部隊がそこへ向かっている状況だ。
しかし、そこに陣取られて爆撃をされるとなると、こちらはそれを掻い潜って駅舎に辿り着かなければならない。
千佳の火力であれば極論駅舎以外の全てを灰燼に帰す事すら可能であり、そうなれば最早玉狛のワンサイドゲームに等しい。
彼女の火力に正面から抗える者がいない以上、障害物が除去された時点で詰みなのだから。
『葉子、どうする? 撃つ?』
「駄目よ。折角あっちから動いてくれたんだもの。なら、それは最大限利用しなくちゃ」
だが、始まってしまったものは仕方がない。
憤懣遣る方ないが、現状を受け入れ打開に動くのが先決だ。
香取は頭を切り替えて、指示を下した。
「樹里、アンタはそっから逐一動きを伝えなさい。アタシ等の誰かが爆撃に巻き込まれそうな時は、すぐに教えるのよ」
「おーっと、玉狛が爆撃を開始したぁ!
「このタイミングで始めたか。成る程ね」
画面の中で起こる大破壊に、会場が沸き上がる。
千佳のメテオラによる爆撃は、その威力の高さもあって非常に見栄えする。
第三者の視点で見る分には見応えがあるものの、それに直面している当事者達からすれば彼等の反応は些か不満にも思う事だろう。
対岸の火事というのは、得てしてそういうものではあるのだが。
「ふぅん、実際に見るのは初めてだけど、確かにあの火力は黒トリガー級だね。素の火力でオレと同規模の破壊が出来そうな子とか、まさかいるとは思わなかったけどさ」
「あの火力は初見だと度胆抜かれるよなー。やっぱ、玉狛はおもしれーわ」
「随分冷静。もしかして、こうなるって分かってた?」
天羽は飄々とする出水を見て、眼を細めた。
彼の態度からは、驚きといったものが感じられない。
傍から見れば玉狛が突然爆撃を始めた状態だが、どうやら出水にはその理由が分かっているらしかった。
「そーだな、可能性としちゃ有り得ると思ってたぜ。タイミングとしても、悪くないしな」
「ふむ、それはどういう事でしょうか? 爆撃での炙り出し、という事ならば前回の試合でも玉狛第二は実行していたようですが、タイミングとは?」
「ま、一応説明しとくか。まず第一に、前の試合と今回じゃ決定的に違う所が一つある。何か分かるか?」
いえ、と桜子が首を振って水を向けてくれたのを確認し、出水は頷いた。
「雨取ちゃんの爆撃に応じて爆撃を重ねて来れる相手が、
出水の言う通り、二宮と異なり樹里はポジションとしては狙撃手だ。
射手としても動けるので違いはあまり無いようにも思えるが、彼女には超々遠距離からの狙撃という必殺の手札がある。
爆撃をして位置バレするという事は、その手札を自ら捨てるに等しいのだ。
大駒が複数存在するこの試合で、自らの絶対的なアドバンテージをみすみす捨てる真似はすまい。
少なくとも、この状況での爆撃は香取が許可を出さないだろう。
それだけ、位置の知られていない狙撃手の持つアドバンテージは大きいのだから。
「今回、狙撃手は雨取ちゃんと木岐坂だけだ。その片方がこうして爆撃を始めた以上、木岐坂までそれに参加したら狙撃の圧がなくなっちまう。そしたら全員が好き放題動けるようになっちまうし、少なくともこの場での木岐坂の爆撃参加はまずねーと見て良い」
それに、と出水はスクリーンに眼を向けた。
「雨取ちゃんには、空閑が護衛として付いてるからな。二人共バッグワームを脱いでいつでも不意打ちに対応出来るようにしてるし、直接あそこを狙撃しても防がれるか避けられるのがオチだろーからな」
現在、千佳と遊真はバッグワームを解除して駅舎の上に陣取っている。
爆撃という派手な真似をした以上位置の露見は当然であり、これ以上バッグワームを纏う意味はない。
どころかバッグワームを使用していてはシールドを張れない為、こうして片手を空けて警戒に回している、というワケだ。
遊真はスピードアタッカーとしての面が目立つがサポート能力も非常に高く、周囲の警戒に神経を集中しているこの状況では狙撃で狙った所で反応されて終わりだろう。
いざとなれば千佳も守りに回る事が出来るので、見た目以上にあの布陣は隙が無いのだ。
「そんで、タイミングの話だったな。ぶっちゃけた話、確かに雨取ちゃんの火力はすげーが、広いこのMAPを全て焼き尽くすにゃ当然時間がかかる。前の試合と違って、呼応して爆撃してくれる相手もいねーワケだからな」
「そうだね。どうやら
二人の言う通り、二宮という同時に爆撃をやってくれる相手がいないこの試合では、千佳だけで地形破壊を行わなければならない。
幾ら彼女の火力が常識外れであろうとも、片枠だけの攻撃で尚且つキューブの分割もしているのであれば、とてもではないがMAP全域を破壊し尽くすのには時間がかかり過ぎる。
多少の時間をかければ可能なのは充分規格外なのだが、それでも相応の時間がかかる事は否定出来ない。
「けど、試合開始から数分経った今なら参加者は駅舎へ向かうルートの何処かにいるってのは間違いねぇ。だから、
だが、最初から範囲を指定して爆撃をすればどうか。
この試合では、駅舎が主戦場となるであろう事は目に見えていた。
だからこそ参加者は遅かれ早かれ駅舎を目指す筈であり、試合開始から数分が経過した現在では相応に駅舎に近付いている隊員が多いだろう。
故に、玉狛としては駅舎の周囲に範囲を限定して爆撃すればそれで事足りるのである。
「雨取ちゃんの爆撃は、片手間で対処出来る規模じゃねー。特に王子隊としちゃ、見つかった時点でどっから奇襲を受けるか分かったモンじゃねーんだから、堪ったモンじゃねーと思うぜ」
「そうだね。この規模の爆撃だと、そもそも効果範囲にいた時点で回避も何も無い。王子隊にはトリオンが突出してる隊員はいないし、正面切っての戦闘じゃ不利なんだから何が何でも見つかりたくない、って思って当然か」
潜伏中の王子隊としては、このタイミングでの爆撃は些か以上に都合が悪い筈だ。
MAPを選んだのは彼等なので、間違いなく駅舎で仕掛けたい
それを考えると、このタイミングでの爆撃は厄介極まりない。
駅舎に向かっている以上爆撃の効果範囲内にいるのはほぼ確実であるし、万が一炙り出されたらその時点で詰みに等しい。
未だに香取やヒュースの位置が判明していない現在、見つかった時点でどちらかの奇襲を受ける可能性が高いからだ。
ヒュースの機動力は未知数だが、香取のそれはボーダー内でも突出して高い位置にいる。
彼女の機動力ならば、王子隊の誰かが発見された時点でそこへ急行する事など造作もないだろう。
下手をすればエース二人がかりで奇襲される事になり、そうなれば王子隊に生き残る芽はない。
多少粘る事は出来るだろうが、それでどうにかなる程エースの名は軽くないのだ。
「ではこの状況は、王子隊にとっては最悪に近いって事ですね」
「そーだな。けど、王子先輩は三雲くんの師匠だからな。こういう展開になる事にも、一切の考慮をしてないって事はないとは思うぜ。可能性としちゃ、頭の隅にはあった筈だからな」
だから、と出水は続ける。
「転んでも、タダで起きるつもりはねーだろーぜ。何せ、あの王子先輩だからな」
『王子先輩、次々と爆撃が降って来てます…………っ! どうしますかっ!』
「爆撃に巻き込まれないよう注意しながら、隠れて進んでくれ。どちらにしろ、炙り出された時点で詰みだ。時間の問題かもしれないが、何とか粘ってくれ」
了解しましたっ、という焦りが滲んだ返答を聞きながら、王子は思案する。
その間も足は止めておらず、なるだけ頭上からの視認が出来ないルートを通って街を駆けて行く。
『それで、どうする王子。このままだと、炙り出されるのは時間の問題だが』
「そうだね。本当に、嫌なタイミングで爆撃を始めてくれたよ。流石だね、オッサム」
何処か嬉しそうに、王子は告げる。
このタイミングでの爆撃開始は、間違いなく修の意思だろう。
彼には以前、相手の立場に立って状況を考えて見ろ、とレクチャーした事があった。
その時はイマイチ実感としては理解していなかった様子だったが、今回の決断を見る限りその教えはしっかりと彼の糧となっていたようだ。
それが嬉しい反面、彼の選択がこちらにとって不都合なのは確かだ。
もう少し爆撃開始が早ければ香取隊が炙り出されるのを待って動く事も出来たし、もう少し遅ければ駅舎への到達を最優先に動く事が出来た。
一時撤退もなりふり構わない前進も、このタイミングでは行えない。
見つからない事を第一に行動していた為、部隊の進み具合はそこまで高くないのだ。
最も駅舎に近いのは王子であるが、それでもすぐに到達出来る距離ではない。
いっその事分割なしの大爆撃での虱潰しの破壊をやって来るならその爆撃範囲を予測して動く事も出来たが、見る限り向こうはほぼ
何処に爆撃が飛んで来るか分からない状況では非常に動き難く、しかも何処に潜んでいるか分からない香取やヒュースまで警戒しなくてはいけないのだ。
加えて王子隊には狙撃手がいない為、高所からの視認を頼りとした警戒も行えない。
どころか、香取隊には樹里という強化視覚持ちの狙撃手がいるので、こちらと異なり爆撃が何処に落ちるのか逐一チームメイトに伝える事が出来る。
そもそもの千佳の爆撃の規模が大き過ぎるので焼石に水ではあるが、それでも王子隊よりは遥かに動き易いに違いない。
何せこちらは、いつ落ちて来るか分からない爆撃を警戒しながら進むしかないのだから。
本当に、最悪と言って良いタイミングで爆撃を決断してくれた、というワケだ。
「オッサムが爆撃を実行に移す事も可能性の一つとして想定してはいたけれど、もう少し時間が経過してからのものになると考えていた。それが、見事に外された形だね」
やれやれ、と王子はかぶりを振った。
玉狛が爆撃を実行する可能性はなくはないと思ってはいたが、そうだとしてももっと時間が経過してからになると考えていた。
王子は修が自分に対して、師としての敬愛と同時に戦った場合の脅威度も相当に高く見積もって考えていると看破していた。
修は生徒しては素直だが、その分こちらの教えを素直に吸収し過ぎるきらいもあった。
これは王子と修が似たタイプの考え方をするが為に起こった共鳴のようなものであり、それに師弟関係という要素が加わって互いの考えをある程度見通せるレベルにまで至っていた。
だからこそ修は敵として相対した場合の王子の脅威度を相当高く見積もっていたし、今回王子はその考えをこそ利用していた。
修なら、こちらを警戒して爆撃という手札を切るのは躊躇する筈。
そう考えて、このMAPを選んだのだから。
しかし修は、想定したよりも早く爆撃を断行して来た。
これは王子にとってはこの上なく都合が悪く、ある意味で修は彼の想定を超えたと言っても良い。
弟子の成長は嬉しいが、それはそれとして現状の脅威を王子は正しく認識していた。
「だけど、爆撃のやり方を考えるとオッサムはまだ駅舎には辿り着けていないって事にもなる。もしもそうなら、さっさと周囲を更地にしてあの中に引き籠れば良いだけの話だからね」
されど、転んでもタダでは起きないのが王子である。
正直な話、もしも修が駅舎に辿り着いているのであれば、爆撃のやり方が変わっている筈だ。
即ち、駅舎以外の全てを分割なしのメテオラで更地にする。
そうする事で駅舎に向かうルートから障害物を一掃し、こちらの動きを丸見えの状態にする事が出来る。
そうなれば最早ワンサイドゲームとなり、玉狛が完全に主導権を握る事になるだろう。
それをしない時点で、修が未だに駅舎に辿り着けていない事の証左でもあった。
「だからこの爆撃は、炙り出しを目的とすると同時にオッサムが駅舎に辿り着くまでの時間稼ぎでもあるんだ。なら、ぼく等に出来る事は二通りある。今から、それを説明するよ」
王子はそう言って、笑みを浮かべる。
そしてそのまま、チームメイトに作戦を説明し始めた。