「…………っ!」
樫尾はすぐ傍まで迫った爆発を見て、冷や汗をかく。
ギリギリで現在位置は爆発の効果範囲から外れているが、今のは一歩間違えれば被弾範囲に巻き込まれかねなかった。
少々以上に肝を冷やしても、不思議ではあるまい。
(作戦である以上ちゃんとやりますけど、本当に今回も無理難題ですねっ!)
樫尾は意識を切り替え、再び駆け出した。
先程から続く爆撃の中を何とか見つからずにやり過ごしているが、こんな騙し騙しは長くは続かないだろう。
何せ、向こうの爆撃が
王子は一つの法則性があると言っていたが、それはあくまでも方向性の話で細かい着弾位置まで予測出来る内容ではなかった。
しかしある程度当たってはいるのか、彼のアドバイス通りに進んだ結果樫尾はこれまで何とか爆撃の範囲からギリギリで逃れる事が出来ている。
それは、王子の推測がある程度正鵠を射ている証明とも言えた。
(
先程、王子はとある考察を軸に「北東方向はあまり爆撃の頻度が高くはない」と推測した。
樫尾はその言葉に従い北東方面に寄って移動していたが、結果としてこれまで爆撃に巻き込まれる事はなかった。
今のようにギリギリで回避したパターンもあるが、ある程度王子の推測が当たっているのは間違いないと言えるだろう。
(とはいえ、
しかし、それでも自分の近くに爆撃が落ちる事がないワケではなかった。
この方角は
それは、留意しなければならなかった。
(思い出すんだ、王子先輩が言っていた事を。先輩は、確か────────)
『これまでの爆撃を観察してみたところ、どうやら北東方面には爆撃があまり落ちていないようだ。ぼくはこれを、意図的なものと見ている』
それは、樫尾が動く前。
通信で、王子からのレクチャーを受けた時だった。
王子は作戦を説明すると前置きし、話し始めた。
その第一声が、これであった。
「意図的、ですか?」
『ああ、一見爆撃は
「ええ、各部隊が駅舎に向かっているのを予想しているから、その範囲のみに絞って爆撃している、という話でしたね」
ああ、と王子は通信越しに同意する。
『そうだ。オッサムはぼく等が駅舎に近付いているこのタイミングで、爆撃を敢行して来た。最初からタイミングを見計らっていたのか決断したのが偶然このタイミングだったのかは分からないが、どちらにしろ彼は爆撃の範囲を細かく指定している事に間違いはないだろう』
王子の言う通り、玉狛は駅舎から一定範囲内に絞って爆撃を行って来ている。
これは全部隊が駅舎に向かっているであろう事を予測してのものであり、事実として自分達はその射程範囲内に入ってしまっている。
その事からこの爆撃が無差別に行っているものではなく、計画的に行われているものである事は間違いない。
『それから、この爆撃にはもう一つ役割がある。それは勿論、オッサムが駅舎に辿り着くまでの時間稼ぎだ。そして、それは逆説的に言えば爆撃の被害が少ない方角にこそ彼がいる可能性が高い、という事の証明でもある』
「ふむ、何故でしょうか? 三雲くんなら、自分の近くに爆撃を落としてカモフラージュに利用するくらいはやりかねないと思いますが」
『オッサムへの理解度がまだまだだね、カシオ。確かにオッサムは突飛な案でも自分に危険が及ぶ案でも迷いなく採用する
まず、と王子は続ける。
『確かに、理屈の上で言えばそれはアリだ。けれど、今の状況じゃ流石にリスクが高過ぎる。何故か分かるかい?』
「え、えっと、その…………」
『────────正解は、
1対1じゃ誰にも勝てない事はオッサム自身が分かっているだろうしね、と王子は続けた。
確かに、その通りではある。
今は全部隊が駅舎に向かっている状況であり、確率的に自分の近くに他の部隊の隊員が潜んでいる可能性が非常に高い。
つまりいつ接敵してもおかしくない状況であり、参加した隊員の中でぶっちぎりで戦闘能力の低い修は単独で遭遇した時点で詰みに近い。
自分の近くに爆撃を落とせばその確率を加速度的に上げてしまう為、まずやらないだろうというのが王子の見解だった。
『だから、オッサムは北東方面にいる。それを前提にして、作戦を進めていこう』
「玉狛による爆撃が未だ続いておりますが、王子隊、香取隊共に未だ炙り出されてはおりませんっ! 着々と、駅舎に向かっている模様っ!」
「こりゃあ、玉狛の狙いを見抜いてるな。少なくとも、王子隊は確定だろ」
出水は解説席でそう告げ、スクリーンを見た。
そこには各隊員の反応を示す光点が移動しており、いずれもバッグワームを使っているのが見て取れる。
それらの好転はゆっくりと、しかし確実に駅舎に向かって進んでいた。
「玉狛第二の狙い、ですか?」
「ああ、この爆撃にゃあ他部隊の炙り出しの他にもう一つ、重要な役割がある。三雲くんが、駅舎に辿り着くまでの時間稼ぎだ」
「玉狛第二の隊長だっけ? B級下位くらいに弱い
天羽の表情は、何処か懐疑的だった。
噂にも疎い事から彼がC級から英雄視されている事や大規模侵攻での活躍も知らない筈であり、そんな相手の事を軽んじてしまうのも無理は無いと言える。
天羽的には修は単なる弱者に過ぎず、そんな相手が派手な爆撃を陽動に使ってまで目的地へ向かおうとしているのに何の意味があるのか、という疑問を抱いている様子だった。
「ああ、三雲くんは単体戦力として見りゃ弱いけど、スパイダーを使った罠作りが得意だから、駅舎っていう屋内戦闘が強いられる場所と相性が良いんだ。それに、自部隊の隊長が直接合流して指揮を執るっていうのは、見た目以上に効果があるものなんだぜ」
「ふぅん、チームなんて組んだ事ないから知らないけど、そういうものなんだ」
ああ、と出水は頷く。
「隊長が自分の眼で隊員を、そして戦場を目視して直接指示を飛ばせば、通信を介するタイムラグをなくせるし、何よりリアルタイムでの指示だから段違いに効率が違って来るんだよ。特に、玉狛第二は結成して間もない部隊だからな。なるべくなら、直接指示を下して意思疎通の効率化を図りたい筈だぜ」
彼の言う通り、隊長が直接隊員と合流して指揮をするというのは想像以上に効果のあるものなのだ。
仲間がすぐ傍にいるから通信を介する手間が省けるし、何よりリアルタイムで戦場を共に駆けている為に単なる伝聞情報ではなく自分の眼と耳で直接情報を拾えるので、そういった意味でも前線指揮の有用性は高いのだ。
修はスパイダーによる拠点作りが印象に残る為そちらがメインと思われがちだが、曲がりなりにも彼は隊長であり指揮官だ。
自分が合流しての指示出しの効果は理解しているだろうし、結成してそう時間が経っておらず、更に今回はヒュースという新入りを加えている状況でもある。
支部も方で色々相談はしているだろうが、ヒュースを加えての実戦はこれが初めての筈だ。
故になるべくなら合流して直接指示をしたいと考える筈だというのが、出水の見解だった。
「勿論、これは出来れば、の話だ。けど、やれるならやるに越した事はねー話でもある。それに、三雲くんさえ駅舎に辿り着いちまえば、周囲を根こそぎ
更に、修が駅舎に辿り着きさえすれば爆撃で周囲の建物を根こそぎ吹き飛ばせば、そこから駅舎へ向かう際には必ず姿を晒さなければならなくなる。
そうなった場合爆撃で牽制しながら時間を稼ぎ、その間にスパイダーで駅舎を要塞化して待ち構えれば後は玉狛によるワンサイドゲームが待っている。
市街地Dと同じく屋内戦闘の部隊となる駅舎だが、前者とは決定的に異なる部分がある。
それは、
市街地Dのショッピングモールは中央が吹き抜けとなっており、容易に上下階の移動が可能であり、店舗にさえ入らなければ通路も広い。
対して、この市街地Fの駅舎は内部構造は広いが、通路そのものはそこまで縦に広いワケではなく、上下移動には必ず階段を使う必要がある。
つまりスパイダーを仕掛ける場所には事欠かず、修がワイヤー陣を完成させれば圧倒的に有利な状況が出来上がるのだ。
ワイヤー陣の中での遊真の脅威度は周知の事実であり、そこにトリガーセットすら未だ未知数のヒュースまで加わるとなれば堪ったものではないだろう。
(仮に雨取ちゃんが本当に人を狙って撃てないとしても、時間稼ぎさえ出来りゃそれで充分だからな。事実上、このままメガネくんが駅舎に辿り着いちまった時点でほぼ詰みってのは間違いねぇ)
大方の予想通り千佳が狙って人を撃てないとしても、それは同じだ。
出水の見立てでは千佳はスコープ越しに人を直接狙撃するのはまだ無理だが、敵のいる場所にメテオラを
恐らく、直接スコープで相手を視認して引き金を引く、という
故に、更地になった市街地から駅舎に向かう相手には問題なく爆撃を敢行出来るだろう。
直接狙撃されないとはいえ、千佳の爆撃は片手間で対処出来る規模ではない。
時間稼ぎとしてはそれで充分な効果があり、その間に修が巣作りに専念すればそれで詰みだ。
「けど、だからこそ分かる事もあるってワケだ。三雲くんとしちゃ、万が一にも自分が見つかるワケにゃいかねー。なら、
「…………! 成る程、そういう事ですか」
桜子は出水の話を聞き、得心したように頷いた。
この爆撃の目的が修が駅舎に辿り着く為の時間稼ぎであるならば、万が一にもこれが原因で修が発見される事があってはならない。
故に、彼の進行ルート近くには爆撃が落とされない、と考えても差し支えはないだろう。
王子はそれを読んだのだ、と出水は推測したワケだ。
「王子先輩は、三雲くんの最初の師匠だからな。似た者同士なトコもあって弟子の思考傾向は理解してるだろーし、そのくらいは読んでいても不思議じゃねー」
だから、と出水は続ける。
「────────必ず、何か算段がある筈だぜ。玉狛のプランを崩す為の、策がな」
(────────そろそろ、ですかね)
樫尾は街を駆けながら、周囲を見渡した。
先程から直近で幾度も爆発が連鎖しており、左右共に建物が吹き飛ばされた場所ばかりだ。
もしも今この場に爆撃を落とされれば、それを避けるには身を晒す以外にない。
恐らくは自分の位置が大まかに特定されているだろう、というのも樫尾は感じ取っていた。
(もう相当、建物は吹き飛ばされてる。だから消去法で、相手が隠れていそうな場所を狙って逃げ道を塞ぎに来てるんだ)
これまで、爆撃により相当数の建造物が吹き飛ばされている。
その過程で隠れて進行出来るルートは着実に削られており、今はその逃げ道を一つずつ丁寧に潰す工程に入っているだろうと予想出来た。
事実として最早自分が見つかるのは秒読み段階と言っても過言ではなく、樫尾は警戒を強めた。
(矢張り…………っ!)
そして、遂にその時が来た。
上空から降り注ぐ、光の弾。
自分の下に向かって飛来するそれを視認した瞬間、樫尾は止む無く建物の陰から跳び出した。
「…………っ!」
一瞬遅れて、爆撃が着弾する。
それによって今まで自分が隠れていた路地は建造物ごと吹き飛ばされ、間一髪でそれを逃れた樫尾もまた、爆撃によって更地になった場所に身を晒してしまっていた。
「────────!」
そして、樫尾の眼の前に一つの影が躍り出る。
それは樫尾が進んでいた進行方向上、即ち爆撃の範囲の向こう側から現れた。
茶髪に、怜悧な瞳。
その手に弧月を構えた姿は間違いなく、試合開始直前に画像として見たばかりの玉狛の新隊員、ヒュースに違いなかった。
恐らく、炙り出された自分を直接狩る為に、付近に待機していたのだろう。
対面して分かるそのプレッシャーから、視線の先に立つ少年が尋常ならざる使い手である事は容易に予測出来た。
(来た…………! 生憎位置取りは最悪だけど、ここまでは王子先輩の予想通り…………っ! あとは────────────────)
樫尾は気力を漲らせて弧月を握り締め、バッグワームを解除。
同時にハウンドを展開し、射出。
ヒュースとの交戦を、開始した。