香取隊の狙撃手   作:デスイーター

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王子隊Ⅴ

 

 

「────────!」

 

 樫尾の放った追尾弾(ハウンド)が、ヒュースに向かって襲い掛かる。

 

 今この時まで、大半のボーダーの隊員側からのヒュースの評価は「弧月を使う剣士」という事以外何も分かってはいない。

 

 あの太刀川相手にいきなり一本取る程の剣の腕を持つ為近接戦闘が得意なのは間違いないが、それ以外の情報はほぼ何も無い状態だ。

 

 故に、これで分かる。

 

 彼が純粋な攻撃手なのか、そうではないのか。

 

 ハウンドは中距離戦での牽制札として、多くの者に愛用されているトリガーだ。

 

 直線にしか飛ばないアステロイドや弾道を設定し撃たなければならないバイパーと異なり、誘導設定を弄る必要こそあるものの撃ちさえすれば自動で目標に向かって追尾して飛んでくれる。

 

 その処理の軽さから弧月を扱う隊員のサブウェポンとしても有用で、事実王子隊は射手の蔵内だけではなく全員がハウンドを装備している。

 

 極論誘導設定を弄らずに撃てば他の作業を行っている最中でも使えるので、とにかく手軽に扱える中距離用トリガーとして人気が高いのだ。

 

 加えて誘導設定の調整が習熟すれば応用性も非常に高く、二宮のような玄人にも愛用されている。

 

 手軽に扱え、更に極めればあらゆる局面に対応可能。

 

 その汎用性、応用性の高さがハウンドの武器である。

 

 そして、相手にハウンドを使われた場合その対処は大きく分けて二つ。

 

 シールドを張って耐えるか、回避機動を取りつつ障害物を使って凌ぐかだ。

 

 ハウンドは扱い易い能力を持つが、反面威力は左程高くはない。

 

 広げたシールドでも充分耐え切れるし、障害物があればそれで止まる。

 

 故にシールドを張れば簡単に防げるし、障害物を盾にしながら進めば凌ぎながら前進も出来る。

 

 無論、そのどちらの対処にも穴はある。

 

 確かにシールドを張ればその場は凌げるが、繰り返し弾丸を撃ち込まれ続ければいずれは貫かれるし、その場に固められてしまう。

 

 特に二宮のようなトリオン強者相手に安易なシールドでの防御を選択する事は、自殺行為に等しい。

 

 トリオンの高い者の弾は威力も手数も段違いである為、生半可な防御では焼け石に水であり、固められて身動きが取れなくなった所にアステロイドを叩き込まれればそれで終わりだ。

 

 それは後者の対応にも言える事であり、多少の障害物は物量の前にはどうしようもない。

 

 加えてもう一つ、障害物を使っての対処はそもそも()()()()()()()()()()()()()使()()()()

 

 今回の場合、ヒュースは千佳の爆撃により周囲の建物が一掃された場所からこちらに向かって駆け出していた。

 

 即ち、今のヒュースには身を護る為の障害物が何も無い。

 

 だからこそもしも彼が純粋な攻撃手であった場合、シールドで防ぎつつ前進するか、グラスホッパー等の移動手段を用いて接近するかのどちらかしか有効な選択肢はない状況だ。

 

 仮に彼に中距離用の武器がない場合、樫尾はハウンドを一方的に撃ち続ける事が出来る。

 

 トリオン量は並程度の樫尾だが、それでも絶え間なく飛来するハウンドはそれだけで厄介だ。

 

 故に、これで分かる。

 

 ヒュースに中距離用の攻撃手段があるのか、そうではないのか。

 

「────────」

 

 そして。

 

 その答えは、すぐに出た。

 

 ヒュースの脇に、巨大なトリオンキューブが生成される。

 

 その大きさは、ハッキリ言って二宮のそれを凌ぐ。

 

(大きい…………っ!)

 

 彼が弾トリガーを使う可能性についてはある程度予想はしていた樫尾だが、そのキューブのサイズは想定を超えていた為に眼を見開いた。

 

 射撃トリガーを使用する際、生成されるキューブは持ち主のトリオンの大きさに応じて自動的に決定される。

 

 そこから分割するかどうかは使用者が決められるが、最初に展開されるキューブの大きさまでは調節出来ない。

 

 だからこそ、射撃トリガーを使う相手はキューブを見ればそのトリオン量が大まかに推測出来るのだ。

 

 そしてこの場合、キューブの大きさが二宮以上という事は。

 

「…………っ!」

 

 ────────即ち、トリオン14(二宮クラス)を超えるトリオンの持ち主である事の証明となる。

 

 分割されたヒュースのトリオンキューブが、真っ直ぐに樫尾に向かって放たれる。

 

 その最中で樫尾のハウンドと多くの弾丸がぶつかり、対消滅する。

 

 トリオンの弾丸はその威力に関わらず、他の弾に触れた時点でカバーが外れその場で炸裂を起こす。

 

 これはトリオンの弾丸の構造が威力を込められたトリオンの弾体をカバーが覆っており、何らかの衝撃で外側のカバーが破損する事で外気に触れ炸裂を起こしてダメージを与える構造である為だ。

 

 だからこそよくある漫画やアニメのように、威力の高い弾丸がそれを下回る弾を弾いて突き進む、という展開にはならない。

 

 だが、トリオン量に差のあるヒュースと樫尾ではそもそもの()()が異なる。

 

 ヒュースの放った夥しい数の弾丸は樫尾のハウンドの殆どを消し飛ばし、残った弾がそのまま直進する。

 

「く…………っ!」

 

 弾丸が真っ直ぐ進んでいる為、弾種がアステロイドだと断定した樫尾はすぐさまその場から跳び退いた。

 

 あれだけのサイズのキューブを生成するヒュースの扱うアステロイドが、生半可な威力である筈がない。

 

 正確なトリオン量こそ不明だが、シールドを張ったところで削り殺されるだけだと樫尾は判断した。

 

 彼が跳び退いた事で、ヒュースの弾はそのまま標的を見失い背後に瓦礫に着弾、炸裂する。

 

「ハウンドッ!」

 

 樫尾はすかさず、ハウンドの第二射を放つ。

 

 トリオンで上回る相手に対して、守勢に回る事は愚策。

 

 それは二宮と戦った事のある隊員なら、誰でも知っている。

 

 だからこそ、樫尾は反撃を選択した。

 

 ヒュースが仮に両手に射撃トリガーをセットしていた場合、下手に守勢に回れば両攻撃(フルアタック)で削り殺される可能性があった。

 

 周りに盾となる障害物が無い現状リスクの高い両攻撃を行うかどうかは不明であったが、相手が玉狛────────────────修の率いるチームである事を鑑みて、その可能性は充分考慮すべきと樫尾は結論した。

 

 樫尾は、修と仲が良い。

 

 共に生真面目な性格で共にいてストレスがなかった事に加え、今まで教えを乞う側であった樫尾が教導する側に回るというのは新鮮な経験であった為、歳は同じだがボーダー隊員としては先達である為、感覚的には可愛い後輩としてかなり親身に接していたのだ。

 

 ランク戦の期間中王子が修との師弟関係を一時的に休止し、彼が隊室を訪れなくなった事に関して理屈では納得していても少なからず寂しさを感じる程度には樫尾は彼に対して好感を抱いていた。

 

 だからこそ、修が王子とある意味で同類である事には既に気付いていた。

 

 確かに修は物腰は丁寧だし、目上を立てようとする生真面目な人間だ。

 

 しかしその一方、目的の為には手段を択ばない性質があり、親しい間柄であっても向こうの言動や行動から少しでも情報を得ようと相手を観察する強かさも備えていた。

 

 加えて大人しそうに見えて非常に我が強く、目上で師である王子に対しても言いたい事はしっかりと伝えていた。

 

 それに加えて、件の大規模侵攻でのトリガー解除事件だ。

 

 流石に樫尾もそれを初めて聞いた時には仰天し、修に直接苦言を呈した。

 

 もう二度とそんな危険な真似はしないよう強めに叱咤したのだが、それに対する修の返答は「()()()()()()()やるつもりはない」というものだった。

 

 それは即ち彼が()()と判断すれば何度でも同じ真似をするという宣言と同義であり、以後何度言葉を重ねても修は決して自分の意思を曲げなかった為、渋々樫尾の側が折れた形となった。

 

 その時に、改めて樫尾は修の我の強さと目的の為に手段をどれだけ選ばないかという事を思い知らされた。

 

 故にその修の率いるチームのエースであれば、普通ならやらない事でも仕掛けて来てもなんらおかしくはない。

 

 そういう認識が、樫尾の中には存在していた。

 

 だからこそ、此処は攻める。

 

 守りに回った時点で負けだと、樫尾は考えるが故に。

 

(このまま、何とか駅舎方面に向かう。王子先輩の言う通り、正面から勝てると思っちゃいけない。ただ、目的地まで生き残る事を優先するんだ…………っ!)

 

 

 

 

「爆撃によって炙り出された樫尾隊員を、ヒュース隊員が強襲────────! この試合、始まって以来最初の戦闘が勃発しました…………っ!」

 

 桜子の言葉に呼応するように、会場が沸き上がる。

 

 無理もない。

 

 千佳による爆撃が開始されていたとはいえ、今回の試合はこれまでほぼ全員が潜伏を選んでいた事もあり、まともな戦闘らしい戦闘が起こっていなかったのだ。

 

 そこに来てようやくの事実上の初戦闘なのだから、こうもなろう。

 

 弾トリガーの撃ち合いという見栄えのする戦いである事も、盛り上がりに拍車をかけていた。

 

「ヒュース、トリオンかなり高いな。あれ、もしかして二宮さん以上じゃね?」

「そうだね。あのトリオンキューブの大きさから言って、多分間違いないでしょ。かなり良い実力(いろ)をしてるように視えるし、少なくとも下回る、って事はないと思うよ」

 

 二人の言葉に、同じ感想を抱いていた会場の正隊員達は眼を細めた。

 

 ハッキリ言って二宮という名は、このボーダー内でトリオン強者の代名詞と言っても過言ではない。

 

 今でこそ千佳という規格外が出現してはいるが、それまでトリオン強者と言われて最初に連想するのはほぼ全員が間違いなく二宮と答えていた筈だ。

 

 それだけ二宮の火力は驚異的であり、人によっては歩くMAP兵器と呼ばれるそのトリオン量は伊達ではない。

 

 その二宮以上のトリオン量と聞かされては、大なり小なり動揺するのは当然の事と言えた。

 

 少なくとも観客席に座っていた弓場は眼を見開いていたし、共に座って観戦していた緑川と黒江はそれぞれ驚嘆の表情を浮かべていた。

 

 二人に付き添っていた加古も眼を細めており、ヒュースの素性を知らされている三輪も複雑な表情をしている。

 

 そういった反応が見られる程、ヒュースのトリオン量は衝撃が大きかったワケだ。

 

「噂では剣の腕も相当という事でしたが、それに加えてあの二宮さん以上のトリオン量とは驚きですね…………っ! ではこの戦いは、矢張り樫尾隊員が劣勢でしょうか?」

「そーだな。正面からやり合えば、どう考えても樫尾が分が悪いな。これだけのトリオン量に加えて剣の腕も立つとなりゃ、隙みてーなモンが見当たらねーしよ」

「いっそ純粋な射手だったら、ワンチャンあったかもしれないけどね。事実上の万能手となると、近付いたところで対抗手段があるから難しいと思うよ。近接戦闘も強いとなれば、猶更ね」

 

 加えて、ヒュースが事実上の万能手である事も問題だった。

 

 ボーダー内では万能手の定義は「攻撃手用トリガーと射手用もしくは銃手用トリガーのポイントが共に6000以上の隊員」となっており、それに当て嵌めればB級に上がったばかりでポイントを稼げていないヒュースは形式上は万能手ではなく攻撃手という扱いになる。

 

 されど、戦闘スタイルは万能手のそれである事に間違いはなく、しかも剣の腕はボーダー上位陣と比べても遜色なく、トリオン量の高さによって火力もあるとなると確かに隙がないにも程がある。

 

 天羽の言う通りいっそ純粋な射手であれば近付けさえすれば勝機はあったのだが、剣の腕も立つとなればそうはいかない。

 

 様々な意味で、話題に事欠かない相手と言えた。

 

「けど、樫尾もどうやら無策ってワケじゃねーみてーだな。後退じゃなく前進を選んだ、というよりも駅舎の方を目指してるとなりゃ、少なくとも考え無しってワケじゃねーだろ」

「これだけのトリオン量の相手に、遮蔽物がない場所での戦いを仕掛けてるからね。何とか撃ち合いで対抗してるけど、劣勢なのは間違いない。これで考えがなかったら、驚くくらいだね」

 

 しかし、そんな相手に対して樫尾は後退を選ぶのではなく前へ進み、自ら遮蔽物の無い場所へ赴く事を選んでいる。

 

 王子隊に属する樫尾が考え無しでそういった行動に移るとは到底思えず、何らかの思惑があるのは間違いない。

 

 其れに関しては、天羽も同意していた。

 

「では、これも王子隊の作戦行動の一環であると?」

「何処までがそうかは分かんねーけどな。けど、樫尾が何か狙ってるのは間違いねーと思うぜ。少なくとも、ありゃ自棄になった奴の眼じゃねー。確実に、何か策があるって人間の眼だよ」

 

 そう言って、出水は画面の中で奮戦する樫尾を見据える。

 

 樫尾はシールドを張りながらハウンドを撃ち続け、時に弾が掠めてダメージを負いながらも諦める事なく前進を選んでいる。

 

 その眼には強い意思の光が宿され、真っ向からヒュースを睨みつけていた。

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