「そっちはどうだ、
『問題ない。もうすぐ、駅舎に着くよ』
そうか、とヒュースは通信越しに返答しながら弾丸を射出する。
通話を行いながらも、彼の攻撃は途切れない。
標的たる樫尾に向け、無数の光弾を撃ち放つ。
一斉に飛来するそれらに対し、樫尾は横に跳んでの回避を選択。
弾数自体がかなり多い為一苦労している様子だが、紙一重で躱す事には成功していた。
「了解した。こちらもこの相手を片付け次第、合流を目指す。お前は隙を見て駅舎に跳び込め」
『ああ、頼んだぞ』
それを見たヒュースは再びトリオンキューブを生成し、射出。
円滑な通信を行いつつも、彼は着実に樫尾を追い詰めていた。
「…………っ!」
今度も樫尾は横に跳んでの回避を試みるが、先程と違いヒュースの弾丸は扇状に広がる形で放たれている。
真っ直ぐにしか飛ばしていないとはいえ、その効果範囲自体はかなり広い。
結果、樫尾はグラスホッパーを起動し、それを踏んで跳躍。
間一髪で、何とか弾丸の効果範囲から抜け出る事に成功する。
「────────!」
しかしそれは、空中と言う逃げ場のない場所へ自ら移動したに等しい。
新たに弾丸を生成したヒュースは、それらを一斉に樫尾に向かって撃ち放った。
「く…………!」
止む無く、樫尾は防御を選択。
今回もまた、ヒュースの弾丸は扇状の広範囲に広がっている。
故に一ヵ所ごとの弾丸の収束率はそう高くはなく、樫尾のシールドでも充分に弾を弾く事が出来た。
無論、そのままでは的になる事が目に見えている。
樫尾はグラスホッパーを再び起動し、再跳躍。
そのまま、未だ建物の残る北東方面へと着地する。
「させん」
路地へ跳び込もうとした樫尾に向け、再びの弾丸が襲い掛かる。
今度は扇状ではなく、路地の入口に集中して叩き込むように範囲を調整した上でだ。
樫尾はその場から飛び退きながらシールドで防御を行い、何とか被弾を回避する。
しかし、それもまたヒュースの思惑通りであった。
空ぶったかに思われたヒュースの弾丸は路地の周囲の家屋を的確に打ち崩し、侵入口が物理的に塞がれる。
最初から、彼はこれを狙っていたのだ。
グラスホッパーならば飛び越える事は可能だろうが、ヒュースが近くにいる状態で迂闊にそんな真似をすればどうなるかが分からない樫尾ではない。
「…………!」
結果、樫尾は次なる侵入口へ向けて瓦礫に沿うように駆け出した。
勿論、同時にハウンドを撃ち出す事も忘れない。
当然ヒュースはそれを追い、放たれた
(あの動き、矢張り修があちらにいる事はバレているな。攻めっ気もなく、オレとはまともに戦う気が無い────────────────いや、
ヒュースは樫尾の動きから、修の大まかな位置が見破られている事と、彼が自分を打ち倒す事ではなく自身が生き残る事を最優先して戦闘を行っている事を看破していた。
先程から樫尾は一貫して、ヒュースに対し攻勢を見せなかった。
ハウンド自体は撃ち続けているが、それはあくまでこちらに撃たれっぱなしにしない為の牽制であり、ヒュースを仕留めようという動きは一切見せなかった。
遭遇してしまった敵エースに対する動きとしては、少々違和感がある。
(大方、修を追い立てる動きを見せて少しでもオレに手札を切らせようと言うハラか。だが確かに、一つも手札を切らずにコイツを片付けるのは時間がかかる。その間に、不測の事態が起こらんとも思えん。決断の時だな)
ヒュースは樫尾の動きから、その目的がこちらの持つ手札の開示だと見通していた。
今回が初参戦であるヒュースのトリガーセットは、その殆どが割れていない。
現状では腰に佩いている弧月と先程まで使っていたバッグワーム、そして現在も撃ち続けている弾トリガーの三種しか開示はされていない状態だ。
弾トリガー生成の際のキューブを見られた事でこちらのトリオン量が高いのは知れたであろうし、残りのトリガーセットのうちシールドで消費される二枠以外の手札を何とかして知りたいのだろう、という思惑は見て取れた。
それだけ今回から動員されたヒュースという駒の重要性は高く、それは彼自身が一番理解していた。
(下手をすれば、修が見付けられてしまう可能性もある。それは可能ならば避けなけらばならない以上、手札を切ってでも早急にコイツを仕留める必要がある。問題は、
(まだ、違うトリガーは使って来ませんか…………っ! 用心深い相手ですねっ!)
樫尾はヒュースの弾丸を躱しながら、内心で舌打ちしていた。
勿論撃ち返さなければ一方的に攻撃をされ続けてしまう為、ハウンドを放つ事も忘れない。
ヒュースが回避挙動を取ったのを確認しながら、樫尾は思案する。
(王子先輩の言う通り、彼の手札があれだけとは思えない…………! 確実に、何かを隠し持っている筈ですっ! 何とかして、それを引き出さないと…………っ!)
『樫尾には、なるだけヒューストンの手札を切らせて欲しい。有り体に言えば、囮になって貰いたいんだ』
それは、ヒュースとの遭遇前。
そこで王子は、通信で樫尾に対しそう言って作戦の説明を始めた。
樫尾は成る程、と頷きそれを了承する。
初っ端から無理難題の気配が漂っているが、王子ならこれくらいはいつもの事だと理解している。
故に余計な茶々は入れず、樫尾は粛々と己の役割を受け入れた。
「了解しました。ですが、雨取さんの爆撃を凌ぎながらヒュースくん────────────────いえ、年上っぽいですね。ヒュースさんの相手をするのは、中々に厳しそうですが」
『いや、その心配は要らないよ。君が見つかった時点で、アマトリチャーナは爆撃を止めて姿を隠すだろうからね』
「…………? それは一体」
まず、と王子は前置きして続ける。
『アマトリチャーナがクーガーという重要な駒を伴ってまで爆撃をして来たのは、隠れているぼく等を炙り出す為だ。そして、炙り出したとしてもアマトリチャーナでは直接君を狙撃で仕留める事は出来ない。なら、標的の処理役は確実にヒューストンを用いて来る筈だ』
オッサムでは奇襲であっても単騎で君は倒せないだろうからね、と王子は続ける。
樫尾もそれは同意見であった為、特に異論はない。
修は彼なりに成長はしているが、単騎の駒としての性能は依然B級下位に羽根が生えた程度でしかない。
勿論仲間を連携して来れば脅威だが、それはあくまでも近くにチームメイトが居た場合の話だ。
自身の実力を高く見積もるつもりはないが、それでも1対1で横槍なくまともに戦えば自分が勝つだろうと樫尾は冷静に分析していた。
『そして、一度ヒューストンという手札を切った以上はもう追撃に割ける駒はない。その状況で爆撃を続けて他の誰かが炙り出されたとしても、それを玉狛の得点にする事は出来ない。なら、さっさと爆撃を止めて引っ込む筈さ』
「成る程、理に適っていますね。了解しました」
王子の言う通り、現状千佳は遊真を護衛として爆撃を敢行しているが、だからこそ残る玉狛の駒は修とヒュースの二人だけだ。
そして修では追撃要員として適さない以上、ヒュースを切るしかない。
その場合、一度追撃の札としてヒュースを切った後で爆撃を続けても、炙り出された相手を討ち取る為の駒が玉狛には存在しない。
故に樫尾が見つかった時点で爆撃が停止するだろうという王子の考えは、正鵠を射ているように思えた。
『頃合いを見計らって君が炙り出されに行けば、必ずそこにヒューストンはやって来る。だからそこで、可能な限り彼の手札を引き出して欲しい。そして────────』
「────────!」
樫尾は、その光景を見て瞠目した。
放たれる、無数の光弾。
それを撃ち放った張本人であるヒュースが、弧月を抜刀してこちらに駆け出して来たのだ。
先程から距離を保っての撃ち合いに終始していた中で、突然の接近。
明らかな変化に、樫尾は警戒を強めハウンドを撃ち返しながら思案した。
(近付いて来た…………っ!? なら、彼の持つ手札は近接で威力を発揮する代物という事ですか…………っ!? 考えられるとすればスコーピオン、あるいは幻踊…………? いえ、どちらにせよ…………!)
樫尾はすぐさま次の手を決断し、グラスホッパーを起動した。
相手は、あの太刀川から一本取った程の実力者。
自分では近接戦闘になった時点で、不利な事は明白。
最初から諦めるようで癪ではあるが、作戦上生き残る事が最優先。
加えて接近して来たという事は、相手の隠された手札の一つが鍔迫り合いで威力を発揮するものである可能性が否定出来ない。
その手札が何なのかは気になるが、そういう類の武器があると分かったならばやりようはある。
ヒュースの手札を引き出すのが自分の仕事の一つだが、それ以上に生存もまた自身の果たすべき役割だ。
生き残りさえすれば別の手札も引き出せる可能性がある以上、むざむざやられてしまうであろう危険な距離での戦いをするべきではない。
近接戦闘ではこれまでと異なり、威力の高いブレードトリガーが使用される。
ブレードトリガーの威力は弾トリガーの比ではなく、基本的にシールドで防ぐ事は出来ない。
特に弧月となれば、集中シールドだろうと破砕するだけの突破力がある。
標準的な重さと高い切れ味を併せ持つ弧月は、旋空を使わずとも相手の防御を崩す手段としてはそれなり以上に有用なのだ。
そんな弧月同士の戦いで、尚且つ明白に相手が格上となれば戦いは長くは続かない。
樫尾はハウンドという手札を持つ関係上、ポジションの上では攻撃手ではあるが立ち回りは万能手寄りだ。
故に剣を極めるよりも近距離と中距離をバランス良く戦えるよう鍛えており、純粋な剣技はそこまで上積みというワケではない。
少なくとも、ボーダートップの剣士である太刀川相手に一本取れるような人物に、剣で勝てると思う程彼は浅はかではない。
これが個人戦ならば勉強だと思って立ち向かうが、今は試合だ。
個人的な拘りや思惑は入り込むべきではない以上、優先すべきは作戦行動。
だからこそ樫尾に迷いは無く、グラスホッパーを踏み込み跳躍。
狙うは、少し先に開けている路地の入口。
このタイミングであれば、ギリギリ跳び込めるだろう。
射撃トリガーは、発射までにタイムラグが存在する。
応用性と引き換えに攻撃までに複数の工程を挟む必要がある射撃トリガーでは、このタイミングでの追撃は不可能。
樫尾は中空を移動し、路地の先へ着地する。
「な…………っ!?」
────────だが。
彼の身体は、空中で見えない
何が、起きたのか。
それは、言うまでもなかった。
「スパイダー…………っ! 三雲くんか…………っ!」
ワイヤートリガー、スパイダー。
自身の友である修が使うそのトリガーに依るもので、間違いは無かった。
元より、この付近に彼がいる可能性は高いと予想はしていた。
だというのに、此処で修の代名詞たるワイヤー
体勢を崩し、致命的な隙を晒した樫尾へ向かいヒュースは弧月を持ったまま斬りかかる。
同時に、再度弾を撃つ事も忘れてはいない。
既に回避が叶わない樫尾は弾丸を防御する為にシールドを使わざるを得ず、それを使用した時点で上から弧月で叩き割られる。
万事休す。
まさに、そう言って差し支えない状況と言えた。
「…………!」
だが。
そんな彼の下に、飛来する一つの影があった。
増援ではない。
元々ヒュースと接敵した時点で単独での奮戦を命じられていた彼の下に、王子や蔵内がやって来る筈もない。
逆だ。
それは、彼を狙うもう一人の狩人。
香取が、グラスホッパーを用いて跳び出し彼に向かって斬りかかっていた。
最初から彼女は、この機会を伺っていたのだ。
樫尾がある程度ヒュースと戦闘して情報を引き出し、そして隙を見せて討ち取られる間際。
そこで漁夫の利を得んが為、彼女は樫尾が戦い始めて以降近辺に潜伏していたのだろう。
此処まで距離を詰められた時点で、香取相手に抗う術はない。
射撃トリガーは当然展開が間に合わず、シールドを張ったところでヒュースの弾をまともに受け止めた後ではスコーピオン相手でも割られかねない。
体勢を崩している状態では回避もままならない以上、どうしようもない。
シールドを張って香取に獲られるか、素直に弾を受けてヒュースに獲られるか。
今樫尾に許されているのは、その二択しかなかった。
「は…………っ!?」
────────その、筈であった。
だが、そうはならなかった。
救援ではない。
第三者の横槍、というワケでもない。
突如地面から壁が突き上がる形で出現し、香取の行く手を塞いだのだ。
それが何か、樫尾は知識として知っていた。
「エスクード…………ッ!」
エスクード。
旧式のトリガーであり、そのトリオン消費の非効率さから使う者の殆どいない
それが、香取の行く手を阻む壁として出現したのだ。
当然、それを行った者はヒュースに他ならない。
彼は獲物の横取りなど許してなるものかと、隠していた手札の一つを開示して香取の妨害を図ったのだ。
「旋空弧月」
無論、それで終わる筈もない。
ヒュースは旋空を起動し、一閃。
エスクードで行く手を阻まれ、何より中空で体勢を崩していた樫尾にそれを防ぐ手段はない。
旋空はそのまま、樫尾の向こうにあるエスクードごと彼を両断。
これまで善戦し生き延びて来た樫尾を、遂に討ち取った。
「ここまでか────────ですが」
『戦闘体活動限界。
機械音声が、樫尾の脱落を告げる。
間一髪で跳躍し旋空を回避して路地に跳び込んだ香取を尻目に、樫尾の身体は崩壊し光の柱となって消え失せた。
「よし」
視界の先で空に上がる光の柱を見て、修は喜色を浮かべる。
こういう時の為にある程度近辺にワイヤーを仕掛けていたが、どうやら無事に功を奏したようだ。
香取がこの場で介入して来るのは、分かっていた。
向こうには樹里という強力な索敵要員がいるのだから、情報収集能力に於いては香取隊の方が上なのだ。
ならばこの好機を見逃す筈もなく、必ず横槍を入れて来るだろうと思っていた。
だがそれは、香取と言う強力無比な駒の位置が判明し、今この瞬間修にその刃が向けられる事がないという証明でもある。
今こそが、好機。
既に遊真と千佳は駅舎内に潜伏している為、後は修さえ中に入ればワイヤー陣を張って待ち構える事が出来る。
既に先制点を獲得し、幸先も良い。
修はそのまま、目と鼻の先となった駅舎に向かって駆け出した。
「え────────?」
────────だが。
その歩みは、たったの一歩目で止められた。
物陰から放たれた、拡張斬撃によって。
修の身体は、見事に両断されていた。
振り返る。
そこに、いたのは。
「待っていたよ、オッサム。君なら、こう動くと思っていた」
────────王子一彰。
自身の師である彼は、振り抜いた弧月を手に不敵な笑みを浮かべている。
にこやかに笑う王子は、勝者の笑みで胴が両断された修を見据えていた。
『戦闘体活動限界。
機械音声が、修の敗北を告げる。
修の身体は罅割れ崩壊し、光の柱となって戦場から消え失せた。