剣士は笑う①
『遠征艇が着陸します。付近の隊員は注意して下さい』
機械音声のアナウンスと共に
その艦────────────────遠征艇は脚部を展開し、着陸。
ボーダートップチームを乗せた舟が、たった今この世界へと帰還した。
「…………来たか」
ボーダーの最高司令官、城戸は着陸した遠征艇を見上げ、おもむろに顔を上げる。
その表情には、冷徹な指揮官としての顔が覗いていた。
「玉狛が匿った
「ああ、玉狛支部には既に迅が持つ黒トリガー風刃がある。それに加えてもう一つ黒トリガーを保有する事になれば、派閥間のパワーバランスが崩れてしまう。それは避けなければならない」
遠征より戻り、帰還したトップチーム。
彼等の実質的なリーダーである太刀川隊隊長、太刀川慶は城戸からいきなり告げられた任務の内容を復唱し、確認していた。
その内容とは、「玉狛支部に匿われた近界民の黒トリガーの奪取」である。
城戸の話によれば、先日明らかになった人型近界民を迅が玉狛支部へと匿い、その者がなんと黒トリガーを保有しているというのだ。
しかも、予想では迅はその近界民を入隊させるべく動くだろうとの事。
そうなれば玉狛は迅の風刃に加えもう一つの黒トリガーを所持する事となり、派閥間のパワーバランスが一気に傾きかねない。
それが、城戸の説明だった。
(こりゃ、字面通りの任務じゃねぇな。ある意味茶番だろ、これ)
話を聞いた太刀川は内心で城戸の本意を察しながらも、口にはしない。
それだけの力を黒トリガーは持っているのだから、城戸の危惧は当然の話ではある。
だが、それならばこんな乱暴な手段を取らずとも、もっと手っ取り早い方法があるのだ。
簡単だ。
迅に、「その近界民を玉狛に所属させるのであれば風刃を渡せ」と通達すれば良い。
要は玉狛支部に黒トリガーが二つあるのが問題なのだから、それを一つにしてしまえばそれが
そして、風刃はかつて本部での適合者選びの試験を経て迅に譲渡された黒トリガーだ。
それ自体は彼が実力で勝ち取ったものである為、文句を付けようもない。
しかし今、迅は黒トリガーを持つ近界民を匿うという背信スレスレの事をしている。
そのペナルティ、否。
こんな風に、強引に奪取を目論むというリスクの大きい真似をするよりは余程理が適っている。
それをしないという事は、この任務自体が城戸と迅が暗黙の了解の内に作り上げた茶番である、という事の証左だ。
(多分、派閥同士で一度ぶつかる場を作りたいのと、その近界民の受け入れをし易くする
迅はともかく、城戸の思惑は察せられる。
城戸は表面上近界民排斥を掲げ、そういった思想に同調する者達の事実上の代表者となっている。
しかし、それはあくまで隊員集めの為の
その為に例の近界民を受け入れる事はプラスに働く、という計算が既に彼の中では働いているのだろう。
それも当然で、黒トリガーを所持する腕利きの近界民の傭兵など、戦力的な意味で欲しいに決まっている。
凝り固まった復讐心故に近界民と聞けば排除を叫び行動しようとする三輪と異なり、幾度も遠征に赴いた太刀川は近界民相手でも交渉が可能な事を知っている。
何しろ、相手は住む世界が違うだけの人間だ。
遠征は基本は隠密行動だが、場合によっては現地の近界民と接触し、交渉を行うケースもある。
利害を提示すればきちんとした交流が可能である事も、彼は知っているのだ。
そして、これまでの経緯を聞く限り件の近界民は相当に友好的な相手だ。
現時点でこちらに危害を加える意思が見受けられず、むしろ情報提供にも前向きな姿勢が見られる。
こうなると、組織としては取り込む以上の最善策が見えない。
しかしそれは、あくまでも
ボーダーには城戸のプロパガンダによって、近界民を恨む多くの者達が入隊し城戸派閥に所属している。
今後例の近界民の事が万一隊員に露見した場合、上層部が簡単に彼を入隊させたとなれば派閥の者達が黙っていないであろう事が容易に推察出来る。
だからこそ、自分達トップチームを迅と戦わせ、「可能な限りの手は打ったが失敗し、それを迅からの交渉によって軟着陸させた」という口実が欲しいのだろう。
それは得てして自分達トップチームの敗北を予見していると言っているのと同義であり、太刀川としては面白くない。
太刀川は馬鹿で有名だが、その地頭は決して悪くはない。
単に、興味のある事とそれ以外とで思考の回転数が著しく異なるというだけだ。
彼は勉強には一切興味が持てない為その関連事項には一切頭が働かないが、戦闘等嗜好に合致する事柄であればその脳細胞はフル回転し、周囲が驚く程の明晰さを見せる事がある。
学業成績が振るわないのに隊長として動く時は頭が冴え渡っているように見えるのも、この特性の影響だ。
元からそういった傾向はあったのだが、幼馴染の月見による
故にこの程度の推察は簡単に行えるし、これからの道筋も複数考えている。
事が戦闘や指揮官としての動きに絡む事であれば、彼は決して馬鹿ではないのだから。
(うし、方針は決まったな。こうなりゃ意地でも迅をぶっ倒して、後始末で苦労させてやるさ)
無論、命令に従わないという選択肢はない。
無いが、それでも彼等の思惑通りに進むのは癪に障る。
ならば、全力で迅を打ち倒し、その思惑を食い破ってやろう。
それによって生じる問題の解決は、
自分達は兵器らしく、ただ戦う事だけ考えていれば良いのだからと。
太刀川は、内心で不敵な笑みを浮かべて見せた。
「太刀川さん、ちょっと耳に入れておきたい事があります」
「あん? なんだ?」
その後、司令室を退室した太刀川を、三輪が呼び止めて来た。
三輪は相変わらずの仏頂面を見せながらも、何処か思い悩んだ様子で口を開いた。
「実は、数日前に迅が佐鳥に接触している場面を見たんです。もしかしたら、彼を通じて嵐山隊に協力を要請した可能性があります」
「…………へぇ」
ニヤリと、太刀川は人知れず笑みを深くする。
迅だけでどうやってこの四部隊を相手にするのかと考えていたが、それならば納得がいく。
彼に加えて総合力や対応力に優れる嵐山隊が加われば、確かにこの面子相手でも真っ向から迎撃が可能だろう。
嵐山は迅と仲が良い友人であるし、彼からの頼みならば断わらないように思えた。
「いや、それは考え難いのではないか? 嵐山は、道理の分かる男だ。たとえ友人の頼みとはいえ、組織の命に背くような真似を軽々にするとは思えない」
しかし、そこに風間が待ったをかけた。
確かに、嵐山は聡明な人物だ。
自分の取った行動の結果生じる不利益を、計算出来ない筈がない。
第一に、彼はボーダーの顔である広報部隊の代表でもある。
そんな自分の立場を理解している人間が、果たして友人に頼まれた程度で組織の方針に背くだろうか。
風間は、そこを指摘していた。
「風間さん、それは嵐山が
「…………! まさか、忍田本部長が玉狛に与するとでも?」
「可能性はあるだろ。話によりゃ、そもそも忍田さんは黒トリガー強奪に反対の立場だったっつー話だ。それなら、迅から頼まれりゃ引き受けるだろーぜ」
だが、その前提は一つの条件を加える事で覆る。
それは、嵐山が自部隊の独断専行ではなく、上からの命令で動いた場合だ。
嵐山隊はその全員が、街の守りを第一とする忍田派閥に属している。
故に、忍田が派閥の長として号令をかければ、彼等は「忍田本部長の命令による作戦行動」として堂々と迅に助力出来るのだ。
事此処に至り、迅がそのあたりの根回しを済ませていないとは思えない。
だからこそ、三輪の言う「嵐山隊が迅と組む可能性」は太刀川には現実的なものであると判断したのだ。
「取り敢えず、現地じゃ迅に加えて嵐山隊とも戦闘になる可能性が高いってワケだな。それを踏まえた上で、作戦を練る必要があるかね」
「それが事実なら、脅威度は一気に跳ね上がる。嵐山隊は、決して侮って良い相手ではない」
「こうなると、ウチの隊長が船酔いでグロッキーなのが痛いねぇ。夜までに回復すりゃあいいんだが」
「なら、それ込みで作戦会議だ。三輪も付き合って貰うぜ」
「了解」
太刀川の号令により、隊長陣は作戦を練り始める。
その間、太刀川の眼には終始爛々とした闘志の光が宿っていた。
「しかし、良かったのか太刀川。話通りなら、忍田本部長と反目する立場になるという事だが」
「構いやしねーって。忍田さんも、俺の立ち位置くらい理解してんだろ。あの人割と感情で動く人だけど、こっちの立場が分かんない人じゃねーしな」
会議後、風間は太刀川へ先程脇に置いていた疑問を投げかけていた。
忍田本部長は、太刀川の師匠だ。
そんな相手が、今回は立場上敵となる。
それで良いのかという確認に、太刀川は是と答えた。
その程度で揺らぐ程、師弟の絆は弱くはないのだと。
何処か、誇らしげに語って。
「忍田さんは腹芸が表立って出来るタイプじゃないけど、それでも裏を読めないワケじゃないしな。今回は城戸司令の命令で動くんだし、実働部隊の俺等にどうこう言うつもりはないだろーぜ」
「ったく、その頭の回転をどうしてお前は勉強の時に発揮出来ないんだ」
「単純に適性の問題だっての。適正適所って言うだろ」
「それを言うなら適材適所だ」
そうなのか、と割と真剣に感心する太刀川に風間は内心でため息を吐く。
太刀川は今のような頭のキレを見せる事があるが、反面勉学ではこちらを馬鹿にしているとしか思えないくらい酷い結果しか残せない。
度々彼の課題に付き合う羽目になっている風間としては学業方面にもその聡明さを活かして欲しい所なのだが、これまでその願いが叶った試しはない。
彼をこのような特性に教育した月見に、思わず愚痴りたくなった風間であった。
「…………だが、嵐山隊が関わるとなると、一つ心配事が出て来るな?」
「心配事?」
「惚けるな。
「…………ああ、成る程」
だが、今はそれ以上に懸念すべき問題があった。
その話題になった事を察し、太刀川の眼が真剣さを帯びる。
どうやら、既にその可能性については彼も気付いていたようだった。
「佐鳥が関わる以上、彼女が黙って見ている可能性は低いと見ている。多少強引にでも介入して来そうだと思うが、どう考える?」
「どうって、十中八九来るだろ。こういう状況で我慢出来るような性格は、してねーだろーからな」
「矢張り、か」
はぁ、と風間は思わずため息を吐く。
彼女の佐鳥への執着は、良く知っている。
ある意味で当事者であったが故に、他の面々よりは詳しいつもりでもある。
だからこそ、佐鳥が部隊の一員として迅に協力する事になったという段階で、彼女の介入の可能性は想定していた。
それは太刀川も同意見であったようで、自分の考えが間違っていなかった事に頭痛を覚えそうになる。
「…………あいつは自分が微妙な立場にいる事を、ちゃんと分かっているのか…………?」
「分かってはいるだろーけど、実感はあんまないんじゃねーか? 記憶が無い分、それどころじゃないって話かもしれねーけど」
「立場はある程度理解していても、蚊帳の外に置かれる恐怖の方が上回る、か。難儀な事だ」
彼女の微妙な立場については、良く知っている。
だからこそその行動に頭を痛めていたのだが、同時に彼女ばかりを責めるワケにもいかない事は承知していた。
何せ、数年間の記憶が無いという状況なのだ。
己を構築する
そんな中で、自身が依存する相手に蚊帳の外に置かれる、という事は一種の恐怖なのだろう。
だからこそ、自分の立場を危うくするような行動でも止まる事が出来ない。
理性ではなく感情が、それを許さないのだから。
「それで、お前はどうするつもりだ?」
「あん? どうもしねーって。そのあたりの帳尻は、迅の方で合わせるだろ」
「だといいがな。全く、ままならんものだ」
この期に及んで立場上敵対する相手である迅に丸投げするしか無い状況に、風間は嫌気が差す。
常々分かってはいたが、自分は組織の歯車の一つに過ぎない。
城戸のような権力も、迅のように自由に動ける立場や独自の視点もない。
力になってやりたい時でも、思うように動けない。
そんなジレンマを、改めて風間は思い知っていた。
「まあ、それこそ適材適所だろ。俺等は俺等でやれる事を、全力でやりゃあ良いさ。精々、迅の鼻を明るくしてやろうぜ」
「その場合は、明るくじゃなくて明かすだろうが」
「わざとだっての、わざと」
「…………それが本当ならいいんだがな」
風間はジト目で太刀川を睨みつけ、再びため息を吐く。
そして、「まあいい」と告げて顔を上げた。
「命令を受けた以上、俺達はそれの遂行に全力で臨む。それで良いな? 太刀川」
「ああ、さっき言った通り指揮は俺が執る。折角の機会だ。存分に、暴れてやるさ」
太刀川はそう言って、不敵な笑みを浮かべる。
色々と面倒な状況ではあるが、それ以上に。
好敵手との思わぬ対戦の機会に、彼の闘志はこれ以上なく燃え盛っていた。