「香取隊長の横槍があったものの、それを躱しヒュース隊員が樫尾隊員を撃破! そして、三雲隊長も王子隊長によって
「成る程、これを狙ってたのか。王子先輩は」
沸き上がる会場の中、出水はスクリーンを見ながら眼を細めた。
その視線の先にはバッグワームを纏い直し、駅舎に入っていく王子の姿がある。
どうやら一連の攻防で、出水は彼の思惑を見抜いたようであった。
「ふむ、王子隊長の思惑とは一体?」
「まさにこの状況さ。王子は何が何でも、三雲くんを落としておきたかった。だから、樫尾を囮にしてヒュースと香取を釣り出したワケだな」
まず、と前置きして出水は話し始めた。
「恐らく王子は玉狛による爆撃が始まった時点で、あのままじゃ誰かは確実に炙り出される、って判断したんだろ。だから、敢えて樫尾に炙り出されに────────────────いや、
「ふぅん、なんだかあっさり見つかり過ぎだとは思ってたけど、そういう事なんだ。王子さんの事はそこまで詳しくないけど、なんか納得出来るな」
天羽はそう言って、眼を細めた。
彼は単騎で戦う事が基本のS級隊員である為、戦術に関してはあまり詳しくはない。
それでも戦闘者としては優秀で地頭も良い為、此処に座る資格はある。
正直客観的な解説は出水がいれば事足りるので、感覚的な部分や戦闘者としての直感的な意見を言える天羽は割とベストマッチだったりするのだ。
今回も感覚的に出水の言っている事は理解出来ているようで、そこまで訝しむ様子はない。
こいつ案外相方すんの楽だな、と出水は益体も無い感想を抱いていた。
「基本的に、雨取ちゃんの爆撃は範囲が広くて避けるどころじゃねぇ。それが続けば、確実に王子隊の誰かは炙り出されてた。高い確率で、香取隊よりも先にな」
「それは、どうしてでしょうか? 確率的に言えば、香取隊の誰かが炙り出される可能性もなくはないと思いますが?」
「それでも確率的にゃあ王子隊の方がずっと高い────────────────いや、というよりも香取隊が爆撃をモロ喰らいする可能性が低いんだ。何せ、香取隊には
あ、と桜子は目を見開いた。
流石に此処まで来れば、出水が何を言いたいのかは理解したからだ。
「木岐坂は今回、相当に転送運が良かった上にあいつはかなり
出水の言う通り、今回の試合で王子隊のみ狙撃手が存在しない。
それは即ち高所からの直接視認による索敵が行えないという事であり、このハンデは爆撃が始まった事でより顕著となった。
香取隊は高所から
故に狙撃手がおらず、高所から俯瞰視点で索敵が出来ない王子隊よりも先に香取隊が炙り出されるという展開は、非常に低確率だったと言えよう。
それだけ、索敵能力の差というのは大きいのだから。
「王子はいち早くそれに気付いて、樫尾を陽動に使った、ってワケだ。そうすりゃ、爆撃が止むと計算してな」
「ふむ、確かに雨取隊員と空閑隊員はヒュース隊員が樫尾隊員と交戦を始めた時点で姿を隠しましたが、あれを予想していたという事ですか?」
「ああ、そうだ。玉狛が爆撃をしてたのは、敵を炙り出して各個撃破に繋げる為だからな。追撃要員のヒュースを樫尾相手に使っちまえば、爆撃を続けて他の隊員を炙り出しても
三雲くんじゃ追撃要員には向かないしな、と出水は続ける。
爆撃を続けても炙り出した相手を仕留めに行ける人員がいない以上、玉狛にそれを続けるメリットはない。
修は実力不足だし、遊真には千佳の護衛という役割があった。
唯一手の空いていたヒュースを樫尾に差し向けた時点で、玉狛の爆撃が停止するのは瞭然だったと言える。
「だから王子は、言い方は悪いが樫尾を差し出す事で爆撃を停止させる事を目論んだのさ。ついでに、香取っていう邪魔者を釣り出して
「本命っていうと、あの玉狛の隊長さん? 王子さん、あの子を落とす為に樫尾を捨て駒にしたってワケなの?」
「まあ、有り体に言っちまえばそんなトコだ。王子は何が何でも、あそこで三雲くんを仕留めておきたかったんだよ」
出水の言葉は、確信に満ちている。
その根拠が分からない天羽だったが、説明をしてくれるようであるので素直に聴く姿勢となった。
このあたり、曲者に見えて聴き分けは割と良い天羽らしいと言えた。
「まず、三雲くんは1対1で正面から当たれば正隊員ならまず倒せる。トリオンが低いし、戦闘技術もまだ発展途上だから少なくともB級中位以上の隊員ならまず勝てる相手だ」
けど、と出水は続ける。
「チームの司令塔として動くとなると、途端に脅威度が変わって来る。三雲くんは逃げる事に一切躊躇しないし、スパイダーを使って的確に自部隊に有利な陣地を構築して来る上に、チームメイトがどいつもこいつも尖ってるからな。一度姿を隠されてワイヤー陣を張り続けられれば、それだけで詰みかねない相手なんだよ」
「でも、弱いんでしょ? なら、さっさと倒しちゃえばいいんじゃない?」
「それは三雲くん自身が一番分かってるからな。敢えてヘイトを買うような行動を取って、自分を囮に敵を釣り出して仲間との連携で仕留める、なんて真似も平気でやって来るんだ。正直、相手からすりゃあかなりうざったい動きの駒だと思うぜ」
この場合、「うざい」は誉め言葉である。
修の厄介な所は、自分の弱さを正確に理解している点だ。
自分が弱く、そしてワイヤーを張るという害悪行動を繰り返せば敵に狙われる事を誰よりも分かっており、その心理こそを利用する。
ハッキリ言って、彼が自ら姿を見せた場合にはその段階で罠の仕込みが完了していると思った方が良い。
その罠が物理的なものであれ心理的なものであれ、修は決して無策で跳び出したりはしない。
弱さという武器の使い方を誰よりも理解している修という少年は、チームランク戦に於いて無類の害悪戦法の化身へと成長していた。
「だから王子先輩は、三雲くんを絶対に他の仲間と合流させちゃいけないと考えたんだ。だから、ヒュースと香取っていう
「ヒュースは分かるけど、香取も────────────────いや、
ああ、と出水は頷く。
「香取隊には、木岐坂っていう強力な
「香取からすれば樫尾とヒュースの戦いをノーリスクで見物出来る上に、美味しいトコだけ横取りするチャンスだもんね。むしろ行かない理由がない、ってレベルか。麓郎さんや三浦さんだと、逆にヒュースに狩られかねないだろうしね」
二人の言う通り、香取隊は樹里による索敵で戦場の情報は筒抜けの状態だった。
故に当然ヒュースと樫尾が交戦を開始した事もすぐに察知しただろうし、そこからの動きなど決まっている。
即ち、未知の塊であるヒュースの情報を抜き、得点は横取りするという目論見だ。
香取隊の中でも特に機動力に優れ奇襲適性も高い香取は、比較的ヒュース達に近い位置にいた。
だからこそ彼女は近くまで接近して潜伏し、ヒュースの戦いを観察しつつ漁夫の利を得られる機会を狙っていたのだ。
ヒュースのトリガーセットを一つでも多く
王子はそんな香取隊の思惑を看破────────────────否、誘導してあの盤面を構築したのだ。
全ては、修を仕留める為に。
「三雲くんはもう、駅舎の相当近くまで来ていた。けれど、駅舎に入るにはどうしても駅舎前の開けた場所を通らないといけねぇ。地下街を経由するにしても、そっちは待ち伏せされたら逃げ場がないから出来れば使いたくなかっただろうしな。どちらにしろ下手に跳び出せば、そこを狙われる可能性は高かった」
けど、と出水は続ける。
「あの状態の三雲くんにとって一番怖いのは、香取に奇襲される事だった。香取は突破力が高いし、グラスホッパーも持ってる。仲間の援護も罠の仕込みもない状態で正面からやり合えば、まず瞬殺される相手だからな」
「だから、香取を釣り出す事で三雲の油断を誘ったって事か」
「そうだ。香取の位置が判明した時点で、三雲くんは駅舎に跳び込むチャンスだと認識した筈だ────────────────だから、王子先輩はそこを突いたワケだ。三雲くんの心理を看破し、思惑を誘導する事でな」
王子は香取という修にとっての最大の脅威の位置を彼女を釣り出す事によって明白にさせ、そこをチャンスと捉えて動いた修を待ち伏せで奇襲し撃破したというワケだ。
樫尾に粘らせていたのは、香取がやって来るタイミングを計る為。
修の正確な位置までは分からなかった以上、折角罠を仕掛けたのにそれに跳び込める位置にいなかった、では本末転倒だからだ。
そうして王子は修の思惑を掌握し、見事撃破にまで繋げたワケである。
師弟対決は、一戦目は王子に軍配が上がった、という事だ。
「これで、三雲くんによって駅舎にワイヤー陣が張られる事がなくなった。もうほぼ全員が駅舎に到着するし、こっからが本番だぜ」
『葉子、三雲くんが王子先輩にやられた。王子先輩は、駅舎に入ったっぽい』
「チッ、やってくれるわね。まんまと人を利用してくれやがって…………っ!」
香取は怒り心頭、といった様子で吐き捨てた。
今の報告を聞いて、事の次第を察せない程彼女は鈍くはない。
香取は王子が自分の存在を利用して修を罠に嵌めたのだという事を、感覚的に理解していた。
(樹里からの報告でヒュースと樫尾が交戦し始めたと聞いた時は、ヒュースの手札を知るチャンスだと思ったからね。だから近くまで言って様子を見て漁夫るつもりだったけど、最初から王子の思惑通りだったって事か…………っ!)
恐らく王子は、自分というエースの位置を明らかにする事で修を油断させ、そこを仕留めたのだろう。
状況的に見て、それは間違いない。
彼を落とした場所が駅舎前だというから、最初からそこで待ち伏せていたに違いない。
ヒュースの手札をある程度知る事が出来たとはいえ、結果が得点を逃がし王子隊に良いように振り回されてしまった。
この屈辱は倍返しよ、と香取は一人意気込むのであった。
『どうする? 吹き飛ばす?』
「いえ、それはまだ早いわ。メガネが潰されたんなら、駅舎がワイヤーで要塞化される心配はなくなったって事でしょ。閉所での戦いなら、こっちだって得意だわ。アンタの切り札も切りどころを見極めたいし、引き続き索敵に徹していて頂戴」
了解、という樹里の返事を聞きながら香取は思案する。
現状、位置が判明しているのは駅舎にいるであろう遊真・千佳の二人と、たった今駅舎に突入したという王子。
それに既にバッグワームを纏い直したとはいえ、樹里による直接視認で位置は把握出来ているヒュースの計四名だ。
修と樫尾が撃破され、残る所在不明の敵は蔵内のみ。
そして、今香取はこの局面を左右しかねない重要な情報を握っていた。
(さっきのトリガー、確かエスクード、だったかしら? 地面からいきなり障害物を出せるトリガー、だったわよね。烏丸くんが使ってたっていうからカタログスペックだけは見た事あるけど、かなり燃費が悪いトリガーだった筈)
先程ヒュースが見せた
烏丸ファンである香取は彼がセットしているというこのトリガーについて調べてみた事があり、結果として分かったのは燃費が悪く並のトリオンでは乱発した時点ですぐにトリオン切れになってしまう、という使い難さだった。
その時点で参考にはならないわね、と調査を中断した香取だったが、此処で気になる事は一つ。
(────────あいつのトリオンなら、エスクードでも好き放題に使えちゃうんじゃない?)
────────即ち、ヒュースのトリオンならば燃費の悪いエスクードでも幾らでも使えるのではないか、という疑念だ。
先程は開けた場所での使用だった為限定的な障害物としての運用に留まったが、果たして閉所であれを使用されればどうなるか。
どう考えても碌な事にならないであろう事は、間違いなかった。
(あいつに先に駅舎に入られたら、最悪中を好き放題に弄られる可能性がある…………っ! だったら────────!)
香取は一つの決断を行い、路地を駆けて行く。
そして戦いの舞台は遂に、駅舎へと移る事になる。