香取隊の狙撃手   作:デスイーター

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玉狛第二⑦

 

 

『────────と、いうワケで王子先輩に待ち伏せされてたんだ。多分、こっちの行動を誘導されてたんだと思う。ぼくが甘かったよ』

「成る程、状況は理解した」

 

 ヒュースは修からの通信を受け、頷いた。

 

 自分が樫尾を無事撃破した直後に修がやられたものだから気になっていたが、事の次第を聞けば納得出来た。

 

 どうやら、自分達は王子の掌の上で踊らされていたらしいと。

 

 修の話を聞き、理解したワケだ。

 

「だが、問題は無いな。結果として王子隊は隊員を一人失い、こちらはお前を落とされはしたが他のメンバーは無傷だ。確かに現場指揮官がやられたのは痛手だが、リカバリー出来ない程ではない」

『それは、そうだけど…………』

「今は反省会をしている場合ではない。そのくらい、分かっていると思っていたが?」

『…………! そうだね、ごめん。ありがとう』

「礼は要らん。指示を出せ。それがお前の役目だろう」

 

 了解、と通信の先で返事をする修に、ヒュースはため息を吐いた。

 

 どうやら自分の行動が誘導されて落とされた事を気にしていたようだが、今回の事はヒュースからしてみればそこまで気にする事でもない。

 

 確かに相手の掌の上で踊らされたのは癪だが、こちらの失点は修の脱落のみ。

 

 現場指揮官が落とされ、ワイヤー陣が張れなくなったのは痛いが、まだ補填の利く範囲ではある。

 

 個々の戦力で見れば圧倒的に劣っている修は、むしろ落とされる前提で運用される駒だ。

 

 それは修自身も理解しており、自分の駒と引き換えに相手を嵌められるのなら嬉々としてそれを実行に移す性質(タチ)だ。

 

 修は自分を犠牲にする策を実行する事に一切の躊躇がなく、その点は指揮官としてはともかく一人の兵士としては得難い素質だとヒュースは評価していた。

 

 特に落とされても死に直結しないこのランク戦という舞台の上では、捨て駒になる事を迷わない駒の存在は相手にとって相当に鬱陶しい筈だ。

 

 粘り強く戦って見せたかと思いきや、次の瞬間には躊躇なく自分の生存を投げ捨てて策を打って来る。

 

 その切り替えの躊躇いのなさは、ヒュースからしても感心するべき部分であった。

 

 人間的には相当な問題点だが、そもそも戦場では人間性など邪魔になる事の方が多い。

 

 自分はあくまでも契約の下雇われた傭兵のようなものであり、修の人格矯正に関してあれこれ言うべき立場にはない。

 

 勿論指揮官として問題のある行動を取ればこちらも恩返し(けいやく)の為に苦言を呈しはするし、今のように発破をかける事も吝かではない。

 

 あくまでも自分がアフトクラトルに帰る為という目的を果たす為の行動の一環である、とヒュースは自分に言い聞かせつつ修の指示を待った。

 

 自分が絆されている自覚などない近界民をこの場で遊真が見ていれば、恐らくこう言っただろう。

 

 「お前、つまんないウソつくね」と。

 

 それはきっと、良い笑顔で言ったに違いない。

 

 自分のお節介焼き属性を自覚していない近界民は、もう一人の近界民(チームメイト)に無害判定をされているのをまだ知らない。

 

 知らぬは本人ばかり、という事だ。

 

『予定通り、駅舎に入ってくれ。空閑にはもう指示は出してあるから、ヒュースもプランBの作戦通りに頼む』

「了解した。千佳はどうした?」

『既定の場所にいるように言ってある。もう配置には付いたみたいだ』

 

 了解、と返事をしつヒュースは駅舎へ向かった。

 

 話を聞いている間も彼は走り続けており、元よりそう距離は離れていなかった為駅舎はもうすぐ目の前だ。

 

 遊真と千佳は既に駅舎内にいる為、ヒュースが入れば3人全員が駅舎内に到達する事になる。

 

 当初の予定とは些か異なるが、それでも今主戦場に向かわない理由にはならない。

 

 ()()()()()は、用意してあるのだから。

 

(────────見えたな)

 

 ヒュースは、目視で駅舎の入り口を確認した。

 

 見たところ、周辺に他の部隊の隊員はいない。

 

 少なくとも視界の範囲には、敵影は見当たらなかった。

 

「これから駅舎に入る。変化があれば伝えてくれ」

『了解』

 

 ヒュースは一言修に報告しながら、駅舎へ足を踏み入れた。

 

 眼に入って来るのは、周囲に立ち並ぶ店の数々。

 

 この駅舎は一階部分の西側が店舗スペースとなっており、ホームへは東側もしくは二階から向かう構造になっている。

 

 東側には一番ホームへ向かう出入り口があり、そのすぐ傍に駅ビルに繋がる短い通路がある。

 

 ヒュースが入ったのは西側の店舗スペースの左端の入口であり、左側には書店、右側には複数の飲食店が確認出来る。

 

 周囲を警戒し、慎重に足を踏み出そうとする。

 

 その、瞬間。

 

「────────!」

 

 ────────右側に位置する洋食屋の店舗から、一つの影が飛び出した。

 

 反射的に弧月でそれを斬り伏せるヒュースだが、気付く。

 

 それが、人ではなく投げつけられた椅子であった事に。

 

 人であると誤認したのは、その椅子がテーブルクロスを巻かれあたかも「バッグワームを纏った隊員」であるかのようにカモフラージュされていた為だ。

 

「────────」

 

 ()()は、下。

 

 椅子を投げつけると同時に身を低くして駆け寄って来た、香取に他ならない。

 

 だが。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ヒュースは、迫る香取に対し予め用意していた弾丸を射出した。

 

「…………!」

 

 香取がこの場で奇襲して来るであろう事を、ヒュースは予測していた。

 

 先程自分と接敵したばかりである香取ならば、先に駅舎に辿り着いていてもおかしくはない。

 

 加えて彼女は自分がエスクードを使う場面を見ている為、あれを屋内で使えばどれ程の脅威になるかも認識していた筈だ。

 

 だからこそ駅舎に入ったこのタイミングで、奇襲を仕掛けて来るであろう事は読めていた。

 

 自分が香取なら、駅舎の中で本格的にエスクードを使って地形を弄られる前に仕留めたい筈だと考えるだろうからだ。

 

 駅舎に入る直前で襲って来る可能性もあったが、元々香取は障害物を利用した閉所での戦いの方が得意な駒だ。

 

 開けた場所ではヒュースの火力相手には分が悪いと考える筈であり、駅舎に入った瞬間という閉所での戦闘を強要出来る環境に加え、余計な事をされないであろうタイミングを狙ったのは堅実とさえ言える。

 

 だが、だからこそ読み易い。

 

 軍事国家の精鋭として数々の戦場を渡り歩いて来たヒュースにとって、最善の手を取る相手程読み易いものはないのだ。

 

 そういう意味で、香取は失敗したと言える。

 

 椅子を投げつけてのフェイントは見事だったが、致命的な隙を作る程ではない。

 

 他の相手なら香取に懐に入り込まれた時点で即死だったろうが、ヒュースにとってはこの距離は充分対応可能だ。

 

 香取が被弾を嫌い、退避するならば追撃の弾を見舞う。

 

 シールドを使って強引に特攻するようであれば、弧月で迎撃し返り討ちにする。

 

 それだけの、話だ。

 

「────────!」

 

 だから、次の瞬間の彼女の挙動には眼を見開いた。

 

 香取は、その場で横に跳びヒュースの弾丸を回避した。

 

 それは良い。

 

 退避を選んだのは少々意外ではあったが、それならそれで弾幕を見舞えば良いだけの話だ。

 

 駅舎に入ったばかりの場所である為、周囲に店舗はあるがある程度開けてはいる。

 

 障害物を利用した三次元機動は行えるだろうが、此処でなら充分対処可能だ。

 

 しかし、香取は。

 

 何も無い空中で()()を掴んだと同時、それを軸に再跳躍。

 

 ヒュースの側面へ着地し、スコーピオンを振るった。

 

 何が起きたか、最早言うまでも無い。

 

 スパイダー。

 

 自身の指揮官である修が用いるものと同じ、ワイヤートリガー。

 

 それが、この場に仕掛けられていたのだ。

 

三浦(ミウラ)若村(ワカムラ)、そのどちらかが既に駅舎に入り込んでいたという事か…………!)

 

 恐らくは、自分が樫尾と戦闘を開始し遊真達が身を隠した後だろうと推測する。

 

 あの後も上から千佳の眼で監視はしていたが、屋上から離れその位置に着くまで窓の無い場所を通る必要があった。

 

 その間に駅舎前の広場を駆け抜け、内部に到達していたのだろう。

 

 香取隊には、樹里がいる。

 

 強化視覚の副作用(サイドエフェクト)を持ち、遠大な索敵範囲を持つ彼女ならば、千佳達の動向を逐次チームメイトに伝える事も簡単な筈だ。

 

 だからこそ香取隊は千佳という監視者がいなくなったそのタイミングを見計らい、駅舎内にチームメイトを送り込んでいたのだ。

 

 地下街を通るという選択肢もあっただろうが、待ち伏せの可能性を考慮すれば地上を通った方がリスクは低いだろう。

 

 逃げ場のない地下街と異なり、駅舎前の広場は開けており逃げ場所は幾らでもある。

 

 万が一地下を通ってそこで先に駅舎に入っている遊真や王子にでも待ち伏せを喰らえば、目も当てられない。

 

 故に香取隊は遊真という最大の脅威が大まかな居場所を確認出来ており、尚且つすぐに下まで来られないタイミングを見計らって移動した筈だ。

 

 香取隊は隊長の香取が直情傾向であり、電撃戦が得意である事から前のめりな部隊と思われがちだが、相当にクレバーな判断も出来るチームに仕上がっているとヒュースは見ていた。

 

 この状況ならばそうするだろうと、彼は判断を下していた。

 

「…………!」

 

 だが、そこで簡単に落ちるようなら自分が此処にいる意味はない。

 

 ヒュースは香取のワイヤーを使った奇襲にも、冷静に対処して見せた。

 

 先程香取に放った弾の、()()()()

 

 最初から自分の背に隠す形で残しておいたそれを、迫る香取に向け撃ち放ったのだ。

 

 ワイヤーを使った機動こそ予想外だったが、元より単発の奇襲で終わるとは思っていない。

 

 三浦と若村には、カメレオンがある。

 

 目立つ香取を囮にし、カメレオンを持つ二人のどちらかが本命として奇襲をかけて来るというパターンくらいは、ヒュースも想定していた。

 

 だからこそ、展開した弾丸のうち幾つかは使わずに残しておいたのだ。

 

 こうして、相手の用意した第二の矢に対処する為に。

 

 それが一の矢と同じく香取が担う事になるのは予想外だったが、それでもヒュースの処理能力を超えてはいない。

 

 此処で香取が退避するにせよ、シールドで防御するにせよ、どちらの選択肢を取ったところでこの弾を撃った目的である時間稼ぎは果たせる。

 

 香取の反射神経を鑑みれば、これで仕留められる筈が無い事くらいは分かる。

 

 彼女の運動神経と格闘センスは群を抜いて高く、近接戦闘に限ればボーダー上位陣にも充分食い下がれるものを持っている。

 

 故に、この程度の不意打ちならば確実に対処はして来るだろうと予想は出来た。

 

 だが、それで問題は無い。

 

 相手の手を一手無駄にさせる事さえ出来れば、こちらの次の手が間に合う。

 

 香取は厄介な駒だが、距離を取りさえすればどうとでもなる相手だ。

 

 自分の剣の腕に自信はあるが、だからといって剣での戦いに固執するつもりもない。

 

 より有利で確実な手があるのなら、それを選ばない理由はないからだ。

 

 相手が同じ剣士で尚且つ個人戦ならばある程度拘ったかもしれないが、香取は剣士ではなく戦士であり今は試合の最中だ。

 

 ならば剣士としての戦い方に拘る理由は微塵もなく、獲り得る手の中で最も有効と思われる手札を選択する。

 

 それが兵士の戦いであり、これまで自身が息を吸うように行って来た事だ。

 

 武人としての矜持はあるが、それは戦闘の勝敗よりも優先するべきものではない。

 

 結果を出せなければどれだけ頑張ったところで窮極的には意味がないのだから、当たり前の事ではある。

 

 ボーダーに限って言えば緊急脱出(ベイルアウト)という「幾らでもやり直しの機会を与えられるシステム」が存在するが、それに馴染みのないヒュースにとって戦場での敗北は死と同義だ。

 

 敗死を恐れはしないが、それによって属する組織が損害を受けるとなれば自身の生存を優先するのは当然の事である。

 

 少なくとも自分には、困難な交渉を成功させ自身の腕を買ってくれた修に報いる義務がある。

 

 そう考えるヒュースにとって、此処で確実に香取に対処する事こそが何より重要な事だった。

 

「────────!」

 

 そして、香取の選択は防御だった。

 

 香取の眼前にシールドが出現し、ヒュースの弾を受け止める。

 

 幾らトリオンの高いヒュースの弾丸とはいえ、たった数発ではシールドを貫く事は出来ない。

 

 香取は既にバッグワームを脱ぎ捨てており、その右手には依然スコーピオンが握られている。

 

 弾丸を防いだ以上それを振るわない理由はなく、香取は横薙ぎに白刃を振るった。

 

「甘い」

 

 しかし、反撃を想定していた以上それを喰らう理由はない。

 

 ヒュースは無造作に弧月を振るい、香取のスコーピオンによる斬撃を弾く。

 

 同時に、彼女と距離を取るべく足に力を込めた。

 

 至近距離での香取との戦闘は、リスクが高いと判断している。

 

 幾らヒュースの剣の腕が立つとはいえ、香取の突破力は油断ならない。

 

 スコーピオンの奇襲性がどれだけ脅威かは、遊真との模擬戦で嫌という程思い知っている。

 

 故に、下手に距離を詰めるのは愚策。

 

 こちらには射撃トリガーによる火力があるのだから、中距離戦に徹した方が香取相手には有効に働く。

 

 軍人らしい、合理に満ちた戦闘思考。

 

「…………!?」

 

 ────────だが。

 

 だからこそ、()()には瞠目せざるを得なかった。

 

 跳躍しようと力を込めていた、ヒュースの右足。

 

 それを、地面から突き立った刃が貫通していた。

 

 これは、間違いない。

 

 遊真から教わり、実演もしてくれていたので知っている。

 

 もぐら爪(モールクロー)

 

 床や障害物を伝ってスコーピオンを相手に突き刺す、派生技術の一つだ。

 

 されど、これはおかしい。

 

 香取は今、シールドと片腕のスコーピオンの両方を使っていた。

 

 両腕が塞がっている以上、もぐら爪を振るうスコーピオンに割く為の枠がない。

 

 その、筈であった。

 

(違う…………! このシールドは、香取のものではない…………っ!)

 

 そこで、合点する。

 

 自分の弾を防いだシールドは、香取が張ったものではなかったのだ。

 

 遠隔シールド。

 

 シールドを遠隔で展開し、味方を守る支援行動。

 

 それを、近くに隠れているであろう若村か三浦が行ったに違いない。

 

「チッ」

「…………!」

 

 状況を理解した以上、やる事は一つだ。

 

 ヒュースは退避を取り止め、無言で旋空弧月を振るった。

 

 案の定香取は跳躍して後退し、和食店の店舗の中へ着地する。

 

(やってくれたな…………!)

 

 片足を負傷し、機動力が削られた事でヒュースの状況は一気に悪化した。

 

 機動力に特化し、突破力の高い香取相手にこの状況は看過出来ない。

 

 此処が開けた場所であればどうとでもなるが、閉所では彼女の三次元機動を相手にするのは中々の骨だ。

 

 過小評価をしていたつもりはないが、それでもまだ甘かったという事だろう。

 

 もしくは、自分の想定を超えて香取が成長していたかだ。

 

(こうなった以上は、少し予定を変えるか。ある意味では、作戦通りだが)

 

 どちらにせよ、起きた結果は覆らない。

 

 ヒュースは冷静に現状を判断し、不敵な笑みを浮かべる香取と対峙する。

 

 二人のエースは駅舎の中睨み合い、戦闘を再開した。

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