香取隊の狙撃手   作:デスイーター

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玉狛第二⑧

 

 

「駅舎内でヒュース隊員と香取隊長が接敵…………! 香取隊長の一撃が、ヒュース隊員の右足を奪ったっ!」

「やるねぇ。あそこでもぐら爪(モールクロー)とは、渋い選択してくれるじゃないの」

 

 出水は香取の戦果に対し、そう称賛した。

 

 その顔には、楽し気な笑みが浮かんでいる。

 

 矢張り、今の見応えのある攻防を見たが故であろう。

 

 それだけ、たった今行われた戦闘はハイレベルなものだったのだから。

 

「香取が駅舎内で待ち伏せて奇襲して、ワイヤー機動で翻弄。それもいなされるけど、もぐら爪でヒュースの足を奪ってみせたか。やるじゃん」

「ああ、ヒュースの足が削られたのはかなりデカイぞ。幾ら剣の腕が立つと言っても、両の足が十全に使えなきゃ、それを活かす事が難しいかんな。村上先輩みてーな守備重視タイプならまた別だが、それでも厳しい事に変わりはねーよ」

 

 出水の言う通り、剣士にとって足が削れるというのはかなりの痛手だ。

 

 近接戦闘を主とする者にとって、機動力というのは命綱である。

 

 特に、旋空という防御不能の攻撃手段を持つ弧月使い同士の戦いであれば、咄嗟に回避が出来るかどうかというのはかなり重要だ。

 

 旋空を防ぐにはコツがいる為、基本的に回避が出来るかどうかというだけで大分違う。

 

 そうでなくとも、近接戦闘に於いて機動力が削がれている以上不利は否めない。

 

 今回の場合は相手となる香取は弧月使いではないが、そもそも彼女は突破力が非常に高く、機動力を主とするスピードアタッカーである。

 

 足が削れた状態ではいざ香取に懐に入り込まれた時、逃げる事が難しくなる。

 

 香取は安定感はまだまだだが、爆発力が高く格上を食いかねない怖さがある。

 

 そんな相手に足が削れた状態で挑むのは、相当に難儀する筈だ。

 

「とはいえ、ヒュースは純粋な攻撃手(アタッカー)じゃねぇ。射撃トリガーを使える以上、一方的な試合にゃならねーだろ」

「そうだね。あの火力は、閉所でも驚異的だと思うよ。ただ、それでも閉所戦闘なら香取に分があると思うな。確かに狭い分避ける場所は限られるけど、障害物が山ほどあるんだからやり様は幾らでもあるし」

 

 ヒュースの場合は純粋な攻撃手というワケではなく、射撃トリガーも使える万能手タイプだ。

 

 それ故に足が削れたからといって一方的にやられるというワケではないが、それでも有利なのは香取だと天羽は言う。

 

 確かに彼の言う通り、閉所での戦闘であれば香取に分がある。

 

 香取は機動力が高く、障害物のある閉所戦闘でこそその真価を発揮出来る。

 

 ヒュースの火力は脅威だが、最初の戦闘と異なりあの場には障害物が幾らでもある。

 

 それらを盾にして三次元機動を仕掛ければ、香取が主導権を握れるだろう。

 

 先程まではヒュースの機動力が活きていたのでどうとでもなったが、足が削れた状態では一気に取れる選択肢が狭まってしまう。

 

 並の相手ならばともかく、香取クラスの突破力を持つ相手に機動力が削がれるというのはそれだけ厳しい状態なのだ。

 

「いや、それはどーかな。ヒュースにゃまだ晒してねー手札があるだろーし、もう見せてる手札の中にもこの状況で有用なのがある」

 

 しかし、出水の意見は違うようだ。

 

 彼は画面を見据え、眼を細めた。

 

「────────おれの予想が正しけりゃ、まだまだどうなっか分かんねーぜ。あのヒュースって大駒は、かなりの曲者だからな」

 

 

 

 

「────────!」

 

 香取は足が削れたヒュース目掛け、肉薄せんと迫る。

 

 まずは横に跳んで和食店のカウンターを掴み、跳躍。

 

 ヒュースの側面に着地し、刃を振るう。

 

「…………!」

 

 ガキン、という硬質な金属音が響き、香取のスコーピオンがヒュースの弧月に受け止められる。

 

 その時点で香取は何の躊躇いもなく後ろに跳び、後退。

 

 再び走り出し、地を蹴り跳躍。

 

 その最中、中空の糸を掴み方向転換。

 

 ヒュースの真上を取り、天井を足場に加速。

 

 死角となる直上から、ヒュースの首を刈り取らんと迫る。

 

 ヒュースは跳んで回避────────────────は、しない。

 

 何故ならば、この場には無数のワイヤーが張り巡らされている。

 

 迂闊に移動し、それに引っ掛かりでもすれば致命的な隙を晒す事になる。

 

 香取相手に、そんな真似をすればどうなるかは自明の理だ。

 

 足が削れている今、猶更である。

 

 故にヒュースは、不動にて迎撃。

 

 無造作に振るった旋空が、直上の香取へ振るわれた。

 

「…………!」

 

 無論、それを受ける香取ではない。

 

 すぐさま糸を掴んで横に跳躍し、回避。

 

 最初にいた洋食店の店舗の中に着地し、店内にあった椅子を次々とヒュースに投げつけた。

 

 椅子が当たった所でトリオン体にダメージは入らないが、単純に視界を塞げる上にそちらに気を取られた隙を突く事も出来る。

 

 こういったオブジェクトを使った攻撃は、見た目以上に有効な場合が多いのだ。

 

「旋空弧月」

 

 だが、それを素直に受けるヒュースではない。

 

 横薙ぎに振るわれた旋空の一閃により、投擲された椅子は張り巡らされたワイヤーと共に両断。

 

 椅子の残骸が切断された糸と共に、床に落下する。

 

「…………っ!」

 

 それを見た香取は、即座に近くのガラス張りの入口を突き破り駅舎の外に出た。

 

 その次の瞬間には、香取のいた場所の周囲に無数の壁が────────────────エスクードが、出現する。

 

 もしも一歩でも香取が行動するのが遅ければ、この堅牢な壁に阻まれ閉じ込められていた事だろう。

 

 そうなれば、あとはエスクードごと旋空で両断されるしかない。

 

 エスクードは並大抵の攻撃では突破出来ない堅牢さを持つが、旋空は別だ。

 

 ノーマルトリガーの中でも屈指の威力を持つ旋空は、強固なエスクードであれ関係なく両断出来る。

 

 そういう意味で、弧月使いとエスクードの相性は悪くないのだ。

 

 エスクードを使い続けても問題ない潤沢なトリオンが前提ではあるが、相手を壁に閉じ込めて視界を奪った上で防御不能の攻撃を叩き込めるのだから。

 

 先程までこれをしなかったのは、エスクードとワイヤーがぶつかった場合どういった反応をするか分からなかったからだ。

 

 恐らくはエスクードがワイヤーを押し上げる形で出現する事になるとは思うが、実際に実験をしていない以上は分からない。

 

 理屈の上ではそうであるとはいえ、ワイヤーによってエスクードの展開速度が僅かなりとも落ちる可能性はゼロではないのだ。

 

 ヒュースはその博打を嫌い、まずは邪魔なワイヤーを斬ってからエスクードの展開に踏み切ったのだろう。

 

 こうなる事が分かっていたからこそ、香取はワイヤーが切断された時点で即座にこの場からの撤退を選択したのだ。

 

 この駅舎の1階は天井が低く、エスクードを使えば容易に隔離する事が出来る。

 

 香取には、エスクードを破壊する手段が存在しない。

 

 周囲を壁で囲まれ逃げ場のない状況に陥れば、その時点で詰みだ。

 

 だからこそ、最初にワイヤー機動を用いてその存在をアピールしたのだ。

 

 あれはヒュースへの奇襲であると同時に、エスクード使用に対する牽制でもあったワケだ。

 

 しかしそのワイヤーが斬られた以上、ヒュースにエスクードの使用を躊躇う理由は存在しない。

 

 それが分かっていたからこそ、香取の行動は迅速だった。

 

 閉所というフィールドは、エスクードの存在によって有利不利が逆転する。

 

 香取の危惧通り、ヒュースはエスクードを使った地形操作を用いて来た。

 

 その可能性を先んじて知る事が出来ていなければ、この時点で香取は落ちていただろう。

 

「…………優秀だな」

 

 ヒュースは素直に香取の判断力を評価し、ゆっくりと歩き始めた。

 

 エスクードの閉所での脅威性を見せつけた以上、この場で香取が襲って来る事はもうあるまい。

 

 外に逃げた香取は恐らく、駅舎の2階へ向かった筈だ。

 

 ならばそちらに戦場を移すだけだと判断し、ヒュースは移動を開始した。

 

 

 

 

「おーっと、ワイヤー機動を利用して襲い掛かった香取隊長だが、旋空で凌がれた直後に撤退! エスクードによる隔離戦術から、辛くも逃げ切ったっ!」

「やっぱり、そう来たか。想像通りだな」

 

 出水は一連の戦闘の流れを見て、ニヤリと笑みを浮かべた。

 

 彼はエスクードを扱う烏丸が元太刀川隊出身である為、この可能性をいち早く理解していたのだろう。

 

 その事に思い至った天羽も成る程、と眼を細めていた。

 

「出水さんが言っていたのは、この事だったんだね。エスクードって、閉所で使うとこんなにも凶悪なワケか」

「この場合、香取にゃエスクードを突破する手段がねーからな。エスクードはかなり硬くて、旋空かレイガストのスラスター斬りくらいでしか突破は出来ねー。香取の武器はスコーピオンかハンドガンの二択だから、閉じ込められた時点で詰みだったろーからな」

 

 出水の言う通り、香取にはエスクードを破壊する手段が無い。

 

 基本的に手数を武器にヒット&アウェイで戦う香取にとって、武器の威力はそこまで重要ではないのだ。

 

 それ故に香取の扱う武器はスコーピオンと拳銃の2種類であり、どちらもエスクードを破壊出来るような代物ではない。

 

 特にあの閉所では、逃げ場すら碌にないのだ。

 

 最初の戦闘でエスクードの存在を見ていたが為に、その危険性に気付いて即座に撤退しただろう事は容易に想像出来る。

 

 つくづく、勘の良い少女だと出水は感心していた。

 

「あと一歩動くのが遅けりゃ、香取はあそこで落ちてたな。やっぱ、戦闘勘は半端ねーわ」

「そうだね。安定感はまだまだだけど、戦闘のセンスが抜群なのは見てれば分かるよ。最近は慎重さも身に付けたみたいだし、結構成長してたみたいだね」

 

 さり気なく告げる天羽だが、彼は若村と親交がある為香取の事も多少は気にかけている。

 

 若村と違ってそこまで好感を抱いているワケではないが、その彼が様々な意味で意識している相手なので、自然とその情報は入って来るのだ。

 

 人間的には未熟な部分が多い若村だが、それ故にか彼を可愛がる隊員は多い。

 

 特に銃手界隈では年上の隊員が多い事もあって、犬飼を筆頭に色々と世話を焼かれているのだ。

 

 天羽は銃手ではないが、年上でありながら腰が低く親しみ易い若村の事は人間的には好感を抱ける相手だと認識していた。

 

 それ故に言葉こそ刺々しいものが多かったりするが、その内実は菊地原が修に向けるものと同種のそれと言って過言ではない。

 

 菊地原は風間が修と戦った件以降何かと彼を気にかけており、今では自分から話しかけている程だ。

 

 彼が自分から会話を試みる相手は即ち友達認定であるので、言葉こそ過剰なまでに刺々しいが、内に抱く感情が如何なるものかはお察しである。

 

 修が高圧的な人間相手の対応に慣れ切っており菊地原の口の悪さを一切気にしない人種である事も相俟って、二人の仲は見た目より遥かに良好なのだ。

 

 菊地原にとっても修は自分の苦手な騒がしい人間ではないし、接していく内に付き合い易さを感じて絆されたのだろうと推測出来る。

 

 彼と同様に交友関係がそこまで広くない天羽にとって、若村との親交はそれなりに重要度が高い。

 

 特に仲が良い雪丸と違って何の気兼ねもなく付き合えるというワケではないが、それでもどうでも良い相手というカテゴリーでは決してない。

 

 今回解説を引き受けたのも、若村の事が気になっていたが為だ。

 

 桜子はいつもは解説を頼んでもにべもなく断る天羽が今回に限って引き受けた事に驚いてはいたが、なんの事はない。

 

 彼はただ、若村のいる成長した香取隊があの迅の肝入りである部隊相手にどう戦うかが気になって今回の事を承諾したに過ぎない。

 

 同じ黒トリガーの使い手として迅とそれなりに交流のある天羽にとって、彼が特に気にしている部隊の事が気にならないワケがない。

 

 見たところ修の実力(いろ)は弱者そのものであまり興味を惹かれなかったが、千佳の馬鹿げたトリオン量と遊真とヒュースの実力に関しては目を見張るものがある。

 

 天羽の見立てでは遊真とヒュースは確実にA級と同格として見るべき相手であり、そもそもB級にいる事が反則のようなものである二宮や影浦と同じカテゴリーと言っても過言ではない。

 

 そんな二人が全幅の信頼を置いている修に関しても、何かあるのだろうと天羽は考えていた。

 

 結果としてはあっさりと退場したのでその真価を見極める事は出来なかったが、彼は今隣にいる出水の弟子でもあるのだという。

 

 聞けばあの大規模侵攻で戦闘中のトリガー解除という気でも狂ってるのかと思う所業をしたというし、普通ではないのだろう。

 

 トリオン体が破壊されれば生身で戦場に放り出される黒トリガーを扱う天羽にとって、戦場でのトリガー解除がどれだけの蛮行かは実感として理解出来る。

 

 それを自ら行うなど、正気の沙汰ではない。

 

 実力自体は興味すら湧かない相手だが、人格的な意味ではこいつやべーと密かに思っている天羽であった。

 

「多分香取はヒュースが一階にいる限り、もう手出しはしねーだろーな。それが分かってるからか、ヒュースは二階へ向かってるみてーだ」

「玉狛は、点が欲しいらしいからね。有利な場所だからといって、籠っている間に時間切れになっちゃ目も当てられないからね。当然かな」

 

 画面の中には、二階へ向かう階段へ歩を進めるヒュースの姿が映し出されている。

 

 片足を削られている為歩き難そうにしてはいるが、それでもその姿は堂々としたものだ。

 

 来るなら来いと、全身で威圧しているようでもあった。

 

「この試合、まだまだ荒れるぜ。むしろ、此処からが本番かもな」

 

 出水は楽し気に笑い、スクリーンを見る。

 

 そこには、戦場となる場所へ向けて移動している数人の姿が見て取れた。

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