「────────と、いうワケで今ヒュースは駅舎の二階へ移動中よ。二階に着いたら、機を見て仕掛けるわ」
『了解。こっちもいつでも援護出来るようにしとくぜ』
ええ、と通信越しに返答しながら香取はチラリと移動中のヒュースを見据えた。
現状、香取はヒュースに気付かれないように距離を取って移動している。
本当ならもっと近付いておきたいのだが、下手にそれをすれば察知される恐れがある。
閉所で気付かれ、エスクードで閉じ込められてはたまったものではない。
今こうしてヒュースの動向を監視しているのも、彼が然るべき場所に到達するのを待つ為だ。
確かに駅舎の一階に立て籠もれば、ヒュースは戦闘を優位に進められる。
しかしそれはこちらも承知している為、わざわざ一階にいるヒュースに挑む事はしない。
点が欲しい玉狛としてはそれでは困る為、ああやって二階へ移動しようとしているワケだ。
万が一ヒュースが一階に立て籠もるようであれば全力で放置するつもりだった為、その行動は間違っていない。
無論それが分かっている玉狛が、ヒュースに立て籠もりを命じる事はないだろうという確信もあった。
案の定ヒュースは二階へ向かっており、予定通りといえば予定通りだ。
(とはいえ、駅舎にはあいつもいるし注意しないとね。推測通りならさっきの
(────────さて、そろそろか)
ヒュースは階段を上がり、駅舎の二階へ辿り着いた。
二階は一階と異なり、天井が高く横も広い。
ほぼ一本道で周囲に店舗が連なっていた一階とは違い、店舗自体はあるが壁際に点在する形となっており、目の前には相当に広い広場のような空間がある。
真っ直ぐ進めば二番線のホームや新幹線の乗り場へ繋がるエスカレーターがあり、右へ進めば展望ビルへ繋がる大きな通路がある。
この場所では天井が高い為、エスクードで隔離をする事は難しいだろう。
仕掛けて来るなら此処だろうと、ヒュースは判断していた。
「────────来たか」
そして、その予測は的中する。
ヒュースが上がって来た階段、その奥側に存在する窓を突き破り、香取が乗り込んで来た。
斬りかかって来る香取に対し、ヒュースは事前に準備していた弾丸を斉射。
無数の光弾が、香取へ迫る。
「────────!」
それを、ただで受ける香取ではない。
香取はグラスホッパーを踏み込み、瞬間的に側面へ移動。
ヒュースの弾丸は、標的を見失い空を切る。
「…………!」
しかし、二の矢は既に装填されていた。
ヒュースの背に隠された、無数の残弾が回避行動を取った香取へ向かって射出された。
初撃は、あくまでも囮。
本命はこちらの、敢えて残していた残弾の方である。
二撃目に気付かれない為に残して置いた弾は一撃目と比べて少ないが、そもそも弾数が多い為十分に脅威だ。
並の相手なら、もしくはヒュースとの接敵が一度目であればこれで倒されていただろう。
「甘いのよっ!」
されど、香取は並の相手でもヒュースとの接敵が一度目でもない。
その手口を既に知っていた香取は、再びグラスホッパーを踏み込み跳躍。
ヒュースの真上へと跳び上がり、ハンドガンを連射。
同時にグラスホッパーを踏み込み、真下のヒュースへ向け滑空する。
今のヒュースは、足が削れている。
故に、咄嗟の回避は難しい。
加えて真上という死角を取られた事で、相当に対応に難儀する筈だ。
並の相手なら、これで終わるだろう。
相手が、
「旋空弧月」
────────当然、目の前の少年はそんな括りで語れる存在ではない。
ヒュースは旋空を起動し、一閃。
香取の弾丸を文字通り両断し、咄嗟に回避行動を取った香取の髪の端がハラリと切れ落ちる。
「…………!」
それに驚愕したのは、香取だ。
トリオンの弾丸を、斬る。
言葉で言えばそれまでだが、これは相当に難易度が高い事だ。
確かに構造的に、トリオンの弾は斬ってしまえばその場で炸裂する。
トリオンの弾丸は弾体がカバーで覆われ、そのカバーが破損して内部が外気に触れる事で炸裂する仕様なのは射手を始めとした有識者にはそれなりに知られている事だ。
つまり、カバーさえ破壊してしまえばその場で炸裂する為、それ以上前に進む事はない。
そして威力と強度に全振りしている弧月は、弾丸の炸裂を受けたところで破損する事はない。
そもそも炸裂前に振り抜いてしまえば衝撃を受ける事はほぼなく、トリオンの弾丸を斬り落とす、というのは出来るのならばある種理想的な一手だろう。
(だからって、
香取はヒュースの行った絶技に、本気で驚愕していた。
確かに理屈の上で出来るからといって、それを実際にやるなど正気の沙汰ではない。
トリオンの弾丸は、標的としてはかなり小さい。
自分に向かって来るものとはいえ、それを全て一閃で斬り裂くなど狙って出来るものなのか。
生駒や太刀川なら案外平然とやってのけそうではあるが、やった所を見たワケでもないので何とも言えない。
彼女は、知らない。
ヒュースの剣の師匠が、彼の国の剣聖である事を。
むしろ、これくらいの事は出来て当然と言えるだろう。
これまでの戦闘で勘を取り戻しつつあるヒュースにとって、今の技巧は出来て当たり前のものでしかないのだから。
「…………!」
そして。
香取は、悪寒を感じて背後を振り向いた。
そこには、スコーピオンを携え無言でこちらに斬りかかる遊真の姿があった。
香取もまたスコーピオンを構え、一閃。
鈍い金属音が響き、二人の白刃が激突する。
その勢いを利用し、両者は距離を取って着地する。
広場の左端に着地した香取と、展望ビルへの通路側へ降り立った遊真。
歩を進め、広間の中央に陣取ったヒュースが、遊真と並んで香取と対峙する。
「チッ」
それを見てすぐさま形勢不利を悟った香取は、踵を返して跳躍。
改札口を越えて二番線のホームへ繋がるエスカレーターに飛び乗り、駆け降りる。
ヒュースと遊真もそれに続くべく、二番線のホームへ向かって駆け出していった。
「駅舎二階でヒュース隊員と戦闘を行った香取隊長の下に、空閑隊員が奇襲…………! 香取隊長はその場では不利と見たのかホームの方へ向かい、玉狛の二名もそれを追った…………!」
「やっぱ出て来たか。まあ、妥当っちゃ妥当だな」
出水は香取を追ってホームへ向かう二人を見て、ふむ、と頷いた。
彼にとってこれは、予想していた光景ではあったのだから。
「足の削れたヒュース単体じゃ、どうしても不安要素はあったかんな。それに、近くにいる以上此処で空閑が合流しない理由が無い。玉狛がクレバーなのは分かってる事だし、こうなるのはむしろ当然だろ」
「そうだね。確かにヒュースって子は良い
二人の言う通り、あの場で遊真が合流をしない理由の方が少ないのだ。
ヒュースはまだ戦えるとはいえ、足が削れた事による戦力ダウンは無視出来ない。
並の相手ならばともかく、相手は香取だ。
爆発力と突破力に長けた香取相手に、回避行動が難しくなっているのは明確な痛手である。
ならば、未だ何のダメージも負っていない遊真がこの場に駆け付けるのはむしろ自然と言えるだろう。
エース級二人相手ならば、明確に香取が不利になる。
ヒュースだけで実質手一杯だったところに、この追加戦力は相当に厳しい筈だ。
「分からないのは、なんでホームに降りたのか、って事だよね。ホームって今戦ってたトコと比べれば結構狭いし、エスクードで隔離される危険だってあるのに」
「そこはまだ分かんねーな。けど、少なくとも無策って事じゃねーと思うぜ」
何せ、と出水は続ける。
「まだ居場所を明かしてねー奴等が、何人かいっからな。確実に、何かの
(いない…………? いや、隠れているか)
駅舎に辿り着いたヒュースは、周囲に香取の姿が見当たらない事を訝しく思った。
しかし、それも一瞬。
何処かに隠れているのだろうと、見当を付けた。
逃げた、という選択肢は除外して良いだろう。
戦場を外に移せば不利なのは、先刻承知の筈。
そもそも、エスクードで隔離される危険を知りながらこの場へ誘導した以上、何かしらの意味はあるだろう。
ヒュースは、周囲を見回した。
ホーム内には幾つか電車が停まっており、すぐ左側にも入り口の開いた車体が鎮座している。
仮想空間ではこういったオブジェクトは、基本的に現実に忠実に再現される。
つまりこの電車はこの空間内では本物の電車と同じ構造をしており、その気になれば走らせる事も出来るだろう。
入り口が開いているのは、ホームに停車している電車という状況を忠実に再現しているに過ぎない。
故にそこにさしたる意味はないが、同時に。
「…………!」
────────その状況をこそ、利用出来るという事の証明でもある。
電車の窓を突き破り、香取が跳び出しそのままハンドガンを乱射。
二人に向かってハウンドが襲い掛かり、同時に香取は電車を蹴ってヒュースへと接近。
その手に持つスコーピオンを、ヒュースの胸に突き立てんと振り下ろす。
「甘い」
だが、ヒュースとてこの程度の奇襲でやられる筈もない。
香取の刺突をヒュースは弧月で受け止め、弾く。
そして、ハウンドを躱した遊真が横から香取に斬りかかる。
「────────!」
香取はすぐさま、床を蹴り跳躍。
二番線のホームから一息に、三番線のホームへと跳び移る。
この場所は二番線、三番線のホームが線路越しに存在し、普通ならば線路を渡る事など出来ないので向こうに行くには別の場所のエスカレーターを使う必要がある。
しかしこの場は、再現されたに過ぎない駅舎。
線路を渡れない筈もなく、二人はすぐさま香取の後を追った。
遊真は、電車を足場に跳躍して。
ヒュースは、線路に降りて。
それぞれ、香取を追撃する。
足が削れているヒュースでは、近接戦闘を仕掛けるには不利だ。
故に、援護は射撃に依るものになる。
線路に降りたのは、単に電車が射線を遮り邪魔になっていたからに過ぎない。
ヒュースはその場で追撃を行うべく、トリオンキューブを展開する。
『二人とも、危ないっ!』
「「────────!?」」
だが。
その瞬間、千佳から警告が届く。
現在、彼女は周囲を警戒出来るよう高所に陣取らせている。
その千佳から警告が届く、という事は。
────────即ち、彼女に
「爆撃か…………!」
その推測は、的中。
駅舎のホームに向かって、屋外から無数の弾丸が降り注いだ。
状況からして、間違いなく合成弾。
そこで、気付く。
香取がホームへ移動したのは、外へ直接繋がるこの空間に誘導し、爆撃を降らせる為であったのだと。
駅のホームは電車が通る場所であり、当然外の線路と通じている。
つまりそれは壁等の仕切りなく外と繋がっている事とイコールであり、この場であれば直接爆撃を見舞う事が可能なのだ。
「…………!」
爆撃が、着弾する。
無数の弾丸が起爆し、ホームが爆発に包まれる。
電車は吹き飛ばされ、ホームの屋根が破壊される。
周囲が爆煙に包まれ、咄嗟にシールドを張った二人はその場からの身動きを封じられる。
「────────」
そこへ、いつの間にか身を低くして接近していた香取が白刃を煌めかせていた。
あまりにも早い接近に驚嘆するが、理解する。
彼女は、シールドを張っていない。
香取は爆撃に対しシールドで耐える事をせず、即座にヒュースに肉薄したのだろう。
どうやって今の爆発を凌いだのかと訝しんだが、すぐに気付く。
(オレのシールドを盾替わりにして、爆発を凌いだのか…………っ!)
恐らく、香取はヒュースがシールドを張る事を予見して彼を盾に出来る位置に移動したのだろう。
爆撃は、駅舎の外へ通じる側に集中していた。
故にヒュースより奥側へ回れば理論上は爆発を防げる事にはなるが、少しでも位置をしくじれば爆発にモロに巻き込まれる事になる。
それを承知で実行したあたり、香取も中々に大胆不敵だ。
結果としてシールドを張りその場で固まるしかなかったヒュースに対し、先んじる事が出来た。
少女の白刃が、ヒュースの首級を狙う。
「────────!」
だが、それでもまだヒュースの首には届かない。
弧月を一閃し、ヒュースは香取を斬り払う。
スコーピオンで刃を受け、香取はその勢いを利用して後退。
これで、爆発に乗じた襲撃は凌いだ。
「…………!」
そう考えた、刹那。
銃撃音と共に、無数の弾丸がヒュースに向かって襲い掛かる。
新たな追撃者の存在に気付いたヒュースは、シールドを再展開。
彼の、若村の銃撃は問題なく防がれる。
「かかった…………!」
────────ワケでは、なかった。
若村は銃撃の瞬間、
その結果、弾丸の幾つかが地面スレスレの軌道に変化し、ヒュースの左足に着弾。
残された左足すらも、ヒュースは失う事となった。
「…………!」
そして、その事に驚愕している暇すらない。
破壊の嵐が吹き荒れたホームへ向けて、爆撃の第二射が降り注ごうとしていた。