「…………出来た」
「おー、成功だな。やっぱ物覚え良いじゃん」
過日。
出水はそう言って、視界の先にある割れたシールドと貫かれたターゲットマークを見て笑みを浮かべた。
彼の隣には樹里がおり、同様の光景を見詰めている。
その様子は何処か、満足そうであった。
「理屈としちゃ出来るとは思ってたけど、あっさり出来て良かったぜ。やっぱ、こういうのは実践あるのみだよなー」
「うん、小難しい理屈よりもまずはやってみた方が早い。真理」
「
それで、と出水は続ける。
「一応、これまで作った合成弾にゃあ名前が付いてるワケだが、これ、おれが名付けて良いかな?」
「構わない。名前に拘りはないから。それに、開発者は出水先輩。好きに名付けたら良いと思う」
「了解了解。じゃ、遠慮なく命名させて貰うぜ」
ニヤリ、と出水は笑みを浮かべる。
それは何処か冒険心を持て余した子供のようで、年齢不相応に幼い笑みでもあった。
「────────
「ヒュース隊員、若村隊員が連続で
「おーし、ようやくか。此処に来た甲斐があったぜ」
あまりの展開に驚愕を露にする桜子に対し、出水は不敵な笑みを浮かべてみせた。
その落ち着き払った様子から、この展開をある程度予想────────────────否。
「そういえば、木岐坂さんも弟子にしたとかって話だったっけ。あれ、出水さんの仕込み?」
「まー、タネ明かしすりゃあそういう事になるかな。これを想定してたから今日この席に座ったワケだし、説明しとくか」
そう告げる出水は、何処かウキウキした様子である。
とはいえ、彼の解説はこの場の誰もが心待ちにしているであろうから、無理もない。
こういう時の種明かしの瞬間は、心躍るものなのだから。
「お察しの通り、ありゃあ新種の合成弾だよ。アステロイドとハウンドを合成させた代物でな。名称は、
「モスキート、ですか。私の記憶では、確かに既存の組み合わせのものではありませんね」
「ま、その通りだ。公式戦であれを使ったのは今回が初だし、何なら合成に成功させたのもつい先日だからな」
え、と桜子の困惑する声を他所に、出水は話を続けた。
「発端は数日前、木岐坂の指導をしてる時にあいつに聞かれたんだよ。アステロイドとハウンドの組み合わせで合成弾はいけるのか、って」
「それで、出水さんはイエスと答えたワケだね」
「理屈の上では出来るだろうと思ったからな。まあ、結果的には想定通りだったワケだし間違いじゃねーだろ」
そう言って出水は、からからと笑う。
何処となく上機嫌だが、無理もない。
彼はこの時の為に今日の解説を引き受けたと言っても、過言ではないのだから。
「知っての通り、合成弾はおれが偶然開発に成功したもんだ。やってみたらなんか出来たんで、理屈とか聞かれても知らねーけど」
「まあ、出来るんなら出来るで良いでしょ。そういう理屈の追及は、やりたい人がやれば良いワケだし」
「だよなー。何回か聞かれた事あったけど、出来たモンは出来たんだからそれ以外に説明の仕様がねーのよ。やったら出来たんだし、そんだけだよ」
あっけらかんと告げる出水だが、言っている内容は感覚派の天才故の理不尽が詰まっていた。
彼等が言っている通り、合成弾は本来射撃トリガーを開発した者達の想定していなかった仕様の代物である。
射撃トリガーに元来合成という機能は存在せず、その実態は出水が発見した抜け穴じみた手法で実現しているバグ技に近い。
作成した出水本人も「やったらなんか出来た」としか説明のしようがない為、仕組みを解析しようと四苦八苦していた者達は揃って天を仰いだものだ。
何せ作ったとうの本人が感覚でしか理解出来ていない為、分かるのは起きた結果だけでその間の
これには開発室の面々も頭を抱えたが、出来る以上有用に使うべきという見解だけは一致している為運用に問題がない事を確認した後は、半ば放置されている状態だ。
出水以外の隊員も実現出来ている事から見逃されているが、一歩間違えば不具合認定されてもおかしくない代物である。
有用なのでそのまま使ってはいるが、原理についての詳しい説明は出来ない。
それが合成弾という代物であり、出水の天才性同様理不尽の塊のようなものと言える。
再現性があるからまだマシだが、これが出水にしか出来ない
つくづく、才能の格差を思い知るような現実であった。
「で、既存の合成弾は全部おれが作った。けどアステロイドとハウンドの組み合わせに関しちゃ、
「でも、そもそも
「そうなんだよな。実際、木岐坂もバイパーは無理っつってたし、適性みてーなモンがあるんじゃねーか?」
二人の言う通り、
幻踊やエスクードほどではないが、それでもボーダー内でバイパーをトリガーセットに組み込んでいる者は左程多くは無い。
少なくとも、同じ射撃トリガーのハウンドと比べれば雲泥の差だ。
これは
予め弾道を決めておいて撃つ事は出来るのだが、
それ故に撃ちさえすれば目視もしくはトリオン反応で相手を追尾するハウンドとは、扱い易さに於いて天と地ほどの差がある。
だからこそバイパーは処理能力に自信のある者しか扱う事が出来ず、使用者そのものが稀少なのだ。
出水はその中でも毎回リアルタイムで弾道を引けるという彼の他には那須しか成し得ない
故にこそ、今回の樹里の申し出は盲点であった。
他者の視点が介在する事でようやくその可能性に気付けたあたり、才能があるが故の狭窄だったと言える。
「そんで、結果は見ての通りだよ。アステロイドの貫通性能を付与したハウンドってワケだ。弾種がハウンドに変わった
「理屈としてはそうだね。けど、完全初見だったヒュースは堪ったものじゃなかったんじゃない?」
「だろーな。これまで散々暴れ回ってたヒュースでも、流石に完全な初見の攻撃にゃ対応し切れなかったみてーだ。まあ、そこに至るまでに波状攻撃で処理能力を圧迫して尚且つ両足欠損の状態じゃなきゃ凌げる目も普通にあったあたり、マジで凄まじいけどな」
出水の言う通り、今回ヒュースという特大の大駒が倒されたのは樹里の使った
既存の手札であればヒュースは頭に叩き込んであり、充分対応が出来ただろう。
事実、リスクを承知で共闘した王子隊との疑似連携でも、彼を仕留めるには至らなかった。
その共闘作戦自体もヒュースの足が削れていなければ成立しなかったであろうというあたり、彼の規格外っぷりが分かる。
あそこまで追い込んで、更に完全な初見殺しを用いてようやく打倒の目が揃う相手。
それだけで、ヒュースの脅威性がどれ程のものかは伺い知れるというものだろう。
「成る程、説明ありがとうございました。では、初見の合成弾のインパクトに持っていかれていましたが、一連の流れを解説して頂いてもよろしいですか?」
「ああ、勿論だぜ。で、大体察してる奴も多いとは思うが、今回香取隊は王子隊と疑似的な共闘作戦をやったんだ。ヒュースの打倒、っていう結果に繋げる為にな」
「やっぱり、そうだったんだ。周りに麓郎さんも三浦さんもいないのに香取の前にシールドが出た時は何かと思ってたけど、そういう事情だったワケか」
ああ、と出水は頷く。
「多分だが、あそこで香取は最悪ダメージを負ってでもヒュースの足を削る算段だったんだろ。もしくは、駄目なら駄目でさっさと仕切り直すと判断してたかだ。けど、その前提が覆った────────────────王子が、遠隔シールドで香取を援護したからな」
そう、あの時ヒュースは三浦か若村が香取を遠隔シールドで援護したと思い込んでいたが、あの場にいたのはその二人ではなく、王子だけだった。
通路が狭く、逃げ場の少ない駅舎の一階では一度発見されると若村や三浦ではヒュースから逃げ切れない可能性が高かった。
だからこそ香取は一階に二人を配置しておらず、ワイヤーを張らせた後は二階に移動させていたのだ。
だというのに、香取への攻撃が遠隔シールドで防がれた。
香取はこの時点で、王子の意図を看破したのだ。
「あのタイミングで香取を守るって事は、意図は明白だからな。要するに、援護するからヒュースを一緒に倒そうぜ、って事だ」
「けど、王子さんも良く香取が乗って来ると思ったよね? 結果的に麓郎さんが獲られちゃったし、王子さんの厄介さは承知してる相手だと思ってたけど」
「だからだよ。香取にとっちゃ、ヒュースの打倒は最優先事項だ。その為なら、多少のリスクを負ってでもより確実性の高い作戦に乗る可能性は高いと踏んでただろーさ」
実際、その通りになったしな、と出水は告げる。
王子は香取がヒュースという大駒に対し、相当な警戒をしているだろう事を見抜いていたのだ。
香取は一度ヒュースと接敵しているし、その脅威度を高く見積もっているであろう事は容易に推測出来る。
だからこそ王子はあの共闘の申し出が通ると確信しており、実際に香取は彼の手を取っている。
香取としてはヒュースを倒す為なら形振り構っていられなかったという事情もあり、苦渋の決断であると言えた。
「ヒュースがいるだけで、閉所での戦いは相当にキツくなっからな。エスクードをポンポン生やされたら地形そのものが相手の掌の上になっちまうし、本人が火力高い上に近接も出来る万能選手なモンだから、並大抵の事じゃ倒せねー。リスクを負ってでも、倒す価値はあったと思うぜ」
出水の言う通り、ヒュースは存在するだけで相当に厄介な駒だ。
高いトリオンによるエスクード連打により、閉所では地形そのものが操作され圧倒的不利な状況に立たされる。
しかも本人の
彼がいるだけでかなり戦闘がやり難くなるのだから、リスクを呑み込んででも倒そうとするのはなんら不思議な事ではないのだ。
「しかし、蔵内隊員の援護を狙っていたのなら何故屋外ではなく駅舎内で戦う事を選んだのでしょう? 最初から爆撃をするつもりなら、屋外の方が効果的だったかと思いますが」
「そりゃ、駅のホームみてーな
けど、と出水は続ける。
「外と繋がっちゃいるが、天井で視界が制限されてるホームなら別だ。ヒュースはギリギリでしか爆撃に気付けないし、発射地点も直接視認出来ねー。雨取ちゃんが代わりに視認はしてたかもだが、それでもヒュースに伝わるまでにタイムラグが出来る。戦場じゃそういう一瞬の
香取隊と王子隊がヒュースをホームに誘い込んだのは、出水の説明の通りの理由だ。
屋外では、爆撃の軌道は丸見えだ。
遠方から放たれた爆撃は着弾のかなり前から視認が可能であり、充分に対処する時間がある。
ヒュースであれば、爆撃をされても時間があれば充分対処は可能だろう。
だからこそ、駅のホームと言う外と繋がっていながら視界が制限される場所での戦闘を選んだワケだ。
爆撃を直前まで気付かれなくする事により、ヒュースの処理能力を更に圧迫する為に。
そこまでしなければ仕留められなかったあたり、ヒュースという大駒の脅威度が良く分かるというものだ。
「そこに至るまでが全力を尽くしたギリギリの波状攻撃だったから、若村を守る余裕がなくて王子先輩にやられちまったけどな。けど、必要経費だったと言っても良いだろーぜ」
「そうだね。麓郎さんは充分仕事をしたと思うし、悪くない結果だったと思うよ。ヒュースの脱落は試合にかなり影響を与えそうだし、猶更だね」
でも、と天羽は続ける。
「今度は、香取と王子さん、空閑の三つ巴だね。全員癖のある優秀な駒だし、どうなるか楽しみだね」
「ああ、こっからも見ものだぜ。ヒュースは落ちたが、まだ空閑は無傷だ。雨取ちゃんも残ってるし、まだまだ見どころはありそーだぜ」
出水はそう言って、画面を見据える。
そこには、ホームの瓦礫の中で鍔迫り合う三者のブレードが煌めいていた。