「…………! 来たか」
蔵内は上空から迫る無数の弾幕を見て、全速力で走り出した。
ご丁寧に弾幕は広範囲に散らばっており、たとえ逃げたところで効果範囲から完全に抜け出る事は叶わないだろう。
だが、立ち止まって防御するよりは大分マシだ。
一度固められたが最後、そのまま削り殺されるのが目に見えているからである。
(分かっていたとはいえ、やり難いな…………!)
こうなるのは、分かっていた。
蔵内が爆撃で位置を晒し、ヒュースを追い込むという目的を果たした以上香取隊にとって彼は用済みどころか邪魔な駒でしかない。
故に、ヒュースが片付き次第狙われるのは予想していた。
問題は、先程王子から齎された
(ハウンドと、アステロイドの合成弾か。既存の組み合わせでないというだけで試していないのは、我ながら勤勉さに欠けていたな)
即ち、
この情報により、蔵内が立ち止まって防御する選択肢はほぼなくなったと言っても良い。
相手の手札が
蔵内の弾丸の制御能力の精密さは那須や出水には及ばないが、それでもサイズの大きい樹里の弾に対しては数を撃てば問題なく当てる事が出来、その威力の高さから瞬く間に周囲に誘爆していく事だろう。
基本的に射撃戦はトリオンが高い方が有利だが、
爆撃に充分な威力を持たせるのならば、当然弾のサイズは大きい方が良い。
幾ら樹里のトリオンが高いとはいえ、細かく分割し過ぎれば威力が損なわれ、想定した規模の破壊を起こせない可能性が出て来る。
その為に樹里は一定以上のサイズを以て弾丸を発射せざるを得ず、その分だけ弾幕を撃ち返す事での誘爆がやり易くなる。
無論相応の見識と制御能力は必須だが、蔵内はそちらに関しては問題ない。
相手の切る事の出来る手札が爆撃だけであれば、それは充分反撃の選択肢となっただろう。
(問題は、見た目からでは
────────
射撃トリガーは、見た目からは弾種が判別出来ない。
その弾に如何なる効果が付与されていようと、外見は単なる光の弾でしかない。
合成弾を使うには
事実、現在樹里はバッグワームを脱いで位置を晒しているが、それがより判別を困難にさせていた。
いっその事合成弾を使う時だけバッグワームを解除してくれれば分かり易いのだが、そう旨くはいかないようだ。
ともあれ、爆撃だと思って迎撃の弾を撃ったらモスキートだった、では目も当てられない。
弾を撃つという事は、トリガーの片枠を使うという意味でもある。
そんな状態でシールド貫通力を持ったモスキートを撃ち込まれれば、為す術がない。
何せ、相手はトリオン12を誇る樹里の弾だ。
アステロイドの貫通力を付加させている以上、広げたシールドでは間違いなく突破される。
かといって、四方から同時に襲って来る貫通弾を集中シールドで防御し切るのは無理がある。
故に、樹里の弾幕に対する対処は全力で疾走しながらの逐次防御に限定される。
幸い、樹里の誘導設定の調整はそこまで精密というワケではない。
相手が立ち止まっているのならばともかく、走る相手の挙動を予測して完璧な誘導設定の調整を行って当てるのは彼女には難易度が高いだろう。
樹里の得意とするのはその高火力を武器にした力押しの圧殺であり、出水や那須のように技術で相手を翻弄する事ではない。
熟達すれば疑似的な
だが、
ギリギリの戦闘に於いて、相手の思惑をズラす形で弾道を調整する事が出来ればそれだけで決定打に成り得る可能性がある。
それこそ、先程ヒュースに向かって放たれたモスキートのように、途中で軌道を変えて一点集中突破を狙ったように、だ。
ヒュースのトリオンは、あの二宮すら上回る。
その彼の防御を確実に突破する為に、樹里は合成弾の軌道を一点に収束させる形で調整したのだという。
ヒュースが両足が削れ動く事が出来なかった事も相俟って、それが決定打となったのは言うまでもない。
ちなみにもしもヒュースの両足が削れていなかったのであれば、彼は回避という選択肢を取る事が出来た。
若村が行った銃撃による足の損壊は、充分な効果があったのだ。
回避を行った結果どうなったかまでは分からないが、選択肢が存在するというだけで生存の目が出てしまうくらいには、ヒュースの脅威度は高かったのだから。
「…………!」
蔵内の周囲の建物の屋根に、弾丸が触れる。
瞬間、大規模な爆発が周囲を席捲。
轟音と爆風の最中、蔵内は咄嗟に張ったシールドでの防御を行い爆発を防ぎ切った。
(矢張り、爆撃か…………っ! 立ち止まっている暇はない。さっさと動かないと…………っ!)
しかし、安心は出来ないと気合いを入れ直す。
蔵内は爆煙のカーテンが晴れる前にシールドを解除し、再び疾駆を開始した。
彼が先程から走り続けていた理由が、これだ。
即ち、爆撃の盾として周囲の建造物を利用する為である。
確かに樹里は強化視覚という
しかし、物理的に視界が塞がれていれば流石に狙い撃つ事は出来ない。
だからこそ蔵内は障害物の多い場所を狙って全力疾走し、射線を切るように行動しているのだ。
直接狙う事が出来なければ、樹里は十中八九爆撃で邪魔な障害物をどかそうとする。
射線さえ通ってしまえば、
だが、爆撃で建物を吹き飛ばすという事は、その際に大規模な粉塵が発生するという事でもある。
その粉塵に紛れて行動出来れば、再び射線の通らない場所に移動する事が出来る。
蔵内は走れる部隊として有名な王子隊の一員であり、当然機動力はそれなりに高い。
流石に機動力特化型の那須程ではないが、普通の射手と比べれば動ける方の筈だ。
故にその速力は決して侮れるものではなく、現にこうして逃走を成功させている。
あわよくばこのまま雲隠れする事も出来るかもしれないが、それは流石にリスクが大きかった。
(木岐坂には、狙撃という手札がある。雨取と異なり直接こっちを狙って来る可能性がある以上、位置を把握されている状態で下手にバッグワームで片手を塞ぐのは自殺行為だ)
樹里には、狙撃という選択肢がある為だ。
恐らく直接は人を狙撃出来ないだろう千佳と異なり、樹里は状況さえ整えば容赦なく狙撃を使って来る。
彼女の狙撃は距離の制限がないに等しい上に、威力も高い。
毎回のようにトリガーセットを変えて来るので今回はどの狙撃銃を持ち込んでいるかは分からないが、少なくともイーグレットかアイビスのどちらかは持って来ているだろう。
特に樹里が使えば射程制限を無視出来るイーグレットは、まず確実にあると思った方が良い。
工業地帯のように狭いMAPであればアイビスの方を選んでイーグレットを持って来ない可能性もあったが、この市街地Fは相応に広い地形だ。
距離の制限を無視して撃てるイーグレットは、持って来ない理由の方が少ない。
故に、レーダーから消えられるとはいえ下手にバッグワームを使えば狙撃で直接狙われる恐れがあった。
(────────展望ビル。まさか、このMAPの中で一番高い建物の上層に潜伏していたとはな…………っ!)
先程から合成弾が放たれている、その場所。
それは、駅舎の奥に存在するこのMAPで最も高い建造物。
────────天を衝くかのような様相を誇る、展望ビル。
その上層階こそが、樹里が布陣している場所であった。
『王子、すまないが援護は行えそうにない。正直、凌ぐだけで精一杯だ』
「了解。可能性の一つとして考えてはいたけど、中々に最悪な場所に陣取ってくれたものだね」
王子はこちらを狙う香取をハウンドで牽制しながら、通信相手の蔵内にそう告げた。
勿論、余裕などない。
何せ、遊真と香取という突出したエース二人を相手しているのだ。
互いが敵同士の三つ巴戦だからこそなんとか凌げているが、個の性能ではこの中で自分が最も劣る事は認めざるを得ない。
遊真は言わずもがな、香取も突破力という一点で凄まじいものを持っている。
正直、正面からの1対1ではまず勝ち目はないだろうと王子は考えている。
だからこそ三つ巴になるように盤面を調整したのであり、あの時香取を遠隔シールドで守ったのは単に共闘の申し出をする為ではなく、彼女に万全の状態でこの場に立って貰う為でもあった。
仮に香取が何らかの負傷をした状態でこの場に臨んだ場合、二人のエースは真っ先に自分を狙って来る可能性があった。
遊真の実力は、ハッキリ言ってこの中で最も高い。
その遊真相手に香取が負傷というハンデを背負っていれば、彼はまず確実に点を取る為に王子を狙った事だろう。
香取は多少負傷していたとしても、侮れる駒ではない。
乱戦の中で隙を突くのは、彼女の得意とする所だ。
それ故に、香取に自分を獲られる前に仕留めてしまおうというのは、自然な心理である。
だがそれは、香取が負傷した状態ならばの話だ。
万全の状態の香取相手であれば、まずは目先の脅威を片付ける事の方が優先事項が高いだろうと踏んでいた。
確かに実力的には遊真の方が上ではあるが、だからといって香取に勝ち目が全くない程能力的な格差があるというワケでもない。
加えて香取は格上殺しが充分可能な
それを遊真が理解していない筈もなく、万全の状態ならばまず香取の排除を優先するだろうという目論見もあった。
だからこそ王子はこの三者による睨み合いの状態をある程度維持する事が出来ているのであり、此処までは目論見通りと言える。
王子は突出したエースと呼べる程の実力はないが、かといって雑魚でもない。
B級上位の中でも安定した実力は持っており、香取や遊真には劣るとはいえ充分な能力は持っているのだ。
王子は天才ではないが、秀才ではある。
勿論努力を重ねた秀才でもあるので、やり方次第で格上に喰らいつく事も出来なくはない。
この場で唯一射撃トリガーを使えるという利点も、彼に有利に働いていた。
(カトリーヌのハンドガンは、連射性能がそこまで高いワケじゃない。注意を払う必要はあるけど、それよりは彼女の突破力の方に注視した方が良いだろうね)
近接攻撃手段しか持たない遊真とは異なり、香取には拳銃型の銃手トリガーがある。
連射能力が
しかし、攻撃範囲と弾数に於いては王子のハウンドが圧倒的に上だ。
射撃トリガー故に即応出来ないという欠点はあるが、それでもこの場に於ける中距離戦のアドバンテージを保持しているという要素は間違いなく重要だ。
完全な屋外であれば上に逃げるという選択肢もあっただろうが、爆撃で穴だらけになっているとはいえ駅のホームである以上天井は存在する。
それに下手に上に上がれば樹里に狙撃される危険がある以上、迂闊な動きは出来ない筈だ。
(アマトリチャーナの位置が分からないのも、少し痛いかな。多分駅舎の何処かにはいるだろうけど、決定打がない。けど、迂闊に動けばジュリアーナに狙われるだろうから、彼女という手札は軽々に使う事は出来ないだろうけどね)
王子はチラリと、天井越しに垣間見える展望ビルを見上げた。
蔵内の話では、樹里はあのビルの上層階に陣取っているらしい。
可能性の一つとして想定はしていたが、よりにもよって最も厄介な場所に布陣してくれたものだと王子は思う。
(あのビルに向かうには、開けた道路を通るかこの駅舎を通過する必要がある。アマトリチャーナに捕捉されずにあそこに辿り着けた以上、恐らく彼女は最初の転送の時点であのビルに送られていたんだろうね)
蔵内の爆撃を樹里のものと誤認していた事や樹里による合成弾の察知が遅れた事から考えても、玉狛が彼女の位置を発見出来ていなかったのは間違いない。
展望ビルに向かう為には遮蔽物のない広い道路を通るか駅舎の二階から繋がる通路を向かうしかないが、早い段階で駅舎にいた千佳に発見出来ていなかったのであれば、最初からあそこに転送されていたという可能性が最も高い。
最初からいたのならば下手に移動する必要もなく、虎視眈々と攻撃の機会を伺うだけで良いのだから。
(ぼく等にとっては、最悪の転送運だったかな。ヒューストンを倒せた以上は、何とも言えないけど)
つくづく羨ましくなる転送運だが、彼女がいなければヒュース打倒は叶わなかったのだから痛し痒しだ。
ヒュースが生存している限り王子には勝ちの目などそもそも存在しなかったのだから、今は甘んじて現状をどうにかする事に注力すべきだろう。
(最低限の戦果は確保出来たけど、出来ればもう一点欲しい。何処まで出来るかは分からないけど、やるだけやってみようか)
王子は改めて闘志を燃やし、ハウンドを撃ちながら強者二人を見据える。
駅舎での実力者三名による戦闘は、激しさを増そうとしていた。