香取隊の狙撃手   作:デスイーター

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王子隊Ⅷ

 

 

「蔵内隊員、木岐坂隊員の爆撃から辛くも逃げ続ける…………っ! 一方、王子隊長は各隊のエース二人と三つ巴で膠着状態ですっ…………っ!」

「どっちもキツそうだが、頑張ってるな。ありゃ、まだ勝負を諦めてねぇぜ」

 

 出水は淡々と、そう告げる。

 

 何の気概もなく、ただ。

 

 事実として、現状を正しく認識していた。

 

「蔵内先輩はヒュースがいなくなった今、香取隊にとっては一番鬱陶しい相手だからな。爆撃で位置が割れてる以上、こうなるのは覚悟の上ではあったと思うぜ」

「そうだよね。ヒュースっていう大駒がいなくなったから、遠くから援護して来る射手の存在は邪魔でしかない。他に動かせる駒がいるなら、真っ先に獲りに行くよね」

 

 二人の言う通り、ヒュース撃破に大いに貢献した蔵内だが、それは同時に最大の障害がなくなった今最も目障りな邪魔者となったに等しい。

 

 有益な共闘者は、その関係性が解消された時点で厄介な敵に早変わりするのだから。

 

 元より二部隊の疑似的な共闘はヒュースを打倒するまでという暗黙の了解があった為、これは裏切りでもなんでもない。

 

 契約期限を満了し、そのまま即座に動いたに過ぎない。

 

 これに関しては王子隊も承知の上だった筈であり、文句など出る筈もないだろう。

 

「けど、樹里ちゃんの位置が王子隊にとっちゃ最悪に過ぎたな。まさか展望ビルの上層に陣取ってたってのは、中々にキツイと思うぜ」

 

 問題は、樹里のいる位置が最悪だった事だ。

 

 樹里はこのMAPの中でも最も高い建物である、展望ビルの上階に陣取っている。

 

 この展望ビルは他の建物とは比較にならない程高く、流石に摩天楼の高層ビル程ではないがこの市街地Fに於いては圧倒的な高さを持つ。

 

 それは生半可な事では攻撃が届かない高さでもあり、相当射程に特化した調整をしなければ蔵内の弾は樹里に到達すら出来ないだろう。

 

 高いトリオンを持つ樹里だからこそ威力を保ったまま上層からの攻撃が行えているのであり、並のトリオンの持ち主であれば上層階に陣取ってもまともに攻撃を届かせる事が出来ずに終わった事だろう。

 

 つくづく、樹里の為に拵えられたような絶好の位置取り(ロケーション)と言えた。

 

「あのビルに行く為には、遮蔽物のない大きな道路を通るか、或いは駅舎を通過するしかねー。けど、樹里ちゃんは最初の転送であのビルに飛ばされてたかんな。そういう意味じゃ、転送運がかなり良かった」

「そうだね。それでもさっきの攻撃まで潜伏し続けてたのは、あの合成弾で確実にヒュースを仕留める為かな?」

「間違いなくな。あの合成弾は、樹里ちゃんの位置が知られてねー初撃にこそ最大の威力を発揮する。そのあたりも理解してただろーから、今まで耐え忍んでたんだと思うぜ」

 

 「多分香取か華さんの指示だろーけどな」と、出水は小声で呟く。

 

 実際、樹里だけであれば我慢出来ずに何処かで撃っていた可能性は高いだろう。

 

 出水に戦術を師事して貰っているとはいえまだまだ付け焼刃だし、何より彼女は本質的に弾馬鹿(トリガーハッピー)だ。

 

 折角覚えた新たな切り札を、一刻も早く試したいとウズウズしていたに違いない。

 

 それを耐える事が出来たのは、間違いなく香取か華のどちらかに言い含められていたが故だろう。

 

 あの一見素直に見えて癖の強い少女を操縦し切れるのは、幼馴染の二人を措いて他にいない。

 

 そういう意味でも、樹里を問題なくエースに据えられる部隊は香取隊しかいないのである。

 

「そんで、蔵内先輩は一見逃げ回ってるだけに見えっけど、あれが最適解だぜ。何せ、立ち止まったら確実に削り殺されるからな」

「それは、さっきの合成弾が関係してる?」

「勿論。前提として、射撃トリガーは見た目からは弾種が判別出来ねー。だから蔵内先輩にしてみりゃ、飛んで来たのが誘導炸裂弾(サラマンダー)なのか誘導貫通弾(モスキート)なのかは分からないワケだ」

 

 だから、と出水は続ける。

 

「サラマンダーを防ぐにゃ、シールドを広げるしかねー。けど、もし弾の正体がモスキートだったら貫通されて終わりだ。だから障害物のない場所で弾を撃ち込まれた時点で、ほぼ詰みと言っても過言じゃねーだろーぜ」

 

 出水の言う通り、見た目から弾種が分からないというのは射撃トリガーの厄介な部分の一つだ。

 

 今回樹里は誘導貫通弾(モスキート)という新しい手札を獲得した事により、その厄介さに拍車をかけている。

 

 これまで樹里が扱う合成弾はサラマンダーしかなかったところを、よりにもよって突破力の高いアステロイドと誘導性能を持つハウンドの合成弾を持ち込んで来たのだ。

 

 弾丸の挙動はどちらも同じ曲線である上、触れてみるまでどちらなのかは分からない。

 

 この状況での樹里の遠距離射撃は、相当に心理的負荷がかかる筈だ。

 

「だから、とにかく走り続けて射線を切り続けるのが最適解なんだよ。立ち止まってたら、爆撃で射線を通されて終わりだからな」

「と言っても、このままじゃジリ貧じゃない? 木岐坂の攻撃は範囲が広過ぎて離脱出来ないし、姿を晦ますのも難しそうだよ」

「まー、そりゃそうだな。確かにこのままなら、いずれ捕まっちまうのは時間の問題だろーぜ」

 

 けど、と出水は続ける。

 

「だからこそ、何か王子隊にゃ考えがある筈だぜ。王子先輩の眼は、まだ諦めてねーみてーだからな」

 

 

 

 

「…………っ!」

 

 蔵内は巻き起こる爆発に対し、シールドを展開して防御する。

 

 樹里による超高高度からの遠距離爆撃。

 

 それが炸裂し、周囲が爆発で包まれる中蔵内は何とか広げたシールドで耐え凌ぐ。

 

 そして爆発が終わり次第、すぐさまシールドを解除。

 

 爆煙が晴れる前に、即座に疾駆を開始した。

 

「…………!」

 

 だが、上空から迫る無数の弾幕に気付き蔵内は思わず舌打ちした。

 

 彼らしくない所作だが、それだけこのタイミングでの爆撃は厄介に過ぎた。

 

 弾速が、()()()()()()()

 

 恐らくは、蔵内が駅舎に近付いた分、射程に割り振っていたトリオンを弾速の方に振り分けたのだろう。

 

 今蔵内がいるのは、駅舎の西側に存在する住宅地だ。

 

 先程まではもう少し南側にいたのだが、大きな道路を迂回する形で爆撃を避けている内に此処まで移動して来たのだ。

 

 この市街地Dには国道を模したと思われる大きな道路が存在し、そちらには遮蔽物となるものが殆ど存在しない。

 

 幸いその国道を通らずに駅舎に迎えるルートもあるし、今蔵内が通っているのはその道筋だ。

 

 しかし、駅舎に近付くという事はその奥の展望ビルの上階にいる樹里との距離も近付くという事だ。

 

 樹里の座する展望ビルは、地上20階建ての高層ビルだ。

 

 その上層から地上を狙うにはそれなりのトリオンを使う筈であり、幾ら樹里の射程が規格外とはいえある程度射程に調整を傾けなければならないだろう。

 

 だが、蔵内が自ら樹里の居場所に近付いている以上、その分のトリオンを弾速に振り分けたとしても何ら不思議はない。

 

 そして、弾速が増したという事は次弾着弾までのタイムラグが減少したという事でもある。

 

「仕方ない」

 

 蔵内は止む無く、シールドを展開。

 

 次の瞬間、爆撃が着弾。

 

 再び周囲を爆発が席捲し、爆煙で粉塵が巻き上がった。

 

(今の内に…………っ!)

 

 弾速が速くなった以上、最早一刻の猶予もない。

 

 蔵内は爆発が収まったのを確認すると、即座に移動を開始。

 

 次の弾が来るまでに少しでも距離を稼ぐべく、疾走を開始する。

 

(…………っ! 早過ぎる…………っ!)

 

 だが。

 

 次弾は、もうすぐそこまで迫っていた。

 

 しかも、先程より弾速が増している。

 

 今から走って逃げたのでは、とてもではないが間に合わない。

 

 蔵内は止む無くシールドを展開し、爆撃の着弾に備えた。

 

(…………っ! 爆発、しない…………っ!? しまった、これは…………っ!)

 

 されど。

 

 予想と違い、シールドに着弾した弾は爆発しなかった。

 

 つまり、それは。

 

 これが合成弾などではなく、ただの追尾弾(ハウンド)である事を意味している。

 

 即ち。

 

「ぐ…………っ!?」

 

 ────────樹里の片手は空いたままであり、追撃の一手が撃てる事を意味していた。

 

 遠方から飛来した一発の弾丸が蔵内のシールドを貫き、その胴に風穴を空ける。

 

 間違いなく、イーグレットに依る狙撃。

 

 それが炸裂し、蔵内に致命傷を負わせたのだ。

 

(やられたな。これまでの爆撃は、これを通す為の陽動か…………っ!)

 

 蔵内は、理解する。

 

 これまで散々爆撃を繰り返していたのは、この狙撃を通す為の陽動であったという事を。

 

 自分は爆撃から逃れる為、疾走と防御を繰り返していた。

 

 半ば規定行動(ルーチンワーク)のような作業になっていたそれに対し、樹里は弾速の加算という揺さぶりをかけて来た。

 

 当然蔵内側の対処能力は弾速が上がった分負担がかかっており、当初警戒していた筈の合成弾と見せかけての通常弾という選択肢を咄嗟に想起させるまでの時間を引き延ばさせたのだ。

 

 理屈の上では分かっていたとしても、次弾の対処までの時間が短縮されれば、当然処理能力は圧迫される。

 

 そして、圧迫された処理能力では何処かに無理が出て来るのは当然の理。

 

 樹里はそれを狙い、散々爆撃で重圧(プレッシャー)をかけた後に本命の一発を通してみせたのだ。

 

 蔵内の胴の真ん中には今の攻撃で風穴が空いており、大量のトリオンが漏れ出ている。

 

 幸い急所は外れていたが、恐らく数秒後にはトリオン漏出過多で脱落するだろう。

 

「だが…………っ!」

 

 しかし、逆に言えば数秒だけだが猶予は遺されていた。

 

 蔵内はすぐさまトリオンキューブを展開し、合成弾を生成。

 

 最後の一発を駅舎に向けて放ち、直後。

 

『戦闘体活動限界。緊急脱出(ベイルアウト)

 

 機械音声が、蔵内の脱落を告げる。

 

 蔵内のトリオン体が崩壊し光の柱となるのと、爆撃が駅舎に降り注ぐのは同時だった。

 

 

 

 

「…………!」

 

 爆撃は、駅舎の屋上に着弾した。

 

 轟音が響き渡り、それはホームで戦っていた三者にも伝播する。

 

「────────来たか」

「…………!」

 

 それを待っていたかのように、王子はハウンドを放ちながら踵を返して線路を駆け、跳躍。

 

 滑らかな身のこなしで、爆撃で損壊した上階部分へ降り立った。

 

「…………!」

「見付けたよ、アマトリチャーナ」

 

 そこには、爆撃で損壊した新幹線の横でシールドを張り身を守っていた千佳の姿が晒されていた。

 

 彼女は駅舎の中に引っ込んで以降、この新幹線乗り場で身を隠しながら周囲の警戒に当たっていた。

 

 新幹線乗り場は新幹線の線路が高い位置に存在する事もあり、駅舎の中でも高層に存在している。

 

 加えて周囲が見える大きな窓もある為、隠れながら周囲を警戒するには持ってこいの場所なのである。

 

 王子は恐らくこの場所に千佳が隠れていると見込み、蔵内には何とか隙を作ってこの場所を爆撃するよう指示していたのだ。

 

 結果として蔵内は落とされたが、その最後の足掻きで千佳は炙り出された。

 

 最早至近まで接近している以上、此処から射撃トリガーで反撃される心配はない。

 

 加えて千佳は戦闘経験が浅く、トリオン量では圧倒的に差がある王子であっても近付いてしまえば幾らでもやりようがある。

 

 王子は用意していたハウンドを斉射しつつ、旋空の構えを取った。

 

 ハウンドを防御するにはシールドを広げざるを得ず、広げたシールドでは旋空は防御出来ない。

 

 規格外のトリオンを持つ千佳のシールドを旋空で突破出来るかは未知数ではあるが、むしろこちらの方がブラフだ。

 

 実は今撃ったハウンドは誘導設定をかなり弱くした代物であり、大きく迂回して背後から千佳を狙う弾道を描くようになっている。

 

 恐らく千佳は全身を包み込むようにシールドを展開するであろうが、前面からの攻撃と背後からの攻撃で処理能力は手一杯になる筈だ。

 

 万が一旋空がシールドを突破出来なくとも、それならそれでもぐら爪(モールクロー)を使って床下からの攻撃で仕留めれば良い。

 

 シールドは基本的に障害物を貫通する形で展開する事は出来ない為、唯一接地面だけは範囲対象外なのだ。

 

 故に、どちらにせよ千佳は此処で落ちる。

 

 王子は、そう考えていた。

 

「…………っ!?」

 

 ────────だが。

 

 その考えは、次の瞬間打ち砕かれた。

 

 千佳が、水晶のように角ばったシールドを展開した事によって。

 

 固定シールド。

 

 そう呼ばれるそれは、その場から動けなくなる事を代償に、文字通り360度全てを強固なシールドで囲う事が出来る代物だ。

 

 千佳はそれを、王子の眼前で展開した。

 

 結果、ハウンドは何の感慨もなく障壁に当たって消滅し、旋空もまた根本近い刀身がシールドに弾き返された事で最大威力を発揮する前に凌がれた。

 

 そして、固定シールドである以上床下への防御も完備している為もぐら爪(モールクロー)も使えない。

 

 王子の目論見は、一瞬にして打ち砕かれた。

 

「────────やられたね」

「────────」

 

 ────────そして、その命運も尽きる。

 

 王子が攻撃を失敗し、隙を見せたその瞬間。

 

 背後から、遊真による刺突が王子の左胸を抉っていたからだ。

 

 蔵内と異なり、一撃で急所であるトリオン供給機関を射抜かれた為抵抗する余地すらない。

 

 そんな王子を見据え、遊真は不敵な笑みを浮かべた。

 

「オサムが言ってたからな。王子先輩なら、間違いなくこうやって千佳を狙って来るって」

「そうか。ふふ。やっぱり、君を弟子にして正解だったね。オッサム」

『トリオン供給機関破損。緊急脱出(ベイルアウト)

 

 機械音声が、王子の敗北を告げる。

 

 悔しさの滲んだ、しかし何処か満足そうな声を残し。

 

 王子のトリオン体は崩壊し、光の柱となって消え失せた。

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