「蔵内隊員が木岐坂隊員の狙撃により、
「お見事。目まぐるしく状況が変化したな」
出水は会場の盛り上がりなど気にせず、淡々とそう告げる。
しかしその声には確かに、感嘆と称賛が込められていた。
「まず、蔵内さんがやられたよね。結構単純っていうか、傍から見れば古典的なやり方で」
「ああ、樹里ちゃんの緩急を付けた攻撃にまんまとやられた、ってパターンだ」
まず、と前置きして出水は話を始める。
「樹里ちゃんは執拗な爆撃を連打し、蔵内先輩を防戦一方の逃走状態に追い込んだ。で、蔵内先輩は辛くもそれを避け続けてたんだが、そこで樹里ちゃん側は弾速を徐々に加速させていったワケだな」
「ただでさえ防戦一方な所に、徐々に上がっていく弾速。間違いなく処理能力は圧迫されるし、精神的にもキツイよね」
「そういうこった。こりゃ実際に体感してみねーと分かんねーかもだが、戦闘中で
出水の言う通り、極限状況での処理能力の圧迫というのは馬鹿に出来るものではない。
それは要するに、崖の手前で落ちないよう踏ん張っている相手の傍で大声を出すようなものに等しい。
踏ん張るだけで精一杯の相手に突然の大声という不意打ちをかませばそのまま落ちかねないし、巧く状態を継続出来ても
傍から見れば何であんなミスを、という場面であっても当人からしてみれば必然の事故でしかないのである。
「でも、ああいう
「傍から見る側としてもそうだし、本人としても割と気にしそうだよね。もしも麓郎さんあたりが同じやられ方をしたら、後々まで引きずりそう」
「かもな。まあ、蔵内先輩なら冷静に分析して次に繋げるだろうから、心配はねーだろーけどよ」
二人の言う通り、こういう落とされ方は人によっては後々響き易い。
客観的に見れば必然の事故、或いは敵が巧かったというだけであっても、本人の認識としては「つまらないミスでやられてしまった」となりかねない為だ。
人は、「良く考えれば避けられた失敗」というものは強く後悔しがちだ。
後から考えて「なんであんな馬鹿なミスを」と思うような失態は、本人の精神的にも悪影響を齎す。
天羽の言ったように若村のような失敗をズルズル引きずりがちなタイプだと、目に見えてその後の動きが悪くなったり内に抱えて悩み込む事もある。
今回の場合は蔵内はそこまで引きずるような人間ではなく、冷静に今回の敗因を分析して後に活かせるだろう事は不幸中の幸いと言える。
「蔵内さん、やられはしたけど最後に爆撃をやって王子さんのアシストを出来てたしね。結果には繋がらなかったけど、最後っ屁としては充分だったと思うよ」
「木岐坂は合成弾に見せかけたハウンドで蔵内先輩の動きを止めてそこをイーグレットで撃ち抜いたワケだが、大まかな位置しか把握出来てなかったんで一撃で急所を射抜けなかったのが響いたな。もうトリオン漏出での脱落が確定してたから、蔵内先輩の捨て身の一発を許しちまったワケだしよ」
「もう
また、今回蔵内は落ちる前に爆撃を行って王子のサポートをしている。
これは脱落が確定し、防御を気にする必要がなくなった事で全てを攻撃に注ぎ込んだ行動が取れるようになった為だ。
逃走劇の最中にそんな真似をすればその時点で落とされていただろうが、被弾直後で尚且つあと数秒で脱落する状況下となれば、むしろ撃たない理由がない。
被弾の直後という事は次の攻撃までタイムラグがあるのが確定しており、既に脱落が確定している以上
故に後先を考えない捨て身の援護が出来た、というワケである。
「単純に木岐坂の狙撃手としての技量不足、と言えなくもねーけどな。もしあそこで撃ったのが当真先輩や佐鳥なら、間違いなく急所に当ててただろーしよ」
「それ、その二人がおかしいだけじゃない?」
「まあ、それを言うならあれは射手と狙撃手の二足の草鞋を履いてる木岐坂だからこそ出来た攻撃だから、
出水の言う通り、蔵内の最後の一撃は樹里があの一発で仕留める事が出来ていれば防げたものだ。
一撃で急所を射抜く事が出来てさえいれば、次の攻撃を行う暇などなくそのまま
たとえ攻撃に依る被害が甚大で
その猶予期間を許した時点で、樹里の未熟と言えなくもない。
まあ、爆煙の晴れておらず視界が利かないあの状況下でそれを達成させられるのは狙撃手の中でも最上位の技術を持つ当真や佐鳥のような手合いでなければまず不可能なのは置いておく。
当真はどんな状況でも相手に当てるだろうという信頼感があるし、ツイン
ボーダーの技術トップ勢は
当真は純粋に技術が優れているが、佐鳥のそれは最早曲芸の域なので比較対象としてはあまり適正とは言えない。
彼以外誰もやらないツイン
精密身体操作の
「そんで、その蔵内先輩のアシストを受けた王子は爆撃で炙り出された雨取ちゃんを狩りに行ったワケだ。多分、最初からあれを狙ってたんだろーな」
「王子さんの狙いは最初から、雨取を落とす事だったって事?」
「間違いなくな。このMAPを選んだのは、王子隊だ。当然、狙撃手が潜みそうな所は事前に当たりを付けてただろーし、あの状況で雨取ちゃんが駅舎の外に出るワケねーってのも分かってた筈だ。だから消去法で、あの新幹線のホームにいるんだろうって推測はしてたんだろーな」
出水の言う通り、この市街地FというMAPを選んだのは王子隊である。
故に狙撃手が隠れそうな場所に関しては事前に調べていたであろう事は言うまでも無く、更に状況を限定させた事でその推測をより強固にしたワケだ。
言うまでも無いが、あの状況下で千佳が駅舎の外に出るメリットは全くない。
下手に外に出て捕捉されれば、彼女は間違いなく狩られるからだ。
確かに規格外のトリオンを持つ千佳ではあるが、戦闘に関しては間違いなく素人である。
戦闘経験の浅さというものは埋めようがなく、前回香取隊と戦った時のように単純な罠に引っかかって敗退する、というケースが十二分に有り得てしまう。
なので、大抵の相手にとって近距離まで接近に成功した千佳というのは脅威にならないのだ。
樹里のような
機動力も高くないので逃げるにも限度があるし、そもそも逃走技術もまだ未熟だ。
本人の機転の利かせ方は悪くないものの、
だからこそ、王子は千佳を狙い定めていたのだ。
あの状況で最も獲り易い、
「王子先輩はホームで空閑と香取を引きつけつつ、蔵内先輩の援護が飛んで来るのを待ってたんだろーな。そんで、その千載一遇のチャンスが巡って来た時に即座に動いた、ってワケだ」
「でも、結果的に失敗したよね。雨取が、固定シールドでの防御を選んだから」
「ああ、それが王子先輩の最大の誤算だったろーな。雨取ちゃんは戦闘経験が浅いから、まさかあそこで固定シールドっていう最適解をすぐに選べるとは思ってなかったろーぜ」
しかし、結果は失敗。
王子の攻撃に対し、千佳は固定シールドという最適解を叩き出し、それを防いでみせた。
結果、遊真の手が間に合い王子は敗退した、という事になる。
「雨取を舐めてた、って事?」
「言い方は悪ぃが、そうなるな。けど、決して間違っちゃいなかったろーぜ。少なくとも、本当にあれが雨取ちゃんにとって
つまりだ、と出水は続ける。
「最初から、雨取ちゃんは聞かされてたんだろーよ。
「どういう事?」
「要は、三雲くんが王子先輩の行動を予測して対策を立ててた、ってこった。三雲くんは、王子先輩の弟子だからな。師匠の行動パターンなんかもある程度分かってるだろーし、状況から考えて雨取ちゃんが狙われる可能性が高いと踏んで
そう、今回の王子の敗因は千佳を舐めてかかった事ではなく、修の手を読み切れなかった事にあると言っても過言ではない。
修はこの状況になった時点で、王子が千佳を狙うだろう事を予測していた。
だからこそいざ彼女が狙われた時に王子が取るであろう行動を予想し、千佳に固定シールドという最適解を行うよう予め指示を出しておいた、というワケである。
確か千佳は戦闘経験が浅いが、物覚えは悪くなく命じられた事を忠実にこなす能力に関しては疑いようが無い。
最初から王子に襲われる可能性とその時に取るべき対処を聞かされていたのであれば、問題なく対応出来たのも頷ける話だ。
「三雲くんは今回早期に落とされて、周りを気にせず思考を回す時間が存分にあった筈だからな。その状況で冷静に状況を分析して、この展開に繋げたんだろ。そういう意味じゃ、落とされたのが功を奏した、とも言えるな」
加えて、修が王子の行動を完璧に予測し対策まで立てられたのは、彼が既に脱落しており周囲の警戒等をする必要がなかった、という事情もある。
試合中
そしてこの場合、脱落者は試合中必須だった周囲への索敵やリアルタイムでの処理能力の圧迫という事象から解放されて純粋に思考を回す事に集中出来るようになっている。
修もまた例に漏れず、オペレーターのサポートをしながらも思考を集中させ、王子の動きについて考えを巡らせていたのだろう。
その結果として戦場では気付けなかった彼の狙いを察知する事が出来、今回の成果に繋がった、というワケだ。
「空閑の奇襲がスムーズに決まったのも、雨取ちゃんが狙われた時の動きを最初から決めてたんなら合点がいくからな。何せ、爆発が起きたあとほぼノータイムで王子の後を追ってったからな。出足自体は一歩遅れたが、万一雨取ちゃんがやられていても王子先輩の撃破自体は恐らく叶ってたと思うぜ」
「確かに、爆発の後香取には目もくれず上に向かってたしね。そう言われると、頷ける話かも」
また、遊真の奇襲がスムーズに決まった事もこの説の信憑性を後押ししていた。
遊真は爆撃の直後、王子が千佳を狙いに行った直後にほぼノータイムで追撃に移っている。
爆撃の混乱から香取が立ち直る数秒の間に、遊真は既にあの場を去っていたのだ。
一刻も早く千佳の下へ向かい、万一彼女が落とされていても王子の首だけは確実に獲る為に。
遊真は最短最速で、追撃に向かっていたのである。
あの動きは、最初から決めていたのでなければ有り得ない。
故にこそ、修が計画的に王子への対策を練っていた事の証明となるのである。
「成る程、ありがとうございます。これで、王子隊は二点取得のまま全滅。残る香取隊が二点、玉狛第二が三点となり玉狛がリードしていますね」
「ああ、残ってるのは奇しくもそれぞれエースの前衛と狙撃手の組み合わせだけだ。この場合、互いの後衛がどう動くかで試合の流れが決まりそうだな」
出水はそう告げ、スクリーンを見据える。
今生き残っているのは香取と樹里、そして遊真と千佳の計四名。
奇しくも似通ったポジション同士の駒が、最終局面で対峙する事となった。