「んぐぐ…………!」
「葉子。また、樹里を勧誘してたらしいね」
「華…………!」
個人ランク戦ブース、その一角。
不貞腐れている香取に歩み寄る、華の姿があった。
木虎に挑むも敢え無く敗れ去り、とうの樹里にも逃げられた。
その事でこれ以上なく腐っていた香取は、大切な幼馴染の顔を見て少しは落ち着いたのかふぅ、とため息を吐いた。
「そーよ。ったく、アタシがこんなに誘ってんのに未だに頷かないとか、あいつどういう神経してるワケ?」
「単純に、部隊に入る事に興味がないんじゃないかな。人には向き不向きがあるし」
「納得いかない。防衛任務やるにしても何にしても、部隊に所属してた方が良いでしょーが。幼馴染のアタシの部隊なら、ある程度自由も利くってんのに」
「そこまで考えてたんだ」
「むしろなんで考えてないと思ってたのよ華」
そう言って、香取は割と棘のある言葉を吐いた幼馴染をジロリと睨みつける。
確かに香取の言う通り、ボーダーに所属している以上部隊に入っていた方が色々融通が利き易い。
ソロだと何かの手続きの際自分一人で全ての処理を行わなければならないが、チームに所属すればそれをある程度省く事が出来る。
ボーダーの花であるチームランク戦は当然部隊に所属しなければ参加出来ないし、何よりA級へ上がる手段は基本的にそのランク戦で勝ち上がるしか方法がない。
そういう意味でも、B級になってチームに所属しないという選択を取る者は稀だ。
正確にはコミュ力や実力がなくて部隊に参加出来ない者はいるが、樹里は違う。
彼女は誰から見ても優秀な狙撃手であり、実際に彼女に声をかける部隊は山ほどあった。
B級の部隊は勿論、あのA級の加古隊からも声がかかった事があるという。
同じく名字が「K」繋がりなのに声をかけられなかった香取にとっては、それだけでも色々複雑なのだ。
「加古さんの誘いも拒んだらしいし、上に上がるのが面倒だとか思ってるんじゃないのかな」
「どーしてよ? A級になれば、固定給が出んのよ? それにある程度周りにデカイ顔出来るし、良い事づくめじゃないの」
「A級になれば、目には見えないけど立場による縛りが出来るからね。樹里は、それが嫌なのかもしれない」
なにそれ、と香取は首を傾げるが、華の言う通りA級隊員というのは何もメリットだけを享受する存在ではない。
固定給が出る、という事は普通の会社で言えば正社員と同じ扱いをすると言っているのと同義だ。
つまりそれだけ責任ある立場となるという事でもあり、だからこそA級への昇格はチームで勝ち抜く────────────────つまり、集団での連携と社会性の適性が求められていると華は考えている。
固定給を得るという事は、ただ所属するだけで組織にとってメリットがある存在であれと求められているのと同義。
色々と面倒くさがりな樹里はそれを嫌ったのかもしれない、と華は一考していた。
「とにかく、三年ぶりに折角会えたってのにずっとあの調子ってのが気に食わない。少なくともアタシは、また樹里に会えて嬉しかったってのに」
「そうよね。三年間音信不通で、もう会えないかと思ってたらひょっこり現れたんだもの。あの時は、わたしも驚いたわ」
しかし、香取が此処まで彼女のチーム入りに拘る理由も華には分かるのだ。
木岐坂樹里は、紛れもなく自分と香取の幼馴染だ。
あまり外に出る事が好きではない上に面倒臭がりな樹里ではあったが、香取は「ならゲームして遊びましょう」と度々家に彼女を引っ張り込んだ。
樹里も出不精なだけでゲーム自体は好きなタイプだったので、最初は面倒くさがっていたものの香取に何度も誘われるうちに徐々に応じるようになっていった。
香取の家で三人で集まり、二人がゲームをしているのを華が読書をしながら見守る。
そんな居心地の良い関係性が、いつの間にか出来上がっていた。
(でも、あの日…………)
それが変わったのは、忘れもしない。
あの、大規模侵攻の時である。
突如宙の穴から現れた真っ白な化け物に、三門市は蹂躙された。
香取は瓦礫の中に閉じ込められ、華は両親と彼女を天秤にかけるという選択を強いられる事となった。
結果として華は香取を救い出し、両親を見捨てた。
その事は後悔してはいないが、全く尾を引いていないと言えば嘘になる。
そして。
あの日を境に、樹里との連絡はぷっつりと途絶えた。
彼女の両親は、瓦礫の下から物言わぬ骸となって発見されている。
その事から樹里の生存は絶望的と目され、当時は華も香取と共に悲しみに沈んでいた。
樹里がひょっこりと三門市に姿を現したのは、その三年後の事である。
あの時の感情は、今でも鮮明に思い出せる。
(まさか、もう死んでたと思ってた幼馴染に会えるとは夢にも思ってなかったし。今度こそずっと一緒にいたいっていう葉子の気持ちは、わたしにも分かる)
普段であれば「あなたの気持ちは分かる」なんて事は軽々しく思ったり言ったりはしない華であるが、この事に限れば彼女も当事者だ。
三年ぶりにもう会えないと思っていた幼馴染に会う事が出来て、驚くよりも喜びが勝っていた事は否定出来ない。
だからこそ葉子は何度断られ続けても、樹里を部隊に誘っているのだろう。
今度こそ、何処にもいかないように。
大切な幼馴染と、一緒にい続ける為に。
性格上素直にそれを言う事は出来ていないが、香取は元々情で動く人間だ。
戦力が欲しいだとか、樹里の立場だとか。
そういうのはあくまでも建前であり、本当は彼女と一緒にいたいだけというのは理解している。
だからこそ、何度も勧誘を繰り返す香取を尊重して他の部隊からの誘いには嵐山の一声でストップがかけられているのだから。
(まあ、嵐山さんのお陰で樹里への他部隊からの勧誘がなくなってる恩があるから佐鳥先輩の事を邪険にし難いって不貞腐れてはいたけど)
そういう経緯があるので、香取は嵐山隊には恩義を感じている。
直情的に見えて、そういった恩や筋を大事にするのが香取という少女である。
かなりきつく当たっていたように見える佐鳥への対応も、彼女からしてみれば相当譲歩した方なのだ。
そうでなければ、無理やりにでも佐鳥を樹里から引き離そうとしていただろう。
香取は情が深い分、身内への独占欲は相当高い。
自分は勿論、実のところチームメイトの若村や三浦に対してもそれは発揮される。
香取自身が二人をこき下ろすのは良いが、他人が知った顔で若村達を貶すのは我慢出来ないというのがその証拠だ。
そんな彼女が三年ぶりに会った幼馴染の傍にいる男を強制的に排除しようとしていないというだけで、香取にとっては相当な譲歩なのである。
「それに、心配でしょうが。三年ぶりに会ったら髪は真っ白になってるし、前にも増して暗くなってたもの。色々聞いても要領を得ないし、目の届かないトコで何かあったら嫌だし」
「…………そうね。それは、わたしも思ってた」
それに、気になる事はある。
三年も姿を消していた事もそうだが、目に見える変化として
今の樹里は真っ白な髪をしているが、少なくとも自分達の知る彼女は
それが今は銀髪に近い白髪になっているのだから、気にならない方がおかしい。
「それに、
「ただいま。賢も早く」
「はいはい、失礼しますよっと」
夕刻。
樹里は佐鳥に送られて、自分のマンションに戻って来ていた。
何故か佐鳥に預けていた鍵を使い、樹里は佐鳥に中に入るよう促す。
佐鳥もまた、それを当然の如く受け入れる。
何も、同棲しているだとかそういう事ではない。
ただ、彼女の食生活を心配した佐鳥がこうして度々樹里の夕食を作りに来ているというだけだ。
チラリと、佐鳥は自分の歩いて来たマンションの廊下に目を向ける。
それなりに大きな6階建てのマンションであるが、他の部屋を見ても居住者がいる気配は全くない。
それもその筈で、このマンションは警戒区域の境界線上に存在するのだ。
ボーダーが定めた警戒区域というのは、いわば「いつ
故に警戒区域外であってもその近辺には人が寄り付かない傾向があり、半ば区域に食い込む形で建っているこのマンションに居住しようという人間は皆無だった。
故にマンションの権利はボーダーが買い取り、現在はその所有物件として存在している。
対外的には職員寮としているのだが、当然ながら警戒区域の境界線上に建つ建物に自分の子供を住まわせようとする親はいない。
大人の職員に至っては隊員と違って戦う力がない為万が一とはいえ
勿論他の部屋の契約などはしていないし、実質というだけで彼女にマンションをどうこうする権利は何もない。
しかし他に住人がいないマンションに一人で住んでいる、というだけで半ば彼女の所有物のようなものと言っても差支えがないのが現状である。
(まあ、元々住んでいたから愛着があるのは分かりますがね。こうも都合が良いと色々邪推がしたくなるというか────────────────いや、樹里ちゃんが良いってんだから良い事にするっきゃないか)
そんなマンションに樹里が今も尚居住しているのは、此処が元々彼女の住んでいた場所だからだ。
本来、この部屋には樹里が両親と共に三人で暮らしていた。
しかしあの大規模侵攻の日、出かけた先で彼女の両親は
正確にはトリオン兵の破壊した瓦礫による事故だが、彼女の両親が命を奪われたという事実に変わりはない。
真っ白になって帰って来た樹里が、過去の自分との繋がりを求めてこの場所に執着するのは理解出来る。
だからこそ、この場所に住む事に関して強くは言えないのだ。
「賢、早く」
「おっと、今行きますよっと」
思案に沈んでいた思考が、少女の何処か拗ねたような声で現実に戻る。
樹里に催促された佐鳥は靴を脱ぎ、買い物袋を抱えて部屋の中に入っていく。
リビングでは既に樹里が椅子に座って突っ伏しており、どうやら自分で料理をする気は皆無な事が見て分かる。
「樹里ちゃん、ちょっとは料理したりしないの?」
「しない。面倒。食事はゼリーだけで良い」
「それじゃあ健康に悪いっていつも言ってるでしょーが」
「だから、賢が作って」
「はぁ……………………まあ、良いですけどね」
渋々といった感じで、佐鳥は持って来た食材を並べて料理に取り掛かる。
元は佐鳥も男子高校生らしく大した料理は作れなかったが、樹里相手に健康云々で色々言った手前、自分も出来ないでは話にならないと一念発起してある程度簡単な料理であれば作れるようになっていた。
それでも男の料理である以上雑である事は確かでレイジ等の料理とは雲泥の差だが、あれは向こうのレベルがおかしいのであって佐鳥のそれは普通の男子高校生と比べればちゃんとしたものを作っているという自負はある。
トントン、と包丁で人参と白菜を切り、糸こんにゃくを用意。
鶏肉のミートボールと共に鍋に投入し、コンソメと塩コショウを淹れて味付け。
充分に煮込んだら器に盛り付け、出来上がり。
佐鳥流、鶏肉と野菜のコンソメスープの完成である。
「はい、出来ましたよっと。熱いから気を付けてね」
「わかった」
後は買って来た惣菜を並べて、佐鳥は樹里と向かい合う形で着席する。
以前のようにいきなりスープを飲んで樹里が火傷しないよう少女の動向に目を光らせていると、レンゲに乗せたスープをちろちろと舌で舐めて温度を確認する樹里の姿が眼に留まる。
まるで気まぐれな猫みたいなそんな樹里の姿に苦笑しつつ、佐鳥も夕食に手を付け始めた。
傍から見ると同棲しているのかと思う距離感と関係であるが、あくまでも樹里と佐鳥の関係は
他人が期待するような甘い話も、ましてやそれ以上の関係などないと佐鳥は断言する。
色々と言葉に詰まる所はあるものの、ないったらないのである。
時折垣間見てしまう無防備な樹里の姿で赤面した回数は数えきれないだとか、佐鳥限定で発揮される羞恥心のなさから来る大胆な行動にパニくった事も数多くあるだとか。
そういった諸々はあるが、自分たちの関係は健全なものだと佐鳥は主張する。
(ただ、色んな意味で樹里ちゃんが放っといたら危ないから世話を焼いてるだけなんだから。うん、それだけで他意はない。他意はないですよっと)
自分に言い聞かせるように内心で葛藤する佐鳥だが、その真意が何処にあるかは彼本人でさえ分からない。
まあ、こうして自問自答している時点で色々と察して知るべしである。
「賢、泊まってく?」
「…………いや、遠慮します。流石に女の子一人の家に泊まるのはちょっとね」
「わたしは、いいよ?」
「~~~っ!!??」
その後、樹里の全く他意の無い爆弾発言に四苦八苦する佐鳥の姿があったが、そこはそれ。
佐鳥は鉄の自制心で樹里の誘いを断り、今日もまた樹里のマンションを後にするのだった。