香取隊の狙撃手   作:デスイーター

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黒トリガー争奪戦Ⅰ

 

 

「────────」

 

 夜の警戒区域。

 

 そこを、駆け抜ける集団があった。

 

 焦げ茶色のマントを羽織ったその者達は、皆年若いながら戦場を知る人間特有の鋭い眼光を備えている。

 

 彼等は、ボーダーのトップチーム。

 

 近界遠征に選ばれる程の実力を持った者達を中心に構成された、最精鋭の面々だ。

 

 NO1攻撃手である太刀川を隊長とする太刀川隊を筆頭に、隠密戦闘を得意とする特殊部隊じみた特色を持つ風間隊。

 

 独自の戦術を持つ冬島隊に、ある意味今回の件の発端となった三輪隊がそれに続く。

 

 彼等の目的は、この先にある玉狛支部に匿われている近界民の少年が持つ黒トリガーの奪取。

 

 些か外聞の悪い作戦目標ではあるが、ボーダーの長である城戸の命である以上その遂行に否はない。

 

 たとえそれが、どんな思惑の下での命令であったとしても。

 

 彼等は、組織の手足として動くのだ。

 

(待っていろ、迅…………っ!)

 

 たとえ。

 

 その者達の中に。

 

 私怨による憎悪を、抱く者がいたとしても、である。

 

 彼は、三輪は。

 

 この先に待つモノを想い、心の中で怨嗟の声をあげていた。

 

 

 

 

『目標地点まで残り1000』

「…………そろそろか」

 

 太刀川はオペレーターの報告を聴きながら、進行方向に目を向ける。

 

 それは、そろそろ目標地点に着く、という事を意味しない。

 

 いや、ある意味ではその通りではある。

 

 ただ、太刀川の中での目標地点が玉狛支部ではなく。

 

「…………! 来たか、迅…………!」

「それは、こっちの台詞だと思うよ。太刀川さん」

 

 ────────彼の好敵手が待つ、この場であっただけの話。

 

 太刀川は目的の人物を視認した瞬間停止の号令をかけ、トップチームの面々が足を止める。

 

 皆は一様に、街頭に照らされた十字路の中心に立つ一人の少年に目を向けていた。

 

 迅悠一。

 

 今回の作戦で妨害に出て来る事が予想された、S級隊員。

 

 その登場に息を呑む者もいれば、矢張りか、と納得する者もいる。

 

 彼は、目的の為ならば手段を選ばない。

 

 それが彼にとって最善であると考えれば、隊務規定違反であるボーダー隊員同士の模擬戦以外の戦闘であっても行うだろう。

 

 その選択こそが、彼の求める()()に繋がると確信しているが故に。

 

 無論後始末を何とかする自信があっての事だろうが、それが危ない橋であろうと躊躇なく渡る意思の強さが彼にはある。

 

 それを、付き合いの長い太刀川は良く知っていた。

 

「ボーダー隊員の模擬戦を除く戦闘は厳禁、という隊務規定違反をお前に今更語ったところで、意味はないな」

「ああ、今回はそれを押しても介入しなければいけない案件でね。悪いけど、向かって来るなら容赦はしない。全力で、立ち塞がらせて貰うよ」

 

 風間の言葉に迅は首肯し、腰のホルダーの風刃に手をかける。

 

 彼は、本気だ。

 

 このまま太刀川達が退かなければ、風刃を。

 

 黒トリガーを使ってでも、全力で阻止するつもりでいる。

 

 無論、太刀川としては望むところだ。

 

 むしろ、それを期待してこの場にやって来たというのが正直なところだ。

 

 彼は迅を含む玉狛支部との面々とは親しいし、好き好んでいがみ合いたいなどとは思っていない。

 

 だが。

 

 それ以上に、彼は迅との本気の戦闘を熱望していた。

 

 迅が風刃を手にして、S級隊員になって以来。

 

 太刀川の中には、幾ら戦えど満たす事の出来ない乾きが存在していた。

 

 最大の好敵手であり超えるべき相手を失った太刀川は、一時期その順位を落とす程腑抜けた事もある。

 

 結局は他にも歯ごたえのある相手がいる事に気付き持ち直したが、ついぞ決着を付ける事の出来なかった好敵手への闘争心の渇きは消えてなくなりはしなかった。

 

 しかし今、まるでそんな彼を後押しするかのようにその好敵手と本気でぶつかる舞台が整っていた。

 

 だからこそ、太刀川はこの作戦を受け入れた。

 

 三輪と同じ、しかしベクトルは異なる私情で。

 

 彼は、迅と敵対する道を選んだのだ。

 

(野暮な事は、言うワケねーよな)

 

 恐らく、そんな太刀川の心境を迅も理解しているのだろう。

 

 何処か呆れたような苦笑と、それでいて隠し切れない闘争心を彼の中から感じていた。

 

 その事に、知らず歓喜する。

 

 再戦を待ち望んでいたのが自分だけではなかったという事実に、心が震える。

 

 そして。

 

 だからこそ、()()()()()()()()には早々に姿を見せて欲しかった。

 

「迅、役者は揃ってるんだろ? さっさと出て来て貰ったらどうだ?」

「────────お見通しか」

 

 太刀川の言葉に応じ、迅は目を細める。

 

 瞬間、屋根の上に躍り出る無数の人影があった。

 

 姿を現したのは、星型の隊章(エンブレム)を持つ三人の少年少女。

 

 A級五位部隊、嵐山隊。

 

 隊長の嵐山を筆頭とした、狙撃手の佐鳥を除く三人が。

 

 そこに、勢揃いしていた。

 

「嵐山隊、現着した。忍田本部長の命により、玉狛支部へ加勢する」

 

 嵐山は堂々と、迅への助力を宣言する。

 

 そこには組織の長の意向に背く事への後ろめたさや恐れなど、微塵もない。

 

 自身の選択を、友の意思を。

 

 正しいと信じていると、その瞳が如実に語っていた。

 

「本当に来たのか、嵐山隊。つまり、忍田本部長は矢張りそちらに付いたのか」

「ま、予想してた事だろ。だから、なんでそんな動揺してるんだ? 三輪」

「…………!」

 

 その光景を予想通りだと感じていた太刀川は、彼等の登場を予期する情報を齎した張本人である三輪に声をかける。

 

 彼は、困惑を隠し切れない様子で屋根の上の嵐山を見上げていた。

 

 

 

 

 三輪は「嵐山隊が迅に加勢するかもしれない」という情報を太刀川に告げたのは自分だというのに、明らかにこの場の誰よりも動揺していた。

 

 まるで、信じたくない現実を目の前にしたかのように。

 

 彼の心は、荒れていた。

 

「何故だ、嵐山さん…………っ! 何故、近界民(ネイバー)を庇う迅に味方する…………っ!? 近界民の排除が、我々ボーダーの責務でしょう…………っ!?」

「それは違うぞ、三輪。俺達の仕事は、この街を、世界を守る事だ。近界民の排除は、その為の手段でしかない。だから、街を守る為に必要とあらば、誰とであっても手を結ぶさ。それがたとえ、近界民が相手であってもな」

「馬鹿な。近界民は全て、この世界を脅かす害虫共だ…………っ! 貴方程の人が、何故それを分からない…………っ!?」

 

 三輪は、感情のままに叫ぶ。

 

 確かに、嵐山隊が来るかもしれないと太刀川に進言したのは彼だ。

 

 しかし、同時にそんな馬鹿な事はあって欲しくない、とも願っていた。

 

 近界民は殺すべき外敵であり、一匹残らず駆逐しなくてはならない。

 

 それが復讐に狂った三輪の当たり前(かちかん)であり、かつて姉を見捨てた憎悪すべき人間である迅がその近界民を庇い立てしているのであれば猶更退くワケにはいかなかった。

 

 だからこそ、その人間性を高く評価している嵐山がそんな相手の側に付くなど信じたくはなかった。

 

「俺がいつでも正しいなんて、そんな事は言わないさ。けれど、今回は迅がその近界民の子を「大丈夫だ」と言っているんだ。いつもより善い未来の事を考えている迅がそう言った以上、これ以上の担保は無い。だから俺は、俺が思う最善としてこうして迅に味方するだけさ」

「…………っ!!」

 

 嵐山の言葉に、三輪は拳を握り締める。

 

 言外に自分ではなく迅が正しいと言われ、三輪の心は荒れ狂う。

 

 これが迅本人から言われたのならば、まだ目を逸らす事が出来た。

 

 憎き人間の言葉など一顧だにする価値もないと、そう断じて。

 

 しかし、嵐山は違う。

 

 彼は三輪の眼から見ても公明正大の化身のような善人であり、絶対的な正しさの権化だ。

 

 そんな彼が迅の肩を持った事に、三輪の心は荒波のように波打っていた。

 

 認めたくない。

 

 そんな気持ちが、心の奥から湧き上がって来る。

 

 此処で、嵐山の言葉を認めてしまえば。

 

 自分の復讐は。

 

 自分の想いは。

 

 間違っていたのかと、そう思ってしまいそうになるから。

 

 断じて、彼の言葉を認める事は出来なかった。

 

 思わず、激情のあまり衝動的に動き出しそうになって。

 

「虐めるのはそのあたりにしとけ、嵐山。三輪、もう泣きそうじゃねぇか」

「誰が…………っ!」

「よしよし、まだ元気だな。切り替えろ、三輪。俺達は、此処に口喧嘩をする為に来たんじゃないぞ」

「…………! 三輪、了解」

 

 ────────太刀川の激励(ことば)により、そんな三輪の動揺は鎮静化する。

 

 彼に言われ、気付く。

 

 そうだ、この場に来たのは嵐山と舌戦を繰り広げる為ではない。

 

 近界民を庇い立てする迅を排除し、あの忌々しい近界民から黒トリガーを奪取する為だ。

 

 駆除命令でない事は残念だが、それでも戦闘の過程で抵抗するようなら容赦などするつもりはない。

 

 近界民(ネイバー)は、全て敵だ。

 

 ある意味初心を思い出した彼は、意識を切り替えて戦闘態勢に移行していた。

 

 

 

 

(三輪は、一先ず大丈夫か。太刀川がやらなければ俺がどうにかするつもりでいたが、無用の心配だったようだな)

 

 風間はそんな三輪の様子を見て取り敢えずこの戦闘中は大丈夫だろうと、再び迅へ向き直った。

 

 あのまま感情に任せて激憤して使い物にならなくなるようなら作戦から外す事も考えていたが、どうやらその心配はもう無いようだった。

 

 根本的な解決はしていないものの、一先ず問題を先送りにする事は出来た。

 

 後は、三輪と迅の間の問題だ。

 

 自分が軽々に口を挟むべき事ではないし、その義理もない。

 

 これを解決するのはあくまで、当事者達であるべきだ。

 

 迅とはそれなりに親しくはあるが、かといって手を出して良い事とそうでない事はある。

 

 今回に限って言えば、介入は自分の領分を超えていると風間は判断していた。

 

 故に、この場では城戸司令からの命令遂行を最優先に動く。

 

 そこに、どんな思惑があったとしてもだ。

 

(いい加減、迅と三輪の間の問題も片付けるべきだろう。今回は、良い機会になる筈だ)

 

 しかし、問題解決の後押しくらいはしてやっても良いだろう。

 

 この場には当事者である三輪と迅、そして人格者として有名な嵐山がいる。

 

 今は三輪の頭が冷えていないので何を言おうとその心に届く事はないだろうが、戦闘が終了し落ち着いた後であれば。

 

 その心に、言葉を届かせる事は出来る筈だ。

 

 恐らく、嵐山であれば巧い事三輪の急所を突いてくれるだろう、という期待もある。

 

 無論、負けるつもりで戦う気などサラサラない。

 

 風間も太刀川程ではないが、迅との再戦に心沸き立っていたのは事実だからだ。

 

 自分は、執着の度合いで言えば太刀川に遠く及ばない。

 

 所詮自分は迅の一番の好敵手になれなかった程度の男であり、彼を最も沸き立たせる事は出来なかった。

 

 迅の眼に映っていた一番はあくまでも太刀川であり、自分ではない。

 

 だが。

 

 戦闘者として、高みを目指し続ける者として。

 

 一つの強さの極みにいる迅に、勝ちたいと思った事が無いとは決して言えない。

 

 自分は熱血でもなければ、太刀川のような戦闘狂(バトルジャンキー)でもない。

 

 しかし、一人の男として。

 

 高みに立つ存在を、乗り越えたい。

 

 そんな想いが無いと言えば、嘘になる。

 

 故に、風間は内心でこの作戦に感謝していた。

 

 迅と。

 

 高みに立つ強者と、全力で死合いたい。

 

 その想いが、彼の闘争心に火を点ける。

 

(風間さん、カメレオンを起動しますか?)

(少し待て。その前に、やる事がある)

 

 だが、その一方で確かめなければならない事もあった。

 

 風間は歌川の進言に返答し、迅に向き直る。

 

「迅、太刀川の言う通り役者は全て出したらどうだ?」

「おや、何の事だい?」

「とぼけるな。嵐山隊がいるという事は、どうせ佐鳥もいるだろう。なら、()()()が付いて来ている事くらい分かっている」

 

 ジロリと、風間は迅を睨みつける。

 

 彼と戦いたい気持ちはともかくとして、今回の件で唯一彼が看過しかねる所はそこだ。

 

 ()()の微妙な立場は、風間は充分に承知している。

 

 そしてそれは、目の前の男も自分以上に良く知っている筈なのだ。

 

 だというのに彼女を巻き込んだ迅に、忸怩たる想いを抱えている事もまた。

 

 事実であった。

 

「止められなかったのか、とは言わん。一度事情を知ればそれが不可能な事くらい、俺にも分かる」

 

 だが、と。

 

 風間は、迅を鋭い視線で射抜く。

 

「これだけは聞かせろ。()()()なんだな?」

「────────ああ、そこだけは心配要らない。あの子に余計な責を負わせるような真似は、決してしないさ」

 

 迅はそんな風間の眼を真っ直ぐ見返し、告げる。

 

 そこに、虚偽は無い。

 

 彼の真剣な眼差しからそう感じた風間はそうか、と頷き。

 

 未だ姿を見せない少女に、告げる。

 

「ならば、後はぶつかるだけだ。戦う以上、容赦はしない。それはお前もだ、()()()

 

 

 

 

「────────」

 

 その少女、樹里は。

 

 灯りの消えた街並みの一角に、気配を消して姿を隠し。

 

 ただ、その眼で遠く離れた風間達の姿を見据えていた。

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