「────────!」
香取は目前に迫る無数の弾幕を前にして、舌打ちしつつ跳躍。
無数の弾丸、
しかし少女はグラスホッパーを連続展開し、続け様に跳躍。
大きく円を描くように動き、
「チッ」
とはいえ、相手と────────────────砲台である千佳と距離を取ってしまったのは、事実だ。
既に次弾は装填されており、更なる弾幕が襲い掛かる。
それを香取は、同じ手法で回避。
彼女を狙った弾丸は、代わりに駅舎の通路を粉々に破壊する。
威力の低い筈の
正直な話、千佳のハウンドは並のトリオンの持ち主が放つアステロイドと遜色ない威力がある。
更にその破壊規模は、平均的な
要するにこれは、ただ弾を撃つだけで千佳は合成弾相当の攻撃が出来る事を意味している。
とはいえ、あくまでもハウンドはハウンド。
今回の試合で樹里が初お披露目した
しかし、数が重なれば話は別だ。
規格外のトリオンを持つ千佳の射撃の弾数は尋常ではなく、樹里への牽制に半分を使って尚かなりの数の弾幕が香取を襲っている。
無論分割している為一発一発の威力は低くなっているが、元の出力が高過ぎる為誤差にしかなっていない。
(しかも、空閑に抱えられてて常に移動してるから碌に狙えやしないっ! ホンット、性格悪い戦法取って来るメガネね…………っ!)
加えて、その砲台を放つ千佳が遊真に抱えられて常時移動している為、攻撃直後の隙を樹里に狙わせる、という事も出来ないという有り様だ。
その代償として遊真の近接戦闘能力が死んでいるが、火力は千佳の射撃で充分である為問題はないどころか明らかに先程よりも状況が悪化している。
(これじゃ、まるで那須先輩じゃないの。射撃精度は雲泥だけど、あの機動力から放たれる弾幕の厄介さはかなり似てるどころか火力が段違いな分こっちのが数段凶悪だわ)
高機動で攪乱しながら弾幕で戦場を荒らすのは那須の戦法が想起されるが、放たれる火力がまるで違う。
那須はトリオン7とやや高い方の数値ではあるが、千佳のトリオンは形而上36でしかもこれは機器の測定限界であり、実際は更に上である可能性すらあるのだという話だ。
そんな馬鹿みたいな火力が高機動で攪乱しながら降って来るのだから、こちらとしては堪ったものではない。
(幸い、射撃の精度自体はあんま高くないわ。あのチビ大砲はあくまで狙撃手として育てられてるっぽいし、射撃トリガーの訓練は最低限しか積んでない筈よね。先に射手じゃなくて狙撃手になった樹里みたいなモンだと思えば、分からなくはないわ)
千佳相手に攻撃を凌ぐ事が出来ているのは、彼女の射撃精度が甘い事に加え、馬鹿みたいな火力を持つ射手相手の戦闘は対樹里で散々やっていたから、という理由もある。
まず、
誘導設定の強弱を弄る事で自在に弾道を変更する事が出来るのがハウンドの玄人しか知らない長所であり、千佳は当然その高みには達していない。
彼女は狙撃手としての訓練は受けているだろうが、射撃トリガーの扱いは最低限しか学んでいない筈だ。
玉狛支部には、修以外純粋な射手はいない。
射撃トリガーの使い手となると小南とヒュースがいるが、前者は
少なくとも香取が思いつく限りでは彼女に射撃トリガーの教授が出来る人間となると、それこそ修くらいしかいない。
その修も射手としては未熟も良いところであり、師匠に恵まれてはいるが教師としての適性まではないだろう。
自分がその技術を使える事と、それを的確に教導する事が出来るかは全く別の話だ。
これは香取のような感覚派が顕著であり、彼女の場合は無意識の内に技術を学習して活用する為、それを言語化する事が大の苦手なのだ。
同じ近接万能手でも理論を重視する木虎であれば、恐らく教師役をやっても相応の仕事は出来るだろう。
しかし香取にその適性は皆無である為、教えろと言われてもそもそも何を教えれば良いのか全く分からない状態だ。
こればかりは本人の適性や適切な学習が必須であり、修にその素質があるのかと言われれば疑問が残る。
そもそも教える側は教えを受ける側の数倍以上の習熟度でその分野を理解していなければならず、10倍とまではいかずともそれに近い練度と知識は必要だ。
ボーダーで狙撃手以外の面々が独学が多い理由が此処にあり、そもそも指導が出来る人間というのが少数なのだ。
源流を辿れば
特に攻撃手は感覚派が多く教師向けの人材というものが稀少であり、射手の場合はトップ層がどれも参考にならな過ぎる者ばかりでまともに師匠が出来るのが出水くらいしかいない。
その出水も誰も彼も弟子として迎え入れるというワケではなく、二宮に関しては頭を下げられて頼まれるまで受け入れる気は無かったし、修にしても元チームメイトの烏丸の紹介でなければ歯牙にもかけなかっただろう。
そんな出水がたとえ弟子の頼みとはいえ、千佳の教導まで引き受けるとは考え難い。
故に、千佳が受けた射撃トリガーの扱い方に関する教授は修から最低限のものを教わったくらいであろうと予測出来る。
その為千佳のハウンドは誘導設定のパターンが常に一定であり、だからこそ今まで弾道を見極めて回避する事が出来た。
火力こそ脅威だが、このままであれば凌ぎ切るのはそう難しくない。
(────────なんて、油断するワケないでしょうがっ!)
────────などという、慢心はしない。
香取はこちらに向かう寸前で急激に角度を変えたハウンドを見て、すぐさまグラスホッパーを起動。
四方に広がっていた弾道を一気に狭めて来た弾幕を、紙一重で回避する。
これまではなかった、誘導設定の強弱の変更。
それをされたのだと、嫌でも思い知る。
(一定の攻撃を仕掛け続けて油断を誘ったところで、本命の一撃を放つ。さっき樹里にもやらせたんだし、あっちが出来ない保証なんて何もないわよね。なんなら、あれを見させてたメガネがチビ大砲に指示してたとしても不思議じゃないわ)
同じ攻撃を繰り返して相手にこっちの手を見極めたと思い込ませ、そこを別の攻撃で突く。
その手法はまさに先程樹里にやらせた代物であり、同じ方法を相手が取らないなどとどうして思おう。
加えて、あの時点ではまだ千佳は街を俯瞰出来る状態にあった。
蔵内がやられる光景も見ていた可能性が高く、その情報を受け取った修が同じ作戦を指示していたとしてもなんら不思議ではない。
有用なものであればどんな戦術であれ
未だにスパイダーのワイヤー戦術をコピーされた事を根に持っている香取が、それを警戒しない筈がなかったのだ。
千佳の練度の問題に関しては、逐一修が指示を下しているのだとすればフォロー出来る範疇だろう。
これまでの動きを見る限り、命令された内容を忠実にこなす能力自体はそれなりに高い様子なのだから。
(けど、このままだとジリ貧ね。多分、雨取にトリオン切れって概念はないくらいに考えた方が良い。千日手が続けば、先に消耗して負けるのはこっちね)
だが、現状が防戦一方であり尚且つこのままであれば負けるという確信があった。
何故なら、千佳のトリオンには底が見えない。
果たしてどれだけのトリオンを抱えているか底すら見えない以上、このまま消耗戦を続けるのは愚策だ。
少なくとも、トリオンを消費し切る前に仕掛けなければ対抗する余力さえ失ってしまう。
トリオン強者の樹里といえど、その残量は無限ではないのだ。
「樹里、そっちは?」
『何とか凌いでるけど、こっちも攻撃を続けないと多分
そう、と言って香取は顔を顰めた。
千佳のメテオラの威力は、ROUND3で散々実感している。
あの破壊規模の爆弾をビルに撃ち込まれれば、間違いなく建物ごと粉砕される。
今それをしないのは、下手にメテオラを展開すれば樹里にキューブを狙い撃ちにされるからだ。
千佳のトリオンキューブは、本人のトリオン量もあってひたすらに巨大だ。
そのサイズは遠方からでも容易く全体像が見渡せるレベルであり、最初に出すキューブの大きさを調節出来ない以上
無論そこに狙撃を撃ち込まれれば、一発で起爆する。
千佳に飛んで来る弾を撃ち落とす東のような変態技量は存在せず、そもそも頭上がメテオラのキューブで塞がってしまえば狙撃を察知しようがない。
射撃トリガーを撃つ際には構造的に使用者に一切の動作を必要とせず、極論二宮のように手をポケットに入れたままでも撃つ事が出来る。
しかし精密な制御を求めるのであれば、自身の手の動き等での補正が必須となる。
構造的には必要なくとも、視覚的に分かり易い動作を伴う事で弾道の制御が飛躍的に容易になるのだ。
その為千佳が射撃トリガーを撃つ時は手を掲げ、それを振り下ろすといったモーションを取っている。
毎回やっている以上、あれはそうしなければまともに撃てないという事の証左であった。
(多分、那須先輩そのもののような真似は無理ね。さっきから、撃つ時はちゃんと空閑が足を止めてるし)
加えて千佳が射撃を行う際には遊真は壁や床に着地してその姿勢を安定させており、那須のように走りながらの射撃は出来ないだろうと推測出来る。
恐らく千佳は、静止した状態でなければまともに射撃トリガーを扱えないだろうと香取は見ている。
射手の経験の長い樹里に聞いても動きながらの射撃は難しいと聞いているし、まず間違いないだろう。
今移動砲台と化しているように見えても、要は遊真は千佳が射撃を行った後で全力で逃走を手助けしている状態に等しい。
確かに射撃後の隙を潰す事は出来ているが、あくまでもそれだけだ。
少なくとも那須のように周囲にトリオンキューブをサークル状に侍らせながら、縦横無尽に移動しつつの高速射撃など不可能だろう。
やっている事は那須のそれに近いが、あくまでも疑似的なものだ。
本質的には千佳が撃つ度に遊真が逃がす、といった
(それなら、やり様はある筈。今の手札で出来る事は────────)
「チカ、次はあそこに下りるから準備してくれ」
「了解」
遊真は全力で跳躍しながら千佳に指示を出し、こちらと対峙する香取の姿を見据えた。
先程から防戦一方になっているが、遊真には分かる。
あれは、勝負を諦めた者の眼では決してない。
確実に何かを狙っていると、遊真は警戒していた。
(オサムによれば、ききさか先輩は狙撃の技術自体は他の狙撃手と比べればそこまでじゃないって話だったな。
遊真は、修から樹里の能力については聞かされていた。
ボーダーの正隊員の間では
曰く、どれだけ離れようと狙撃が可能であり、少しでも射線が通ればそこから強引に弾を捻じ込んで来る厄介な狙撃手である、と。
それと同時に、狙撃手としてのスキルはそこまで高くはない、という話もあった。
噂によれば彼女は射手から狙撃手に転向して日が浅く、その実態は狙撃トリガーを扱うようになった射手、といった趣が強いらしい。
前回と今回戦ってみた感じでは、確かにその評に間違いはなさそうだ。
基本的に彼女が得意とするのは豊富なトリオンと強化視覚による距離を無視した力押しのごり押しであり、だからこそそれ以上の射程と火力を持った千佳相手には相性が悪いとも見ていた。
確かに千佳は直接狙撃で相手を狙う事こそ出来ないが、敵に向けて弾幕を撃つ事は出来るようになっている。
故に火力勝負になった時点でこちらの優位は崩れず、千日手となってもトリオン量の差で勝てる見込みであった。
(────────だからこそ、おれはまともにトリオンを消費出来ないんだけどな。千佳のトリオン切れの心配はなくても、おれにはある。おれがいなくなったら、流石に千佳一人じゃあの二人の相手は無理だろうからな)
────────などという、楽観はしていない。
確かに、千佳がトリオン切れで脱落するという事はないだろう。
しかし、遊真は別だ。
遊真のトリオン評価値は、7。
評価値6の香取よりは僅かに高いが、圧倒的という程ではない。
加えて香取はトリオンを節約する戦い方も心得ているようであり、今後の展開によっては遊真が先にトリオン切れに陥るという可能性も充分有り得る。
そうなった場合、まず千佳は生き残れない。
これまでは遊真と言う足があるからこそ誤魔化せていたが、彼女本人の戦闘スキルが拙い事に変わりはない。
香取が残っても樹里が残っても、千佳一人ではまずやられてしまう事だろう。
それだけ、戦闘経験の差というものは大きいのだから。
(見た目程、こっちが有利なワケじゃない。あとはどれだけ優位を装って、相手を崩していくかだな)
遊真は冷徹に現状を見据え、それを噯にも出さぬよう振舞っている。
相手がこちらの現状に気付いてしまえば、徹底的な遅滞戦闘に移行される可能性がある。
そうなった場合、時間切れで試合が終わってしまう可能性もある。
現在玉狛は3点、香取隊は2点とリードはしているが、今後を考えれば生存点を含めもう少し点が欲しい。
ただでさえ、元の点で香取隊に負けているのだ。
一点のリードくらいは簡単に逆転されてしまうだろう事を考えると、此処で欲張らない選択肢は無い。
(相手は、何とかしてこちらの隙を突こうと動いて来る筈。なら、その機を見逃さずに対処して逆に隙を突く。オサムからも、そう言われてるしな)
修からは、香取隊が必ず何らかのアクションをするだろうからそれに呼応して動くよう指示されている。
流石にどういう動きをして来るかまでは予想出来なかったようだが、方針が決まっているのは有難い。
遊真は千佳がハウンドを二方向に撃ち、香取がそれを回避するのを見届けながら次の場所へと跳躍して。
「────────え?」
────────千佳の弾丸が、何の迎撃もされずにビルに直撃する光景を垣間見た。
無数のハウンドの着弾により、ビル上層部が大きく抉れている。
先程まで逐一迎撃して来た筈の弾が、今回は来なかった。
「…………!」
それの意味するところを、遊真は嫌でも理解する。
そして案の定、ビルの向こうから夥しい数の弾幕が流星の如く地上へ降り注いだ。
(迎撃を止めて、その分を攻撃に回したのか。思ったより、判断が早いな…………!)
恐らく樹里は防御を捨て、攻撃にベクトルを傾けたのだと判断する。
確かにビルへハウンドが直撃し続ければ、いずれは樹里の位置は丸裸になるだろう。
だがそれはあくまでも、弾丸が直撃
一度直撃を受けた程度ではビルは倒壊せず、そもそもハウンドなのだから大規模な破壊までは起こらない。
それでも並の相手のメテオラ程度の威力はあるのだが、巨大なビルを一息で破壊するというレベルではないのだ。
だからこそ樹里は迎撃を止め、トリオンを攻撃に注ぎ込んだ。
そして。
弾を撃ったばかりの千佳では、あの弾幕を迎撃出来ない。
速度特化に調整されたであろう流星は、凄まじい速度で地上に落ちる。
着弾。
凄まじい爆発が、轟音と共に周囲を包み込んだ。