「…………!」
爆発が起きる瞬間、遊真は千佳を抱えたまま跳び退いた。
同時、千佳がシールドを展開。
直後、爆撃が着弾。
周囲が爆発に包まれるが、二人は千佳のシールドで無傷。
爆煙の中、小柄な影二つは健在である。
如何に爆撃とはいえ、硬い千佳のシールドを破れるものではない。
しかし、立ち止まって受けるだけでは蔵内の二の舞となる。
だからこそ、遊真は危険を冒して爆発の直前に移動をしたのだ。
彼の瞬発力であれば、一瞬の内に幾らかでも位置を動かす事が出来る。
加えて、今の爆撃はビルの後方から放たれていた。
即ちそれは発射時点で樹里はビルの奥側へと移動しているであろう事が推測出来、あの瞬間は自分達を視認出来る位置にいない可能性が高い。
樹里はあの時、千佳の爆撃を見過ごす事で攻撃のチャンスを作っている。
だがそれは千佳の攻撃を素通りさせる事と同義であり、結果としてビルの前面には彼女のハウンドによる爪痕が残されている。
少なくともその被害から逃れた場所にいるのは確実であり、故にこそ少しでも移動すれば防御の上を直接貫通される危険性は低いと考えたのだ。
樹里のアイビスは千佳のシールドであろうと貫通する恐れがあり、トリオンは高くとも戦闘経験に乏しい彼女では咄嗟に集中シールドで守りを固めるのは難しい。
故に、こうして対策を取るのは当然の事と言えた。
「────────」
そして、それはただの対策では終わらない。
千佳は、ただシールドを広げただけではなかった。
そのトリオン量を活かし、尋常では無い広範囲にシールドを展開したのである。
通常、シールドは広げれば広げる程脆くなる。
だからこそ普通は自身の周囲に幕を広げるように展開するのが常であり、その展開範囲には限度というものがある。
広げたシールドであろうとそれは変わらず、あまり広範囲に広げ過ぎると普通は耐えられるであろう攻撃ですら破損する恐れが高くなる。
だがそれは、並のトリオンしか保持しない者の場合の話だ。
千佳のトリオンであれば、広範囲に広げた上で通常のシールドと同程度の強度を維持する事が可能なのである。
そして、これだけの範囲にシールドを広げた理由は一つ。
「メテオラ」
敵の攻撃による暴発を回避した上で、
兼ねてから、修からはこう指示されていた。
香取隊が攻勢に転じるようなら、広範囲に広げたシールドで隙を作ってメテオラを叩き込めと。
千佳のメテオラには、目前のビルを破砕するだけの威力がある。
にも拘らずこれまで使用出来なかったのは、偏に隙が大き過ぎる為だ。
彼女の展開するトリオンキューブは、とにかく巨大だ。
展開すればその質量が視界を覆い上からの攻撃が見え難くなるし、
だからこそ迂闊に展開すれば、その隙を突かれるのが目に見えていた。
だがそれは、あくまでも樹里がこちらを直接視認出来る位置にいる場合の話だ。
今回のように彼女が自分達を視認出来る位置から離れた場所に移動したと考えられるケースこそ、遊真達が狙っていた千載一遇のチャンスだった。
こうして展開するメテオラごとシールドで覆ってしまえば、当てずっぽうで撃った射撃や香取のスコーピオンの投擲による起爆からキューブを守る事が出来る。
加えてこれだけ広範囲に展開すれば、
スコーピオンもシールド同様使用者のトリオンに応じて強度が変化し、伸ばせば伸ばす程脆くなる性質も同様だ。
香取のトリオンであれば、今の千佳のシールドの範囲外から
今この瞬間だけは、千佳は安全にメテオラを起動出来る。
「────────っ!?」
────────その、筈であった。
パリン、という音と共にシールドが割られ、千佳の展開したトリオンキューブに弾丸が着弾した。
瞬間、分割前だった
轟音。
尋常ではない大爆発が、周囲を席捲した。
間一髪で千佳が展開したシールドが遊真を包み込み、爆発から身を護る。
しかし千佳の規格外のトリオンで形成されたメテオラの起爆は効果範囲が桁違いであり、背後にあった駅舎はその爆発に巻き込まれ文字通りに消滅した。
「う…………」
そして、被害はそれだけではなかった。
樹里の狙撃は千佳の右肩を吹き飛ばし、明らかな致命傷を与えていた。
アイビスによる一撃はキューブを貫通したのみならず、その下にいた千佳の身体を貫通していたのである。
それはつまり、樹里は完全に千佳のいた位置を把握していた事を意味している。
「…………! そういう事か…………!」
遊真は上を見上げ、気付く。
千佳により破壊された、展望ビル上層部。
その淵に立つようにして狙撃銃を構えている、樹里の姿を見た事で。
樹里は、奥に逃げてなどいなかったのだ。
恐らくは、誘導設定を大幅に調整した
自身はシールドでの防御を行い、敢えてハウンドに巻き込まれる位置に留まる事で。
こちらの位置を正確に把握しながら、隙を見せるのを待っていたのだ。
即ち、狙撃が来ないと遊真達が思い込むという隙を。
事実として自分達はまんまとその術中に嵌まり、致命的な隙を晒してしまった。
遊真はそれを、爆煙が晴れつつある中シールド内部から全体を俯瞰しつつ思い知った。
千佳は肩を吹き飛ばされただけではなく、右胸も抉れており戦闘体崩壊まで秒読み段階だ。
幾ら千佳がトリオン強者とはいえ、これだけの重傷を負ってトリオン体を維持出来る筈もない。
トリオン体が傷を負えば、その規模に応じてトリオンが漏出していき、身体が大きく抉れるような重症であれば大量のトリオンが煙となって漏れ出ていく事になる。
それは水道管を破裂させて水を噴出させるかのようなものであり、そんな状況になれば如何に元のタンクの規模が膨大であろうともあっという間に中身がなくなってしまうのは自明の理だ。
今回はたとえるなら元のタンクそのものが破裂したかのようなダメージであり、底の抜けた容器から水がなくなるのがどれだけ早いかは言うまでもない。
「────────!」
しかしそれは裏を返せば、数秒の猶予はあるという事。
千佳は黙して散る事を良しとせず、アイビスを構え引き金を引いた。
轟音。
彼女の砲撃は樹里のいた高層階に直撃し、階層ごとビル上部を吹き飛ばした。
無論、片手を失った状態での狙撃の精度など知れている。
狙撃の軌道自体は樹里のいる場所から大きく逸れていたが、千佳のアイビスでの狙撃は砲撃と呼ぶに相応しい威力を持つ。
大きく狙いから逸れたところで、大破壊により周囲一帯を吹き飛ばせる事に変わりはない。
但し、直接標的に当てられなかった事でアイビスの貫通力自体は発揮されなかった。
樹里は固定シールドにより砲撃による破壊から身を守っており、本人は無傷。
しかし、元々ビルの淵に立っていた樹里は周囲の足場が物理的に吹き飛ばされた事により上層階から放り出され、落下を始めていた。
それはつまり、今現在彼女は足場のない空中で無防備を晒している事を意味している。
白い少女が、上空より大地へ向け墜落する。
其れは、純白の花弁が散るが如き光景であった。
『戦闘体活動限界。
直後、千佳の戦闘体が限界を迎え崩壊。
罅割れた身体が四散し、光の柱となって消え失せた。
「────────!」
瞬間、遊真はグラスホッパーを起動。
脇目も振らぬ全力起動により、ビルの側面を駆け上がった。
千佳の作ってくれた隙を、見逃すワケにはいかない。
現在、樹里は高層階から落下中で身動きが取れない。
それはつまり、今の樹里は防御は出来ても回避は行えない事を意味している。
トリオン体は、トリオンによる攻撃以外ではダメージを負わない。
生身の身体であればまず即死であろう高所からの落下であろうと、トリオン体である限り傷一つ負う事はない。
だが、重要なのは今樹里が回避行動を取れないという一点だ。
空中に投げ出され、自由落下するしかない樹里は遊真にとって格好の獲物だ。
自分や香取と異なり、樹里はグラスホッパーをセットしていない筈だ。
幾ら毎回のようにトリガーセットを変えて来る樹里とはいえ、グラスホッパーは一朝一夕で扱えるようなトリガーではない。
使い始めて即座に応用までこなしてみせた遊真の場合は、元々
少なくとも樹里が今まで見せた動きの中に、グラスホッパーの適性を示すようなものはなかった。
それに、彼女の部隊内のポジションや本人の能力を鑑みても貴重なトリガーセットの枠を削ってまでグラスホッパーをセットして来ているとは思えない。
故に、今この時こそ難攻不落の砦たる樹里を落とす絶好の好機。
既に千佳がおらず、一人きりとなった遊真は樹里が再び万全の状態となった時点でほぼ詰みだ。
彼女一人ならどうにかなる目もあるが、まだ香取もいる。
あの火力を前にしながら香取を相手にするのは、流石に不利が過ぎる。
まるで勝てないとまでは言わないが、圧倒的な窮地に追い込まれるのは眼に見えている。
だからこそ、今この時こそが勝負。
樹里が地面に到達する前に、何としてでもその身体に刃を突き立て仕留める。
それこそが、今遊真の取り得る最善の選択肢であった。
「────────!」
無論、それを黙って見ている香取隊ではない。
樹里は落下しながらもトリオンキューブを生成し、分割。
無数の弾幕を展開し、駆け上がる遊真目掛けて撃ち放った。
速度特化で調整されたと思わせる光の流星は、凄まじいスピードで遊真に襲い掛かる。
遊真はそれを、ビルの窓を割って内部に入る事で回避。
ハウンドがビルにぶつかり霧散した事を確認し次第、再び外に飛び出して壁面を駆け上がる。
「…………!」
そこへ、再び樹里の弾幕が射出される。
遊真が屋内へ退避している間に用意されたと思われるそれは、再び曲線を描いて遊真へ襲い掛かる。
それを見て、遊真は再びビルの内部へ移動。
直後、樹里の弾幕がビルへ直撃。
ビルの壁に阻まれた弾丸は遊真を仕留める事叶わず、霧散する。
そして遊真は、再び外へと跳び出し壁面に足をかける。
そのまま駆け上がり、一気に樹里との距離を詰めていく。
「────────」
だが、それを黙して見ているワケもない。
いつの間にか接近していた香取が、同じように壁面を駆け上がりながら遊真に襲い掛かった。
壁を走る、という行為自体はB級では那須がよくやっている機動ではある。
しかしそれは言う程簡単ではなく、並外れた動体視力と運動センスが不可欠となる。
イメージの力でそれを補完している那須とは異なり、二人はそれぞれ生身の身体でも相当に高い運動神経を持っている。
更に学習能力も非常に高く、特に香取の場合は那須の壁走りを見て「やってみたい」と常々思っていた為過去密かに練習していた事すらあった。
しかし基本的にグラスホッパーを利用した三次元機動を取った方が有効な場合が多く、中々実戦で披露する機会に恵まれなかった。
それを今、高層ビルの壁走りで利用していると考えれば彼女の努力は無駄ではなかったと言えるだろう。
たとえそれが、戦術的な理由ではなく見栄え重視の下心満載な努力であっても結果は結果だ。
積み重ねた努力の理由に、貴賤はない。
結果としてそれが実っている以上、始めた動機など些末な事でしかないのだから。
「…………!」
二人のスコーピオン使いの白刃が、ビルの上でぶつかり合う。
両者はその衝撃を利用して一度離れ、香取はハンドガンを斉射。
放たれた
「…………っ!?」
だが、香取の突撃は眼前に現れたグラスホッパーによって弾かれた。
香取が遊真へ斬りかかろうとした刹那、自身の目の前にグラスホッパーが展開され、彼女はそれにぶつかる形で身体ごとビルから大きく跳ね飛ばされた。
自身の展開したグラスホッパーを突貫して来た相手にぶつけるように設置し、相手の身体を弾き返す。
まさかのグラスホッパーの利用法を前に、香取は大きくバランスを崩しながら強制的にビルから大きく離される事になる。
「────────」
その隙を、逃す遊真ではない。
再び放たれた樹里の弾幕をグラスホッパーとシールドを駆使して凌ぎながら、一気に距離を詰めていく。
最早、樹里との距離は目と鼻の先。
自由落下により下に落ち続けている樹里は、既に遊真の射程圏内に入っている。
この距離であれば、射撃トリガーを生成して射出するまでの時間はない。
樹里の堅いシールド相手でも、懐に潜り込んでしまえばどうとでもなる。
元より、相手は狙撃手。
鍔迫り合いの距離まで攻撃手に近付かれた時点で、対抗手段など存在しないのだから。
「────────!」
だが、そこで素直に首を差し出す樹里ではない。
樹里は再生成したアイビスを構え、無造作に撃ち放った。
彼女だからこそ出来る、スコープすら必要ない
それが、至近距離まで迫った遊真へ襲い掛かった。
「────────」
されど、遊真は迫る弾丸を身体を捻る事で回避。
神がかり的な反射神経による最短の回避行動で、樹里の狙撃を凌ぎ切った。
これで最早、樹里に抵抗の手段はない。
遊真の右手に持つ白刃が煌めき、振るわれる。
「…………っ!?」
────────────────その、刹那。
上空から降り注いだ無数の流星が、遊真の身体を撃ち貫いた。
咄嗟に張ったシールドを貫通し、自身の身体を蜂の巣にしたそれは。
間違いなく、
何が起きたか分からず一瞬困惑する遊真だが、すぐに気付く。
「あの時か…………っ!」
そう、遊真がハウンドから逃れる為、ビルの内部へ移動した時。
その後すぐにやって来た香取の急襲に気を取られていたが、あの時から樹里が次のアクションに移るまでが今考えてみれば妙に遅かった。
あれはきっと、遊真がビルの内部へ入っている間に合成弾を用意し、上空に打ち上げていたが為に生じたタイムラグだったのだろう。
今の弾丸は恐らく、あの時に空高くに打ち上げておき、今この瞬間山なりに落下するよう調整された代物。
移動しながらの射撃は難度が高いが、よくよく考えれてみれば現在樹里は自由落下の最中であり逆に言えば移動に気を遣う必要が無い事を意味している。
高所からの落下は視覚的な恐怖を伴う為そんな中で平然と射撃が実行出来るあたり並の胆力ではないが、今はそれを称賛するべきだろう。
結果として、再び自分は敗北を喫する事になったのだから。
「やられたな」
『戦闘体活動限界。
機械音声が、遊真の敗退を告げる。
立ち上った光の柱が、試合の終幕を告げた。